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「離して、奏多」
「嫌だ。もう二度と離さない。ずっと探していたんだ。でも当てがどこにもなくて、心が折れかけていた矢先にやっと会えた。頼む、あの日の話をさせてくれ。透生は俺の話を誤解してると思う」
「誤解……? 誤解のしようなんてないじゃないか」
――奏多が『苦痛だ』と言ったのをはっきりと聞いたんだ。
内心で叫びながら奏多の腕の中で体をよじると、小さな奏の手が腕をぎゅっと掴んできた。
「ぱぱのおはなし、きくの! まま、ちゃんとおすわりして、おてておひざにして!」
「奏……」
奏が泣きそうに言うため、透生は奏の言うとおり【お話を聞く姿勢】になってしまった。
それを受け、奏多は話を再開する。
「短冊のことだけど……」
そう言いながらスーツの内ポケットから財布を取り出した奏多は、中から一枚の紙切れを取り出した。
透生の瞳は、色褪せた黄色のそれに釘付けになる。
「それって……」
「透生が書いた短冊だ。これは俺が笹からちぎったんじゃない」
奏多の話を聞いていると、短冊をちぎったのは、大学生時代に奏多が告白を断った相手だとわかった。
奏多はその場面に遭遇し、その子から短冊を取り上げたそうだ。そしてその際、思わずカッとしてその子を責めてしまい、泣かせたところでアルファ性の同級生が通りかかり、場を収めてくれたのだという。
その後、奏多は同級生と二人で宿の裏に移動し、話し込んでいたそうだ。
「あの時、俺が話していたのは、不甲斐ない自分についての愚痴だ。オメガの透生がベータの俺と付き合っても苦痛でしかないんじゃないかって、どうしたら透生の苦痛を除けるのかわからない役立たずの俺が隣にいても負担になるだけじゃないかって……」
だからおそらく透生は、その直前のアルファ同級生の話しぶりから誤解してしまったのではないか、と奏多は言う。
「俺が透生に負担だと思われても、俺が透生をそう思うことなんて絶対にない」
「そんな……」
奏多の予測通りの誤解をしていたことがまだ信じられない。五年間、ずっとそうだと思い続けてきてしまったのだ。
頭の中で絡まっている線を解くことだけで精一杯で、透生がまともな返答もできないでいると、奏多は言いにくそうに瞼を伏せがちにして続ける。
「あの頃の俺は自分に自信がなかった。告白してくれたときも、その前から透生を思っていたのに、第二性のことで諦めていたからすぐに返事ができなくて……付き合ってからも、つがいになれないベータの俺じゃ透生を幸せにできないんじゃないか、っていうのが常に頭から離れなかった」
それでも奏多は「そんなことない。方法はある」と自分を奮い立たせていた。けれど、そう思うそばから周囲に反対され、自信を失くしてはまた奮い立つ、の繰り返しの日々だったと話す。
初めて知ることばかりだった。
奏多は透生の前ではいつも朗らかにしていたのに、透生の預かり知らぬ所で奏多自身が誹謗され、そして、内心では出口のない迷路を彷徨うような心許なさを抱き続けていたのだ。
「ごめん、僕、なにも……」
まだ明らかにされた事実を整理しきれていないが、透生がやっと謝罪の言葉を漏らしかけると、奏多は緩く首を振り、まっすぐな視線を向けてきた。
「俺、両親にも透生とのことを相談していたんだ」
「えっ……ご両親に? どんなふうに?」
「当時、透生の名前までは出さなかったけど、将来結婚を考えているオメガ性の恋人がいるって言った」
「結婚!?」
透生は目を見開いた。二人の付き合いはたった四か月だ。
確かに透生も奏多と『ずっと一緒にいたい』と思ってはいたが、奏多が具体的にその手段を考えていてくれたとは思ってもみなかった。
「……けっこん?」
透生がただただ呆然としていると、奏多の腕の中の奏が復唱した。目をパチパチさせて奏多を見上げている。
奏多は目元と口元になだらかな弧を描くと、奏に頷いた。
「パパはね、ママを愛していたんだ。ずっと一緒にいたかったから、奏のおじいちゃんとおばあちゃんに伝えたんだ」
「おじいちゃん! あのね、奏のおじいちゃん優しいよ? もう一人おじいちゃんと、おばあちゃんもできるの?」
奏がさらに目を瞬かせて、高い声を上げる。
奏多は「そうだよ」と頷くと、再び透生をじっと見つめる。
「愛してるんだ。今まで、ずっと。愛してる。透生」
「奏多……」
熱っぽい眼差しに胸が熱くなった。
けれどその熱く揺れる瞳の奥に、まだ後悔の念を滲ませているのが見て取れる。
透生も奏多をまっすぐに見つめ返すと、奏多は再び話し始めた。
