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お江戸でざる?

始まりの朝 壱

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***


「悠理、一緒に風呂に入るぞ」
「嫌だよ。入らない」
「たまには親子らしいことでもしないと由布子が気にするだろ。ほら、来いよ」

 母親を盾にされて仕方なく浴室へ行く。義父はあっというに服を脱いでシャワーの水栓を捻った。    
 俺はなんとなく体を隠して身を縮め、洗面器で湯をすくった。

「なにやってんだ、一緒にシャワーを浴びればいいだろ」
 
 義父が俺の二の腕を掴んでぐい、と引き寄せ、はずみでその胸板にぶつかる。そのまま頭から熱いシャワーを浴びせられ、目に入ってきた湯が痛くて瞼を閉じると……。

「!」
「へぇ、もう剥けてんのか。いっちょ前だな」

 義父が俺のを掴んでいた。

「離せ!」
 抵抗しても、俺は十三歳で義父は三十歳過ぎ。体格差もあって、体の自由はすぐに奪われた。
 
「悠理、綺麗にしてやるからな。じっとしてろよ」
 素手に取ったボディソープを俺の体にすり付け、全身を撫で回し始める。

「なに……が、綺麗にしてやる、だよ。触んな変」
 変態、と叫ぼうとしたところで口を塞がれた。

「しーっ、静かに。由布子に聞こえる。なにを意識してるんだ。親が子供の背中を流すなんて、良い絵面だろ?」
 義父は気色悪く唇を歪ませて笑った。

「なに言っ……」
「どうしたの? お風呂場、大きな音がしたけど……あら? 二人でお風呂に入ってるの?」

  お母さんだ。来てくれた!

「お母さ……」
「ああ、そうだよ。たまには息子孝行するよ。裸の付き合いでゆっくり話そうと思ってさ。親子のコミュニケーションてやつ」
 再び俺の口を塞ぎ、義父は声のトーンを柔らかくして言った。

 浴室の扉の向こうで母親が嬉しそうにしているのが伝わる。
「そう! そうなの! わかった。ゆっくり入っててね。そのあいだに煮物を美味しくしておくから」

 お母さん、待って。違うよ。なんか変なんだ。行かないで……!

「ほら、由布子が喜んだだろ。こんなことで喜ぶんだ。いちいち騒ぐなよ」

 強い力で押さえつけられると、恐怖と不快が募る。
 意思に反して体も声も自由が効かなくなっている俺を、義父はニヤついた気持ち悪い顔して、浴槽へと引っ張りこんだ。

「ほら俺にもたれろ」
 義父が俺を背中から抱き、体をぴったりとくっつけてくる。そしてまた、全身を撫で回し始めた。

 気持ち悪くて気持ち悪くて吐きそう。こんなの親子のコミュニケーションなわけない。なのになんで俺は声ひとつ出せないんだ。なぜこんなに体に力が入らないんだ。

 ──怖い──

「湯に浸かってんのに震えてんのか。寒くないだろう? 悠理は可愛いなぁ」
 義父が耳元で粘着質に話しながら手を動かす。
 その手が徐々に下に降りて腹を回し撫で、さらに太もものあいだへと進んだ。
 背中に当たる、硬く熱いものと、荒い息。

「やめろっ……!」
 やっとの思いで大声を出した俺は、義父の鳩尾みぞおちに肘を強く打ち付けた────


***


  「いつまで寝てるつもりだい。早く起きな!」

  「!」
 目を開けると知らない天井、知らない顔。

  「新入りが一番最後に起きるなんて、なってない。さっさと目を覚まして全員の布団を干しな。華ねえさん達のも全てだよ!」

 新入り? 華ねぇさん? ……そうだ。ここは江戸、湯島の「華屋」
 俺は昨夜から華屋の「若草」として陰間部屋に入ったんだ。

 昨日から色んなことがあり過ぎて頭がついていってない。だからとうに封印して忘れていたはずの過去なんかを夢に見てしまったんだ……。

  「聞いてんのかい?」

  「痛ってえ。なにすんだ!」
 未だボンヤリと呆けているところに耳をつねられ、むかついて手で払うと、目の前の平凡な容姿の陰間が忌々しそうに俺を睨んだ。

 そういえば昨日、行燈あんどんが消えた暗がりの中で、俺付きになった金剛まわしから紹介されたんだ。こいつが若草の一番手だから世話になるように、と。確か名前は……。
「なずな、離せよ」
  「なずなだ! 身のほど知らずの新入りが。ちょっとばかりツラがいいからってあんな大見栄まで切ってさ。しかも花の名前まで頂くなんて。わっちは絶対認めないからね。とにかく起きて布団を片すんだよ!」
 最後にもう一度俺の耳をつねり、言葉を吐き捨てて若草部屋を出ていく。


 腹立つー! 花の名前ってなんのことだよ、知らないよ。あいつ、どう見たって十四、五じゃん。年下のくせに偉そうに。
 
 とはいえ、現代の芸能界と同じで、入所した順で序列が決まっているんだから仕方ないのだ。
 俺だって芸能人の端くれだ。それくらいはわかってる。上に立ちたきゃ売れるしかない。

  「それより、布団全部って」
 華屋には華が三人、小花が八人、若草が六人と俺。若干気が滅入りはするけど、上京してから食ってく為に引越しや清掃のバイトもやってきた。

  「うしっ、やるか」
 昨日もらった若草用の綿の着物に袖を通して、この若草部屋と隣の小花部屋の集団部屋、そして華達の個室を回っていく。

 それにしても誰もいないのはなぜだ? 時間はわからないけど、太陽が真上より低いから十時頃だろうか。

  「十時·····そういや腹も減ったなぁ」
「おい、百合!」
 最後の布団を干し終わって腹をさすっていると、急に後ろから野太い声がした。

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