事故つがいの夫は僕を愛さない  ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】

カミヤルイ

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事故つがいの夫は僕を愛さない

夫の告白 ④

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「いいんだ。悪いのは俺だ。無理やりつがいにして結婚までしたのに、優しくするよりも閉じ込めることに必死になって天音を萎縮させた。俺とつがったことで天音を不幸にしてるんだと、後から後から後悔が押し寄せたよ。俺がいなければ、大人になった天音は他の人とつがって幸せになったかもしれないのに、俺がその未来を奪った。だから……」

 理人がそこで一瞬言い淀む。唇を結び、きゅ、とこぶしを握った。

「だから、天音が仕事を始めて真鍋さんとのことを楽しそうに話すたび、天音は本当の恋を知るかもしれないとやるせなくなって、嫉妬も加わって天音の前でうまく振る舞えなくなって……」
「え……?」

 ちょっと待って。まさか理人、僕が真鍋さんのことを好きになったとまで思ってる? 
 いったいどこまでこんがらがっているのだろう。

「でもやっぱり俺、天音を離したくないんだ……。だから俺がもっと成長して頼れる男になって、弁護士になれたら改めて天音にプロポーズし直そうって決めたんだ」

 それがこんなことになってごめん、と頭を下げられる。

「天音。俺は本当に彼とつがいたいと思ってない。抱き合ってキスしたことは消せないし、許されることじゃないとわかってるけど、その先は本当になかった。あの夜家に帰らなかったのは、彼のフェロモンに反応してラット状態になってたから、帰れば酷く天音を抱いてしまうと思ったからだ。その前日がそうだった。逃げるようにスクールを出て家に帰ったものの、彼のフェロモンに当てられて自制が効かずに、天音に乱暴してしまった」

 前日……激しく抱かれたあの日も、理人は運命の彼を振り切って帰ってきてくれたのだと知る。

「それで、目についたホテルいに逃げ込んで一人で過ごした。腕を噛み続け、この手紙と歌詞を見ながら、ずっと天音を思ってた。嘘じゃない!」

 僕からの手紙を胸にぎゅっと押し当てる理人。
 きっと一昨日の夜もそうしていて、封筒にも手紙にも血が付き、たくさんのシワが寄ったんだろう。

 それを想像すると、胸が切なくきしんだ。理人と彼のキスシーンを見たときよりもずっとずっと胸が痛くて、不思議にあの夜の映像にもしわが寄り、理人の腕の内出血と同じ色のもやがかかっていく。

「だから天音、お願いだ。つがいの解消薬を申請するのは待ってほしい。真鍋さんのところに行かないでくれ」

 つがい解消薬のニュースが流れたとき、理人は僕が真鍋さんとやり直すために欲しがると思って、恐れたそうだ。

「そ、そんなわけ……」

 そんなわけないのに! 僕が理人以外の人を好きになるなんて、決してないのに!

「馬鹿! 理人の馬鹿!」

 駄目だ、きっと言葉だけじゃ伝えられない。

 僕は理人の胸に飛びこみ、顔を押し付けて叫ぶように声を出した。

「なんにもわかってない。僕を好きだって言いながら、理人は僕を見てない!」 

 どん、と胸を叩いて言いながら、僕も同じじゃないか、と心の中の僕が言う。

 僕たちは多分、互いを思うばかりに罪悪感に苛まれて、大事なことを見失っていた。
 互いが大事過ぎて、嫌われたくなくて、心の奥に踏み込んでいけなかったんだ。

「僕が好きなのは理人だけだよ。中学のころからずっとずっと、理人だけが好きで、いつも理人がまぶしかった」

 僕は、あの事故の日からこれまでの言葉不足をゆっくりと補った。

 理人がようやく僕に本心を打ち明けてくれたように、僕もひとつひとつ、たどたどしいのは変わらずでも、ちゃんと、伝えた。

「天音……、本当に? 今でも俺が好き……?」
「好きだよ。理人が大好きだ!」

 いつもならすぐにそれていた視線がぶれることなく絡み合っている。僕たちの瞳には、互いの姿しか映っていない。

 僕たちは腕も絡みつけて、きつく抱き合おうとした、そのときだった。

「おーい。そこまで! 俺もいることを忘れてるだろ」
「……あっ……」

 真鍋さん! そうだ。真鍋さんも一緒にいてくれたのに、僕も理人もすっかり真鍋さんの存在を忘れていた。

 だって、口を挟むことなく、本当にひっそりと見守っていてくれたから……。

 二人で背に手を回し合ったまま真鍋さんを見ると、真鍋さんは顔を手で覆ってため息を吐き、椅子から立ち上がる。
 そして次の瞬間、真鍋さんは突然に理人の胸元を掴み上げた。

「真鍋さん!?」

 僕は目を見開き、真鍋さんの腕に手を伸ばそうとした。けれどあまりにも緊迫した様子に、体が固まってしまった。

 その間にも真鍋さんは理人を締め上げ、言葉を連ねる。

「いいか、高梨君が傷ついたこと、絶対忘れんじゃねーぞ。運命のつがいがどんだけ強いのか俺は知らねーけど、二回目はないからな。あったら」

 ボクシングをやっている真鍋さんが、こぶしを上げる格好をした。
 理人は逃げずに、真鍋さんとしっかり顔を合わせて、間髪置かずに答える。

「ない。絶対にない。あんたにも約束する」
「……わかった。約束、だぞ」
「ああ」

 真鍋さんが理人から手を離す。
 途端に、凄んでいた顔がいつもの明るい表情になった。

「じゃ、帰るか。随分遅くなったからな。ほら、先に出てけ。俺は最後に鍵をかけるから」

 そう言ってあっさりと僕たちを送り出した真鍋さん。

 理人と二人でお礼を言って部屋から出たあと、なに気なく振り返ると、いつもはがっしりとした肩が力なく下がっているように見える。

 僕たち夫夫のことに付き合わせて疲れさせたな、改めてお礼をしないと、と思いながら、僕は理人と並んで店を出たのだった。
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