「嫌だ。もう二度と離さない。ずっと探していたんだ。でも当てがどこにもなくて、心が折れかけていた矢先にやっと会えた。頼む、あの日の話をさせてくれ。透生は俺の話を誤解してると思う」
「誤解……? 誤解のしようなんてないじゃないか」
――奏多が『苦痛だ』と言ったのをはっきりと聞いたんだ。
内心で叫びながら奏多の腕の中で体をよじると、小さな奏の手が腕をぎゅっと掴んできた。
「ぱぱのおはなし、きくの! まま、ちゃんとおすわりして、おてておひざにして!」
「奏……」
奏が泣きそうに言うため、透生は奏の言うとおり【お話を聞く姿勢】になってしまった。
それを受け、奏多は話を再開する。
「短冊のことだけど……」
そう言いながらスーツの内ポケットから財布を取り出した奏多は、中から一枚の紙切れを取り出した。
透生の瞳は、色褪せた黄色のそれに釘付けになる。
「それって……」
「透生が書いた短冊だ。これは俺が笹からちぎったんじゃない」
奏多の話を聞いていると、短冊をちぎったのは、大学生時代に奏多が告白を断った相手だとわかった。
奏多はその場面に遭遇し、その子から短冊を取り上げたそうだ。そしてその際、思わずカッとしてその子を責めてしまい、泣かせたところでアルファ性の同級生が通りかかり、場を収めてくれたのだという。
その後、奏多は同級生と二人で宿の裏に移動し、話し込んでいたそうだ。
「あの時、俺が話していたのは、不甲斐ない自分についての愚痴だ。オメガの透生がベータの俺と付き合っても苦痛でしかないんじゃないかって、どうしたら透生の苦痛を除けるのかわからない役立たずの俺が隣にいても負担になるだけじゃないかって……」
だからおそらく透生は、その直前のアルファ同級生の話しぶりから誤解してしまったのではないか、と奏多は言う。
「俺が透生に負担だと思われても、俺が透生をそう思うことなんて絶対にない」
「そんな……」
奏多の予測通りの誤解をしていたことがまだ信じられない。五年間、ずっとそうだと思い続けてきてしまったのだ。
頭の中で絡まっている線を解くことだけで精一杯で、透生がまともな返答もできないでいると、奏多は言いにくそうに瞼を伏せがちにして続ける。
「あの頃の俺は自分に自信がなかった。告白してくれたときも、その前から透生を思っていたのに、第二性のことで諦めていたからすぐに返事ができなくて……付き合ってからも、つがいになれないベータの俺じゃ透生を幸せにできないんじゃないか、っていうのが常に頭から離れなかった」
それでも奏多は「そんなことない。方法はある」と自分を奮い立たせていた。けれど、そう思うそばから周囲に反対され、自信を失くしてはまた奮い立つ、の繰り返しの日々だったと話す。
初めて知ることばかりだった。
奏多は透生の前ではいつも朗らかにしていたのに、透生の預かり知らぬ所で奏多自身が誹謗され、そして、内心では出口のない迷路を彷徨うような心許なさを抱き続けていたのだ。
「ごめん、僕、なにも……」
まだ明らかにされた事実を整理しきれていないが、透生がやっと謝罪の言葉を漏らしかけると、奏多は緩く首を振り、まっすぐな視線を向けてきた。
「俺、両親にも透生とのことを相談していたんだ」
「えっ……ご両親に? どんなふうに?」
「当時、透生の名前までは出さなかったけど、将来結婚を考えているオメガ性の恋人がいるって言った」
「結婚!?」
透生は目を見開いた。二人の付き合いはたった四か月だ。
確かに透生も奏多と『ずっと一緒にいたい』と思ってはいたが、奏多が具体的にその手段を考えていてくれたとは思ってもみなかった。
「……けっこん?」
透生がただただ呆然としていると、奏多の腕の中の奏が復唱した。目をパチパチさせて奏多を見上げている。
奏多は目元と口元になだらかな弧を描くと、奏に頷いた。
「パパはね、ママを愛していたんだ。ずっと一緒にいたかったから、奏のおじいちゃんとおばあちゃんに伝えたんだ」
「おじいちゃん! あのね、奏のおじいちゃん優しいよ? もう一人おじいちゃんと、おばあちゃんもできるの?」
奏がさらに目を瞬かせて、高い声を上げる。
奏多は「そうだよ」と頷くと、再び透生をじっと見つめる。
「愛してるんだ。今まで、ずっと。愛してる。透生」
「奏多……」
熱っぽい眼差しに胸が熱くなった。
けれどその熱く揺れる瞳の奥に、まだ後悔の念を滲ませているのが見て取れる。
透生も奏多をまっすぐに見つめ返すと、奏多は再び話し始めた。
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