事故つがいの夫が俺を離さない!

カミヤルイ

文字の大きさ
2 / 38
1巻

1-2


「フェリクスは付き合いが多いからな。アーシェット宰相からも重々言われているのだろう」

 存外にも優しい声だった。意表を突かれた俺は、ついクラウスをじっと見つめてしまう。
 クラウスももう、顔をそむけなかった。しっかりと俺の目を見て、唇を開く。

「でも、俺は嫌だ。俺は好きな人とだけ踊りたい。それができないのなら、誰とも踊らない」

 言い終わるにつれて語気が強まった。視線は少しもぶれることなく、まっすぐに俺を射貫いている。
 きっとクラウスは、俺にニコラを重ねているんだろう。だからこんなにも熱い語り口になるんだ。
 だけどそうか、そういうことなんだ。本当ならクラウスも、立場的に名だたる家門の生徒たちとダンスをする予定があったはずだ。それをニコラのためにすべて断り、角が立たないように身を隠していたんだ。パーティーを楽しむことより、ニコラに悲しい思いをさせないことを優先にして。
 クラウスは真面目一辺倒な男だもの。融通が利かない面もあるけれど、だからこそただひとりに気持ちを注ぐんだろう。
 いいな。ニコラが羨ましくなる。羨ましすぎるからか、胸の奥がちりちりする。
 だけどそんなの、子どもと同じだ。自分が与えられないものをもらえるニコラが羨ましくて拗ねている、子どもと同じ。
 俺は自分が恥ずかしくなり、これを知ったときのニコラの顔を、瞼を閉じて思い浮かべた。
 ――うん、嬉しい。ニコラが愛されていることが嬉しい。
 そう思えることにほっとして、瞼を開けてクラウスを見上げる。

「そっか。それでここに隠れていたんだな。おまえ、いい男だな。そういうの、好きだぞ」

 ニコラを大切にしてくれることへのお礼のつもりで笑顔を添えると、クラウスはなぜか息を呑むように喉元を上下させた。続いて、ぎこちない動きでバルコニーの手すりに置いていたワイングラスを掴んであおった。

「おい、そんな無茶な飲み方したら」

 勢いに驚いて、つい、腕を強く掴んでしまう。
 クラウスはグラスを手すりに戻すと、俺のその手をじっと見て、すくい上げるように取った。

「君は誰ともまだ踊っていないのか?」
「俺? そう言ったじゃん。フェリクス待ちだって……わわ!」

 言い終わらないうちに体を引き寄せられ、腰に手を回される。ふわっと体が浮いて、軽々と一回転させられた。完全な着地を許されず、床にはかろうじてつま先だけが乗っている。
 なんだ? なにが起こってる?
 唖然としていると、クラウスは漏れ聴こえる演奏に合わせて、俺とワルツを踊り始めた。

「ちょ、クラウス……!」

 どうして俺とダンスを……さてはクラウス、ワインの一気飲みで悪酔いしたな? 完全に俺とニコラを混同しているに違いない。

「クラウス、待て待て! 俺はニコラじゃない!」
「暴れるな。狭いから、壁に当たる」

 耳元で囁かれてゾクリとした。
 こんなシーンをニコラに見られたら、勘違いされて修羅場になってしまう。早く振りほどいてここから立ち去らないと!
 けれど意外にもリードのうまいクラウスは俺をしっかりと支え、軽やかに回転させる。まるで幻想の世界に導かれたように、頭上の星もくるりと回る。
 そして、クラウスのたくましい胸や腹、太ももが俺の体に触れている。
 瞳に映る美しさと、鍛え抜かれた体から与えられる安心感に、思わず陶酔しそうになった。
 ……いや、ニコラの好きな相手とのダンスにうっとりしてどうする!
 我にかえると、動揺で心臓が跳ね出した。当然だ。ニコラに知られたら大変なことになるのだから。
 そう、この動悸にそれ以外の意味はない。早く終われ、早く終われ。演奏の途中から踊り始めたから、終わるまであと少し。……よし、終わる!
 演奏が止まった。同時につま先立ちだった俺の足がゆっくりと床についたので、掴まっていたクラウスの腕から急いで右手を離し、握られていた左手もほどこうとした。
 けれど左手はしっかりと握られたまま、クラウスの口元へと運ばれる。

「え? え……えっ、ええ~~!」

 なにをするつもりだ、と思った次の瞬間、俺は驚きで目を見開き、身をのけぞらせた。

「ファーストダンスを、ありがとう」

 なんと、クラウスはそう言いながら、俺の手の甲にキスをしてきたのだ。
 キス! キスをするなんて!
 ファーストダンスだってそう。フェリクスが他の人と踊っても、俺の初めては彼のために取っておいたのに!
 いいや、それよりもやっぱりキスだ! 
 手だといっても、家族以外からキスをされるのなんて生まれて初めてだった。
 クラウスめ、俺の初めてをよくも……!
 気が動転して、乱暴に手を振り払う。

「この酔っ払い! 双子だからって間違えるにもほどがある! いいか、ここでのことは他言無用。というか、今すぐ全部忘れろ!」

 どんどん頭に血が上って、声も身振りも大きくなった。
 このままでは誰かにふたりでいるところを見られてしまう。
 俺はきびすを返すと、急いで室内に戻った。
 だから聞こえなかった。クラウスが「エルフィー、絶対に忘れない」と言っていたことは。


 室内に戻ると、いったん休憩タイムに入ったところで、生徒たちは飲食を楽しみ始めていた。
 俺も食事を勧められたものの、まだ胸がとくとくとうるさかったので、飲み物を持っている給仕を探して顔を動かした。

「エルフィー、見つけた」

 そのとき、近くにいたのか、フェリクスが声をかけてきた。
 途端にうるさい心臓が凍りつき、鼓動が止む。息の根を止められたような気がした。フェリクスの顔をまともに見ることができない。
 するとフェリクスは背をかがめ、俺の顔を横から覗き込んだ。

「エルフィー、一部ではどうしてもご令嬢方からのお誘いを断れなくてごめん。でも今夜俺からダンスを申し込むのはエルフィーだけだよ。二部のファーストダンスは俺と踊ってくれる?」
「え……」

 俺はなんて単純なんだろう。フェリクスの甘い言葉に勝手に頬が熱くなり、勝手に口角が上がって、勝手に頷いていた。
 彼は王子様のように上品に微笑むと、俺の腰に手を添え、スマートにテーブルに促してくれる。
 それから今夜の俺の装いをひとしきり褒め、アカデミー在学中の俺の救護長としての活躍をたたえてくれたり、卒業論文に書いた『つがい解消薬の錬成について』を、興味深そうに訊ねてくれたりした。
 俺だけを見つめて相槌を打ってくれるフェリクスに、俺は夢中で研究内容を話す。
 すると、始終微笑んでいたフェリクスが、急に真面目な面持ちになった。

「オメガとオメガフェロモンは素晴らしい可能性を持っているね。そしてその魔力を惜しみなく研究に捧げるエルフィーは素敵だ。エルフィーとは、卒業後も末永くお付き合いしたいな」
「す、末永く?」
「うん、末永く」

 これは、やっぱり脈アリなのでは。『俺からダンスを申し込むのはエルフィーだけ』とか『末永くお付き合い』なんて言い方、普通の友人にするもの? プロムのあとと言わず、今この場で……

「おや、エルフィー。二部が始まるよ」

 告白してしまおうかと気持ちがはやったとき、休憩タイムの終わりを告げる調べが奏でられた。
 フェリクスが、すぐに俺に向かって手を差し出してくれる。

「お手をどうぞ」
「はいっ……!」

 そうだ、二部のファーストダンスをフェリクスと踊るんだ。告白は、ふたりきりになってからだ。
 そう自分を落ち着かせながら、彼の白く美しい手にそっと手を重ねる。
 完璧なエスコートでホール中央に立てば、ワルツの演奏が始まった。
 一部では地のどん底にいるようだったのに、打って変わって雲の上にいるようだ。
 軽やかなステップに優雅なターン。フェリクスとの華麗なダンスに舞い上がった俺は、ついさっきまでのバルコニーでの出来事や、クラウスを待っているだろうニコラのことを、すっかり意識の外に飛ばしてしまった。
 俺はこのときのことを、のちに強く後悔することになる。
 このとき、自分のことばかりに夢中にならないでニコラのことを思い遣っていれば、違う未来になっていたかもしれないのに──


「――なあ、ニコラがどこにいるか知らない?」

 フェリクスとの華やかな時間を過ごしたあと、俺は有頂天のまま治癒魔法科の休憩席に戻った。
 そしてそこで、ようやくニコラの姿がサロン内にないことに気づき、クラスメイトに訊ねた。

「ああ、少し前までエルフィーとフェリクスのダンスを見て嬉しそうにしてたけど、今は花摘てあらいみに行ってる。少し酔ったふうだったから、酔い覚ましに行ったんだろ」
「じゃあ様子を見てくる」

 返答を受け、俺はすぐに出入り口に体を向けた。すると、クラスメイトたちが苦笑いをして俺を引き止める。

「おいおい。いくら双子とはいえ、エルフィーはいつもニコラに過保護すぎるだろ。俺たちはもう大人だぜ? 卒業を機に、弟離れもすれば?」
「そうよ、心配性のお兄ちゃん、私たちとも過ごしましょうよ」

 確かに、そう言いたくなるほど俺とニコラは常に一緒にいるかもしれない。
 けれど妙な胸騒ぎがした俺は皆に挨拶を済ませると、サロンを飛び出した。
 その後、周辺をくまなく捜し歩いたものの見つからず、ふと思いついて寄宿舎の部屋に戻ってみる。
 ドアを開くと、ひどく疲れた様子で肩を落としたニコラが、ベッドのへりに腰掛けていた。

「ニコラ! 部屋にいたのか」

 ひざまずいてニコラの顔を見上げ、いつも以上の青白さに息を呑んだ。

「顔色が悪いな。ずいぶん酔った?」

 酔い覚ましの魔法をかけるために頬に手を伸ばす。するとニコラはブリーチズの右ポケットに突っ込んでいた手を出して、俺の手を制した。

「大丈夫。クラウスが見当たらなくて、ほうぼう探し歩いてたから疲れただけ」
「それで、見つかったのか? そういえばこのあとの約束ってできてるのか?」
「ううん、プロム中に言おうと思ってたから、まだ」
「なんてことだ。あいつはずっと」

 バルコニーにいたのかも、と言おうとして、言葉が出なくなってしまった。
 あのときのことが頭の中を巡る。
 後ろめたい気持ちが一番だ。けれど、お酒に酔っていたとはいえクラウスが俺とニコラを混同し、ダンスやキスまでしたとニコラが知れば大変なことになる、と危機感がよぎった。
 ニコラには、普段の温和な様子からかけ離れた激しい一面がある。自分の大切なものへの固執が強く、たとえ双子の兄の俺でも、領域を侵すと容赦なく責め立ててくるのだ。
 幼い頃、ニコラのテディベアを間違えて抱っこしたときも、アカデミーに入学してすぐの頃、傘を失くした俺に母様がニコラの予備を渡そうとしてくれたときも、それはそれはすごい剣幕で「エルフィーでも僕の大切なものを使うのは許さないんだから!」と一日怒って泣いて、叫んで喚いた。
 だからニコラがこの件を知るなら、せめて彼がクラウスと恋人同士になってからじゃないと。
 頼んだぞ、クラウス。ニコラはこのあとの告白の場面で、おまえがどこにいたのかを問い、おまえは間違いに気づくだろう。しっかりと釈明して、ニコラを宥めてくれ!
 頭を高速回転させてそこまでを考えたとき、ニコラが怪訝そうに俺に問いかけた。

「ずっと、なぁに?」
「……あ、いや、ずっとどこにいたんだろうなって」

 俺はニコラを騙しているんだ、と胸がぞわぞわした。
 クラウスを見つけたときにすぐにニコラに伝えに戻ればよかった。そうすれば最初からふたりでワルツを踊り、いい雰囲気になって、クラウスから愛の告白があっただろうに。
 まっすぐに目を見ていられず、ついうつむいたもののニコラは信じてくれたようだ。声の調子が一段明るくなった。

「だよね。僕、もうヘトヘトだよ。でもね、フェリクスとのダンス、見てたよ! とってもいい雰囲気で、ふたりを見てたら胸がいっぱいになって、もうそれだけで満足しちゃった。だから僕は、今夜の告白は見送って家に帰るよ」
「えっ? 待って待って。俺のことを喜んでくれるのは嬉しいけど、それで告白をやめるなんて言うなよ。騎士科の寄宿舎の前で役員の集まりが終わるのを待っておいたら?」

 あまりにあっさりと言うので、驚いて引き留める。
 けれどニコラは、眉根を寄せつつ首を横に振った。

「そんなの、いかにもアルファを待ってるオメガだと思われちゃう。それに汗をかいたし、服もしわになっちゃった。こんなだらしない姿で告白したくない」

 品行方正なあまりに体裁を気にしてしまうニコラらしい考え方だ。俺なら、なりふり構わないのに。

「そんなこと言わないで頑張ろうよ」
「あきらめるわけじゃないから安心して。クラウスには後日改めて連絡するから。ね?」

 ニコラが俺の両手を握り、さとすように柔らかく微笑む。

「ダンス、本当に素敵だった。確実にフェリクスはエルフィーに好意を持ってる。だから自信を持って告白してきて! エルフィーの恋が叶うことは、僕の願いでもあるんだから」

 そう言うと今度は顔を傾け、下から覗き込むように俺を見た。
 ニコラがおねだりするときや甘えるときにする仕草だ。俺の幸せをおねだりしてくれるのは、心からそう願ってくれているからなんだろう。

「うん……ありがとう」
「じゃあ、帰る前に談話室まで送っていってあげるよ」
「いいよ、顔色悪いし、早く帰りなよ」

 ニコラの顔色が改善しないので遠慮するも、ニコラは「本当なら告白を見届けたいくらいなんだから」と、結局送ってくれた。
 どこまで兄思いなんだと、俺は談話室のドアからニコラの背中が見えなくなるまで感謝の気持ちで見送る。
 ニコラもまた、「絶対に成功させてよね」と何度も俺に振り返っていた。
 そうして俺は、フェリクス以外の人が入ってこないようにと内鍵をかけて、部屋で待つことにした。
 緊張を深呼吸でやわらげて、ソファに座る。
 この部屋のソファは八人が掛けられる長さで、アルファの男がふたり並んで寝そべることができる充分な幅もある。
 もしフェリクスに告白を受け入れてもらえたらここで一夜を明かしてもいい。
 そう思っているものだから、ただ座っていると落ち着かない。ソファに寝そべってみたり深呼吸をしてみたり、ドアを開けて廊下を覗いてみたりを繰り返す。
 けれど、プロムが終わってからそれなりの時間が過ぎていくのに、フェリクスが現れる気配はまだない。
 しだいに疲れてきた俺は、ソファに背を預け、ジャケットの内ポケットから真鍮のピルケースを取り出した。
 黄金色で四角形のそれは、蓋に触れると天使の彫り模様が指先に心地いい。蓋が開くときの音も好きで、カチ、と小さな音を立てて開けた。
 親指と人差し指で、ひとつだけあるピンク色のソフトカプセルを取り出す。
 まだ発売されて日が浅い、セルドランラボにしかないソフトカプセル型の薬。
 俺のフェロモンと魔力を使い、やっと成功した薬。

「フェリクスが早くきてくれますように」

 薬に祈ってしまう。同時に馬鹿だな、と思う。いくら奇跡のように生まれた薬だからって、願いを聞いてくれるわけじゃないのに。
 俺は気持ちを切り替えて、未来の楽しい想像をした。
 ニコラはクラウスと、俺はフェリクスと付き合って、結婚してつがいになる。そうしたらセルドランラボは二大公爵家の恩恵を受けてもっと大きくなり、たくさんのオメガが働ける。
 俺は、新しい薬の錬成をしたい。特に研究中のつがい解消薬の錬成だ。
 世の中には不幸なオメガが多くいる。つがいを結んでもアルファに捨てられてしまったオメガだ。
 サインひとつで夫婦になれ、他人にも戻れる同じバース間の結婚とは違い、アルファとオメガのつがい契約は、遺伝子レベルで結びつく一生涯の契約だ。どちらかが命を終えるまで解消されることはない。
 そしてつがいが成立すると、つがいのオメガのヒートを癒やせるのはつがいのアルファだけになる。他のアルファとの交接は激しい拒絶反応を起こすし、新たにつがいを作ることは不可能だ。
 対してアルファはつがいを持っても他のバースと結婚することも、同時に何人ものつがいを持つことも可能で、つがいに飽きて捨ててしまうアルファもいる。
 そうなるとヒートを治めてもらえないオメガは徐々に心身を壊し、命を落とすことだってある。
 極めて最悪なのは『事故つがい』だ。オメガによるヒートトラップもまれにあるけれど、ほとんどは社会的地位の低いオメガにアルファが無理強いした場合や、突発的なヒートを起こしたオメガが、ゆきずりのアルファや望まない相手とつがってしまうことで発生する。
 想い想われて結ばれたわけではない『事故つがい』の間に生じるのは、悲劇ばかりだ。
 俺はそうやって苦しむオメガを、同じオメガとして助けたい。つがい解消薬があれば、新しい人生を生きていけるのだから。

