枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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大華繚乱

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  離せよ、と手足をばたつかせているのに、宗光は俺を横抱きにする姿勢を崩さない。打掛だって着てるし重くないわけがないのに。

  それどころか「百合ちゃんの部屋どこ?」と嬉しそうに顔を寄せてくる。

  言うわけないだろ、ばーか。
「こちらに御座います」
  俺に付いていた金剛が率先して部屋を案内し、襖を開けた。
  言うなよ、馬鹿馬鹿!

 「……っしょっと。暴れたら重いやん。見てや、手ぇブルブル」
  俺を畳に下ろすと、両腕を伸ばして見せる。
  さっきの高圧さはどこへやら。すっかりお調子者の顔だ。

 「知らないよ。……一体なにが目的なんだよ……俺のことなんてなにも知らないだろ? どうして突然、大金はたいて盃を交わそうだなんてするんだ」

 「盃?」

 「専属契約のことだよ……お前、遊郭も茶屋も使ったことないみたいじゃん。なのになんで最初が茶屋オトコでそれも専属でだなんて……茶屋遊びをしたいなら他にもやり方はあるだろ」

  陰間茶屋でも吉原遊郭でも同じ。盃を交わして「亭主」となれば、他の妓楼への立ち入りは一切禁止。もし見つかれば「浮気」と認定され、花街からの厳しい制裁……丸坊主に女装で見せしめ、顔は墨化粧にその他もろもろ……が待っているのだ。つまりは俺と盃を交わせば、宗光も「俺専属」になり、廓遊びの自由が制限されてしまう。
  どうせそんなことも知らないのだろう。じゃなきゃ上方おおさかから出てきて、一、二度見ただけの陰間おとこを買おうなんて思わないはずだ。

 「一目惚れって言ったら?」

 「……絶対ないね」

 「ハハハ。言い切るなぁ。あながち嘘でもないんやけど。襲名のあとの挨拶ン時、可愛いなぁって思ったのはほんまやし、蛇の姫さんも、こないだのトンビの精も凄かったのは見たらわかる。俺目利きには自信あるんやで?」

 「……トンビじゃなくてさぎ

  華屋の大華たるもの、演目に関する間違いは見過ごせなくて、つい会話を続けてしまう。

 「あ~、悪い。俺、今まで芸事や芸子に興味なかったから感覚で見てんねん。でも百合ちゃんの踊りはビシバシ来たわ。ほんまに凄かった」

  う……そんな「マジで感動しました」みたいな顔で言われたら毒気を抜かれてしまうだろ。俺は元来、褒められるのに弱いんだ。どんな顔すりゃいいんだよ。

 「あとは……そうやな」
  宗光は胡座あぐらで俺の前に座った。
  顔が近づく。
 「百合ちゃんと忠彬ってデキてんの?」

 「……はあぁ?」
  突然なにを言い出すんだ、こいつ。

  近さが居たたまれず、体を仰け反らそた。それでも宗光はじいっと俺を見ている。

 「な、わけないじゃん。保科様には色々と世話になってるんだし、あれだけ完璧な人なんだ。俺が勝手に憧れてるだけだよ……人として!」

 「ふーん? 祭りの日の雰囲気、そんな感じやなかったけどなぁ。それに忠彬もさ、百合ちゃんのこと、かなり気に入ってると思うんよなぁ」

  忠彬も百合ちゃんを気に入ってる……その言葉に思わず顔が赤くなり、手のひらが湿った。それを隠す為にうつむき、少し腰を後ろへずらして距離を取る。
 「そりゃこの湯島の大事な芸子だからだろ。っていうか、それとお前が俺を買うのとどう関係があるんだよ」

  宗光は開けた分の距離をすかさず詰めて来た。
 「忠彬のお気に入りをさ、取ったらどうなんのかな、って」
  真正面に来た顔が急に真顔になる。……また、あの威圧感。

 「……え?」

 「忠彬って昔からなんでもソツなくこなしてな。いっつも余裕かましてんの。で、あの器量良しも手伝って誰からもチヤホヤされて……小さい頃は同い年やからって良く比べられたモンや。江戸と大阪でやで?
  だから俺、見たいねん。必死になったことがない忠彬のお気にの百合ちゃん、滅茶苦茶にしたらどんな顔すんのかな?」

  宗光の片手が伸びて、俺の頬と顎骨をグッと固定した。
  一見からかうような、けれどどこか狂気じみたものを感じて背筋に冷たい汗が流れる。

 「……なーんてな。ウソウソ。忠彬のお気に入りなら「俺の初めての男」として間違えないやろ、って思っただけや。ちょうど女と切れたばっかで暇してたし、やり手の商売人がこの年まで茶屋遊びの経験がないのもカッコ悪いやろ?」

  宗光の手がパッと離れる。
  表情はもう、ヘラッとした軽薄な顔に戻っていた。

  けれど俺の心臓はまだ激しく拍動している。さっきの顔も、俺の顔を掴んだ手に込められた力も、到底ふざけていたとは思えない。

  宗光は訝しがる俺を見て薄く笑うと、さっきは強く掴んだ顎のあたりをするりと撫でた。

 「な、やからしばらく相手してや」

 「しばらくって……」

 「江戸におるんは一年くらいや。こっちでも商売広げてから帰る。そのあいだは百合ちゃんのこと、精一杯支援し金かけたるし、俺も「見世華屋」と「華屋大華の百合」を広告塔にさせてもらう。互いに利があって悪い話しやないやろ。な? 俺やったらあと腐れもないで」

  一年……ちょうど俺が陰間としてやれる残りの期間くらい……。
  確かに宗光なら、財力も身分も充分過ぎるくらいだ。なにより自身の利益を計上しているあたり、ステータスアップや道楽遊びとして割り切っていて、俺に本気になることはないだろう。
「大華」の相手としては申し分ない。

  でも……断るって決めていたし、さっきの表情や言葉が気になって、素直には頷けなかった。

 「なら……順を踏めよ。まずは花街や茶屋のしきたりを知り、必ず守れ。できるなら初会のやり直しに応じてやるから、それで俺をその気にさせてみなよ。そうしたら考えてやってもいい」

  柄じゃないけど、精一杯高慢ちきに言葉を放った。こう言えばせっかちな宗光なら「もうええわ」と言うんじゃないかと思ったのだ。

  それに、商売人のくせに遊郭遊びの経験がない宗光には、使い捨て商品に上手に出られることは屈辱的なはずだ。

  けれど、宗光は顔を輝かせた 。

 「うっわー。堪らん。俺、百合ちゃんの高飛車顔好きなんよな。あれ? 前も言うたかな?」

 「な……」
   逆効果? 

 「それと今の話し方も好きや。すましたお姫さん言葉よりずっとええわ。俺の前ではそうやって本性見せられるってことやろ? これは望みありやな。やり直し、楽しみに待っててや」

 「!」

  言われて初めて、自分がどんなふうに振舞っていたのかに気づいた。
  俺、この部屋に来てからずっと「素の自分」だった? …………でもそれは腹が立っていたから……。

 「じゃあ今日のところは帰るわ。またな、百合ちゃん」
  宗光は狼狽える俺にヘラっと笑うと、チュ、と軽いキスを頬に落として立ち上がった。

 「わ……ちょ、待って……」

  言うより早く、宗光は既に廊下に出て姿を消した。
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