DachuRa 4th story -冷刻という名の、稀有なる真実-

白城 由紀菜

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XI 屋敷案内と音楽室

III

「此処では、社交ダンスや淑女の歩き方、振る舞い方など、身体を使ったレッスンをメインに行います」

「あぁ、それで家具がこんなにも少ないんですね」

「左様で御座います。ピアノやヴァイオリンなどといった楽器のレッスンは、別室で行います」

 アイリーンの言葉に、私の隣で所在無げに部屋を眺めていたレイがぱっと顔を上げた。

「ピアノあるの!? 見たい!」

「……恐らくもう長い間使用しておりませんし、楽器はわたくしの担当外ですので、調律が合っているのかは分かり兼ねますが……」

 レイの食い付き具合に驚いたのか、アイリーンがややたじろぎながらも「此方です」と言ってレッスンルームを出た。その後を、レイが軽やかな足取りでついていく。
 ――ピアノは、特別な楽器。
 それは私たち姉妹にとって、最も大きな共通認識だ。口や態度には出さなかったが、ピアノと聞いて、私の心もレイと同じくらいに反応した。
 ピアノの音色が好きだとか、ピアノが唯一奏でられる楽器だとか――そんな、一言で人に納得してもらえる様な明確な理由は存在しない。きっと、人に説明しようとしても首を傾げられるだけだろうし、最後まで理解を得られない可能性もある。
 しかしそれでも、私たちにとって共通認識になる程には特別だった。
 ――ピアノは、だから。
 まだ、私たちが九つだった頃。父に、街の小さな劇場へと連れて行って貰った事があった。
 きっかけは、貸本屋で借りさせて貰った児童図書。ピアノの才能を持った主人公の青年が、その音色で様々な人の心を癒していくファンタジーだ。それをレイと共に読んでピアノに興味を持ち、音色を聴いてみたいと父にせがんだのだ。
 名は忘れてしまったが、父はその劇場のオーナーと知り合いだったそうで、やけにフランクなオーナーに髪をわしゃわしゃと乱暴に撫でられた記憶がある。それを、私はその時酷く鬱陶しいと思った。レイはオーナーに、よく懐いていた様だったけれど。
 グランドピアノで一曲弾いて見せてくれた父は、凄く綺麗だった。元々恐ろしささえも感じさせる程に容姿の整った人であったが、指の動きや鍵盤を追う視線、伏し目がちの瞳がとても優雅で美しく、幼心にやはり父は私の憧れなのだと実感した。
 その後オーナーに『セドリックの血を引いているんだ、もしかすると、二人に音楽の才能があるかもしれないぞ』なんて言われて、順番にピアノに触らせて貰った。
 レイは音階が良く理解出来なかった様で、何故メロディが奏でられるのかと不思議そうにしていたが、私はどうしてだかそれ等を理解する事が出来た。父の手の動きと位置、音を覚え、見様見真似で鍵盤を叩いてみると、奇しくもそれはメロディになった。そんな私を見て、父もオーナーも大層驚いていた。
 オーナーに、『幼少期のセドリックを見ている様だ』と言われたのは今でもよく覚えているし、オーナーの事は好きになれなかったが、その言葉だけはなんだか嬉しかった。

「――此方が音楽室となります」

 レッスンルームから、その音楽室とやらは然程離れていなかった。
 扉を開いた先にあるのは、黒のグランドピアノと壁に立てかけられたヴァイオリンケース。部屋の広さだけで言えばレッスンルームと同じ位だが、グランドピアノが場所を取っているからか少々狭苦しい印象を抱いた。けれども天井まで届く大きな窓があり、庭園が一望出来る為か、不思議と圧迫感は無い。

「少し、楽器に触れてみますか?」

 淡々と、とも、恐々と、とも取れない声音で問われ、レイと共にアイリーンに視線を向けた。私たちがあまりに物欲しげな目をしていたのか、それともただの、彼女なりの善意か。その口調の所為で咄嗟に判別がつかず、返答に窮する。今更の様な気もするが、我儘で躾のなっていない子供だとは思われたくない。
 だがレイはそんな事欠片も考えて居ない様子で、瞳を輝かせた。

「触ってもいいの!?」

 そう喜々と尋ねるレイに、「先程申し上げた通り、調律が合っているかは分かり兼ねますが」と言って、アイリーンが開いたままだった音楽室の扉を閉めた。
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