「それにしても、遅いなぁ」

 ぷに、ぷに、とカプセルをいじる。そのまま何度かそれを繰り返して、いつの間にか「くる、こない、くる、こない」とつぶやきながらいじり続けていた。
 それでもまだフェリクスは現れず、視界が涙で滲み始める。
 俺は誘発剤を持った手を丸めて、甲で涙を拭った。
 そのときだった。コンコンコン! と焦ったようにドアがノックされた。
 ――フェリクスだ。きてくれたんだ!
 はじかれるようにソファから立ち上がり、内鍵を開けに行く。
 鍵を開けたら勢いよくドアが開いた。嬉しくて嬉しくて、泣き笑いをしている。
 けれどすぐに眉を歪ませてしまった。そこにいたのはフェリクスではなかったからだ。

「エルフィー、フェリクスは今夜、ここにはこない」

 現れたのはなぜかクラウスで、顔を合わせるなり歓迎しない言葉を告げられる。
 俺はギュッと引き攣れた胸に両手を当てた。

「どうして? 最初から、フェリクスは、こないつもりだった?」
「違う。行こうとはしていた。だが……。行けなくなったから、俺が伝えにきた。エルフィー、もう真夜中が近い。送るから俺と帰ろう」

 クラウスの片足が部屋に入ってくる。

「嫌だ……! 俺はフェリクスがくるまで待つ」
「エルフィー」

 なんだよ、どうしてクラウスがそんなに哀しそうな顔をして、哀しそうな声を出すんだよ。同情? 哀れみ? そんなのいらないから、代わりにフェリクスを連れてきてよ。この部屋にきてほしかったのはおまえじゃない。

「出てって!」

 クラウスを押し返そうと、張った胸板に両手を突っぱねて足を一歩踏み出す。その瞬間、グニュリとしたなにか柔らかいものを踏んだ。
 掃除が行き届いている部屋に、なにが落ちているんだ?
 疑問のまま片足を上げて床を見る。信じられないものが目に映った。反射的にクラウスの胸から手を離し、自分の両手のひらを見る。
 ――ない。握っていたはずの誘発剤が、ない。
 すぐさま床に視線を戻した。そこに落ちていたのは、間違いなくヒート誘発剤のソフトカプセルだった。しっかりと潰れて、中から液体が零れている。

「あ……あ、ああぁぁっ!」

 いつの間に落としたのか、とか。そもそもどっちの手で持っていたのか、とか。どうしよう、とか。さまざまな思いが瞬時に頭の中で衝突して、喉から叫び声となって飛び出した。

「どうした、エルフィー」

 俺の叫びに、クラウスは部屋の中にさらに足を踏み入れてきた。
 クラウスの長駆全部が室内に入り、反動でドアがバタンと閉まった。
 同時に、クラウスは鼻をすん、とすする。

「ん、なんだ、この甘い香りは」
「っ吸っちゃ駄目っ!」

 室内に充満していく香りは、ヒート誘発剤だ。俺のフェロモンの成分が多分に入っているこれは、アルファにも影響を及ぼす。

「部屋から出て、早く!」

 必死になってクラウスの胸板を押す。けれど少しもびくともしない。クラウスの体が大きいこともあるけれど、俺の力が抜けていっている。

「駄目、きちゃう。きちゃうから……クラウス、お願い、出……」

 最後まで言えなかった。
 体中を血液が巡り、どくどくと騒ぎ出す。息が詰まって苦しくなって、俺はクラウスの目の前でうずくまった。

「エルフィー!」
「触るなっ。……っつ、うぅ……クラウス、早く部屋を出……」

 確実にヒートを起こしている。早く抑制剤を飲まなくては。
 一歩近づこうとしたクラウスに部屋を出るよう訴えながら、ポケットの中のピルケースを探る。けれどクラウスは、出て行こうとしない。
 なにやってるんだ、早く出ろよ!
 ピルケースの蓋を開けながら重い頭をゆっくりと動かし、クラウスを見上げた。

