12 / 24
獣化①
しおりを挟む
「怖かった……」
襖を閉めながら膝が崩れる。
あのまま水揚げされていたら、明日は朝日を見ることができなかったかもしれない。
月華の気まぐれに救われた……月華は、ケダモノの僕を恥ずかしく思ってお客様に出したくなかったのだろうけれど。
とはいえ花になった僕には、蕾時代には割り当てられていた食事も日用品の支給もなくなった。お客様が付かなければ、これまで貯めてきたお給金で凌がなくちゃならない。いつまで持つだろう。
不安は当たり、その後ハイエナ獣人のお客様は月華の馴染みとなり、僕に新しいお客様が付くこともなく、貯金もすり減っていた。
助けてくれたのは十六夜と日向だ。二人は橘さんや他の花の目を盗んでは僕に食べ物などを分けてくれた。偶然にも僕の好きなものばかりで、今日は大好物の苺まである。
「いつも本当にありがとう。それに苺なんて、手に入れるのは難しいのに……僕の大好物だって憶えていてくれたの? 凄く嬉しい。この借りはいつかお返しするからね」
「お返しだなんて、これは僕たちからじゃなくて、げっ……む、むぐっ」
どうしたのか、まだ話している途中の十六夜の口を、日向が突然塞いだ。
日向は「おまえ、ひっかかれて噛みつかれたいのか」とか小さく言いながら十六夜を睨み、十六夜はぶるぶると横に首を振る。
「突然どうしたの? なんの話?」
聞くものの、二人は「なんでもないよ」と揃って苦笑いをした。おかしな二人だ。
「俺たちにはこれくらいしかできないんだから、お返しなんていいんだって話! それよりほら、新しいうちに食べな」
日向が苺を勧めてくれる。僕は二人にも「どうぞ」とお皿を寄せたけれど、二人は「これは毬也だけのものだよ。大事に食べてあげて」と目を細めて微笑むと、部屋を出て行ってしまった。
皆で食べた方がおいしいし、「食べてあげて」って変な言い方をするな、と思いつつ、ひとつを口に入れる。
「おいしい……」
久しぶりの苺は酸味と甘みのバランスが整ったとても新鮮なもので、口の中いっぱいに果汁が広がった。
たまらずにもうひとつかじると、果汁が唇に滴ってしまい、ペロッと舌で拭う。
──うん、こっちの方がおいしい。
不意に月華の顔が浮かんだ。東雲大輪がいた頃、ご褒美に苺を頂いたことがあった。あのとき月華は自分の苺も僕にくれて、僕の唇の端を舐めてそう言っていたっけ……。
懐かしいな。あの頃はまだ、月華は僕にくっつきっぱなしで、皆が呆れるほどだった。
「……っ、いけない」
月華とのことを思い出すとすぐに涙が滲んでしまう。
いつまでもこんなんじゃ駄目だ。月華も日向も十六夜も花として毎日頑張っている。僕だって、まだお客様はいないけど花になったんだ。過去のことよりも将来を見て頑張らなきゃ。
僕は橘さんのところに行き、なにか仕事をもらえるように頭を下げに行った。
橘さんは眉と唇をひん曲げて「この役立たずが、いっそ飢えて死ねばいい」と言ったけれど、僕が必死でお願いするものだから、これ以上ケダモノと同じ空気を吸いたくないと、仕置き部屋とその隣の物入れの掃除を与えてくれた。
僕も入ったことがある仕置き部屋は西側の棟の奥にある。今お仕置きを受けている人はいないから、誰もいなくて薄暗いだろう。
僕は小さな手持ち行燈を手にして、先に掃除用具を出すために物入れに入った。
やはりとても薄暗くて、少しかび臭い。
昼間だけど幽霊でも出てきそうで、おそるおそる足を踏み入れる。
「……!」
進んでいくと、ニョキッと伸びた二本の足が見えた。
ゆ、幽霊!?
「いや、幽霊は足がない……」
じゃあ誰なんだろう。綺麗な足だから花の誰か?
ゴクリと唾を呑み込み、床を照らしながら進む。
「……動物の毛?」
掃除をしていないのか、動物の換毛期のときに出るような毛が床に落ちていた。
白い毛と、たまに黒いものも混じっている。
獣人族は換毛期の他にも月に一度の獣化のときに毛が落ちるから、この足の持ち主がここで獣化していたんだろうか。
「誰がこんな寂しいところで……」
この毛だと犬か猫かな……猫……?
