6 / 24
月華の水揚げ①
しおりを挟む
翌日、月華と僕はお互いに謝った。
ただ月華はとても気にしている様子で、「ごめんな、びっくりした?」と笑って抱きついてくるかと思ったのに、指一本僕に触れようとせず、目さえ合わせようとしない。
さらにそのすぐ後、月華は蕾部屋から花の一人部屋に変わり、水揚げの準備に入ったから話す時間もなくなって……。
それからあっという間に日は過ぎて、大輪が去り、月華の水揚げの日がやってきた。
水揚げの花がいるときは、お客様が登楼される前に廓の皆でお祝いを伝える慣習がある。
僕も十六夜と日向と共に、月華の部屋に向かった。
「うわぁ、月華、綺麗!」
先頭を歩いていた十六夜が感動の声を上げて部屋に入り、日向も「おお!」と目を丸くして後に続く。
僕はさっきから胸がドキドキして、手足を小刻みに震わせていた。月華を見るのが怖かった。
「毬也ー? 早くおいでよ。月華が引き出物の金平糖をくれるよ!」
十六夜の声にどきっとする。橘さんが扉の前にいて「早くしろよ、ケダモノ」と尻尾を上下に動かした。
身を縮めて、おずおずと足を進める。
「……!」
息が止まった。
磨き上げられた肌は抜けるように白く、どうしたのか銀灰色だった髪もほぼ真っ白で、黒色の毛が筋状にいくつか混ざっている。それを丹念に梳かれて結われているため、深く抜かれた襟から覗くうなじが艶めかしく光っていた。
濃い赤の、大きな薔薇の模様の打ち掛けも魅惑的な猫顔によく映えている。着こなしの難しい仕掛けが似合ってしまうのは月華だけだと、上位の花が褒めていた。
僕もそう思う。今まで見てきたどの花よりも大輪よりも綺麗だ。これだけ美しければ、月華は多くのお客様に買い求められるだろう。
「……嫌。嫌だ!」
無自覚に言ってしまうと、賑わっていた部屋がしーんとなり、皆が僕を見た。
「毬也……」
月華も僕の方を見る。キュッと上がった目尻と口角がさらに婀娜っぽく見えるように、朱く縁取られている。
──嫌だ。こんなの、月華じゃない。
「やめて、月華。お願い、水揚げをやめて!」
月華にすがりつき、綺麗な打ち掛けを握ってぐいぐいと引っ張る。
こんなもの、脱いでよ月華。そのお化粧も、取ってよ。いつもの月華に戻ってよ。
「このケダモノめ! なにをやってるんだ。月華さんに触るんじゃない!」
月華「さん」? ……花になったからだ。もう、呼ばれ方も違う。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。僕だけの、ただの「月華」でいてよ……!
「月華、月華!」
腕を回して月華に抱きつこうとすると、橘さんに腕を掴まれ、後ろ手にして床に押し付けられた。東雲大輪の目がなくなった今、橘さんの力加減に容赦はない。
「どう仕置きしてやろうか、ケダモノめ」
「月華ぁ!」
痛いけれど、僕は月華の名を必死に呼び続けた。
「毬也……」
甲まで真っ白で、黒い縞が入った月華の足が僕の頭の先に来る。
月華は僕を助けるために、橘さんに刃向かってくれるつもりだ。
「橘、出て行け」
ほらやっぱり。月華は僕を守ってくれる優しい月華のままだ。
そう思って泣き笑いの顔を月華に向けた瞬間。
「早くこの行儀知らずのケダモノを連れて部屋を出て行け」
「え……」
驚きで固まった。ねじ伏せられた体の痛みも感じないほどの緊張が走る。
「言ったよな、毬也。俺はここで大輪になるんだ。今日はその門出だぞ。それなのに水を差して、どういうつもりだ」
月華の冷たい言葉に部屋の中がざわついた。十六夜と日向は「月華!」と咎めるような口調で言ったけれど、橘さんに「月華さんと呼べ!」と一蹴されて押し黙った。
「橘、ケダモノを仕置き部屋に入れておいて。仕事が終わったら俺が直接指導するから」
月華が僕を「ケダモノ」だと言った。橘さんはたまらずと言うように吹き出して、にやついたまま「はいよ」と返事をする。
僕はもう、月華の名前さえも口から出なくなった。呆然として力をなくした体を橘さんに引きずられ、月華の背が遠くなるのをぼんやりと目に映すだけだった。
ただ月華はとても気にしている様子で、「ごめんな、びっくりした?」と笑って抱きついてくるかと思ったのに、指一本僕に触れようとせず、目さえ合わせようとしない。
さらにそのすぐ後、月華は蕾部屋から花の一人部屋に変わり、水揚げの準備に入ったから話す時間もなくなって……。
それからあっという間に日は過ぎて、大輪が去り、月華の水揚げの日がやってきた。
水揚げの花がいるときは、お客様が登楼される前に廓の皆でお祝いを伝える慣習がある。
僕も十六夜と日向と共に、月華の部屋に向かった。
「うわぁ、月華、綺麗!」
先頭を歩いていた十六夜が感動の声を上げて部屋に入り、日向も「おお!」と目を丸くして後に続く。
僕はさっきから胸がドキドキして、手足を小刻みに震わせていた。月華を見るのが怖かった。
「毬也ー? 早くおいでよ。月華が引き出物の金平糖をくれるよ!」
十六夜の声にどきっとする。橘さんが扉の前にいて「早くしろよ、ケダモノ」と尻尾を上下に動かした。
身を縮めて、おずおずと足を進める。
「……!」
息が止まった。
磨き上げられた肌は抜けるように白く、どうしたのか銀灰色だった髪もほぼ真っ白で、黒色の毛が筋状にいくつか混ざっている。それを丹念に梳かれて結われているため、深く抜かれた襟から覗くうなじが艶めかしく光っていた。
濃い赤の、大きな薔薇の模様の打ち掛けも魅惑的な猫顔によく映えている。着こなしの難しい仕掛けが似合ってしまうのは月華だけだと、上位の花が褒めていた。
僕もそう思う。今まで見てきたどの花よりも大輪よりも綺麗だ。これだけ美しければ、月華は多くのお客様に買い求められるだろう。
「……嫌。嫌だ!」
無自覚に言ってしまうと、賑わっていた部屋がしーんとなり、皆が僕を見た。
「毬也……」
月華も僕の方を見る。キュッと上がった目尻と口角がさらに婀娜っぽく見えるように、朱く縁取られている。
──嫌だ。こんなの、月華じゃない。
「やめて、月華。お願い、水揚げをやめて!」
月華にすがりつき、綺麗な打ち掛けを握ってぐいぐいと引っ張る。
こんなもの、脱いでよ月華。そのお化粧も、取ってよ。いつもの月華に戻ってよ。
「このケダモノめ! なにをやってるんだ。月華さんに触るんじゃない!」
月華「さん」? ……花になったからだ。もう、呼ばれ方も違う。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。僕だけの、ただの「月華」でいてよ……!
「月華、月華!」
腕を回して月華に抱きつこうとすると、橘さんに腕を掴まれ、後ろ手にして床に押し付けられた。東雲大輪の目がなくなった今、橘さんの力加減に容赦はない。
「どう仕置きしてやろうか、ケダモノめ」
「月華ぁ!」
痛いけれど、僕は月華の名を必死に呼び続けた。
「毬也……」
甲まで真っ白で、黒い縞が入った月華の足が僕の頭の先に来る。
月華は僕を助けるために、橘さんに刃向かってくれるつもりだ。
「橘、出て行け」
ほらやっぱり。月華は僕を守ってくれる優しい月華のままだ。
そう思って泣き笑いの顔を月華に向けた瞬間。
「早くこの行儀知らずのケダモノを連れて部屋を出て行け」
「え……」
驚きで固まった。ねじ伏せられた体の痛みも感じないほどの緊張が走る。
「言ったよな、毬也。俺はここで大輪になるんだ。今日はその門出だぞ。それなのに水を差して、どういうつもりだ」
月華の冷たい言葉に部屋の中がざわついた。十六夜と日向は「月華!」と咎めるような口調で言ったけれど、橘さんに「月華さんと呼べ!」と一蹴されて押し黙った。
「橘、ケダモノを仕置き部屋に入れておいて。仕事が終わったら俺が直接指導するから」
月華が僕を「ケダモノ」だと言った。橘さんはたまらずと言うように吹き出して、にやついたまま「はいよ」と返事をする。
僕はもう、月華の名前さえも口から出なくなった。呆然として力をなくした体を橘さんに引きずられ、月華の背が遠くなるのをぼんやりと目に映すだけだった。
47
あなたにおすすめの小説
獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
魔王に転生したら幼馴染が勇者になって僕を倒しに来ました。
なつか
BL
ある日、目を開けると魔王になっていた。
この世界の魔王は必ずいつか勇者に倒されるらしい。でも、争いごとは嫌いだし、平和に暮らしたい!
そう思って魔界作りをがんばっていたのに、突然やってきた勇者にあっさりと敗北。
死ぬ直前に過去を思い出して、勇者が大好きだった幼馴染だったことに気が付いたけど、もうどうしようもない。
次、生まれ変わるとしたらもう魔王は嫌だな、と思いながら再び目を覚ますと、なぜかベッドにつながれていた――。
6話完結の短編です。前半は受けの魔王視点。後半は攻めの勇者視点。
性描写は最終話のみに入ります。
※注意
・攻めは過去に女性と関係を持っていますが、詳細な描写はありません。
・多少の流血表現があるため、「残酷な描写あり」タグを保険としてつけています。
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
異世界で勇者をやったら執着系騎士に愛された
よしゆき
BL
平凡な高校生の受けが異世界の勇者に選ばれた。女神に美少年へと顔を変えられ勇者になった受けは、一緒に旅をする騎士に告白される。返事を先伸ばしにして受けは攻めの前から姿を消し、そのまま攻めの告白をうやむやにしようとする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる