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XXII 思い出せない記憶-IV
しおりを挟むエルに全ての事情を話し、男の情報が掴める迄家から出さない選択肢もあるが、エルはいつも通り危機感の無い顔で「私は大丈夫」と笑って言う事を聞いてくれないだろう。
苛立ちに任せテーブルを叩き、頭を抱え項垂れる。
「おにーさん、さっきから顔暗いけど大丈夫?」
頭上から女の猫撫で声が聞こえ、顔を上げた。
酒の入ったパイントグラスを片手に持ったアリアが、俺の顔を覗き込む。心配3、好奇心7、といった顔だ。そんな彼女を追い払う様に、アリアの目の前で手をひらりと振る。
「お前には関係ない。あっち行け」
「別に、今更おにーさんの事誘惑しようとなんかしないよう。おにーさん、私に興味ないの分かってるしい」
小さな頬を膨らませたアリアが、グラスをテーブルに叩き付けた。その拍子に、グラスに入っていた酒が揺れ、大量の酒がテーブルに撒き散らされる。
「ただ、初めて会った時と同じ顔してたから、どうしたのかなって心配になっただけ! 折角綺麗な顔してるのに、そんな顔してたら勿体ないぞ!」
徐に伸びたアリアの手が、頬を強く抓った。鈍い痛みと共に、僅かな痺れが頬に広がる。
「触るな」
その不快な感覚に、彼女の手を払い退けた。
バランスを崩したアリアが、背後のカウンターに手を突く。
「……?」
頬の痺れと払い退けた手の感触に、沸き上がる既視感。
思い出せなかった、夢の内容の断片図が脳裏を過った時の様な。どれだけ思考を巡らせても、その先だけが思い出せないもどかしさの様な。
俺は過去に、“誰かに同じ事”をした。それも、アリアによく似た女に。
隣を擦り抜けたアリアの手を掴む。
「……俺と、お前は、何処で出会ったんだ」
周囲の、煩かった客の声が引く。只ならぬ空気に、客の視線が自分達に集まっているのが分かった。
注目を浴びるのは嫌いだ。だが、今はそんな事を気にしている場合では無い。
「どうしたの、急に。おにーさん、顔怖いよ」
「話を逸らすな。答えろ」
彼女のヘーゼルの瞳が、動揺する様に揺れる。
「えーっと……」
アリアがぎこちない笑みを浮かべた。
「貧民街で、って言ったら……分かる?」
――胸を刺す痛みは期待か、或いは憂慮か。
それは体内を侵食する様に、じわりじわりと広がっていく。
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