暗闇坂お伽草紙

夏実朋可

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其の一の二

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 「よう、ナナ太郎さん。お客がいるところ悪いな。あれ、豆腐小僧じゃないか。お前も何か占ってもらったのか」
 「あっ、馬場先濠の平次郎おじさん」
 その声の主は緑の皮膚をもち頭には皿を載せている一匹の河童である。
 「どうだい、評判どおりの占い師だろ」
 「うん。すごいよ。おいら、もうすぐ友達が出来るんだ」
 「そうか。それは良かったな。まだここに辻占を出してから半年も経たないというのにたいした繁盛だ。子の刻までとは言わずに牛、寅の刻あたりまで広げていたらもっとお客が来るのにな。もったいねえやな」
 「それでは私の寝る間もありませんよ。木戸の閉まる時間もありますしね」
 「木戸が閉まるのは暮れ4つ。亥の刻にはすでに閉まっちまう筈。はなっから間にあわねえぇ。それともナナ太郎さんは我らと同じ世界の、もののけの者なのですかい? そうじゃねぇ、人間だと言うのなら何か秘策ってものがあるんですかい?」
 「それは秘密にしておかなきゃ秘策って事にならないですよ」
 「秘策があるんなら何時だってかまわねぇのになぁ」
 「なんと言っても私も〈人〉ですから。夜にはちゃあんと休まないとね」
 「そうですかい。しかしもったいねぇ話だ。で、豆腐よ、礼はどうすんだい」
 「そりゃーちゃあんと金子(きんす)を渡すよ。おいらだって金子ぐらい持ってるんだ。紛い物じゃあないよ。本物なんだから」
 そう言って豆腐小僧はナナ太郎に金子を差し出した。
 「こんなにもらっちゃっていいのかい?」
 「なあに、豆腐の奴だって金には不自由しないよ」
 「そうさ、おいら金持ちなんだ」
 「おおかたどっかで豆腐の奴が脅したかまたは人間が豆腐を見て驚いたかして逃げた人間が落とした金子を拾ったとか、そんなところだろうよ」
 「人聞きの悪い事言わないでよ」
 「いやね、ナナ太郎さん。あっし達にはそんな金がけっこうあるんですよ。だが、我らに金は無用だ、持っているもんなら全部出したって良いくらいだ。すぐに葉っぱや石などのたぐいに変わる金子ってのもあるが、心ある奴が渡す金子にそんな事はめったに無いから心配めさるな」
 妖気漂う暗がりのこの道で、このような陽気な声の会話と言うのも何とも不思議な光景だ。
 「ところで馬場先濠の…」
 「馬場先濠の平次郎。平次郎と呼んでくれよ。おまえさんと俺の仲じゃないか」
 「では平次郎さん、今日は一体どんなお話でしょう?」
 「いやね、せんだっての錦糸掘の奴の話なんだが」
 「ああ、平次郎さんから話を聞いて見に行ったけど」
 「ナナ太郎さん、錦糸掘を見に行っただけじゃないでしょが、何かやらかしたんでございやしょ?」
 「困ってる人がいたんでちょっと手を貸したかな」
 「錦糸掘りの河童をひどい目に合わせたってそりゃあ大騒ぎですよ。弁慶濠の……これもまたあっちの一派の河童で人間に悪さをする奴らなんですが、その弁慶濠と錦糸掘の奴らがナナ太郎さんに仕返しをするために何やらたくらんでいるようなんでさ」
 「弁慶濠の河童も人間に何かするのか?」
 「いあやなに、今日はナナ太郎さんにはくれぐれも弁慶濠には近づかないようにと話に来たんですぜ」。
 いけねえいけねえ、ついしゃべっちまうとこだった。また興味を持たれてわざわざ弁慶濠に行かれちゃあ、元も子もねえ。などと独り言を言っていると、
 「馬場先のおじさんと錦糸堀の河童さんとは仲が悪いの?」と、それまでじっと聞き入っていた豆腐小僧が突然口をはさんだ。
 それを聞いた平次郎は頭の皿が乾くほどに血が上ったのを隠すような勢いで、
