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事故つがいの夫は僕を愛さない
パート先の友人
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「高梨君、久しぶり! 体調はどう?」
パートをしている洋食屋に到着し、ウェイターの制服に着替えていると、コック帽をかぶった厨房担当の真鍋さんが声をかけてくれる。
ここのスタッフさんはベータの店長さんを始め、オメガ差別をせず、発情期に必ず七日間休む僕を気遣かってくれる人ばかりだ。
「ダンナにたっぷりとかわいがってもらったか~?」
真鍋さんはにやにやとしながら寄ってきた。
「それ、セクハラですからね」
背の高い真鍋さんの胸筋をこぶしでつつく。相変わらずいい弾力だ。
理人も背が高いけれど、同じアルファの真鍋さんはさらに五センチは高い。百八五センチ以上はあるだろう。また、趣味でボクシングをやっているらしく、がっしりとした体つきをしている。
僕は理人のほどよい筋肉感が好き……というか、無駄がなくて腰が締まっている理人の肢体にドキドキゾクゾクするけれど、真鍋さんの体格は包容力がある感じで、父性感みたいなものがある。
「真鍋さんて本当に独身ですか? もう子どもが何人もいそうな貫禄がありますよね」
「褒めてんの? けなしてんの? 貫禄があっても俺はまだ二十三歳の若者なんだ。あいにく子どもどころかつがいもいねーよ。高梨君が早いんだって。十八でつがいになって結婚したんだろ? 大恋愛じゃん」
「あ……まあ」
店にもスタッフさんたちにも、十五歳で事故つがいになったことはもちろん話していない。大恋愛なんて言ったこともないけれど、普通はそう思うよね。
「羨ましいな。俺も高梨君みたいな可愛いつがいが見つかんないもんかねぇ。まあ、あの旦那だから高梨君がつがいなんだろうけど」
「いじんないでくださいよ。僕なんかが理ひ……彼のつがいだなんて、身に余るって自分が一番わかってるんですから」
自虐だ。自分で言いながら、ダメージを受けている。
「なーに言ってんだよ。お似合いだって。初めてふたりを見たとき、従属の騎士と姫って感じだったもん。パートの初日に旦那がついてきて挨拶するなんて、びっくりだったけどな」
「姫って……僕はオメガだけど男ですよ。悲しいくらい平々凡々な」
でも、理人は確かに騎士っぽい。僕を愛してはいなくても、とても心配してくれる。
対人恐怖症になっていたときに通信高校を勧めてくれたのも理人だし、高校の三年間は一日に何度も連絡をくれた。
危ない目に遭った僕が、安全な場所にいるかどうかの確認だったんだと思う。
「今なにしてる?」「今どこにいる?」「今、誰といる?」と何回もメッセージをくれて、返事をしないでいると電話までしてくれた。
声が聞きたくて、わざとメッセージに既読を付けないこともあったっけ。
普段穏やかな理人を怒らせているのだけれど、「天音! なにやってたんだ」と名前つきで声が聞けるのが嬉しかった。
そういうときでないと、名前を読んでくれることもなかったから。
ずるいよね。僕は理人が心配してくれる気持ちを利用していた。
だけどそんな理人だから、僕が働きたいと言ったときは猛反対で、お金が足りないなら工面するから家にいるんだ、って言ってくれた。
それでも僕は絶対に理人の負担になりたくないから、なんとか押し通した。
ただし、夜の部は絶対に駄目だと言われて、結局ランチタイムのみのパートになったし、真鍋さんが言ったように初日は一緒に店に付いてきて、スタッフさんたちひとりひとりに挨拶をしてくれる心配ぶりだった。
中学の頃から人の上に立ち、他人のフォローが自然にできていた理人だ。
対人恐怖症でろくな社会経験もないオメガの僕が、上手に挨拶できないかもと心配してくれたんだろう。
実際に、僕はスタッフさんを前にしておどおどとしてしまっていた。
僕って駄目だな、とあのときも思った。僕は理人に釣り合わないなって……。
「──なんて言うか、あれは威嚇もあったと思うけどな」
「え? なにか言いました?」
理人のことを考えていたので、真鍋さんがぽつりと言った言葉を聞き逃し、問い返す。
真鍋さんは「いや?」と首を振りつつ僕の頭に手を乗せて、髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「前から思ってたけど、高梨君って自己評価が低すぎるぞ。鏡を見てみろよ、白い肌に黒目がちのつぶらな瞳。髪も天使の輪があるサラッサラ。俺は初めて見たとき、見惚れたね」
