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大華繚乱

宗光  五

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  宗光の重みを背で受ける。
  走ったあとみたいな心音と呼吸が伝わり心地いい。
  もぞもぞと体を動かし、仰向けになって宗光の背に手を回すと、玉の汗が背中に浮いていた。

  「弥助さん」
  俺は部屋の外で守番をしている金剛の名を呼んだ。
  すぐに「へい」と返事があって、湯浴みの用意を頼んだ。

  「え……ちょい待って……その人ずっとそこにおったっん?」
  ぐたりと果てていた宗光が、目を丸くして顔だけを上げた。

  「うん? そうだけど? 褥には見張りがつくんだよ。知らなかったっけ」

  「……全部聞かれてたってこと!?」

  「まあ、ね。ていうかどの部屋の音も筒抜けに決まってるじゃん……ほら」

  話すのを止め、意識させると途端にガクッと肩を落とした。隣の咲華の音や下の階からの情事が届いたようだ。

  「……ほんまやん……なんで気にならんかったんやろ……」
  あああ~と俺の胸に顔を押し付け足をバタバタさせる姿が滑稽で、それでいて可愛いく見えるから不思議だ。

  「俺に夢中だったからでしょ」
  背中をポンポンと叩いてやると、拗ねた子供みたいな目をして睨む。

  「なんや、その余裕。泣いとったくせに。百合ちゃんもめちゃめちゃ感じてたやんか」

  「さぁ、どうだろうね」

  「ムカつく、さっきまであんな可愛かったのに」

  ふざけてぎゅむ~と羽交い締めにされるけど苦しくはない。
  あはは、と笑うと「撤回。やっぱ可愛いわ」と宗光が言って、頬と鼻、瞼に唇が落ちた。


  弥助さんが用意してくれた湯と手拭いが届いて体を拭いてやる。
  「ああ、気持ちええなあ。ほら、百合ちゃんもしたる」

  背を拭き終えると、宗光がくるりと顔を向け、俺から手拭いを奪って桶で絞った。
  「俺はいいよ。お客にさせるわけにはいかないよ」

  片付けは陰間の役目。
  陰間はお客の汚れを拭いたあと、時間制の客であればお帰りのあとに、泊まりの客なら頃合いを見て一旦部屋を下がり、体を清浄にする。なにぶん、中出しの時代だからきれいに掻き出さないとあとが辛いのだけど、当たり前にその姿はお客には見られてはいけないのだ。

  「いいから。俺がしたりたいの」
  ぐ、と体を寄せられ、胡座に横抱きにされる。
  反動で中に残っていた宗光の欲情の跡がにゅる、と出て、ふとんを濡らした。

  「ああ、ほら。俺の。百合ちゃんの中で微睡んでたなぁ」
  「……言い方。あ、こら、指入れるな」

  宗光の指が菊座に侵入する。けれど精液を掻き出す動きではなく、それを戻し、擦り付け奥へと……
  「おい、宗光……んっ……」
  「さっきまで入ってたからまだ柔らかいな。百合ちゃんのイイ所にすぐ届く」

  言いながら唇を合わせて、指はぐちゅぐちゅと中をかき混ぜた。
  「あっ……ん、むねみつ……こら……」
  「……可愛い。何回言っても言い足りん。百合ちゃん可愛い……百合、百合。なぁ、もう一回……」

  耳朶を口に含み、甘えるような声で囁く宗光の首に腕を回し、俺はそのお強請りを受け入れた。


 ***
 

   恥ずかしがっていたのは最初だけで、二回目は「見せつけたる」とか言って、わざと卑猥な言葉を使ってみたり、俺に声を出させようと仕掛けてきたり。
 陰間は初めてだと言いながら最初の褥で真心菊座吸いを躊躇なくやるなんて、やっぱり色事にも慣れた大人の男なんだと思ったのに、宗光のやることは大抵子供っぽい。
  そのくせ時折覗かせる色気や生真面目な表情は、俺の宗光への興味をそそらせた。

 
   宗光は華屋が自分の家みたいに、毎晩華家にやって来ては泊まっていく。かといって毎日褥を求めてくるわけでも座敷遊びをするわけでもなく、ただ一日のことを話したり、一緒に本や絵を見たり、俺の膝枕で寛いだり、という日も多くあった。

  そして、盃を交して一ヶ月も過ぎればなんとなくわかってくる。宗光は「家族」に対して執着のようなものを持っているんだと────宗光との契約にはいくつかの決め事があった。

  契約前からの希望である
「二人の時は素の俺で話すこと」「宗光を名前で呼ぶこと」以外に「華家に来たら、おかえり、と迎えること」「華家から出る時には、行ってらっしゃい、と送り出すこと」さらには「できる限り一緒に食事を摂ること」

  茶屋でも遊郭でも、客が座敷遊び以外で食事を摂ることは例がないのだけど、宗光には朝食・夕食が付いてきた。

  まるで本当の家族のような決めごとだ。

  ただ、もう一つ。
「宗光の周辺を詮索しないこと」も言われている。

  これは俺達の仕事からすれば当たり前で、客の私生活に関与するなんてことはしないのだけれど、宗光は敢えてそれをつけ加えた。だから、会話の流れでだって、仕事内容や家族に関する話題には気をつけている。

  あれだけ大きな商家に生まれた坊っちゃんで保科様のご親類。明らかな身の上で、はたから見れば幸せな生活をしてきたんだろうと思うのに、どうやらそうでもないらしい。

  かといって……
  「宗光、ずっとここか見世ですごしてるけど、保科様のお屋敷には顔を出しているのか?」
  多少は気になってしまう。

  「子供じゃあるまいし……なんや、忠彬が気になるんか?」
  こんな時、宗光は軽薄そうに笑ってもその目は笑っていない。自分が名を出すのはまだしも、俺が保科様のことに触れるのは地雷だ。

  「そうじゃないよ。俺が心配してるのは宗光だよ」
  膝の上に置かれた宗光の頭を撫で、短い髪を指に絡ませる。

  「…………昼には時々顔を出してる。けどほんまに、俺もいい年やし誰も心配なんかせぇへんて。……百合ちゃんだけや」
  宗光の手が俺のうなじに伸びて自分に引き寄せた。

  甘えるように下唇を食み、唇の感触を確かめながら唇を合わせると、舌が忍び込む。
  「百合ちゃんの、いっぱいちょうだい」
  甘えた声で言って、ごくん、と俺の唾液を飲み込んだ。

  宗光の雰囲気が柔らかく変わるのに、俺の胸には小さな棘が刺さる。
  本当は少しだけ保科様のことを気にしていたから。

  保科様は宗光と俺が盃を交したことをどう思っていらっしゃるのだろう……仕事だし、大華としては佳い縁だから、花街の地主の若様として喜んでおられるのかな……。

  それに、宗光の保科様への複雑にも見える感情。
  単純に、完璧な同い年の従兄弟への対抗心みたいなものだろうと思ったりもしたけど、もう少し根深い気がする。
  宗光は、一体なにを抱えているんだろう……。
    
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