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XXXII カウンセリングとバスカー-I
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足を組んで、ソファに深く腰掛ける。右肘は肘掛に突き、左手には火を付けたばかりの煙草。褒められた態度では無い事は重々承知の上だが、それよりも呼び出しておいて20分経っても話を始めない目の前の彼、マクファーデン医師の方が余程問題ではないだろうか。
「――それで、ご用件は」
本日3度目になる台詞を、彼に向って吐く。
「……」
彼はまだ、何も言わない。
少し開いた窓の隙間から煙が逃げていくのを眺めながら、深く溜息を吐いた。
隅々まで掃除が行き届いたこの部屋は、街の一角にある小さな診療所の診察室だ。
白を基調にしたデザインの壁は、長く見ていると目が痛くなってくる。首を前に倒し、瞳を閉じた。
「――此処が診察室だって分かっていますか?」
彼が呆れた様に溜息を吐き、ぱたり、と本を閉じた。
溜息を吐きたいのは此方の方だ。ガラス製のアッシュトレイに煙草の先を押し付け、彼に視線を向ける。
「だったら、診察室にこんなもん置いとくなよ」
吸い終わった煙草が2本入ったアッシュトレイを指先で弾く。
「それは、診察室の中に煙草を捨てて行かれない様に用意した物です。アッシュトレイがあるからと言って、煙草を吸っていいという訳ではありませんよ」
「随分な屁理屈だな」
ソファの背凭れに深く身を預け、「んで、用件は」ともう一度同じ言葉を吐いた。
「カウンセリングという名の雑談を、と思いまして」
彼が表情を崩さず、淡々と答える。
その彼が言う、“雑談”をする為に何故自身が20分も待たされたのかと疑問に思いつつも、理由を問うのが面倒に思い黙って首を縦に振った。
「気になった事が、ありまして」
「はあ」
徐に書類の詰まったフォルダを開いた彼が、俺から顔を背ける。
「……マーシャの様子は、どうですか」
「マーシャ?」
彼の口からマーシャの名前を聞くのはこれで2度目だ。彼はやたらとマーシャを気に掛けている様に見えるが、反対のマーシャからは彼の名前を聞いた事は1度も無い。
「……様子って、言われてもな」
マーシャとは、仕事の予定の問題でここ数日顔を合わせていなかった。しかし、少し前に一度職場のホールで顔を合わせた際、額や頬に大きなガーゼを貼り付けていた。
怪我でもしたのかと尋ねる前に彼女が「階段から落ちた」等と言って笑っていた為、それ以上深くは聞いていないが、もしや彼はマーシャの傷を心配しているのだろうか。
しかし、怪我の話ならば目の前の彼も大概だ。頬に明らかに人の物であろう大きな引っ掻き傷が付いていて、正直それはどうしたのかと尋ねるか寸前まで悩んだ。だが、痴情の縺れ末の物なのであれば彼自身も答え辛いだろう。あまり人を詮索すべきではない、と自身に言い聞かせ、それに関してはずっと口を噤んでいた。
「――特に、変わった様子が無いなら良いんです」
彼が強めに、開いていたフォルダーを閉じた。表情は変わらないものの、今の彼は何処か苛立っている様にも見える。
マーシャと何か、トラブルでも起こしたのだろうか。マーシャが彼と面識がある事には意外性を感じたが、考えてみればマーシャは幼少期からこの診療所に入り浸っていた。マーシャは前任のティンバーレイク医師に懐いていた様に記憶しているが、もしかすると彼関連でマクファーデン医師とも知り合ったのかもしれない。
「……話は、それだけか」
身体を前に倒し、ソファから腰を上げた。
「待ってください。話はまだ終わってません」
透かさず、彼の鋭い声が飛んでくる。
「――それで、ご用件は」
本日3度目になる台詞を、彼に向って吐く。
「……」
彼はまだ、何も言わない。
少し開いた窓の隙間から煙が逃げていくのを眺めながら、深く溜息を吐いた。
隅々まで掃除が行き届いたこの部屋は、街の一角にある小さな診療所の診察室だ。
白を基調にしたデザインの壁は、長く見ていると目が痛くなってくる。首を前に倒し、瞳を閉じた。
「――此処が診察室だって分かっていますか?」
彼が呆れた様に溜息を吐き、ぱたり、と本を閉じた。
溜息を吐きたいのは此方の方だ。ガラス製のアッシュトレイに煙草の先を押し付け、彼に視線を向ける。
「だったら、診察室にこんなもん置いとくなよ」
吸い終わった煙草が2本入ったアッシュトレイを指先で弾く。
「それは、診察室の中に煙草を捨てて行かれない様に用意した物です。アッシュトレイがあるからと言って、煙草を吸っていいという訳ではありませんよ」
「随分な屁理屈だな」
ソファの背凭れに深く身を預け、「んで、用件は」ともう一度同じ言葉を吐いた。
「カウンセリングという名の雑談を、と思いまして」
彼が表情を崩さず、淡々と答える。
その彼が言う、“雑談”をする為に何故自身が20分も待たされたのかと疑問に思いつつも、理由を問うのが面倒に思い黙って首を縦に振った。
「気になった事が、ありまして」
「はあ」
徐に書類の詰まったフォルダを開いた彼が、俺から顔を背ける。
「……マーシャの様子は、どうですか」
「マーシャ?」
彼の口からマーシャの名前を聞くのはこれで2度目だ。彼はやたらとマーシャを気に掛けている様に見えるが、反対のマーシャからは彼の名前を聞いた事は1度も無い。
「……様子って、言われてもな」
マーシャとは、仕事の予定の問題でここ数日顔を合わせていなかった。しかし、少し前に一度職場のホールで顔を合わせた際、額や頬に大きなガーゼを貼り付けていた。
怪我でもしたのかと尋ねる前に彼女が「階段から落ちた」等と言って笑っていた為、それ以上深くは聞いていないが、もしや彼はマーシャの傷を心配しているのだろうか。
しかし、怪我の話ならば目の前の彼も大概だ。頬に明らかに人の物であろう大きな引っ掻き傷が付いていて、正直それはどうしたのかと尋ねるか寸前まで悩んだ。だが、痴情の縺れ末の物なのであれば彼自身も答え辛いだろう。あまり人を詮索すべきではない、と自身に言い聞かせ、それに関してはずっと口を噤んでいた。
「――特に、変わった様子が無いなら良いんです」
彼が強めに、開いていたフォルダーを閉じた。表情は変わらないものの、今の彼は何処か苛立っている様にも見える。
マーシャと何か、トラブルでも起こしたのだろうか。マーシャが彼と面識がある事には意外性を感じたが、考えてみればマーシャは幼少期からこの診療所に入り浸っていた。マーシャは前任のティンバーレイク医師に懐いていた様に記憶しているが、もしかすると彼関連でマクファーデン医師とも知り合ったのかもしれない。
「……話は、それだけか」
身体を前に倒し、ソファから腰を上げた。
「待ってください。話はまだ終わってません」
透かさず、彼の鋭い声が飛んでくる。
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