DachuRa 2nd story -呪われた身体は、許されぬ永遠の夢を見る-

白城 由紀菜

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XXXII カウンセリングとバスカー-V

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 何の躊躇いも無く隙間を擦り抜け、彼女が人集りの中心部へ進んでいく。
 どんどん遠ざかっていく、エルの目印であるダークグリーンのストール。それを見失わぬ様に人を掻き分け、必死に追いかける。
 幾ら体調が安定しているとはいえ、まだまだ危険な時期である事には変わりない。もし彼女が、こんな人集りの中で転んだりでもしたら、咄嗟に抱き留める事すら出来ない。
 人の隙間から手を伸ばし、彼女のストールの裾を掴んだ。そのまま自身の元へと手繰り寄せる。

「あんまり好き勝手1人で行動するなよ」

「もう昔みたいに、迷子になったりしないわ」

「いや、そういう事では無くてだな……」

 2人組のバスカーに釘付けの瞳。きっと、俺の心配等微塵も気に留めていない。
 複雑な気持ちを抱きつつ、エルの視線の先のバスカーに目を向ける。

 古びたヴァイオリンを奏でる男性と、その音色に合わせて歌う女性。街の広場相応の演奏だが、楽し気なその雰囲気には何処か惹き付けられる物を感じる。

「こういった演奏を聞いていると、また楽器に触れたくなるわね」

 俺に凭れ掛かる様に腕を絡ませた彼女が、柔らかな表情で笑った。
 18歳迄貴族として育った彼女なら、ヴァイオリンなどの楽器が一通り扱えても何も不思議な事は無い。
 彼女には、ヴァイオリンの様な繊細な楽器が良く似合う。きっと彼女が奏でる音色は、繊細かつ優雅で嘸かし美しいのだろう。可能なら、1度でいいから聴いてみたいものだ。

 ふと、職場に所有者不明のヴァイオリンがあった事を思い出した。武器商人のルーシャが、時々それを勝手に触っては耳を衝く音を鳴らす。お世辞にも綺麗だとは言えない物だが、調律さえ正確に合わせればまだ使用出来るだろう。

 ぼんやりとそんな事を考えている間に、彼等の演奏は終わっていた様だ。観客に向かって笑顔で会釈する2人に、疎らな拍手が上がった。
 楽器の片付けを始めるバスカーに、興味を失った様に人が散っていく。観客が興味を惹かれたのは彼等では無く、演奏という見世物だったという事が良く分かる光景だった。

「……思いの外、直ぐ終わっちゃったわね」

 エルが悲し気に呟き、肩を落とした。そんな彼女を宥める様に背を撫で、帰路に付こうと大通りの方へと足を向ける。
 気温が高く暖かいと思っていたが、やはり長く屋外に居ると身体が冷えてくる。暖炉のある自宅に早く帰って、冷えた身体を温めよう。彼女と2人で温かいミルクでも飲みながら夜までゆっくり話をするのも良いかもしれない。それか、たまには自身が夕食を作ろうか。

 そんな事を考えながら、ふと現時刻が気になり背後に視線を向けた。生憎今日は懐中時計を持って出てきておらず、街中で時計を探すしか時刻を知る方法は無い。
 広場の中心に確か、大きな時計が置かれていた筈だ。視線だけを動かし、時計を探す。

「!」

 自身の背後に居た、ボーカルの女性が此方に顔を向ける。
 ぱちりと交わる視線。しまった、と思ってももう遅い。
 時計など、こんな広場で探さなくとも街に幾らでもあっただろうに。それに、此処から自宅まではあまり距離が離れていない。抑々、時間を知る必要など無かったのではないか。
 そんな後悔が、一瞬にして自身の中を駆け巡る。
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