真鍋さんは乱れた僕の髪を手櫛で直してくれながら、更衣室の鏡を指さす。
「そこまで気を遣ってもらわなくてもいいです。僕もはっきりとした目鼻立ちで生まれたかったです」
理人の彼女はアルファだったから、華やかな顔立ちの、雰囲気まで綺麗な子だった。僕もあの子みたいな美人なら理人も好きになってくれたかも、と思う。
「いや、本音だって。……って、俺は人のつがいになに言ってんだろうな。ほら、仕事行こ、仕事」
真鍋さんはにしゃっと笑って、せっかく整えた僕の髪をまたかき混ぜた。
「わっ、やめてくださいよ」
「いいじゃん、素直な髪なんだからすぐ戻るんだし」
「もう!」
真鍋さんは明るくて気さくだ。年が近いからか、僕とは同僚であり、友人だって言ってくれる。
僕は中学の同級生とは疎遠になったし、高校も通信だったから友人と呼べる人がいない。だから真鍋さんとの学生ノリみたいなやり取りが楽しかったりする。
だけど理人にこの話をしても、理人は眉根を寄せてしまって、どちらかと言えば聞くのを面倒くさそうにする。
僕の話なんか聞いてもつまらないんだろう。最近では理人が帰ってくる時間が遅くなったから、ますます会話も減っている。
それに、やたらと理人のスマートフォンにメッセージが来るようになった。
昔から友人に囲まれている理人ではあるけれど、僕とつがいになってからは仕事に忙しくしていて付き合いを控えていたようなのに、最近では外で誰かと会ったりもしているみたいだ。
その中には昔の彼女もいたりするんだろうか。
理人は僕を自分の友人の中には入れないから、今の交友関係はわからない。
……当たり前のことだ。僕と理人は事故つがいがなんだもの。古くからの友人でも、新しい友人にでも、会わせたいわけがない。
「真鍋ー? 高梨くーん?」
店長さんの声。始業時間になっていると気付いて、僕たちは急いで持ち場に出る。
今日の日替わりメニューは王道の煮込みハンバーグ。付け合わせは、ほうれん草のピーナツバター和えに巣ごもり卵。それと、お店定番のコンソメスープ。
これって理人も好きなメニューだ。真鍋さんにレシピを聞いて今夜作ってみたら、理人は喜んでくれるかな。
朝のニュースのこと、もう考えないでいてくれるくらいに。
パートをしている洋食屋に到着し、ウェイターの制服に着替えていると、コック帽をかぶった厨房担当の真鍋さんが声をかけてくれる。
ここのスタッフさんはベータの店長さんを始め、オメガ差別をせず、発情期に必ず七日間休む僕を気遣かってくれる人ばかりだ。
「ダンナにたっぷりとかわいがってもらったか~?」
真鍋さんはにやにやとしながら寄ってきた。
「それ、セクハラですからね」
背の高い真鍋さんの胸筋をこぶしでつつく。相変わらずいい弾力だ。
理人も背が高いけれど、同じアルファの真鍋さんはさらに五センチは高い。百八五センチ以上はあるだろう。また、趣味でボクシングをやっているらしく、がっしりとした体つきをしている。
僕は理人のほどよい筋肉感が好き……というか、無駄がなくて腰が締まっている理人の肢体にドキドキゾクゾクするけれど、真鍋さんの体格は包容力がある感じで、父性感みたいなものがある。
「真鍋さんて本当に独身ですか? もう子どもが何人もいそうな貫禄がありますよね」
「褒めてんの? けなしてんの? 貫禄があっても俺はまだ二十三歳の若者なんだ。あいにく子どもどころかつがいもいねーよ。高梨君が早いんだって。十八でつがいになって結婚したんだろ? 大恋愛じゃん」
「あ……まあ」
店にもスタッフさんたちにも、十五歳で事故つがいになったことはもちろん話していない。大恋愛なんて言ったこともないけれど、普通はそう思うよね。
「羨ましいな。俺も高梨君みたいな可愛いつがいが見つかんないもんかねぇ。まあ、あの旦那だから高梨君がつがいなんだろうけど」
「いじんないでくださいよ。僕なんかが理ひ……彼のつがいだなんて、身に余るって自分が一番わかってるんですから」
自虐だ。自分で言いながら、ダメージを受けている。
「なーに言ってんだよ。お似合いだって。初めてふたりを見たとき、従属の騎士と姫って感じだったもん。パートの初日に旦那がついてきて挨拶するなんて、びっくりだったけどな」
