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XIV 訪問者-XI
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「もうこんな時間。随分と話し込んじゃったね」
彼女の言葉で我に返り、時計に視線を向ける。時計が指している時刻は16時半。彼女が此処を訪ねて来てから、もう2時間が経とうとしていた。
「ティーカップ、ごめんね。怪我はない?」
「……えぇ、大丈夫。私が悪いの、ごめんなさい」
「いや、原因を作ったのは私だから。セディには私から謝っておくね」
マーシャが私の前から、割れたティーカップが乗せられたソーサーを取った。そして空の紙袋に割れたカップ類を押し込み、徐に席を立つ。
「これは、私が処分しておくから」
「……お手を煩わせてしまって……ごめんなさい……」
「いいんだよ、全部私が招いた事だし。エルちゃんはもう謝らないで」
慌てて椅子から立ち上がり、玄関の方へと向かうマーシャの背を追いかける。
「今日は、色々と困らせちゃってごめんね。でも誤解しないで、初めて会った時に言った『仲良くなりたい』は本音だから。それに、エルちゃんの力になれる事もあるって言った事も」
玄関扉の前、振り返ったマーシャが優しく笑う。それはいつかのメアリーが見せてくれた表情を連想する笑顔で、胸がズキリと痛んだ。
「嘘は、もうつかない。これからは全部本当の事を言うよ。難しいと思うけど、私の事はあまり疑わないで、信じて欲しい」
「……えぇ、勿論。疑うつもりは無いわ」
「そう。分かって貰えてよかった。それと、セディの事も信じてやって。あいつ、嘘ついたりとか出来る程器用な人間じゃないから。それにセディは特に分かりやすいし、注意して見てたら性格とかも色々掴めてくるんじゃないかな」
「……そうかしら」
マーシャがゆっくりと、玄関扉を開いた。
冬に比べて日が長くなってきた物の、まだこの時期は、16時半を過ぎると薄暗くなってくる。
「ごめんなさい、送っていく事が出来なくて」
「何言ってんの。エルちゃんに夜道歩かせる方が心配だよ。エルちゃんは可愛いんだから、直ぐ男に食べられちゃいそう」
「そんな事無いわ。貴女……マーシャの方がよっぽど綺麗な顔をしているもの」
「あは、女の子からそんな事言われたの初めてだなぁ」
家の外へ出た彼女が再び振り返り、私の頭をポンと撫でた。それは優しく、温かく、とても安心できる手だった。
「次合うときは、ちゃんと“友達”として会おうね」
「ええ、是非」
マーシャと手を振り合い、此処を去っていくその背をぼんやりと見つめる。
彼女の発言に振り回され、怒ったり動揺したり、散々な2時間だった。だが、心につっかえていた違和感はすとんと落ち、気持ちは不思議とすっきりしていた。
彼女とこれから、良い交友関係を築けていけるだろうか。マーシャは一見、裏を感じさせる様な雰囲気を纏っている人だが、とても話しやすく、素直な人の様にも見えた。
思い返してみれば、先程私に嘘を言った時も彼女の表情は硬く、何処か話し方もぎこちなかった様に感じる。
それは自身の素性を明かした事による緊張感だと思っていたが、もしかすると彼女は嘘を吐くのが苦手な人なのかもしれない。
「――あ!」
突如マーシャが声を上げ、勢い良く振り返った。
遠目に見える彼女の顔には、私がベッドの下に下着を隠しているのを発見した時と同じ、にやにやとした笑みが浮かんでいる。
「――言い忘れてたけど、私とセディはただの幼馴染!ただの家族みたいな存在で、一緒に居てドキドキもしないし、況してや恋心なんて一切抱いてないから!」
彼女の声が、住宅街に響き渡る。幸い周囲に人は居ないが、まるで私の気持ちを見透かされている様に感じ、一気に顔に熱が上った。
「――だから、私とセディの関係は心配しなくていいよ!2人の事、応援してるから!」
それだけ言うと、彼女は満足げな顔で手を大きく頭上で振った。
恋心。応援。今の私には、彼女の言葉が上手く理解できない。
彼女は何か重要な所を勘違いしているのでは無いか。私とセドリックは、決してそういう関係では無い。
そして私のこの感情は、“応援”される物では無い筈だ。
彼女のその言葉が、今日1番に自身の心を乱す。だが、何故此処まで心が乱れるのか、何故此処まで顔に熱が上るのか、鼓動は高鳴るのか、分からないまま。
そのまま私は玄関先で蹲り、マーシャの背を見えなくなる迄見つめ続けていた。
彼女の言葉で我に返り、時計に視線を向ける。時計が指している時刻は16時半。彼女が此処を訪ねて来てから、もう2時間が経とうとしていた。
「ティーカップ、ごめんね。怪我はない?」
「……えぇ、大丈夫。私が悪いの、ごめんなさい」
「いや、原因を作ったのは私だから。セディには私から謝っておくね」
マーシャが私の前から、割れたティーカップが乗せられたソーサーを取った。そして空の紙袋に割れたカップ類を押し込み、徐に席を立つ。
「これは、私が処分しておくから」
「……お手を煩わせてしまって……ごめんなさい……」
「いいんだよ、全部私が招いた事だし。エルちゃんはもう謝らないで」
慌てて椅子から立ち上がり、玄関の方へと向かうマーシャの背を追いかける。
「今日は、色々と困らせちゃってごめんね。でも誤解しないで、初めて会った時に言った『仲良くなりたい』は本音だから。それに、エルちゃんの力になれる事もあるって言った事も」
玄関扉の前、振り返ったマーシャが優しく笑う。それはいつかのメアリーが見せてくれた表情を連想する笑顔で、胸がズキリと痛んだ。
「嘘は、もうつかない。これからは全部本当の事を言うよ。難しいと思うけど、私の事はあまり疑わないで、信じて欲しい」
「……えぇ、勿論。疑うつもりは無いわ」
「そう。分かって貰えてよかった。それと、セディの事も信じてやって。あいつ、嘘ついたりとか出来る程器用な人間じゃないから。それにセディは特に分かりやすいし、注意して見てたら性格とかも色々掴めてくるんじゃないかな」
「……そうかしら」
マーシャがゆっくりと、玄関扉を開いた。
冬に比べて日が長くなってきた物の、まだこの時期は、16時半を過ぎると薄暗くなってくる。
「ごめんなさい、送っていく事が出来なくて」
「何言ってんの。エルちゃんに夜道歩かせる方が心配だよ。エルちゃんは可愛いんだから、直ぐ男に食べられちゃいそう」
「そんな事無いわ。貴女……マーシャの方がよっぽど綺麗な顔をしているもの」
「あは、女の子からそんな事言われたの初めてだなぁ」
家の外へ出た彼女が再び振り返り、私の頭をポンと撫でた。それは優しく、温かく、とても安心できる手だった。
「次合うときは、ちゃんと“友達”として会おうね」
「ええ、是非」
マーシャと手を振り合い、此処を去っていくその背をぼんやりと見つめる。
彼女の発言に振り回され、怒ったり動揺したり、散々な2時間だった。だが、心につっかえていた違和感はすとんと落ち、気持ちは不思議とすっきりしていた。
彼女とこれから、良い交友関係を築けていけるだろうか。マーシャは一見、裏を感じさせる様な雰囲気を纏っている人だが、とても話しやすく、素直な人の様にも見えた。
思い返してみれば、先程私に嘘を言った時も彼女の表情は硬く、何処か話し方もぎこちなかった様に感じる。
それは自身の素性を明かした事による緊張感だと思っていたが、もしかすると彼女は嘘を吐くのが苦手な人なのかもしれない。
「――あ!」
突如マーシャが声を上げ、勢い良く振り返った。
遠目に見える彼女の顔には、私がベッドの下に下着を隠しているのを発見した時と同じ、にやにやとした笑みが浮かんでいる。
「――言い忘れてたけど、私とセディはただの幼馴染!ただの家族みたいな存在で、一緒に居てドキドキもしないし、況してや恋心なんて一切抱いてないから!」
彼女の声が、住宅街に響き渡る。幸い周囲に人は居ないが、まるで私の気持ちを見透かされている様に感じ、一気に顔に熱が上った。
「――だから、私とセディの関係は心配しなくていいよ!2人の事、応援してるから!」
それだけ言うと、彼女は満足げな顔で手を大きく頭上で振った。
恋心。応援。今の私には、彼女の言葉が上手く理解できない。
彼女は何か重要な所を勘違いしているのでは無いか。私とセドリックは、決してそういう関係では無い。
そして私のこの感情は、“応援”される物では無い筈だ。
彼女のその言葉が、今日1番に自身の心を乱す。だが、何故此処まで心が乱れるのか、何故此処まで顔に熱が上るのか、鼓動は高鳴るのか、分からないまま。
そのまま私は玄関先で蹲り、マーシャの背を見えなくなる迄見つめ続けていた。
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