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暁ばかり憂きものは
大華 楓 七
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次の瞬間、障子が勢い良く開いた。お馴染み、鬼の形相の女将が立っている。
「あんた、たちー!!」
怒号が響く。俺達は後ずさって逃げかけたけど、楓の静かな声がそれを止めた。
「皆にも聞いて欲しい。入れる者は入ってくれないか? いいだろ、旦那さん、女将さん」
旦那が横目で女将の顔色を窺う。
女将は盛大な鼻息と溜め息を吐いてから、顎で俺達野次馬を広間の中に誘導した。
上座に女将と旦那がいて、その対面に楓。さらにその後ろに菖蒲さん、俺、権さんに楓付きの金剛。そして小花と若草のうちの八人が並んだ。 皆神妙な面持ちだ。
「私は……幼い頃から女形になるべく、十二で華屋に入りました。父母が私には素質があると、金も愛情もかけてくれたおかげです。私も無論、陰間として日々、褥も芸も磨いてきたのは日本一の女形になる為です」
楓が話し始める。
そう言えば楓と共に過ごしながら、楓の生い立ちを聞いたことはなかった。同じく俺のことも話してないけど──未来から来た、なんて言えないもんな。
「華屋で育てて頂き、運や機会にも恵まれて、十四になる前には大華を頂いた。本当にありがたいことです。ただ、この春過ぎから自身の変化に気づいていたのは事実。最近は女将さんも旦那さんも……皆も……本当はわかっているだろう?」
春? 俺と恋仲になるより少し前……。なら俺とのこと以外にもなにか理由があるってこと?
「私の体は、食を制限しても成長を止めない……それどころか思っていたよりも早く成長している。舞台では関節を抜いたり膝を曲げたりして、なんとか誤魔化してはきたけど、背も肩幅も腕も……もう女形を張るには限界なんだ」
わかっていたとばかりに皆がし……んとした。
その中で俺だけが驚いていた。
そうだ、裸ではあれだけ男らしい体の楓が、舞台では撫で肩で、体も一回り小さく見える。外出着を着て出歩く時でさえ、本当の少女のように可憐に見えていた。女性客との仕事の時に男らしく見えるのは、演技が一流だからだなんて、どうして軽視してしまっていたのだろう。
普段は衣装の中で膝を曲げ、体を小さく見せ、肩の関節も抜いていたって言うのか……? そんなこと、不可能だろう? どれだけの痛みや苦痛が伴うんだよ。そもそもなんでそんな無茶して、あれだけしなやかに踊れるんだ。
「体を酷使する為に他の筋肉を鍛えたりしたから、余計に体が男の体になって、本末転倒だよ。……だから、これからは男形をやりたい」
「だが、楓。お前に求められているのは……! それに、流石のお前でも今から男形など、年季明けまでに習得できるか……下手したら今までの苦労が飛ぶ。芸の道を絶たれるぞ……」
旦那が唸り声で言った。
「どちらでも同じだよ。女形を続けたっていつかは必ず潰れる。ならばあとの残りの期間、新しい可能性に賭けたい。頼みます、旦那さん、女将さん。手伝っておくれ、みんなも」
楓が皆を見渡した。決意が表れた、晴れ晴れとした笑顔だった。
けれど誰も答えられなかった。女形として限界が来ているのはわかっていても、通常では難しい男形への転向を安易に支持して、楓の未来を奪うかもしれないことが怖いのだ。
「……俺、俺は信じてる。楓は運だけじゃなく、誰よりも努力して大華に上り詰めたんだ。だから俺は出来ること全部協力する!」
立ち上がり、声を張る。
こんな時、俺が力にならなくてどうする!
皆が俺を見上げた。
「皆も、楓の玄人根性わかってるだろう? 楓ならやり通す。絶対に。それに華屋には男形が必要なことも……だから俺達も手伝って、楓を華屋第一号の男形として送り出そうよ!」
皆の喉が動いて、唾を呑みこんだのがわかった。
「……私も、賛成だよ。次が最後の舞台で、楓ちゃんに貸してやれる力は少ないけど、協力させてもらう」
一番に賛同してくれたのは、次の舞台を最後に年季が明ける菖蒲さん。
菖蒲さんは楓のそばに寄り、手に手を重ねた。
「楓ちゃんならやれるよ」
その言葉で他の陰間も立ち上がり、楓を囲んで集まった。権さんも、楓付きの金剛も。
「旦那、女将、俺達からも頼む」
旦那と女将も、もうわかっていた。それが一番の道だということを。
「……しっかり、気張るんだよ」
言葉は少ないけど、口調からも表情からも、気持ちは充分に伝わる。
楓は深く頭を下げ、次に顔を上げた時には、大きな瞳に煌めく光を宿していた。まるで華屋の行く先を照らすかのようだ。
その姿はもう、「女形の楓」ではなく、立派な「男形」だったけれど、ここに華屋の大華あり、と広間にいた全員に知らしめる風格だった。
そして、午前の稽古の前に皆に正式に伝えられ、楓は男形としての一歩を踏み出したのだった。
「あんた、たちー!!」
怒号が響く。俺達は後ずさって逃げかけたけど、楓の静かな声がそれを止めた。
「皆にも聞いて欲しい。入れる者は入ってくれないか? いいだろ、旦那さん、女将さん」
旦那が横目で女将の顔色を窺う。
女将は盛大な鼻息と溜め息を吐いてから、顎で俺達野次馬を広間の中に誘導した。
上座に女将と旦那がいて、その対面に楓。さらにその後ろに菖蒲さん、俺、権さんに楓付きの金剛。そして小花と若草のうちの八人が並んだ。 皆神妙な面持ちだ。
「私は……幼い頃から女形になるべく、十二で華屋に入りました。父母が私には素質があると、金も愛情もかけてくれたおかげです。私も無論、陰間として日々、褥も芸も磨いてきたのは日本一の女形になる為です」
楓が話し始める。
そう言えば楓と共に過ごしながら、楓の生い立ちを聞いたことはなかった。同じく俺のことも話してないけど──未来から来た、なんて言えないもんな。
「華屋で育てて頂き、運や機会にも恵まれて、十四になる前には大華を頂いた。本当にありがたいことです。ただ、この春過ぎから自身の変化に気づいていたのは事実。最近は女将さんも旦那さんも……皆も……本当はわかっているだろう?」
春? 俺と恋仲になるより少し前……。なら俺とのこと以外にもなにか理由があるってこと?
「私の体は、食を制限しても成長を止めない……それどころか思っていたよりも早く成長している。舞台では関節を抜いたり膝を曲げたりして、なんとか誤魔化してはきたけど、背も肩幅も腕も……もう女形を張るには限界なんだ」
わかっていたとばかりに皆がし……んとした。
その中で俺だけが驚いていた。
そうだ、裸ではあれだけ男らしい体の楓が、舞台では撫で肩で、体も一回り小さく見える。外出着を着て出歩く時でさえ、本当の少女のように可憐に見えていた。女性客との仕事の時に男らしく見えるのは、演技が一流だからだなんて、どうして軽視してしまっていたのだろう。
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「だが、楓。お前に求められているのは……! それに、流石のお前でも今から男形など、年季明けまでに習得できるか……下手したら今までの苦労が飛ぶ。芸の道を絶たれるぞ……」
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立ち上がり、声を張る。
こんな時、俺が力にならなくてどうする!
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