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XLIII 最後の予言-IV
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今回の一連の出来事は、誰もが加害者であり被害者だ。そして全員、同じ罪を背負う。
そんな中憎むべき相手が居るとしたら、他でも無い自分自身だろう。
いつかこの仕事が家族の幸せを壊してしまうのではないかと、いつかこの仕事を選んだ事を後悔するのではないかと、ずっと思い続けていた。こんな事になってしまったのは、全て自身の責任だ。
スタインフェルドの言う通り、自身はそれ相応の責任を取らなくてはならないのかもしれない。
エルに全てを話したら、彼女はどんな顔をするだろうか。仕方が無いと受け入れるか、失望し俺から離れていくか。
もし彼女が後者を選んだ場合、俺は間違いなく正気を保っていられなくなるだろう。あの日の父の様に、エルを手に掛けてしまうかもしれない。
親なら娘を第一に考えるべきなのだろうが、ルイとレイが互いに信頼し合い、2人で1つの関係であった様に、エルは俺の全てであり生きる意味そのものだ。親失格だと言われようが、どうしてもこの思いだけは変える事が出来ない。
漸く視界の先に見えた我が家。その扉は僅かに開いており、風が吹く度にゆらゆらと開閉を繰り返している。
やはり、メイベルが言う様に家族の身に何かがあったのだろう。
足を動かす速度を緩め、扉の前で立ち止まった。
ドアノブに掛けた手は、感覚が麻痺する程冷え切っている。
こうしている間にも体温は奪われ、最早寒いという感覚すら無くなっていた。
息を深く吐き、ゆっくりと扉を開ける。
「……エル」
最愛の妻の名を呼びながら、家の中へ足を踏み入れる。
玄関マットに足を置いた瞬間、じわりと水が滲み出る感覚が伝わり足元に視線を落とした。
扉が開いていた所為だろうか。玄関マットはこれ以上無い程に雨水を含んでいて、踏み締める度にふつふつと濁った水が木の床に広がる。
そしてよく見ると、その水はマットだけに留まっておらず、テーブルの下に敷いたボルドーのカーペットにまで染みてしまっていた。
早く水を拭き取らなければ、いずれ木の床に水が染み込み、中で腐って黒く変色してしまうだろう。
しかし今は、その先の事を考える気にはなれなかった。
床に薄っすらと付いた足跡を、辿る様に中へ進んでいく。
大きさからして、エルの物で間違いないだろう。玄関から真っ直ぐ階段の方へ足跡が続いている所を見ると、エルが自宅へ戻って来た頃にはもう、既に2人は居なくなってしまっていた様だ。
木の階段を上り、娘2人の部屋の扉を開く。
「――エル」
視界に入ったのは、娘のベッドに突っ伏した彼女の背中。その背に投げ掛ける様に再び名を呼ぶと、項垂れたその小さな頭がゆっくりと此方に向けられた。
「――セドリック……2人が、居なくなっちゃったの……」
次第にその声は小さくなり、彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
「――ごめん、なさい……私が、ちゃんと2人を見ていなかったから……」
彼女の顔に浮かぶ絶望的な表情と、震えた自責の言葉。胸が抉られる様に痛み、濡れた服なのも構わず彼女をきつく抱きしめた。
「――ごめんなさい、ごめんなさい」
まるで子供の様に泣きじゃくる彼女が、俺に縋って何度もその言葉を繰り返す。
ふと、ベッドの上に投げられた1枚の紙が目に入った。あやす様に彼女の背を撫でながら、その紙を手に取る。
--
Dad, mom, goodbye. Don't forget us. 《パパ、ママ、さよなら。私達を忘れないでね。》
I love you, forever. 《いつまでも、愛しています。》
--
文字を書く事に慣れていない様なその文字は、紛れも無くルイの字だ。
普段から丁寧に文字を書くルイにしては、随分と字が乱れている。去り際、咄嗟に書いたのだろうか。
娘の事も、仕事の事も、スタインフェルドの事も、彼女に打ち明ける未来からは逃れられない。
意を決し、彼女の肩に触れその身体を自身から離した。
「エル、話さないといけない事がある」
――破滅は、いつも突然訪れる。
深い絶望に叩き付けられた自分達は、一体この先何処へ向かうのだろうか。
もしこの世に神がいるのなら、どうかこの物語の終幕を教えてはくれないだろうか。
