枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

文字の大きさ
50 / 149
暁ばかり憂きものは

通過儀礼 四

しおりを挟む
 東の空が白く霞み、室内の様子がはっきりと目に見えるようになった頃、藤江様に指示され、半ば朦朧としながら襖を開けると、熱い湯と二人分の着替えが運ばれていた。

 今度こそ終わったのか……?

 それを使ってまずは藤江様の、次に自分の体にこびりついた体液を拭っていく。
 ふと自分の体を見ると、あれだけ縛られ無理な体勢もしたのに、どこも傷ついたり赤くもなっていなかった。

 その肌に藤江様の手が触れる。
  「百合、素晴らしい褥であった。お前は間違いなく華になるだろう」

 酷い夜のあとにそんなことを言われても。この変態狸……と思ったけど、同時に、そう思える自分に驚いた。
 なけなしのプライドをズタズタに引き裂く数々の行為を受け、辱められ堕とされた。なのに朝を迎えた今の俺は、消えたいとか辞めたいとか、少しも思っていない。それどころか妙な達成感さえある。
 あんなに辛かったのに、なんで……。

 ショック療法みたいに、ガツンと堕ちる所まで堕ちたらあとは上がるだけ、と言ったところだろうか。
 藤江様との褥はもう二度とごめんだけど、これ以上の厳しい褥を体験することはおそらくないだろうという確信が、これからの仕事に対して残っていた不安を取り除いた。

 そして、過去の自分の弱さをも。
 もう俺は、義父とのことも、権藤さんとのことも、思い出して傷つくことは二度とないだろう。

 そう思えば「藤江様との褥は通過儀礼」と言った権さんの言葉に頷ける気がした。痕のついていない体と同じように、俺の心にしこりはないのだから。

 藤江様はもしかして仕事の厳しさを教える役割を……
  「どうした、まだ足りないか」
 藤江様の爬虫類顔がニヤリと笑う。

 ……いや、違うな。やっぱただの変態助平だ。

  「藤江様、ありがとうございました。今後とも華屋を宜しくお願い致します」
 頭を下げ、俺から仕事の終わりを告げる。
 藤江様はくくく、愉快そうにと笑うと、俺に新しい金襴の打掛を掛けた。

 裾には綿を詰めて厚みを出した「ふき」が付いている。花魁が着るような一級品だ。それを着て、まだ朝陽が登り切らない時間に、護衛の使用人に屋敷の門へと送られる。

 門前には権さんがいて、駕籠かごの前でウロウロとしていた。

 権さんは俺に気づくと、子供を保育園に迎えに来たのような顔をして駆け寄る。

 それで俺もやっと。
 本当にやっと終わったんだと安心して、膝から力が抜けてしまった。

  「百合、良くやった。生きてたな。見事な打掛じゃねぇか。藤江様からこれを頂いて咲かなかった華はいねぇぞ。良くやった!」

  「……権さんの嘘つき。俺の褥仕事の時は、必ずそばに付いてるって言ったくせに……」
 褒めてくれるのは嬉しいけど、とりあえず愚痴らせろ。

  「あぁ? おめぇ、なに言って……おい、百合、大丈夫か? 百合……!」
 権さんの腕の中で眠るの、二回目だっけ。でっかいからもたれ甲斐があるんだよな……。
 ああ、眠くなってきた。ごめん、権さん。俺の体力、限界みたいです。


***
 

 次に目を開くと自分の部屋にいた。
  「目が覚めたようだね」
 なずなが顔を覗く。

  「……? なずな? 俺、華屋に帰ってきたの?」
 朝、権さんにもたれたところまでは覚えてる。

  「駕籠の中から熟睡で、華屋に着いてから権さんが抱えて運んだんだよ。もう酉の刻18時だから半日は寝てたね」

  「ええっ、稽古、舞台……座敷は?」
 一日、仕事をなにもせずなんて、女将の機嫌を損ねただろうし、他の陰間達にも迷惑がかかっているはずだ。

  「今日は百合は休養日だよ。藤江様の褥のあとは特別に休みが頂けるのさ」

 聞けば褥の日と翌日分の揚げ代が藤江様から支払われているらしい。頂いた打掛も入れたら現代の通貨で三百万……いや、四百万は飛んでるんじゃないだろうか。
 さすがのアフターフォロー。やっぱり藤江様って、ただの変態助平じゃないってことか……。

 うーんとうなる俺になずなが続ける。
  「百合、すごいね。藤江様の褥を朝まで守ったそうじゃないか。あんな豪華な打掛まで頂いて……わっちは途中で許しを請いたから……見直したよ」

  「え……」
 意外な告白に言葉が出なかった。
 皆がみな、同じように耐えたのだとばかり思っていたから。それに、そんな辛そうな顔で言われると、どう答えていいのかわからない。

 戸惑う俺の様子を察したのか、なずなは沸かした湯を湯のみに注いで俺に渡して、腰を上げた。
  「落ち着いたら食事に来な。とっといてやるから。じゃ、私は座敷があるから行くよ」

  「あ、うん、ありがと……」

 襖が閉められて、湯を飲み干した俺は再び横になった。
 まだ少し、体が眠りを欲しがっている。でも明日からはまたいつも通りだ。
 練習をして、舞台を踏んで、給仕をやって……座敷に褥。
 隆晃様のことも……いつかはきちんとお相手をしないと、流石に失礼だよな。

 一夜の客はこれからもあるだろうけど、盃を交わしたのはまだ隆晃様だけだし、高い契約料を払って頂いている。隆晃様に喜んでもらえるように、プロとしてちゃんとやらないと……。

 でも明日から。
 明日から頑張ろう────再び俺は瞼を閉じた。
しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

処理中です...