「姫って……僕はオメガだけど男ですよ。悲しいくらい平々凡々な」
でも、理人は確かに騎士っぽい。僕を愛してはいなくても、とても心配してくれる。
対人恐怖症になっていたときに通信高校を勧めてくれたのも理人だし、高校の三年間は一日に何度も連絡をくれた。
危ない目に遭った僕が、安全な場所にいるかどうかの確認だったんだと思う。
「今なにしてる?」「今どこにいる?」「今、誰といる?」と何回もメッセージをくれて、返事をしないでいると電話までしてくれた。
声が聞きたくて、わざとメッセージに既読を付けないこともあったっけ。
普段穏やかな理人を怒らせているのだけれど、「天音! なにやってたんだ」と名前つきで声が聞けるのが嬉しかった。
そういうときでないと、名前を読んでくれることもなかったから。
ずるいよね。僕は理人が心配してくれる気持ちを利用していた。
だけどそんな理人だから、僕が働きたいと言ったときは猛反対で、お金が足りないなら工面するから家にいるんだ、って言ってくれた。
それでも僕は絶対に理人の負担になりたくないから、なんとか押し通した。
ただし、夜の部は絶対に駄目だと言われて、結局ランチタイムのみのパートになったし、真鍋さんが言ったように初日は一緒に店に付いてきて、スタッフさんたちひとりひとりに挨拶をしてくれる心配ぶりだった。
中学の頃から人の上に立ち、他人のフォローが自然にできていた理人だ。
対人恐怖症でろくな社会経験もないオメガの僕が、上手に挨拶できないかもと心配してくれたんだろう。
実際に、僕はスタッフさんを前にしておどおどとしてしまっていた。
僕って駄目だな、とあのときも思った。僕は理人に釣り合わないなって……。
「──なんて言うか、あれは威嚇もあったと思うけどな」
「え? なにか言いました?」
理人のことを考えていたので、真鍋さんがぽつりと言った言葉を聞き逃し、問い返す。
真鍋さんは「いや?」と首を振りつつ僕の頭に手を乗せて、髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「前から思ってたけど、高梨君って自己評価が低すぎるぞ。鏡を見てみろよ、白い肌に黒目がちのつぶらな瞳。髪も天使の輪があるサラッサラ。俺は初めて見たとき、見惚れたね」
真鍋さんは乱れた僕の髪を手櫛で直してくれながら、更衣室の鏡を指さす。
「そこまで気を遣ってもらわなくてもいいです。僕もはっきりとした目鼻立ちで生まれたかったです」
理人の彼女はアルファだったから、華やかな顔立ちの、雰囲気まで綺麗な子だった。僕もあの子みたいな美人なら理人も好きになってくれたかも、と思う。
「いや、本音だって。……って、俺は人のつがいになに言ってんだろうな。ほら、仕事行こ、仕事」
真鍋さんはにしゃっと笑って、せっかく整えた僕の髪をまたかき混ぜた。
「わっ、やめてくださいよ」
「いいじゃん、素直な髪なんだからすぐ戻るんだし」
「もう!」
真鍋さんは明るくて気さくだ。年が近いからか、僕とは同僚であり、友人だって言ってくれる。
僕は中学の同級生とは疎遠になったし、高校も通信だったから友人と呼べる人がいない。だから真鍋さんとの学生ノリみたいなやり取りが楽しかったりする。
だけど理人にこの話をしても、理人は眉根を寄せてしまって、どちらかと言えば聞くのを面倒くさそうにする。
僕の話なんか聞いてもつまらないんだろう。最近では理人が帰ってくる時間が遅くなったから、ますます会話も減っている。
それに、やたらと理人のスマートフォンにメッセージが来るようになった。
昔から友人に囲まれている理人ではあるけれど、僕とつがいになってからは仕事に忙しくしていて付き合いを控えていたようなのに、最近では外で誰かと会ったりもしているみたいだ。
その中には昔の彼女もいたりするんだろうか。
理人は僕を自分の友人の中には入れないから、今の交友関係はわからない。
……当たり前のことだ。僕と理人は事故つがいがなんだもの。古くからの友人でも、新しい友人にでも、会わせたいわけがない。
「真鍋ー? 高梨くーん?」
店長さんの声。始業時間になっていると気付いて、僕たちは急いで持ち場に出る。
今日の日替わりメニューは王道の煮込みハンバーグ。付け合わせは、ほうれん草のピーナツバター和えに巣ごもり卵。それと、お店定番のコンソメスープ。
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