そんな中憎むべき相手が居るとしたら、他でも無い自分自身だろう。
いつかこの仕事が家族の幸せを壊してしまうのではないかと、いつかこの仕事を選んだ事を後悔するのではないかと、ずっと思い続けていた。こんな事になってしまったのは、全て自身の責任だ。
スタインフェルドの言う通り、自身はそれ相応の責任を取らなくてはならないのかもしれない。
エルに全てを話したら、彼女はどんな顔をするだろうか。仕方が無いと受け入れるか、失望し俺から離れていくか。
もし彼女が後者を選んだ場合、俺は間違いなく正気を保っていられなくなるだろう。あの日の父の様に、エルを手に掛けてしまうかもしれない。
親なら娘を第一に考えるべきなのだろうが、ルイとレイが互いに信頼し合い、2人で1つの関係であった様に、エルは俺の全てであり生きる意味そのものだ。親失格だと言われようが、どうしてもこの思いだけは変える事が出来ない。
漸く視界の先に見えた我が家。その扉は僅かに開いており、風が吹く度にゆらゆらと開閉を繰り返している。
やはり、メイベルが言う様に家族の身に何かがあったのだろう。
足を動かす速度を緩め、扉の前で立ち止まった。
ドアノブに掛けた手は、感覚が麻痺する程冷え切っている。
こうしている間にも体温は奪われ、最早寒いという感覚すら無くなっていた。
息を深く吐き、ゆっくりと扉を開ける。
「……エル」
最愛の妻の名を呼びながら、家の中へ足を踏み入れる。
玄関マットに足を置いた瞬間、じわりと水が滲み出る感覚が伝わり足元に視線を落とした。
扉が開いていた所為だろうか。玄関マットはこれ以上無い程に雨水を含んでいて、踏み締める度にふつふつと濁った水が木の床に広がる。
そしてよく見ると、その水はマットだけに留まっておらず、テーブルの下に敷いたボルドーのカーペットにまで染みてしまっていた。
早く水を拭き取らなければ、いずれ木の床に水が染み込み、中で腐って黒く変色してしまうだろう。
しかし今は、その先の事を考える気にはなれなかった。
床に薄っすらと付いた足跡を、辿る様に中へ進んでいく。
大きさからして、エルの物で間違いないだろう。玄関から真っ直ぐ階段の方へ足跡が続いている所を見ると、エルが自宅へ戻って来た頃にはもう、既に2人は居なくなってしまっていた様だ。
木の階段を上り、娘2人の部屋の扉を開く。
「――エル」
視界に入ったのは、娘のベッドに突っ伏した彼女の背中。その背に投げ掛ける様に再び名を呼ぶと、項垂れたその小さな頭がゆっくりと此方に向けられた。
「――セドリック……2人が、居なくなっちゃったの……」
次第にその声は小さくなり、彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
「――ごめん、なさい……私が、ちゃんと2人を見ていなかったから……」
彼女の顔に浮かぶ絶望的な表情と、震えた自責の言葉。胸が抉られる様に痛み、濡れた服なのも構わず彼女をきつく抱きしめた。
「――ごめんなさい、ごめんなさい」
まるで子供の様に泣きじゃくる彼女が、俺に縋って何度もその言葉を繰り返す。
ふと、ベッドの上に投げられた1枚の紙が目に入った。あやす様に彼女の背を撫でながら、その紙を手に取る。
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Dad, mom, goodbye. Don't forget us. 《パパ、ママ、さよなら。私達を忘れないでね。》
I love you, forever. 《いつまでも、愛しています。》
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文字を書く事に慣れていない様なその文字は、紛れも無くルイの字だ。
普段から丁寧に文字を書くルイにしては、随分と字が乱れている。去り際、咄嗟に書いたのだろうか。
娘の事も、仕事の事も、スタインフェルドの事も、彼女に打ち明ける未来からは逃れられない。
意を決し、彼女の肩に触れその身体を自身から離した。
「エル、話さないといけない事がある」
――破滅は、いつも突然訪れる。
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もしこの世に神がいるのなら、どうかこの物語の終幕を教えてはくれないだろうか。
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