DachuRa 2nd story -呪われた身体は、許されぬ永遠の夢を見る-

白城 由紀菜

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XVII 歪な歌姫-VI

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「あぁ、お前の幼馴染だろ」

「あら、良く知ってるわね。……そう、マリアは私の大切な幼馴染。……マリアもね、今の貴方と同じ様な事したのよ。首にキスマークを付けて私の元へ帰ってきた時は、思わず引っ叩きそうになった」

「……はあ」

「このネックレス、綺麗でしょう? 私の誕生日に、手紙も無しに送りつけてきたの。私は、彼女が何処に居るかをずっと探し続けて、何通も手紙を送っていたのに。その気持ちを全て無視する様に、たったこれだけ。……彼女にとって私は、その程度の人間だったって事なのかしら」

 アリスの首元で光るのは、ドロップのブルーオパール。彼女の瞳の色と同じ色で、プラチナブロンドの髪にも良く似合っていた。
 鏡を見つめながら呟くアリスからは、もう先程の様な高慢さは感じられない。

 マリアからは過去の話は殆ど聞いておらず、2人の間に何があったかは知らない。だがアリスの話を聞く限りだと、どうやらマリアは何も告げずにアリスの元を離れて行ってしまった様だ。

「――許せないの、マリアの事。なのに……2人の思い出のこの場所で、このネックレスを付けてステージに立つなんて……。このネックレスが唯一彼女と繋がれる物だって信じて縋って……。愚かね、私」

 彼女が顔を歪め、悲しそうに笑った。

「……私がしている事ね、間違ってるって分かっているのよ。どれだけ新しい物を求めても、そこに本当の愛が無い事位、ね。でも、自分に足りない物を満たす事は出来るでしょう? こうでもしていないと、私は過去から、マリアから離れられない。マリアはもう、私の事なんて覚えていないかもしれないのに……」

 シガレットケースから取り出した煙草を、口に咥える。煙草の先に火を付け、煙を深く吸い込みゆっくりと吐き出した。
 そしてアリスのブルーグリーンの瞳を真っ直ぐに見つめ、口を開く。

あの女マリアにとって、お前は確かに何よりも大切な存在だった」

「……そんな慰め要らないわ。惨めになるだけだもの」

「慰めで言ってんじゃねぇよ、思い上がるな。2人の間に何があろうとどうでもいいし、俺は早くこの場から解放されたい。大切な妻を探しに行かないといけないからな。……でも不本意だが、依頼者からお前に伝言を預かってるんだ。完全に業務外だし、別に伝えなくたって俺は構わないんだが」

「……依頼者? ……業務? 何の事?」

 煙草が沈んだグラスに灰を落とし、壁に沿って置かれた古びたソファに腰を下ろした。

「言うつもりは無かったが、もうこの際良いだろう。マリア・ウィルソンは、俺の仕事の依頼者だった。俺の仕事の同僚兼幼馴染が彼女と仲が良かった様で、そこからな。俺が彼女に会ったのはたったの3回。彼女からは何も聞いていないし、彼女の素性も知らない」

「……依頼者……って事は、何かの取引をしたって事よね? マリアは貴方に何を依頼したの?」

「それは言えない」

「どうして……!」

「……まぁ、企業秘密ってやつだ。他言は契約にも反する。……話を続けるぞ。取引終了後、彼女と別れる際お前への伝言を託された」

「……伝言?」

 あの日彼女マリアが俺に残した最後の言葉。その時の事は、今でも鮮明に思い出せる。

「“貴女の事、ずっと信じてるから自分を見失わないで”」

「――!」

 ソファから腰を上げ、短くなった煙草をグラスの中に放り込んだ。
 壁時計に視線を向け時間を確認し、扉のドアノブに手を掛ける。

「……ちゃんと、伝えたからな」

 建付けの悪い扉が、大きな音を立てて開いた。

「……待ってよ」

 背後からアリスの弱々しい声が聞こえ、振り返る。彼女は床に座り込み項垂れていて、顔を上げようとしない。

「なんだ」

「……マリアは今、生きているの?」

「……」

 アリスのその消え入りそうな声に、何も返事をする事が出来なかった。
 マリアの生死は未だ不明だ。マーシャの口からも、あれからマリアの名前を聞く事は無かった。
 取引相手のその後の生活は干渉しない。これはこの仕事の常識であり、規則でもある。彼女のその後が知りたくても、調べてはいけないルールなのだ。

「……さぁな」

 控室を出て、後ろ手で扉を閉める。
 規則さえなければ、もう少し満足のいく回答が出来ただろう。
 部屋の中から聞こえるアリスの泣き声に後ろ髪を引かれつつ、最愛の妻を探すべく雨音が聞こえる街へと足を向けた。
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