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XIII その時彼女は何を見る-III
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――今回、マーシャの意見が正しいとは思えないが、不思議とマーシャの言う事を聞いて状況が悪化、もしくは取り返しのつかない事態に陥った事は過去に無かった。
今回も、マーシャを信じてエルに想いを伝えるべきなのだろうか。だが幾らマーシャの言う事が正しかったとしても、今回は前例がない。拒絶されてしまえば全てが終わりだ。
マーシャを疑っている訳では決して無いが、簡単に決断できないのも確かだった。
「……お前がエルから、少しでも心情を読み取ってくれたらなぁ」
窓の外を眺め、ぼんやりと呟く。
暗い心情と裏腹に、嫌味な程に晴れた空は雲一つ無い。
街に出るのが好きなエルは、今日の様に晴れた日は1日外出をしているのだろう。街でも知り合いが出来てきた様で、毎日楽しそうにその日あった事を話してくれる彼女は非常に愛おしい。しかし、当然嫉妬もしてしまう。
愛嬌がある彼女は街の人間からも好かれる様で、毎日フルーツや野菜などを多く貰って帰ってきていた。エルのその愛嬌と淑やかさ、そして誰にも劣らない美貌から、知らぬ間に街ではマドンナ的存在になっているらしい。そんな事実、黙って見ている訳にはいかない。
彼女が別の人間に取られてしまう前に、何か策を練らなければ。しかし、どれだけ考えてみても寝不足の頭では何も思いつく事は無い。
「早くしないと、別の男に持ってかれちゃうよ」
自身の気持ちを見透かした様に、マーシャがにやにやと笑いながら茶々を入れる。
「うるせぇな、分かってるよ」
エルは毎日、ライリーの居る店にペンダントを眺めに足を運んでいるらしく、ライリーとエルは客と店主の関係を超えて友人関係を築いているらしい。そんなライリーは俺とエルの曖昧な関係に気付いているらしく、会う度にエルと早く関係を築けと催促してくる。
毎日世間話をしているのなら、少なくとも俺の話題が出る事はあるだろう。何かエルから聞いていないのかと、そうライリーに尋ねてみても、彼女はにやにやと揶揄う様な笑みを浮かべるばかりで何も教えてはくれなかった。
「――あんたに足りないのは、鋭敏さだろうなぁ……」
「……はぁ?」
「別に、あんたにエルちゃんの事教えてあげても良いんだけど、それってなんか反則な気が……」
「……」
確かに、マーシャがエルの感情を読んでそれを俺に伝える事は、エルからすれば気分のいい話ではないだろう。その事実をエルが知ったら、間違いなく気分を害す筈だ。
彼女の言葉に反論出来ず、口を噤む。
「……でも、あんたがこのまま動かないなら教えるしかないかなぁ」
マーシャが徐にソファから立ち上がり、ホールの窓を開けた。温かな風がホールに流れ込み、カーテンがふわりと揺れる。
カップの中の紅茶からは、もう湯気は立っていない。温くなってしまった紅茶を飲む気にはなれなかったが、折角淹れて貰った紅茶を残すのも忍びなく思い、半分程入った紅茶を一気に飲み干した。
「私がエルちゃんと初めて会った日、覚えてる? 多分マリアちゃんが最後に此処に来た日だと思うんだけど」
「あぁ、パーティーの翌日だろ」
「そう。あの時さ、エルちゃんが時々私達を見て複雑な表情を浮べてたの、覚えてない?」
――マーシャを引き連れて、家に戻った時。彼女は確かに困惑をしていた様に思えたが、マーシャの言う“複雑”な表情を浮べていたかどうか迄は記憶に残っていない。
その“複雑”な表情というのが、困惑を指している訳では無いだろう。記憶にないと言うのもなんとなしに憚られ、曖昧に言い淀んでいるとマーシャが一言「そこまでは見てなかったか」と呆れ半分に呟いた。
「あの時エルちゃんからさ、凄い嫌な感情が流れてきたんだよね。寝起き悪い子では無いみたいだし、そういうのじゃなくて……、例えるなら、嫉妬」
「嫉妬……? 出逢って一晩しか経ってないのにか」
「そこまでは分かんないけど。でも、本人はそれが嫉妬だって気付いてないみたいだった。無自覚で嫉妬しちゃうとか可愛いよね、あんたと違ってあの子素直だし」
開いた窓の前、壁に凭れ掛かるマーシャは微笑みを浮かべていた。それは、いつもの様な意地の悪い物では無い。何か大切な物を思い浮かべている様な、優しい表情だ。
マーシャにもそんな表情が出来たのか、等と思いつつ暫くその顔を見つめていると、マーシャの眉間に皺が寄った。
「ちょっと、余計なこと考えてないで真剣に聞きなさいよ」
「……聞いてる」
心情が筒抜けな事に居た堪れなくなり、思わずマーシャから顔を背けた。
今回も、マーシャを信じてエルに想いを伝えるべきなのだろうか。だが幾らマーシャの言う事が正しかったとしても、今回は前例がない。拒絶されてしまえば全てが終わりだ。
マーシャを疑っている訳では決して無いが、簡単に決断できないのも確かだった。
「……お前がエルから、少しでも心情を読み取ってくれたらなぁ」
窓の外を眺め、ぼんやりと呟く。
暗い心情と裏腹に、嫌味な程に晴れた空は雲一つ無い。
街に出るのが好きなエルは、今日の様に晴れた日は1日外出をしているのだろう。街でも知り合いが出来てきた様で、毎日楽しそうにその日あった事を話してくれる彼女は非常に愛おしい。しかし、当然嫉妬もしてしまう。
愛嬌がある彼女は街の人間からも好かれる様で、毎日フルーツや野菜などを多く貰って帰ってきていた。エルのその愛嬌と淑やかさ、そして誰にも劣らない美貌から、知らぬ間に街ではマドンナ的存在になっているらしい。そんな事実、黙って見ている訳にはいかない。
彼女が別の人間に取られてしまう前に、何か策を練らなければ。しかし、どれだけ考えてみても寝不足の頭では何も思いつく事は無い。
「早くしないと、別の男に持ってかれちゃうよ」
自身の気持ちを見透かした様に、マーシャがにやにやと笑いながら茶々を入れる。
「うるせぇな、分かってるよ」
エルは毎日、ライリーの居る店にペンダントを眺めに足を運んでいるらしく、ライリーとエルは客と店主の関係を超えて友人関係を築いているらしい。そんなライリーは俺とエルの曖昧な関係に気付いているらしく、会う度にエルと早く関係を築けと催促してくる。
毎日世間話をしているのなら、少なくとも俺の話題が出る事はあるだろう。何かエルから聞いていないのかと、そうライリーに尋ねてみても、彼女はにやにやと揶揄う様な笑みを浮かべるばかりで何も教えてはくれなかった。
「――あんたに足りないのは、鋭敏さだろうなぁ……」
「……はぁ?」
「別に、あんたにエルちゃんの事教えてあげても良いんだけど、それってなんか反則な気が……」
「……」
確かに、マーシャがエルの感情を読んでそれを俺に伝える事は、エルからすれば気分のいい話ではないだろう。その事実をエルが知ったら、間違いなく気分を害す筈だ。
彼女の言葉に反論出来ず、口を噤む。
「……でも、あんたがこのまま動かないなら教えるしかないかなぁ」
マーシャが徐にソファから立ち上がり、ホールの窓を開けた。温かな風がホールに流れ込み、カーテンがふわりと揺れる。
カップの中の紅茶からは、もう湯気は立っていない。温くなってしまった紅茶を飲む気にはなれなかったが、折角淹れて貰った紅茶を残すのも忍びなく思い、半分程入った紅茶を一気に飲み干した。
「私がエルちゃんと初めて会った日、覚えてる? 多分マリアちゃんが最後に此処に来た日だと思うんだけど」
「あぁ、パーティーの翌日だろ」
「そう。あの時さ、エルちゃんが時々私達を見て複雑な表情を浮べてたの、覚えてない?」
――マーシャを引き連れて、家に戻った時。彼女は確かに困惑をしていた様に思えたが、マーシャの言う“複雑”な表情を浮べていたかどうか迄は記憶に残っていない。
その“複雑”な表情というのが、困惑を指している訳では無いだろう。記憶にないと言うのもなんとなしに憚られ、曖昧に言い淀んでいるとマーシャが一言「そこまでは見てなかったか」と呆れ半分に呟いた。
「あの時エルちゃんからさ、凄い嫌な感情が流れてきたんだよね。寝起き悪い子では無いみたいだし、そういうのじゃなくて……、例えるなら、嫉妬」
「嫉妬……? 出逢って一晩しか経ってないのにか」
「そこまでは分かんないけど。でも、本人はそれが嫉妬だって気付いてないみたいだった。無自覚で嫉妬しちゃうとか可愛いよね、あんたと違ってあの子素直だし」
開いた窓の前、壁に凭れ掛かるマーシャは微笑みを浮かべていた。それは、いつもの様な意地の悪い物では無い。何か大切な物を思い浮かべている様な、優しい表情だ。
マーシャにもそんな表情が出来たのか、等と思いつつ暫くその顔を見つめていると、マーシャの眉間に皺が寄った。
「ちょっと、余計なこと考えてないで真剣に聞きなさいよ」
「……聞いてる」
心情が筒抜けな事に居た堪れなくなり、思わずマーシャから顔を背けた。
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