「……ク、クラウス!」

 クラウスは全身をわななかせて、目を血走らせていた。額に汗を滲ませ、肩を大きく上下させて必死に呼吸している。

「は、はぁ、はぁ、はぁ……なんだ、これは。体が熱い……っ」

 クラウスが膝を床についた。両手を床に突っ張らせて、なんとか倒れ込むのを耐えている。すでに反応が進んでいることを察して、俺の背にヒートの症状とは別の汗が流れた。
 そして同時に気づいた。クラウスはオメガのヒートに遭遇するのが初めてなんだ、と。
 十三歳から五年間、アカデミーの寄宿舎で過ごす生徒たちは、バースによる不利益を受けない管理体制下で過ごす。在学中の交際も認められていない。管理をかいくぐっていかがわしい交遊をする生徒は無きにしもあらずだけれど、堅物唐変木とうへんぼくのクラウスがそんなことをするわけがない。
 だからこそオメガのフェロモンに耐性がなさすぎて、お酒と同じで回るのが早くなってしまったに違いない。

「立って、クラウス。俺、ヒートを起こしてる。巻き込み、たくない。早く、出て行けっ……!」

 クラウスを引きずってでも出て行かせたい。けれど俺にはその力も時間の猶予もない。
 とにかく口で訴えながら、ピルケースから取り出した薬の包みを剥く。だけど指先が小刻みに震えて全然うまくできない。
 まごついているその間にも体は燃えるように熱くなり、やっと取り出せた薬を指で挟んだ途端、強い眩暈めまいに襲われた。体がぐらんと揺れ、膝立ちの体が後ろ向きに倒れていく。

「エル、フィ……!」

 床に後頭部を打ち付けそうになる寸前だった。クラウスの腕が伸びてきて、がっしりと支えられた。
 あろうことか、その反動でピルケースも握っていた薬も床に落ち、薬はころころと転がって、猫脚の飾り棚の下に入ってしまう。

「あ、あ……うぁっ!」

 手を伸ばして薬を追いたいのに、腕を回されている体は動かない。
 クラウスに触れているところもジンジンと痺れている。
 痺れは全身に広がり、指先まで到達していく。痛みはない。ないけれど、昂揚感を与えるような、もっと欲しくなるような、この腕から離れたくないような……これは、なんだ。
 そして、クラウスから匂い立つこの香り。今日初めて飲んだカクテルのように粘膜を熱くして、体を火照ほてらせる。お腹が熱い。下が……疼いてる?
 もしかしてこの香りは、クラウスのアルファフェロモンなのか。
 クラウスがヒートに耐性がないように、俺もアルファのフェロモンに耐性がない。
 ヒートのときにアルファがそばにいるなんて、初めてのことだった。
 こんなに体が疼いて、アルファを欲しいと思うなんて。
 ――欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。アルファの精が、欲しい……!

「クラウス、離れろ!」

 ヒートが最盛期を迎えようとしている。
 こうなったオメガは、性欲を満たすことだけに心身を支配されてしまう。
 アルファだってそんな状態のオメガといれば、『ラット』と呼ばれる発情状態に陥ってしまう。

「俺を突き飛ばしていいからっ、早く出て行け!」

 俺がつがいにと望む相手はクラウスじゃない。
 おまえもそうだろう? おまえが望んでいるのはニコラだろう? 頼むから早く行ってくれ。
 そう言いたくて、くらくらするのを我慢して、閉じていた瞼を必死で開けてクラウスを見た。

「あ……」
「エル、フィー……」

 熱を孕んだ視線が絡む。
 ダンスのときよりもずっと近い位置に瞳があり、互いの息遣いを頬で感じた。
 心臓が破裂しそうな勢いで騒ぎ出す。俺だけじゃない。俺が掴んでいるクラウスの左胸も大きく拍動し、同じ律動を刻んでいる。
 ――どくどくどくどく。ばくばくばくばく。
 もうふたりの心臓の音しか聞こえなかった。瞳に映るのも互いの姿だけ。頭の後ろらへんでは、「違う!」「やめるんだ!」と必死に警告してくる俺がいるのに、体は目の前のアルファを強く求めている。
 これは誘発剤の影響なのか、それともヒートのときに初めてアルファといる影響なのか。いつもの何倍も疼いて苦しくて、泉から水がこんこんと湧き出るかのように、クラウスに触れたい気持ちが湧いてくる。
 おそらくクラウスも同じだ。玉の汗をかきながら俺の頬に触れ、顔を寄せてくる。室内の灯りが反射する黄金色の瞳は、獲物を見つけた黒豹のように獰猛だ。

「ん、んんっ……!」

 唇がぶつかった。
 俺の初めての口づけは、小鳥の羽根が触れるような可愛らしいものでも、マシュマロの柔らかさを感じるような、甘いものでもなかった。
 それはまるで、飢えた動物が獲物に喰いつくような、そんな激しさを持っていた。

「……っ甘い」
「っクラウス、もうっ……」

 初めは唇で殴り合いをしているようだった。それが徐々に水音の立つものに変わって、クラウスはわずかな息継ぎも惜しむかのように「キスだ」と言ってせがんでくる。俺を片腕にかかえこんで、反対の手で頭を強く固定して、離そうとしない。
 わずかに残っている自我でなんとかこの行為から抜け出そうと思うのに、体がまったくいうことを聞いてくれなかった。
 クラウスのフェロモンはプロムパーティーで飲んだコーヒーとミルクのお酒の味に似ていて、甘さの中にほろ苦さがあり、吸い込めばほうじたコーヒー豆のような柔らかい香りが鼻腔と喉に染み込む。
 クラウスの肌からも同じ香りがして、息継ぎをするたびに俺の心身を麻痺させた。
 だんだんと、自分が唇を重ねているのは誰なのかもわからなくなってくる。
 ただ不思議と、「なにかをしている」という感覚だけは残っていた。
 大きくて厚みのある手が脱力した俺の全身を撫で、ふしくれだった長い指が後孔を探る。

「んぁっ……あっ、あ……?」

 快感の波に攫われていくさなか、ある映像が頭の中に浮かんだ。
 つがい解消薬の錬成中に覗く、秘眼けんびきょうスコープに映ったオメガとアルファの遺伝子だ。螺旋らせん状に絡まり、解こうとすればするほど強く絡み合う。
 けれどそこには自我も意思も存在しない。そうなるのが自然の摂理だとばかりに、オメガとアルファの遺伝子は絡み合う────

「……き……す……き、すき、す……だ、エ、ルフィー……!」
「んぁっ、あ……あ、あぁぁ!」

 誰かに名前を呼ばれたと思った瞬間、熱くて大きいものが急激に俺の体を貫いた。それなのに少しも痛くない。
 熱塊ねっかいともいえるそれは奥へ奥へと突き進み、お腹の中をぎちぎちに埋めてくる。それなのにちっとも苦しくなくて、在るべきところに収まったかのような存在感は、感じたことのない愉悦を湧出させる。

「は、ぁあ、いい。気持ち、いい」

 腰を強く掴まれ、何度も熱塊ねっかい穿うがたれる。
 そのたびに新しい快楽が湧き出て、俺の意思を深い深い底へと沈めていく。
 けれどもっと、もっと欲しい。泉に湧き出る温水どころじゃなく、活火山のマグマのように噴き出る俺の劣情を満たしてくれる、強い快楽が。

「ふ、うぅっ、ほしい、咬んでほしい。咬んで、咬んで、咬んで……!」
「……っぐ、エ……フィ……、あ……てる、きみを……して……る、のに……」

 俺をがっしりとしたなにかがくるみ込む。
 同時にお腹の中の熱塊ねっかいが、いっこうに鎮まる気配はないのに、じっ……と動きを止めた。
 まるで意思があるかのように、これ以上は駄目だと踏みとどまるように。

「いやだ……! 止まらないで。足りなくて苦しいんだ。お願い、咬んで、俺を楽にして! 咬んで……!」

 頭を揺さぶり、うなじにかかる髪を払った。その瞬間。

「……あっ⁉」

 うなじに鋭い衝撃がめり込んだ。体を貫かれたときよりも、もっと激しく甘い痺れが体を走り抜ける。深く深くめり込むそれは、媚薬を含んだくさびのよう。
 もっと奥まで突き立てて、しるしを刻み込んで……!