「もしかして」
期待を持って進み、控えめに行燈を持ち上げて足の持ち主を照らした。
「あっ……?」
目に入ったのは、上半身だけまだ獣の、とても大きな白猫。
──違う、虎……白虎? ……ううん、そんな上位の獣人が遊郭にいるわけがない。
暗いから見間違いかと、目をこすりもう一度行燈を照らし直す。
「……月華……」
やっぱり見間違えか。そこにうつ伏せて横たわり、眠っていたのは月華だった。
やはり獣化していた様子で、顔や腕に少し毛が残っているし、体の周りにも抜けた毛が落ちている。
獣人族は生命の危機が迫ったときや、気持ちが高ぶったときなどに獣化しやすい。ただ、成長するほど人型を保つことを理智的としている彼らは、成獣以降、不測の獣化を未然に防ぐために月に一度獣化をして、体調を整えている。
その定期の獣化は他人に見せるものではなく、廓の皆も人目に付かない場所を選んでいるのは知っているけれど、大抵は自分の個室だ。月華も個室があるのに、いつもここで獣化の時間を過ごしているんだろうか。
……それにしてもよく寝てるな。
僕はそばでしゃがんで月華の願顔をのぞき見た。
「毛は白くなったけど、サバトラ猫だもんね。体が大きくなったから、虎に見間違えたんだ」
かっこよかったな、と思いながらもう少し体を近づける。
獣化は疲れるのだろうか、それとも日々のお座敷や褥仕事がきついのだろうか。月華が目覚める様子はない。
「……お疲れ様」
目覚めないのをいいことに、つい綺麗な流れの髪に触れてしまった。つる、つる、と頭を撫でる。
「ん……」
すると当然とはいえ気配に気付かれてしまったようで、月華の眉が寄り、長いまつ毛が震えた。
襖を閉めながら膝が崩れる。
あのまま水揚げされていたら、明日は朝日を見ることができなかったかもしれない。
月華の気まぐれに救われた……月華は、ケダモノの僕を恥ずかしく思ってお客様に出したくなかったのだろうけれど。
とはいえ花になった僕には、蕾時代には割り当てられていた食事も日用品の支給もなくなった。お客様が付かなければ、これまで貯めてきたお給金で凌がなくちゃならない。いつまで持つだろう。
不安は当たり、その後ハイエナ獣人のお客様は月華の馴染みとなり、僕に新しいお客様が付くこともなく、貯金もすり減っていた。
助けてくれたのは十六夜と日向だ。二人は橘さんや他の花の目を盗んでは僕に食べ物などを分けてくれた。偶然にも僕の好きなものばかりで、今日は大好物の苺まである。
「いつも本当にありがとう。それに苺なんて、手に入れるのは難しいのに……僕の大好物だって憶えていてくれたの? 凄く嬉しい。この借りはいつかお返しするからね」
「お返しだなんて、これは僕たちからじゃなくて、げっ……む、むぐっ」
どうしたのか、まだ話している途中の十六夜の口を、日向が突然塞いだ。
日向は「おまえ、ひっかかれて噛みつかれたいのか」とか小さく言いながら十六夜を睨み、十六夜はぶるぶると横に首を振る。
「突然どうしたの? なんの話?」
聞くものの、二人は「なんでもないよ」と揃って苦笑いをした。おかしな二人だ。
「俺たちにはこれくらいしかできないんだから、お返しなんていいんだって話! それよりほら、新しいうちに食べな」
日向が苺を勧めてくれる。僕は二人にも「どうぞ」とお皿を寄せたけれど、二人は「これは毬也だけのものだよ。大事に食べてあげて」と目を細めて微笑むと、部屋を出て行ってしまった。
皆で食べた方がおいしいし、「食べてあげて」って変な言い方をするな、と思いつつ、ひとつを口に入れる。
「おいしい……」
久しぶりの苺は酸味と甘みのバランスが整ったとても新鮮なもので、口の中いっぱいに果汁が広がった。
たまらずにもうひとつかじると、果汁が唇に滴ってしまい、ペロッと舌で拭う。
──うん、こっちの方がおいしい。
不意に月華の顔が浮かんだ。東雲大輪がいた頃、ご褒美に苺を頂いたことがあった。あのとき月華は自分の苺も僕にくれて、僕の唇の端を舐めてそう言っていたっけ……。
懐かしいな。あの頃はまだ、月華は僕にくっつきっぱなしで、皆が呆れるほどだった。
「……っ、いけない」
月華とのことを思い出すとすぐに涙が滲んでしまう。
いつまでもこんなんじゃ駄目だ。月華も日向も十六夜も花として毎日頑張っている。僕だって、まだお客様はいないけど花になったんだ。過去のことよりも将来を見て頑張らなきゃ。
僕は橘さんのところに行き、なにか仕事をもらえるように頭を下げに行った。
橘さんは眉と唇をひん曲げて「この役立たずが、いっそ飢えて死ねばいい」と言ったけれど、僕が必死でお願いするものだから、これ以上ケダモノと同じ空気を吸いたくないと、仕置き部屋とその隣の物入れの掃除を与えてくれた。
僕も入ったことがある仕置き部屋は西側の棟の奥にある。今お仕置きを受けている人はいないから、誰もいなくて薄暗いだろう。
僕は小さな手持ち行燈を手にして、先に掃除用具を出すために物入れに入った。
やはりとても薄暗くて、少しかび臭い。
昼間だけど幽霊でも出てきそうで、おそるおそる足を踏み入れる。
「……!」
進んでいくと、ニョキッと伸びた二本の足が見えた。
ゆ、幽霊!?
「いや、幽霊は足がない……」
じゃあ誰なんだろう。綺麗な足だから花の誰か?
ゴクリと唾を呑み込み、床を照らしながら進む。
「……動物の毛?」
掃除をしていないのか、動物の換毛期のときに出るような毛が床に落ちていた。
白い毛と、たまに黒いものも混じっている。
獣人族は換毛期の他にも月に一度の獣化のときに毛が落ちるから、この足の持ち主がここで獣化していたんだろうか。
「誰がこんな寂しいところで……」
この毛だと犬か猫かな……猫……?
「もしかして」
期待を持って進み、控えめに行燈を持ち上げて足の持ち主を照らした。
「あっ……?」
目に入ったのは、上半身だけまだ獣の、とても大きな白猫。
──違う、虎……白虎? ……ううん、そんな上位の獣人が遊郭にいるわけがない。
暗いから見間違いかと、目をこすりもう一度行燈を照らし直す。
「……月華……」
やっぱり見間違えか。そこにうつ伏せて横たわり、眠っていたのは月華だった。
やはり獣化していた様子で、顔や腕に少し毛が残っているし、体の周りにも抜けた毛が落ちている。
獣人族は生命の危機が迫ったときや、気持ちが高ぶったときなどに獣化しやすい。ただ、成長するほど人型を保つことを理智的としている彼らは、成獣以降、不測の獣化を未然に防ぐために月に一度獣化をして、体調を整えている。
その定期の獣化は他人に見せるものではなく、廓の皆も人目に付かない場所を選んでいるのは知っているけれど、大抵は自分の個室だ。月華も個室があるのに、いつもここで獣化の時間を過ごしているんだろうか。
……それにしてもよく寝てるな。
僕はそばでしゃがんで月華の願顔をのぞき見た。
「毛は白くなったけど、サバトラ猫だもんね。体が大きくなったから、虎に見間違えたんだ」
かっこよかったな、と思いながらもう少し体を近づける。
獣化は疲れるのだろうか、それとも日々のお座敷や褥仕事がきついのだろうか。月華が目覚める様子はない。
「……お疲れ様」
目覚めないのをいいことに、つい綺麗な流れの髪に触れてしまった。つる、つる、と頭を撫でる。
「ん……」
すると当然とはいえ気配に気付かれてしまったようで、月華の眉が寄り、長いまつ毛が震えた。
47
あなたにおすすめの小説
獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。
魔王に転生したら幼馴染が勇者になって僕を倒しに来ました。
なつか
BL
ある日、目を開けると魔王になっていた。
この世界の魔王は必ずいつか勇者に倒されるらしい。でも、争いごとは嫌いだし、平和に暮らしたい!
そう思って魔界作りをがんばっていたのに、突然やってきた勇者にあっさりと敗北。
死ぬ直前に過去を思い出して、勇者が大好きだった幼馴染だったことに気が付いたけど、もうどうしようもない。
次、生まれ変わるとしたらもう魔王は嫌だな、と思いながら再び目を覚ますと、なぜかベッドにつながれていた――。
6話完結の短編です。前半は受けの魔王視点。後半は攻めの勇者視点。
性描写は最終話のみに入ります。
※注意
・攻めは過去に女性と関係を持っていますが、詳細な描写はありません。
・多少の流血表現があるため、「残酷な描写あり」タグを保険としてつけています。
異世界で勇者をやったら執着系騎士に愛された
よしゆき
BL
平凡な高校生の受けが異世界の勇者に選ばれた。女神に美少年へと顔を変えられ勇者になった受けは、一緒に旅をする騎士に告白される。返事を先伸ばしにして受けは攻めの前から姿を消し、そのまま攻めの告白をうやむやにしようとする。
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる