72 / 162
XVII 歪な歌姫-VI
しおりを挟む「あぁ、お前の幼馴染だろ」
「あら、良く知ってるわね。……そう、マリアは私の大切な幼馴染。……マリアもね、今の貴方と同じ様な事したのよ。首にキスマークを付けて私の元へ帰ってきた時は、思わず引っ叩きそうになった」
「……はあ」
「このネックレス、綺麗でしょう? 私の誕生日に、手紙も無しに送りつけてきたの。私は、彼女が何処に居るかをずっと探し続けて、何通も手紙を送っていたのに。その気持ちを全て無視する様に、たったこれだけ。……彼女にとって私は、その程度の人間だったって事なのかしら」
アリスの首元で光るのは、ドロップのブルーオパール。彼女の瞳の色と同じ色で、プラチナブロンドの髪にも良く似合っていた。
鏡を見つめながら呟くアリスからは、もう先程の様な高慢さは感じられない。
マリアからは過去の話は殆ど聞いておらず、2人の間に何があったかは知らない。だがアリスの話を聞く限りだと、どうやらマリアは何も告げずにアリスの元を離れて行ってしまった様だ。
「――許せないの、マリアの事。なのに……2人の思い出のこの場所で、このネックレスを付けてステージに立つなんて……。このネックレスが唯一彼女と繋がれる物だって信じて縋って……。愚かね、私」
彼女が顔を歪め、悲しそうに笑った。
「……私がしている事ね、間違ってるって分かっているのよ。どれだけ新しい物を求めても、そこに本当の愛が無い事位、ね。でも、自分に足りない物を満たす事は出来るでしょう? こうでもしていないと、私は過去から、マリアから離れられない。マリアはもう、私の事なんて覚えていないかもしれないのに……」
シガレットケースから取り出した煙草を、口に咥える。煙草の先に火を付け、煙を深く吸い込みゆっくりと吐き出した。
そしてアリスのブルーグリーンの瞳を真っ直ぐに見つめ、口を開く。
「あの女にとって、お前は確かに何よりも大切な存在だった」
「……そんな慰め要らないわ。惨めになるだけだもの」
「慰めで言ってんじゃねぇよ、思い上がるな。2人の間に何があろうとどうでもいいし、俺は早くこの場から解放されたい。大切な妻を探しに行かないといけないからな。……でも不本意だが、依頼者からお前に伝言を預かってるんだ。完全に業務外だし、別に伝えなくたって俺は構わないんだが」
「……依頼者? ……業務? 何の事?」
煙草が沈んだグラスに灰を落とし、壁に沿って置かれた古びたソファに腰を下ろした。
「言うつもりは無かったが、もうこの際良いだろう。マリア・ウィルソンは、俺の仕事の依頼者だった。俺の仕事の同僚兼幼馴染が彼女と仲が良かった様で、そこからな。俺が彼女に会ったのはたったの3回。彼女からは何も聞いていないし、彼女の素性も知らない」
「……依頼者……って事は、何かの取引をしたって事よね? マリアは貴方に何を依頼したの?」
「それは言えない」
「どうして……!」
「……まぁ、企業秘密ってやつだ。他言は契約にも反する。……話を続けるぞ。取引終了後、彼女と別れる際お前への伝言を託された」
「……伝言?」
あの日彼女が俺に残した最後の言葉。その時の事は、今でも鮮明に思い出せる。
「“貴女の事、ずっと信じてるから自分を見失わないで”」
「――!」
ソファから腰を上げ、短くなった煙草をグラスの中に放り込んだ。
壁時計に視線を向け時間を確認し、扉のドアノブに手を掛ける。
「……ちゃんと、伝えたからな」
建付けの悪い扉が、大きな音を立てて開いた。
「……待ってよ」
背後からアリスの弱々しい声が聞こえ、振り返る。彼女は床に座り込み項垂れていて、顔を上げようとしない。
「なんだ」
「……マリアは今、生きているの?」
「……」
アリスのその消え入りそうな声に、何も返事をする事が出来なかった。
マリアの生死は未だ不明だ。マーシャの口からも、あれからマリアの名前を聞く事は無かった。
取引相手のその後の生活は干渉しない。これはこの仕事の常識であり、規則でもある。彼女のその後が知りたくても、調べてはいけないルールなのだ。
「……さぁな」
控室を出て、後ろ手で扉を閉める。
規則さえなければ、もう少し満足のいく回答が出来ただろう。
部屋の中から聞こえるアリスの泣き声に後ろ髪を引かれつつ、最愛の妻を探すべく雨音が聞こえる街へと足を向けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる