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XLVIII 心労-I

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「エルちゃん……大丈夫かい……」

 全身を刺す様な寒さに、空から落ちてくる寒雨かんう氷雪ひょうせつに変わり始める昼頃。玄関扉を開いた先には、見知った顔が立っていた。
 今の私を見れば、誰だって深憂しんゆうを抱くだろう。結った髪は乱れ、睡眠不足から顔色も悪く、娘に掴まれた所為で衣類には沢山の皺が付いてしまっている。決して、“大丈夫”などでは無い。
 しかし、それを彼女――ライリーに訴えた所で仕方が無い。子育てが大変だという事位、出産前から分かり切っていた事だ。
 ライリーの言葉に黙って頷き、家の中へと彼女を招き入れた。

 彼女は、セドリックと私の間に子供が出来た事を何よりも喜んでくれた1人だ。
 詳しい話は聞いていないが、どうやら彼女とセドリックは古い仲の様で、ライリーにとってセドリックは息子や弟も同然らしい。それ故か、私の事も特別気に掛けてくれている様だった。
 そして子供が生まれてからは、毎日の様に店を空けて我が家に娘の顔を見に来ている。まるで親戚かの様にライリーは娘2人を過度に可愛がり、亭主に作らせたのであろう木製の玩具を毎日持ってきては嬉しそうに娘に与えていた。

 しかし、子供が生まれて早3ヵ月。彼女の笑顔も、私の笑顔も次第に減っていった。

 姉であるルイは比較的大人しく、理由無く泣く事が殆ど無い為手が掛からない。しかし、妹のレイは常に泣き叫び、非常に手の掛かる子供だった。
 あまりに泣く頻度が高い為、何処か怪我をしていたり、病に侵されているのでは無いかと診療所へ連れて行った位だ。
 マクファーデン先生の適切な診察により、レイに怪我や病気が無い事は分かった。しかし、何故レイがこれ程までに泣くかの理由は分からなかった。

 声が枯れるまで泣き叫び、そして泣き疲れては眠り、起きては再び泣き出す。家事もままならない生活に次第に疲れてしまい、私はこの3ヵ月間で大きく変わった。
 折角出産や子育ての為に頑張って4ポンド程体重を増やしたというのに、この3ヵ月で7ポンドも落ちた。当初の体重を遥かに下回ってしまい、街に出れば会う人に「酷くやつれた」と言われる様になってしまった。


「目の下のくま、酷いよ。うちは子供が出来なかったから子育ての苦労は分からないが……、エルちゃんは子供を持つにはまだ早い年齢だろう。誰か、私以外の人を頼ってもいいんじゃないかい。生活も、特別厳しい訳でもないんだろう?」

「――毎日、ごめんなさい。迷惑を掛けてしまって」

 レイに手を焼いているうちに、次第に街に行く時間が作れなくなってしまっていた。食材の買い出しも出来なければ、散歩で気分転換なんて事も出来ない。
 それを知ったライリーが、少しでも私の負担を減らせるようにと毎日食材を買って自宅に届けてくれる様になった。
 しかし、当然彼女にも自分の店があり、生活がある。今こうして彼女を頼ってしまっている事にも、深い罪悪感を抱いていた。
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