 「仲が良いとか悪いとかの問題じゃないさね。こちとらもとをただせば隅田川の河童よ。隅田川の河童は気風のいい江戸っ子なんでい。錦糸掘のように人間を脅すようなけちなマネはしやしないさね。何か不満があったら正々堂々と人間様に言ってやらあ」などとまくしたてた。
 「あれまあ、どうしたの平次郎おじさん。そんなに真っ赤になって」
 おっとりした口調の豆腐小僧と威勢のいい河童と、そしてナナ太郎がそんなやり取りをしているところへ、また一方、ナナ太郎に近づいてくる逢魔が刻に棲むものがやって来る。
 「あの……」
 賑やかにナナ太郎たちが話しているところに声をかけてよいものかと、躊躇するように声をかけた。
 「はい、何でしょう。占いですか?」
 「はい。噂を聞いてやってまいりました」
 そう言ってか細い声でナナ太郎に話しかけたモノは、うら若き女性であった。
 「何を占いますか?」
 ナナ太郎の元にやって来た美しい女性。
 その長い腕をもてあますかのように自分の身体に絡み付けている。
 豆腐小僧と馬場先濠の平次郎をそっと見てはまた視線を外し押し黙っていた。
 「ああ、ここにいるこの2人は気にする事はないですよ。今、話は終ったところですから」
 あまり感情を見せないナナ太郎であるのだが、占いをする時に限っては珠のなせる業なのか、占う相手に合わせて少し表情が柔らぐのであった。
 ナナ太郎はにっこり笑って平次郎に軽く目配せをした。
 「ナナ太郎さんそれはないよ。せっかく忠告しに来たのに。といっても商売のじゃましちゃあいけねえやな。ここらでおいとまするか。ほれ豆腐も消えようぜ」
 「あれまあ、おいらはまだここにいたいんだけど」
 河童の平次郎は、ナナ太郎の側から離れようとしない豆腐小僧の背中をぐいぐいと押した。
 「なんだよぉ、馬場先のおじさんたら押さないでくれよぉ」
 「ほれ、お暇するんだよ」と今度は豆腐小僧の肩をつかみ連れ去ろうとする。
 「私は毎日同じ時間にここにいるからいつでもまた来て良いんだよ」
 「ほんと? 嬉しいな。じゃあ今日は消えるとするか」
 「ナナ太郎さん、くれぐれもあっしの忠告、聞いてくださいよ」
 やっと言う事を聞く気になった豆腐小僧と、馬場先濠の河童の2人はすうっと闇の中に消えた。
辺りはまた木々が生い茂る暗い坂の入り口となった。
 後には妙に腕の長いうら若き女性とナナ太郎2人。
 遠くで夜の鳥達がほうほうと鳴いて、どんな物の怪が出ようともおかしくない静かで妖しい夜にまたなっていた。
 「百々目鬼どどめきさんだね」
 「はい」
 「で、どんなことを占ったら良いのかな」
 「はい。銭はいくらでもあるのに私には子がないのです」と袖をめくり上げ、妙に長い腕に張り付いているたくさんの目をナナ太郎に見せた。
 その目玉が腕からポロリポロリと落ちたかと思うと目玉は銭と変わっていく。
 「それは子が欲しい。それには夫婦になる旦那が欲しい。ではいつ旦那は現れるか知りたいということになりますか?」
 ナナ太郎がまた尋ね返しそれに対して百々目鬼が聞き返す。
 そんな占い師とお客のやりとりをしていると、また一方から、なにやらパラパラと音をたてて闇の向こうよりやってくるずんぐりとした男があった。
 「評判を聞いて、やって来たんだが」
 パラパラ……パララ。
 男は小豆を撒きながらナナ太郎に向って言った。
 「今、お一方占っているので待っていただきたいのですが」
 「ああ夜は長い、待つよ、いくらでも」
 このようにナナ太郎の占いは、妖のもの達が次から次へとひっきりなしにやって来る。
 パラ、パラパラ、パララ……。
 生い茂った木々の隙間から月明かりが揺れ、暗闇坂の森のざわめきとは異質の音が響いた
 小豆はかりはどっかりと腰をすえて小豆を撒きながら待つ事にした。
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