「あ、あ、あぁ………」

 二本のくさびが骨まで砕いたかと感じられたとき、愉悦が最高潮に達して火花のように散った。
 そうして俺は、鎮まることを知らなかった欲情を昇華すると共に、この一夜の記憶もすべて同時に失ってしまった。


 ――胸の上が重い。背中が痛い。
 ニコラがまた寝ぼけて俺のベッドに潜り込んで、俺もろとも床に落ちたな? 起きているときはお上品なのに、ニコラは本当に寝相が悪いんだから。

「どいて、ニコラ」

 瞼を閉じたまま俺に巻きついている腕を掴んだ。けれどその太さに違和感を覚え、寝返りを打って薄目を開ける。
 途端に息が止まった。
 数秒、酸欠の魚のように口をぱくぱくさせて、やっと言葉にならない声が出た。

「あ、え、は、く、くら」

 どうして。どうしてクラウスが俺を抱きしめているんだ。そしてどうして俺たちは衣服を乱しているんだ。しかもクラウスはトラウザーズの前立てが全開で、俺はシャツの下になにも穿いていないうえ、お腹や太ももに赤い斑点が散らばっている。
 思い出すんだ。なにがあったかを。昨日は卒業式でプロムパーティーで、その後俺は談話室でフェリクスを待って……

「あ……あ……」

 血の気が引いて、体が小刻みに震え出す。
 思い出してしまった。フェリクスはこないと知らせにきたクラウスを。
 俺は誘発剤を落としてしまい、それでヒートを起こしてクラウスと唇をぶつけ合ったことを。
 そこから先は憶えていない。憶えていないけれど、後退ろうとしたと同時に、過ちを犯した証拠が後孔から漏れ出て、床を汚した。

「あ、あ……ぅわああああ!」

 真夜中なのに煌々と灯りがついたままの談話室で、俺は廊下まで響く叫び声を上げた。
 クラウスの体がびくっと動く。同時に目を見開くと、はじかれたように体を起こした。

「エルフィー!」

 すぐに肩を掴まれる。

「や……いやっ! いやぁぁ!」

 俺はクラウスの手を払い、両手で思いきり突き飛ばした。
 立ち上がり、転げていたピルケースと足元で丸まっていたブリーチズを掴んで、一目散に談話室から飛び出す。
 背後でクラウスが俺を呼び止める声が聞こえるけれど、立ち止まれるわけがない。
 ――どうしよう、どうしよう。どうしよう! クラウスと、過ちを犯してしまった。俺、ニコラを裏切ってしまったんだ! どうしよう、どうしよう!
 西館から出る直前に、なんとかブリーチズを足に通す。けれど前後反対に穿いてしまって、ウエストの部分を押さえながら治癒魔法科の寄宿舎を目指した。


感想 409

あなたにおすすめの小説

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 様々な形での応援ありがとうございます!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

事故つがいの夫は僕を愛さない  ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】

カミヤルイ
BL
2023.9.19~完結一日目までBL1位、全ジャンル内でも20位以内継続。 2025.4.28にも1位に返り咲きました。 ありがとうございます! 美形アルファと平凡オメガのすれ違い結婚生活 (登場人物) 高梨天音:オメガ性の20歳。15歳の時、電車内で初めてのヒートを起こした。  高梨理人:アルファ性の20歳。天音の憧れの同級生だったが、天音のヒートに抗えずに番となってしまい、罪悪感と責任感から結婚を申し出た。 (あらすじ)*自己設定ありオメガバース 「事故番を対象とした番解消の投与薬がいよいよ完成しました」 ある朝流れたニュースに、オメガの天音の番で、夫でもあるアルファの理人は釘付けになった。 天音は理人が薬を欲しいのではと不安になる。二人は五年前、天音の突発的なヒートにより番となった事故番だからだ。 理人は夫として誠実で優しいが、番になってからの五年間、一度も愛を囁いてくれたこともなければ、発情期以外の性交は無く寝室も別。さらにはキスも、顔を見ながらの性交もしてくれたことがない。 天音は理人が罪悪感だけで結婚してくれたと思っており、嫌われたくないと苦手な家事も頑張ってきた。どうか理人が薬のことを考えないでいてくれるようにと願う。最近は理人の帰りが遅く、ますます距離ができているからなおさらだった。 しかしその夜、別のオメガの匂いを纏わりつけて帰宅した理人に乱暴に抱かれ、翌日には理人が他のオメガと抱き合ってキスする場面を見てしまう。天音ははっきりと感じた、彼は理人の「運命の番」だと。 ショックを受けた天音だが、理人の為には別れるしかないと考え、番解消薬について調べることにするが……。 表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。