枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

文字の大きさ
82 / 149
いつか見た夢

親愛 七

しおりを挟む
  
  「百合、どうした? 顔色が」
  俺の微妙な変化を感じ取ったのか、保科様が問う。

  いけない。まだ仕事中だ。  
  「大華たるもの、仕事は全うしやがれ」
  いつもの権さんの言葉を思い出した俺は表情を作り直した。

  挨拶はいつも通り保科様で終わり。
このあとは食事処で劇場から移った一般客に挨拶して、花道を歩けば権さんの元へ向かえる。

  「──保科様。今日は私の為に上方よりのお帰りありがとうございます。保科様のお引き立てによりここまで昇って参りました。また、随所で支えて頂いた恩も忘れてはおりません。今後ともご支援お願い致します」

  「ああ。どこまでも。上方での仕事も次の月までには終える。今後は江戸にて百合が輝いて行くさまを追って行こう」

  そう、なんだ……。保科様が江戸に……。
  「はい……! ありがとうございます。これからも精進致します」
  俺が言うと保科様は穏やかに微笑んで下さり、場をあとにした。



  挨拶が終わるとすぐに照芳様が近くに来てくれた。
  「百合ちゃん。今朝から権さんの意識が薄いんだ。息も深くなったり途切れたりするから……駕籠かごを呼んであるから、ここが終わったらそのまま一緒に向かおう?」

  こくり、と頷く。
  それから俺は食事処での挨拶を終えると、化粧もそのまま、着替えもしないままに駕籠に乗り込んだ。


  ***
 

  「権さん、権さん……!」
  呼びかけてももう、権さんは目を開けずに深い息をしているだけだった。

  「権さん、俺、来たよ。今大蛇おろち姫を演って来たんだよ。たくさん拍手をもらえたんだ……!」
  権さんの胸に突っ伏す。

  権さん、聞こえる?
  俺の声、まだ聞こえてる? 俺大華になったんだよ。ちゃんと最後まで役目を果たして来たよ。

  「ごん、さん……っ」
  上げた顔から落ちる涙が権さんの顔を濡らす。

  その時、権さんがの喉がゼロッと鳴り、下顎が動いて呼吸が浅く速くなった。
  下唇が微かに動く。

  「ゆり……ぃ……」
  「……権さん!?」

  権さんはゆっくりと瞼を開いた。そして俺を見る。
  「あぁ。綺麗だな……。百合、立派な大華になったんだなぁ。俺の自慢……」
  手が俺を探して宙を泳ぐ。
  俺はその手を強く握って何度も頷いた。

  「もう大丈夫だなぁ。これからは一人でしっかりやるんだぞ……なぁ、百合。お前は本当に綺麗だ。……どこも汚れてない。誰に抱かれても心はお前だけのモンだ。誇り高く仕事を全うするんだぞ」
  「……ごんさん……」


  ─────以前、心の凍えを癒す為に褥仕事をがむしゃらにやっていた時期、権さんと話したことがある。

  「百合、やっぱり客を入れすぎだぞ」
  「だから大丈夫だって……」
  「華が安売りすんなって言ってんだよ。百合にはもう上客がついてるじゃねぇか。わざわざ身体を酷使することはねぇ。気高く華らしくやりゃあ良いんだよ」

  何度も権さんに言われている言葉なのに、その日は俺をイラつかせた──楓の祝言の日が近づいていたからだ。

  「最初はたくさん客を取れって言ってたくせに。権さん、もしかしてたくさんの客に脚を開いて臀を突き出してる俺を汚いって言ってんの? 分別なくヤってる俺を卑しいと思ってんの?」

  ……そう思っているのは自分自身だった。

  菊華になったと言うのに、盃を交わさないまま寂しさを埋めるために客を取り、感じないセックスにふける自分が、その場限りの愛の囁きに溺れる自分が卑しくて汚らわしいって本当は思ってた。

  あの時、権さんは初めて楯突いた俺を叱ることもなく、ただ悲しそうに言っていた。
「おめぇが心配なんだよ……」と。
  そしてそれ以降は俺の褥仕事に口を出すことはなかった。

  あれをずっと気にしてくれていたんだ────


  「百合、見てるからな。お前が咲き誇るの、ちゃんと見てる…………ぅ……」
  権さんが小さく呻いて、細くなった首の喉仏が上下した。 
  俺の手を握っていた力がゆるり、と抜けていく。

  「……ぁ……や、やだ、権さん。待って。逝かないで……! 駄目だよ、まだ俺一人じゃ駄目なんだ。権さんっ……」

  そう引き留めても、権さんの手の力はもう残っていなかった。
  権さんは大きく息を吸い込んで、もう吐き出さない。静かに閉じられた瞼からは涙が一筋。

  それが、権さんの最期だった。


  ***


  権さんの葬儀の喪主は俺が務めた。
  この時代、江戸では土葬が主流だったけれど、華屋は牡丹が去ったあとも増大寺との繋がりが濃く、権さんの遺体は増大寺内の火葬場に運ばれ、小さいながらも墓も敷地内に設けてもらえることになった。

  火葬場から天に昇る煙を見ながら、俺は権さんを思った。

  幼い頃に家族と死に別れ、天涯孤独となった権さんは江戸に流れ着いて華屋に入ったそうだ。
  生涯娶らず、人生を華屋に尽くした人だった。
「百合は俺の自慢だ」と言ってくれた権さんは、最後に俺の金剛になって幸せだったのだろうか。


  「だから、ずっとそう言ってんだろ」
  どこからか権さんの声が聞こえた気がして、権さんが亡くなったあとから張り続けていた気持ちの糸が緩む。

  「う……」
  出そうな涙を抑える為に、厠に立つふりをして華屋の皆から離れ、静かな竹林のそばまで歩いた。
  ここなら一人だから、と思ったけれど、すぐに後ろでじゃりじゃりと小石を踏む音がする。

  振り返ればそこには。
  「保科様……」
  どうしてこの人は。

  「百合、こんな時に一人で泣くんじゃないよ」
  葬儀が終わったらお帰りになったと思っていたのに、どうしてこの人は俺が泣きたい時に、いつもタイミング良く現れるのだろう。

  保科様はゆっくりとそばに寄り、俺の肩を引き寄せると、胸に顔を埋めさせてくれた。背に回された手は、いくらでも泣けばいいとばかりに優しく撫でる。

  「……っ……すいません……」

  俺は抗うことなく、涙が自然に止まるまでその胸に身を任せていた。
しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

処理中です...