枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

文字の大きさ
112 / 149
永遠の約束

約束

しおりを挟む
  真冬の冷たい川に放り出される。

  保科様と体が離れ、必死で向かおうとするけど、川岸なのに一歩足を動かしただけで深い所に足を取られて溺れそうになった。

  「ゆ……り……」
 保科様は意識も絶え絶えに俺の名を呼び手を伸ばす。

  俺も水を掻き分け、立泳ぎをしながら必死に手を伸ばすのに届かない。
  そればかりか、川の流れに足を攫われて、二人の距離は縮まらないまま流されていく。


  ──水が冷たい。こんなんじゃ今の保科様のお体じゃ持たない。俺だって……。


  十二月の川の水は刺すような冷たさで、疲れた体を容赦なく痛めつけた。

  「保科様! 保科様……!」

  必死に呼ぶのに、俺の体も保科様の体も深い水の中へと飲み込まれていく。

  嫌だ、離れたくない。やっと、やっと思いを確かめ合えたのに。


  「うっ……」
  顔半分が水中に引きずられ、口や鼻から水が入った。

  ゴボ、ゴボゴボ。

  大きな水泡につつまれ、さらに体が下へ下へと沈下していく。
  歪む景色の中、同じように保科様が水底へと沈んで行く姿を見た。

    
  ──ほしなさま……!

  ──悠理……

  声にならない互いの声が聞こえる気がした。
  でも、無情にも二人の距離は開いていく。
  段々に意識も薄れかけて、姿がぼんやりとしか見えなくなった。


  ──大丈夫だよ、悠理。必ず会えるから。今度こそ二人で生きていこう。
願えばかならず叶う……


  ──ほしなさま……必ず、約束……



  そして。



  なにもわからなくなった。




***




  ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…………

  断続的な高い音。小鳥の囀り?
  朝が来たのか……起きなきゃ。今日は麹町の家へ行ってから市山座に……

  ……違う。
  俺、昨夜は火事から逃げて、保科様と二人、川へ落ちたんだ。


  ────保科様!!

  重い瞼を開ける。けれど白い光が思ったよりも眩しくて、一度目を閉じた。

  そして再び、ゆっくりと開く。

  視界には、白い天井。
  埋め込み型の四角い照明。スターター型の細長い蛍光灯がニ本入っている。

  「……? どこ……?」
  川の水が気管に入ったからなのか、喉が痛くて声が出ない。

  「鏑木さん!」
  状況の判断もままならないほどぼんやりとしている俺の顔を覗きこんだのは、知らない女の人。

  マスクなんかして……江戸にもマスクってあったっけ。ていうか、鏑木さん、て……。

 「……あ……?」

  「鏑木さん、わかりますか?」
  女の人は言いながら後ろを向いて「先生に連絡入れて」と誰かに言っている。
  そしてまた俺を見た。

  「良かった。鏑木さん、もう大丈夫。すぐにご家族にお知らせしますからね」

  ──なに? どうなってんの。俺、どうしたの? ここは……?

  重い頭を左右に振り、霞む目をこらす。
  たくさんの医療機器が見え、白衣を来た人達がいて、俺の腕には点滴。見えないけど鼻には酸素のチューブ、胸には心電図の電極がついているのがわかる。
  体を動かしたいのに、首から下は鉛になったみたいに言うことを聞かなかった。

  そのうちに白衣を着た男の人が来て、俺の体に聴診器を当てたり目を見たりする。

  ───お医者さん、に看護師さん……? ここは病院?

