11 / 24
毬也の水揚げ
しおりを挟む「ほぉ、ケダモノにも衣装ですね」
滅多に廓に現れない楼主様がキセルの先で僕の顎を上げ、細い狐目で舐め回すように見る。
僕は作り物の耳も尻尾もつけず、黒地に蹴毬の金彩加工が施された引き振袖の打ち掛けを着て、楼主様の前で正座をしていた。
月華から遅れること一年半後。僕は今日、今から水揚げに入るのだ。
「いいですか、毬也。ケダモノでもよいと言ってくださったお客様に感謝なさい」
「はい……」
僕の水揚げのお客様は、この一年で事業を成功させた若い実業家だそうだ。本来なら、そういったいわゆる成金は夢幻楼を利用できないのに、どうにか僕にお金を生ませようとしているのだろう。橘さんが見つけてきたようだった。
「毬也行くぞ」
ケダモノの僕には水揚げ日の廓での祝いはないし、花に上がっても敬意は払われない。橘さんに顎で促され、結って花かんざしを挿した頭を楼主様に下げて部屋を出る。
お客様をお迎えするためにお錠口へ行くと、月華が馴染みの太客のお見送りをしているところだった。
「またすぐ来てよね。待ってるから」
「ああ、月華に会えないと寂しいし、他の客の相手をしていると思うと気が気でないからね」
今や月華は一・二を争う売れっ子で、大輪に上がるのも目前だと聞いている。
気さくで甘え上手。かと思えば気まぐれにつまらない顔をしてお客様をあしらう。猫族の性質とでもいうべきか、花の手練手管を地で行く月華には太客が何人も付いているらしい。
「らしい」というのは、僕は月華に近づかないよう、相変わらず橘さんに散々言われているから、月華のお座敷には入ったことがなく、お客様をもてなす姿を見たことがないためだ。もちろん、褥仕事の準備や片付けにも入らないし、仕事の様子を見たことだってない。
でも、それでよかったと思う。
なぜなら……。
お客様が月華の腰に手を回すと、月華はお客様の首に両手を回し、唇を重ねる。そして言うんだ。
「俺にはあなただけだよ。知ってるでしょ。好きだよ」
長い尻尾をゆらゆらと揺らし、名残惜しそうにお客様に体を寄せる。
お客様は月華を腕で包み、尻尾に触れる。
まるで恋人同士の惜別のようなやり取り。月華の僕への抱擁は単なる子供のじゃれ合いだったけれど、その場所は僕だけのものだったのにと、見えない針が胸を刺した。
月華に付いて褥の準備をしていたら、毎夜月華を引き留めて仕事の邪魔をしていたかもしれない。こんな、遊郭では決まり文句の言葉と抱擁でさえ、見るのは嫌なのに。
お見送りを終えた月華の目が弧を描くのをやめた。部屋に戻る方向に僕がいるのを見つけると、綺麗な形に整えられた眉を寄せて眉間に皺を作る。
「……まさか、水揚げ」
僕と橘さんとすれ違うときに、ボソリと声が聞こえた。直後、橘さんに声をかける。
「毬也を見世格子に出すつもりか?」
「まさか。ケダモノを出して夢幻楼の看板汚しをするわけないでしょう。毬也にはこちらでお客様を付けました。ああ、ほら、いらっしゃった」
橘さんがにやりといやらしく笑って、僕と月華はその視線の先を見る。
「あれって」
月華がそうつぶやいた気がしたのは、僕も同じ言葉を頭に浮かべたからだろうか。
廓に入ってきたお客様は、夢幻楼の馴染みのお客様では見ない、明らかにならず者といった風情のハイエナ獣人だった。
「へえ、これがケダモノの花か。耳はねぇが容姿は好みだな。いじめ甲斐がありそうだ」
ハイエナ獣人のお客様は、僕を見るなり顎を掴んで顔を上げさせた。尖った爪の指に力を入れられ、痛みで顔が歪む。
「いかようにもお好きに。腕の一本や二本、失ってもかまいません」
腕を失っても……?
橘さんがお客様に囁いた言葉に背中がひやりとした。
「たまんねぇな、その怯えた顔」
「あっ!」
お客様に頬と唇を舐め上げられる。性的ではなく、獲物をいたぶるような舐め方に、足の力が抜けそうになった。
「──ねえねえ、お客さん」
そのとき、月華がお客様の頬に手をかけた。ハッと視線を移して顔を見ると、誘うような顔で婀娜っぽく微笑んでいる。
「未通のケダモノより、俺と遊ばない?」
「月華さん!」
橘さんが慌てて止めるものの、それより早くお客様が反応した。
「お前は……もしかして」
「そ。もうすぐ大輪になると噂の月華。界隈でも高嶺の猫ってもっぱらの評判でしょ? 俺は滅多に買えないよ? でも今日は特別に時間が空いてるから、俺がお兄さんを試したいな。どんないいモノ持ってんの?」
月華が尻尾でお客様の太ももを撫で、きわどい位置に先端で触れる。
途端にお客様の表情が明らかに興奮の色に染まり、ごくりと生唾を呑み込んだ音が聞こえた。
「……いいだろう。今夜はお前を買う」
「お客様! 困ります。月華さんも突然なにを言われるんですか!」
「橘。廓にも悪い話じゃないだろ? 俺はケダモノの数十倍の花代だぜ? ほら、新しいお客様をお通ししろよ」
月華がお客様にしなだれて体を寄せる。お客様は鼻をひくひくさせて口元を緩ませると、背広から五個の金塊を出して橘さんに見せつけた。
「くっ……お客様、月華には髪一本ほどの傷もお付けになりませぬよう、お願いします」
橘さんの頭の中で算盤が弾かれたようだ。大きな利益に、楼主様への顔も立つと考えたのだろう。
「わかってるよ。夢幻楼の月華を傷つければ俺の評判が下がる。同様に月華をモノにすれば、俺の価値は跳ね上がる。たっぷり喘がせてやるからな」
お客様が月華の腰を抱き、艶毛に縁取られた耳の中に舌を入れた。月華は首をくねらせながら「楽しみです」と微笑んで、僕の横を通り過ぎていく。
混乱で棒立ちの僕は、橘さんに手と尻尾で払われて、花部屋でも一番暗くて狭い自分の部屋に戻らされた。
47
あなたにおすすめの小説
獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。
魔王に転生したら幼馴染が勇者になって僕を倒しに来ました。
なつか
BL
ある日、目を開けると魔王になっていた。
この世界の魔王は必ずいつか勇者に倒されるらしい。でも、争いごとは嫌いだし、平和に暮らしたい!
そう思って魔界作りをがんばっていたのに、突然やってきた勇者にあっさりと敗北。
死ぬ直前に過去を思い出して、勇者が大好きだった幼馴染だったことに気が付いたけど、もうどうしようもない。
次、生まれ変わるとしたらもう魔王は嫌だな、と思いながら再び目を覚ますと、なぜかベッドにつながれていた――。
6話完結の短編です。前半は受けの魔王視点。後半は攻めの勇者視点。
性描写は最終話のみに入ります。
※注意
・攻めは過去に女性と関係を持っていますが、詳細な描写はありません。
・多少の流血表現があるため、「残酷な描写あり」タグを保険としてつけています。
異世界で勇者をやったら執着系騎士に愛された
よしゆき
BL
平凡な高校生の受けが異世界の勇者に選ばれた。女神に美少年へと顔を変えられ勇者になった受けは、一緒に旅をする騎士に告白される。返事を先伸ばしにして受けは攻めの前から姿を消し、そのまま攻めの告白をうやむやにしようとする。
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる