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運命と出逢った俺は、運命とつがえない
夜を超える⑦ Side真鍋
しおりを挟む夜の営業の前にすばるから店に電話があり、今夜は高梨家に行かずに家で待っていたいと言われた。
心配だったが戸締まりをきちんとしておくんだぞと、伝えた。
だが、どうにも気になる。
折良く最後のお客さんが閉店前に出てくれたこともあり、いつもなら後片付けもすべて請負うのだが、今夜はそこで上がらせてもらうことにした俺は、家路を急ぐ。
「すばる、ただいま」
話したいことがあると言っていたから眠らずにリビングで待っているだろうか。そう思って声を出した。だが返事はない。
「すばる? ……うっ」
リビングのドアを開けた途端、むせ返るような甘い香りが、炎が襲うように流れ出てきた。
「これ、すばるのフェロモン……!? すばる!?」
リビングには姿がなく、寝室へ急ぐ。
だが一歩近づくごとに、身体中の細胞と血が吠えるのを感じた。
筋肉が盛り上がり、血管が浮き上がる。小さな攣縮が起こり、上半身がわなないた。
……行くな。これ以上進むな。足を止めろ。
警笛が頭の中で響く。間違いない、すばるはヒートを起こしている。
……やめろ。引き返せ。行くならせめて抑制剤を飲め。
「そうだ……すばるにも抑制剤を……」
寝室の扉の前で一瞬足を止めて、キッチンに戻った。
まずは自分のラット化抑制剤を用法の倍量で飲み、次に侑子さんから預かったオメガ用の抑制剤を取り出し、水のボトルも持つ。
これを飲ませたらすぐに落ち着くと信じて。
「すばる!」
寝室の扉を開ける。リビングよりももっと激しい勢いでミルクチョコレートの香りに襲われる。
全身が歓喜に打ち震えた。踊ったことなんかないのに、滑稽にも全身を大きく使って踊り出したい衝動に駆られる。
俺の、ただひとりのつがいのフェロモン……。
「ぐうううぅぅ」
喉が鳴った。筋肉の攣縮がさらに強くなる。伴って肌が粟立ち、発火しているんじゃないかと思うほど身体が熱くなった。
おそらく俺もフェロモンが噴出している。
抑えろ。抑えるんだ。けっして、本能に流されるな。
「がくと、さん、がくと、さん……」
「すばるっ……」
気配を感じたのか、俺のフェロモンを感じたのか、すばるの呼ぶ声がして、はっとして視線を動かした。
視界に、俺の洋服を何層にも重ねた山がゆらゆらと揺れるのが映る。
「巣」だ。俺の愛しいつがいの「巣」だ。俺のつがいはここにいる。
「すばる、すばる……」
一枚ずつ洋服を剥ぐごとに、フェロモンと共に愛しさが溢れ出す。
腹の奥底から熱が沸々と上がってくる。
「ああ………」
感嘆のため息が漏れる。
巣の中に愛しい顔を見つけた。
汗で濡れた黒髪が艷やかに光り、紅潮した肌を際立たせている。
「ぁ……岳人さんっ……」
びっしりと生え揃った長いまつ毛が揺れ、瞼が開いた。大きな黒い瞳が俺を見つける。
「すばる。可愛い巣だな。上手にできてる」
「がくと、さあぁん」
髪を撫でで賛詞を贈ると、すばるは途端に身体を起こしてしがみついてくる。
巣から出てきた身体は、上半身しか服を着ていなかった。
「っつ……」
下腹や太ももがオメガの愛液で濡れている。俺の服を握りしめる手が濡れているのもそうなのだろう。
フェロモンの香りがいっそう強く鼻腔に絡みつき、体内に染み入っていく。
「ぐ……すばる。辛かったな。薬、飲もう」
「ん、や。岳人さん、ぎゅっとして。僕をぎゅっとして」
蕩けそうな甘い声で言いながら、すばるは首を振る。薬を口に入れたいのにじっとしない。身体も上下に揺らし、俺の太ももに幼いそこを擦り付けてくる。
キツ……押し倒してめちゃめちゃにかぶりつき、煮え滾る熱をぶつけたい。
「すばる、飲む、んだ。これ、を」
頭を振って劣情と汗を飛ばし、切れる息をなんとか整えながら促す。
「やぁ、やだぁ、ぎゅっとするの。ここ、触ってほしいの、お願い、僕の中のムズムズ、追い出して」
だがすばるは片手で俺にしがみついて首を振り、片手で俺の手を局部に誘う。
「くそっ……」
握りしめていたオメガの抑制剤と、ベッドにいったん置いたペットボトルの水を口に含んだ。
今は緊急事態だ。仕方がない。
ごめん、すばる、と心の中でつぶやき、頬を包んで顔を向かせた。
涙でぐしょぐしょになった顔に、切なさと愛しさを感じながら唇を塞ぐ。
「ふ……ん、んん……」
すばるの力が少し抜け、細い喉が上下した。
「飲めたか……んっ」
安心して唇を離したのも束の間、油断した俺は華奢なすばるに押し倒され、ベッドに背をつけることになった。
今度はすばるに唇を塞がれる。
「う、んん!」
じゅ、じゅ、と唇を吸ってきて、それでも硬く結んだ唇の合わさりに、舌をねじ込もうとしてくる。
唾液に唇も顎も濡らされて、伝って口内に入ってきた甘いミルクチョコレートの味に、頭がぼんやりしてくる。
なんて旨い味なんだろう。もっと味わいたい。
小さいのに熱い舌は柔らかく、絡み取ってきつく吸いたくなる。
滑らかな手触りの肌は確かなぬくもりを伝え、欲情を掻き立てる。
もっと、貪りたい。
もっと味わいたい。
もっと触れたい。
もっと奥まで入りたい。
貪って、貪って、どこもかしこも俺のものにしたい。
────すべてを自分のフェロモンで満たしたい。
俺の中の野獣が体を支配する。俺の手は柔らかい双丘を滑り、アルファが入るべき場所に指を進めていく。
「岳人さん……好き……」
「…………!!」
だが、完全に失われようとしていた自我は、すばるの声で一本の針金のようになり、俺の頭の中を刺した。
……なにやってんだよ! 流されるな。すばるを幸せにするんだろう? すばるを、守れ!
「はぁ、はぁ、はぁ………」
薄い肩を掴み、必死ですばるの身体を離す。
自分の腕が目に入って、過去の理人の腕が頭の中に浮かんだ。
アルファの犬歯が深く刺さった痕の、血が流れるあの腕が。
「がっ………ぐぅっ……!」
そして俺は、同じように自分の腕に犬歯を食い込ませた。
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