15 / 31
世界線α・被験者「藤城廣之」の受難
第十五話 風の流れる先へ
しおりを挟む
夏草の香りが混ざった初夏の爽やかな風が懐かしい。あいにくの曇り空、嫌でも影の中を歩く僕の肌に纏わりついたのは、今まで以上に不気味な心地が増した湿った風だった。
秋田県秋田市は全国の県庁所在地で比較すると曇りが多く、日本で最も日照時間が短い。冬に曇りや雪の日が多いことが影響して、カラッと晴れている日が日本一少ないのだ。この結果と関係あるかは微妙なところだけど、日光に当たる時間の少なさこそが秋田県の自殺率が高い一因かもしれない。その代わり、秋田県は全国学力テストで上位だったり、肌が綺麗な色白の美人さんが多かったりするけども……。その事実を喜んで受け入れるには、今は間が悪い。なにせ普段の僕とは置かれている状況が違うのだ。
生きていたはずの祖母が数ヶ月前に亡くなっていた。殺人犯は、この秩序が乱れた世界に住む人々の運命を握る、誰かだ。
──平行世界の移動なんて、もう懲り懲りだ。僕の平和な日常と大切な人たちを返してくれ!
この理不尽な仕打ちに怒りも湧いたが、僕は同時に、次々に変化する世界への反抗を諦めかけていた。もう自分の思考力だけではどうしようもないのだ。僕はただ、歪な理が作用する世界に適応するしかない。
「あっ! 青信号だ!」
「走れー!!」
プールバッグを抱えた小学生の集団が僕を追い越していく。風は生温い。
──何も知らず、呑気で羨ましいよ。
僕の家からジャズバーに向かうには、ジャズバーが面した道路と十字に交わる曲がり角を通らなければいけない。僕がその曲がり角を曲がると、僕の反対側にある横断歩道から誰かがやって来た。
「こんにちは、藤城くん。今日はあいにくの空模様だね」
鉢合わせしたのは山近だった。山近は黒い傘を差している。いつの間にか小雨が降っていたらしい。それに気が付かないほど、僕は平行世界における命の扱いについて家からずっと考え込んでいたのか。
「おや、藤城くんの表情も曇っているじゃないか。夏休みの間は、会う度に君の顔色が悪くなっていくから心配だよ。さては寝ていないだろう?」
「うん……。さすがに今回ばかりはゾッとしてさ。婆ちゃんが勝手に死んだ事にされたんだ。自分の生死を誰かが簡単に変えられると考えたら恐ろしいよ」
おまけにここ最近は、浅い眠りのせいで変な夢ばかり見てしまう。
僕は夢の中で、どこかの踏切を渡ろうとしていた。そこを通らなければいけないと、なぜか僕は強く思っていたのだ。真っ白な世界で踏切の警報が鳴り、踏切の脇でひっそりと立つ椿の木とふたり、僕は電車が通り過ぎるのを黙って待つ。やがて線路が電車の重さで軋んで揺れる音と共に、電車が見えてくる。僕が目線を真っ直ぐ前に戻した瞬間、映像はスローモーションに変わった。乗客がふたり、斜向かいの位置で座っている様子だった。電車が速度を落としても、なぜだか乗客の顔がぼやけてハッキリ見えない。
あれは誰で、どこへ向かっていたんだろう。不思議な夢だった。
「やっぱり。寝不足の原因は、メールで話していたそれしかないか。いつも前向きな君でも、今回ばかりは耐え難い出来事だったみたいだね。君には強力な味方がついたのに、それでも大きなショックを受けるのは意外だったな」
何か失礼な事を言われたような気もするけど、思い出すといつもこんな感じだったかも。山近は僕をからかうのが上手だ。
「そりゃあショックは受けるよ。山近たちには悪いけど、それとこれとは話が別だ。だいたい僕が前向きってのは語弊があるよ。能天気なだけで、意外と繊細なんだぞ? 丁重に扱ってくれ」
「そうかい? 僕は常々、君は強い人間だと思っていたよ」
歩道を並んで歩いているので傘を差している山近の顔は見えないが、きっと薄笑いを浮かべているに違いない。でもまあ、いっか。たぶん褒められているので悪い気はしない。我ながら単純な奴だな。
「藤城くんの強みは人の縁を大事にするところだ。本来の君は、人のために動ける優しい人間なんだと思うよ」
山近はそう言うと、傘をたたんでジャズバーのドアノブを回した。この先で皆川さんとマスターが僕を待っている。今日、僕のために集まろうと言い出したのは山近だ。山近こそ、人のために動ける優しい人間だと思う。
僕は祖母を喪った事で、今まで考えていた死生観が丸ごと破壊されてしまった。人の死亡時期が変わるはずない。その記憶違いが身内で起こってしまった。
マンデラエフェクト。その記憶違いは多岐にわたり、分断を生む。亡くなった祖父から始まった小さな記憶違いは、多数の記憶違いを発生させ、現在も僕の人生に大きな影響を与えている。
この世界は異常だ。だから僕はせめて大事な人や思い出が、この世に存在していた証明がしたい。そのために自分がどうすればいいのか考えるべきだ。ヒントは、みんなが集うこの場所にある。
「行こう、藤城くん」
「ああ。ありがとう、山近」
自分の存在を消される事に怯えてばかりでは、何も始まらない。誰も守れない。僕は僕の周りにいる、優しい人たちの力になりたい。
みんなの自由を取り戻す作戦会議はこれから始まる。僕は恐怖を抑えて、明かりの灯る方へ進んだ。この時、僕の背中を押してくれたのは、あの生温い風だった。
秋田県秋田市は全国の県庁所在地で比較すると曇りが多く、日本で最も日照時間が短い。冬に曇りや雪の日が多いことが影響して、カラッと晴れている日が日本一少ないのだ。この結果と関係あるかは微妙なところだけど、日光に当たる時間の少なさこそが秋田県の自殺率が高い一因かもしれない。その代わり、秋田県は全国学力テストで上位だったり、肌が綺麗な色白の美人さんが多かったりするけども……。その事実を喜んで受け入れるには、今は間が悪い。なにせ普段の僕とは置かれている状況が違うのだ。
生きていたはずの祖母が数ヶ月前に亡くなっていた。殺人犯は、この秩序が乱れた世界に住む人々の運命を握る、誰かだ。
──平行世界の移動なんて、もう懲り懲りだ。僕の平和な日常と大切な人たちを返してくれ!
この理不尽な仕打ちに怒りも湧いたが、僕は同時に、次々に変化する世界への反抗を諦めかけていた。もう自分の思考力だけではどうしようもないのだ。僕はただ、歪な理が作用する世界に適応するしかない。
「あっ! 青信号だ!」
「走れー!!」
プールバッグを抱えた小学生の集団が僕を追い越していく。風は生温い。
──何も知らず、呑気で羨ましいよ。
僕の家からジャズバーに向かうには、ジャズバーが面した道路と十字に交わる曲がり角を通らなければいけない。僕がその曲がり角を曲がると、僕の反対側にある横断歩道から誰かがやって来た。
「こんにちは、藤城くん。今日はあいにくの空模様だね」
鉢合わせしたのは山近だった。山近は黒い傘を差している。いつの間にか小雨が降っていたらしい。それに気が付かないほど、僕は平行世界における命の扱いについて家からずっと考え込んでいたのか。
「おや、藤城くんの表情も曇っているじゃないか。夏休みの間は、会う度に君の顔色が悪くなっていくから心配だよ。さては寝ていないだろう?」
「うん……。さすがに今回ばかりはゾッとしてさ。婆ちゃんが勝手に死んだ事にされたんだ。自分の生死を誰かが簡単に変えられると考えたら恐ろしいよ」
おまけにここ最近は、浅い眠りのせいで変な夢ばかり見てしまう。
僕は夢の中で、どこかの踏切を渡ろうとしていた。そこを通らなければいけないと、なぜか僕は強く思っていたのだ。真っ白な世界で踏切の警報が鳴り、踏切の脇でひっそりと立つ椿の木とふたり、僕は電車が通り過ぎるのを黙って待つ。やがて線路が電車の重さで軋んで揺れる音と共に、電車が見えてくる。僕が目線を真っ直ぐ前に戻した瞬間、映像はスローモーションに変わった。乗客がふたり、斜向かいの位置で座っている様子だった。電車が速度を落としても、なぜだか乗客の顔がぼやけてハッキリ見えない。
あれは誰で、どこへ向かっていたんだろう。不思議な夢だった。
「やっぱり。寝不足の原因は、メールで話していたそれしかないか。いつも前向きな君でも、今回ばかりは耐え難い出来事だったみたいだね。君には強力な味方がついたのに、それでも大きなショックを受けるのは意外だったな」
何か失礼な事を言われたような気もするけど、思い出すといつもこんな感じだったかも。山近は僕をからかうのが上手だ。
「そりゃあショックは受けるよ。山近たちには悪いけど、それとこれとは話が別だ。だいたい僕が前向きってのは語弊があるよ。能天気なだけで、意外と繊細なんだぞ? 丁重に扱ってくれ」
「そうかい? 僕は常々、君は強い人間だと思っていたよ」
歩道を並んで歩いているので傘を差している山近の顔は見えないが、きっと薄笑いを浮かべているに違いない。でもまあ、いっか。たぶん褒められているので悪い気はしない。我ながら単純な奴だな。
「藤城くんの強みは人の縁を大事にするところだ。本来の君は、人のために動ける優しい人間なんだと思うよ」
山近はそう言うと、傘をたたんでジャズバーのドアノブを回した。この先で皆川さんとマスターが僕を待っている。今日、僕のために集まろうと言い出したのは山近だ。山近こそ、人のために動ける優しい人間だと思う。
僕は祖母を喪った事で、今まで考えていた死生観が丸ごと破壊されてしまった。人の死亡時期が変わるはずない。その記憶違いが身内で起こってしまった。
マンデラエフェクト。その記憶違いは多岐にわたり、分断を生む。亡くなった祖父から始まった小さな記憶違いは、多数の記憶違いを発生させ、現在も僕の人生に大きな影響を与えている。
この世界は異常だ。だから僕はせめて大事な人や思い出が、この世に存在していた証明がしたい。そのために自分がどうすればいいのか考えるべきだ。ヒントは、みんなが集うこの場所にある。
「行こう、藤城くん」
「ああ。ありがとう、山近」
自分の存在を消される事に怯えてばかりでは、何も始まらない。誰も守れない。僕は僕の周りにいる、優しい人たちの力になりたい。
みんなの自由を取り戻す作戦会議はこれから始まる。僕は恐怖を抑えて、明かりの灯る方へ進んだ。この時、僕の背中を押してくれたのは、あの生温い風だった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。
この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
秘書と社長の秘密
廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。
突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。
ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる