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XVII 恋の意識-I
しおりを挟む「おかえりなさい、セドリック」
時刻は18時前。
仕事から帰宅したセドリックからジャケットを受け取り、丁寧にハンガーへと掛ける。
テーブルの上に並べられているのは2人分の食事。先程焼きあがったばかりの、夕飯のミートパイだ。
帰ってきて早々、ネクタイを解きながら料理を覗き込むセドリックは、今日もお腹を空かせて帰ってきてくれた様だった。
「美味そうだな。ミートパイか」
「えぇ、たまにはパイを作ってみようと思って」
パイの焼き方は屋敷に居た頃に教わっていたものの、少々手間が掛かる上に失敗のリスクが高い為、今迄手を出して来なかった。だが、今日街へ買い出しに出かけた際、ライリーから「男は野菜多めのスープよりも肉料理を好む」との情報を貰った為、頑張って1から作ってみたのだ。
その結果、少々指先に怪我を負ってしまった物の、パイは綺麗に焼く事が出来た。部屋に充満するパイの香ばしい香りに、お腹がきゅうと小さく鳴く。
「冷めないうちに、頂きましょう」
彼を促しつつ、最早定位置となった席へと着いた。
皿の向こう側に置かれたグラスを手に取り、注がれた水を口に含み乾いた口内を潤す。そして私と同じ様に席に着いたセドリックに柔らかく微笑みかけ、皿の両隣に置かれたナイフとフォークを手に取った。
「お口に合えばいいのだけど」
「お前が作った料理で、不味かった物は無いって何回言えば覚えるんだ」
不愛想で棘があり、目も合わせてくれない。だが彼のその言葉は、彼なりの褒め言葉だ。
最近漸く、その刺々しさにも慣れてきた。これがマーシャの言っていた、彼の“分かりやすい”一面なのだろうか。
未だ素っ気ない彼の対応に不安を抱く事はある物の、彼の性格は凡そ掴めてきている様な気がする。
左手に持ったフォークでパイを押さえ、右手のナイフをゆっくりとパイに差し込んだ。サク、と聴覚を刺激する音がした直後、割れたパイの中からフィリングが零れだす。
肝心なのは味だが、見た目だけで言えば満点だ。出来栄えの良いパイに心が弾む。
一口大に切ったパイにフィリングを乗せ、零さぬ様にそっと口へ運んだ。
屋敷に居た頃に、特別料理が上手く両親からも甚く気に入られていたシェフから教わったレシピだ。私が配合を間違えてさえいなければ、味に問題は無い筈。
だが、やはり作り慣れていない料理を食べる際には少々緊張感を抱いてしまう。
味覚に神経を集中させ、ゆっくりと口の中に含んだパイを咀嚼した。
外側はサクサクとしていて、中はフィリングが染み込みふわふわとしているパイ生地。そして噛み締める度に肉汁が溢れだす、少々スパイスの効いたフィリング。
「――美味しい……!」
思わず口に出してしまった言葉に、向かいに座っていたセドリックが小さく反応した。ぱちりと視線がぶつかり合い、彼が少々間を置いて頷く。
「…あぁ、美味い」
見た目だけでなく、味迄も完璧に作れたのはこの上無く嬉しい。だが、自身が作った料理を彼よりも先に“美味しい”と口にしてしまった事に、言葉にし難い羞恥心が沸き上がるのを感じた。
「ごめんなさい、つい」
熱くなった顔を冷ます様に、グラスの水を呷る。
彼にも、“美味しい”と言わせてしまった様なものだ。出来れば、その言葉は彼の意思で言って貰いたかった。
羞恥は収まる事無く、冷たい水で潤した口内も再び熱を持つ。
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