  「俺、ど、うし、た……」
  やっぱり声にはならなくて、途切れ途切れに音だけが口から漏れた。

  でも、先生はきちんと聞き取ってくれたみたいだ。

  「鏑木さん、あなたは川に落ちて三ヶ月ものあいだ、意識がなかったんですよ。でももう大丈夫。すぐに良くなりますからね!」


  ***


  それから一週間後、徐々に意識がはっきりしてきた俺は、自分が病院のHCUで治療を受けていることを知った。

  十一月に吾妻橋から飛び降り、川に流されたすぐあと、セントラルプロの警備員による通報ですぐに捜索が始まり、翌日、神田川の川岸に打ち上げられていたのを発見されたと言うことだった。

  「それからずっと意識がなかったんだぞ。もう駄目かと思ったよ」

  俺に声をかけるのは華屋の旦那……ではなく、事務所の菊川社長。
  社長の方がずっと若いけど、やっぱり良く似てる。
  そしてその後ろには、三年ぶりくらいに顔を見る母親がいて、ずっと泣き続けていた。


  「ねえ、社長。俺、ずっと病院ここにいた?」

  「? なに言ってるんだ。当たり前だろ。お前はずっと病院のベッドの上で眠り続けていたんだぞ」

  「じゃあ俺、十九歳のまま? 名前もおんなじ?」

  「さっきからどうした。……いや、三ヶ月も意識がなかったんだからこうもなるよな。そうだよ、悠理。お前は鏑木悠理、十九歳だ」


  ──じゃあ俺はずっと夢を見ていたのか?
  江戸に流れ着いたのは夢か転生かタイムリープか、なんて考えてたけど、まさかの夢オチ……?

  だとしたらめちゃくちゃリアルな夢だった……いや、陰間になって体を売ったり、俺みたいなのが女形で売れたり、男を相手にたくさんの恋を経験するとか、確かにそんなの、夢でしかないか……。
  でも、夢だと思うと凄く切ない。あの日々が全て幻だなんて……保科様と誓った愛が嘘だなんて。顔も声もしっかりと覚えている。触れ合った頬の暖かさだって……。


 「悠理? 大丈夫なの?」
 母親の手が俺の手を握った。にある暖かさに「現実」に引き戻される。同時に、見上げた先のくしゃくしゃの泣き顔に、途端に気が緩んだ。


  「ん……夢と現実がわかんなくなって。大丈夫……お母さん、来てくれてありがと」
  俺が言うと、母親がまた泣き出した。



  さらにそこから約二週間。
  若さで体力の回復が早い俺は、ベッドから起き上がれるくらいにはなっていた。

  ただ、三ヶ月間意識がなかった為に、筋力が落ちて胃も小さくなっていたから、リハビリの為にあと二ヶ月ほどは入院が必要と言うことなんだけれども。

  「ねぇ、社長。気になってたんだけど、この大量の百合の花束は一体誰が? それにここの個室って高いんじゃないの? お金、大丈夫?」

  目覚めた時はHCUにいた俺だけど、今は最上階の広い個室で過ごしていた。
  部屋にはいくつか花瓶が置かれ、どれにも季節外れの鉄砲百合が活けてある。

  「……部屋はセントラルさんがな。賠償金て言うか、それもちゃんと支払われるそうだから……ただし、今回の件は黙っててくれと……お前のお母さんと相談して了承したんだが、勝手に決めて悪いな、悠理」

  「ああ。そういうことか……うん、いいよ。こうして生きてんだし」

  俺があっさりと言うと、社長は安堵の息を吐いて話を続けた。

  「花は……お前さ、柳田楓真やなぎだふうまと知り合いだったのか?」

  「柳田楓真? sakusi-doの? まさか。すれ違ったこともないよ。なんで?」

  「だよなぁ……ほら、これ。カードも同梱されてるんだけど、花は柳田楓真が送ってきてるんだ。知り合いでもないのに、ちょこっとネットニュースに載ったくらいのお前が入院したあとからずっとだぞ。しかもなんでか百合の花ばっかり」

  社長は首を傾げながら、A4の大きさの封筒を俺に渡した。
  それには十通ほどの小さな封筒が入っていて、中には楓をかたどったメッセージカード。

  ──これって……

  あり得ないのに、頭に浮かんだ想像に手を震わせながら、カードの文字を確認する。

  「やっと見つけた 目覚めるのをずっと待ってる 楓」


  息が、止まるかと思った。
しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

処理中です...