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其の一の四
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「おや? この間の錦糸掘のお二人ですか。このような時間にまたこの辺りをふらつくと悪戯河童がまた何やらしでかしますよ」
「あの、あの……」
突然のナナ太郎の出現にどうしたらいいものかと為松がもじもじとしていると、為松を押しのけ一歩前に出たお可奈がすかさず言った。
「この間はありがとうございました。ここに来れば、またあなた様に会うことが出来るかと。ぜひお礼がしたいと思っていたんです」
ああ、やっぱり。
お可奈はこのナナ太郎と言う男に会いたいが為に習い事の後に寄り道をし、今日はこんな夜更に危険を冒してまでも弁慶濠にやってきたんだ。
為松は胸の奥に何か詰るものを感じ、辛く苦しくなった。
そのようにお可奈と為松がナナ太郎の三人が話しているその後ろの闇の中で、黒いかたまりが動いていた。黒い塊は右へ左へと動いては止まり動いては止まりと、三人の様子をうかがいながら動いているようだった。
その黒い塊が目の端に入った為松は悲鳴を上げた。
「ひゃ~っ」
「どうしたの為松ちゃん!」
「なっ、何か黒いものが!!」
その黒い塊がしゃべり始めた。
「いやあ、こりゃー驚かしちまってすいませんなぁ。ナナ太郎さん、やっぱりここに来ていらしたんですね」
「ああ、馬場先濠の……」
「馬場先濠の平次朗ですよ。せっかくナナ太郎さんに忠告したのに、かえってナナ太郎さんに興味を持たせちまったってことですな」
闇で良く見えなかったその姿。
ナナ太郎に近づいてくると黒い塊は提灯の灯りに照らされ次第にはっきりと見えてくる。
それは人間のようにも見えるが、身体はぬめり光っていて、なにやら頭にはサラのようなものも乗っていた。
「河童!」
「ひやぁ~でた~っ」
お可奈は木刀を河童に向けて構え、為松は腰を抜かしてしまった。
「ひっ、何をお嬢さん!」
馬場先の河童はひるみ一歩後ろに退いた。
「これは勇ましい事ですね、この河童は馬場先の平次郎と言って気風のいい河童。心優しい河童なのです。木刀を納めてください」
ナナ太郎がお可奈を諭すようにも聞こえるふうに穏やかに言うと、お可奈はとっさの勇ましい自分の行動に顔がほてるのを感じ、夜の暗闇の中でもわかるくらいに顔が赤くなっていった。
そして、どこまでもこの礼儀正しいナナ太郎にますます引かれていく自分を知るとますます顔が赤くなっていく。
「うわぁあぁぁぁ!」
闇の中ひときわ大きな悲鳴がとどろいた。
腰を抜かしているはずの為松の悲鳴だ。
お可奈が振り向くとそこには、濠から出ている手にズリズリと引きずられ必死になってこらえている為松がいた。
「為松!」
お可奈が木刀を振りかざして飛び出して行きそうになったところを、ナナ太郎がお可奈を静止するように肩をポンと叩いた。
「私がお助けいたします」
ナナ太郎はその軽やかな身のこなしでひらりと近づくと、次の瞬間には為松を引きずり込もうとする手を握り、グイと引っ張り上げる。
すると、ナナ太郎の引っ張り上げた力の勢いで堀の中から一匹の河童が宙を舞い地べたに叩きつけられた。
ナナ太郎とのこの力比べに負けたのはやはり河童だった。
「いててててて」
「河太郎!」
その痛がる姿を見て馬場先濠の平次郎が大声でその河童の名を叫んだ。
「へっ、何用よ馬場先の。おめえが何でおいらの縄張りにいやがるんでぃ」
濠から為松を引きづりこもうとしたが逆に引きずり出されてしまった河童、弁慶濠の河太郎は居直った。
「お前が人間様たちに悪さをするって噂を聞いたんだ。ここのところ錦糸掘の奴にしても弁慶濠のお前にしても勝手し放題で行き過ぎじゃあねえのか?」
「へっ、お前らには関係ねえことよ」
「何を言いやがる、同じ仲間じゃないか」
「仲間? ふふふっ、俺らの仲間と呼べるのは水虎の殿様に誓いを立てたものだけさね」
「何! 水虎! 水虎の殿様だと!」
平次郎が驚いたのも無理は無い話しだ。
水虎というのは、古に我が国にやってきた河童一派である。
もともとは遠く西の国の方のアヤカシで、その一群が我が国にやって来たのは唐の時代までさかのぼると思われる。
その水虎の一派は、河童の中でも当代きっての暴れん坊の軍団。
それゆえに水虎の軍団と、ここ、日のもとの国の河童とは一線を記す仲。日のもとの河童たちは水虎を仲間と認めない者が多いのだった。
その水虎の軍団の殿様というと……。
「一虎様だよ!水虎の殿様の一虎様だ!」
すごんで見せるように河太郎が言ったその時だった。
ガガガラドッシャ~ン、ズドドドド~ン
弁慶濠の河太郎の言葉に重なるように辺りが光に包まれ、いきなりの雷鳴がとどろいた。
あまりの光と音の強烈な事に、目の前の風景が一瞬消えるかと思われるくらいに目に衝撃を受けたのはお可奈と為松。
まぶしく周りが見えない中でしゃがれた声が聞こえてくる。
「あの、あの……」
突然のナナ太郎の出現にどうしたらいいものかと為松がもじもじとしていると、為松を押しのけ一歩前に出たお可奈がすかさず言った。
「この間はありがとうございました。ここに来れば、またあなた様に会うことが出来るかと。ぜひお礼がしたいと思っていたんです」
ああ、やっぱり。
お可奈はこのナナ太郎と言う男に会いたいが為に習い事の後に寄り道をし、今日はこんな夜更に危険を冒してまでも弁慶濠にやってきたんだ。
為松は胸の奥に何か詰るものを感じ、辛く苦しくなった。
そのようにお可奈と為松がナナ太郎の三人が話しているその後ろの闇の中で、黒いかたまりが動いていた。黒い塊は右へ左へと動いては止まり動いては止まりと、三人の様子をうかがいながら動いているようだった。
その黒い塊が目の端に入った為松は悲鳴を上げた。
「ひゃ~っ」
「どうしたの為松ちゃん!」
「なっ、何か黒いものが!!」
その黒い塊がしゃべり始めた。
「いやあ、こりゃー驚かしちまってすいませんなぁ。ナナ太郎さん、やっぱりここに来ていらしたんですね」
「ああ、馬場先濠の……」
「馬場先濠の平次朗ですよ。せっかくナナ太郎さんに忠告したのに、かえってナナ太郎さんに興味を持たせちまったってことですな」
闇で良く見えなかったその姿。
ナナ太郎に近づいてくると黒い塊は提灯の灯りに照らされ次第にはっきりと見えてくる。
それは人間のようにも見えるが、身体はぬめり光っていて、なにやら頭にはサラのようなものも乗っていた。
「河童!」
「ひやぁ~でた~っ」
お可奈は木刀を河童に向けて構え、為松は腰を抜かしてしまった。
「ひっ、何をお嬢さん!」
馬場先の河童はひるみ一歩後ろに退いた。
「これは勇ましい事ですね、この河童は馬場先の平次郎と言って気風のいい河童。心優しい河童なのです。木刀を納めてください」
ナナ太郎がお可奈を諭すようにも聞こえるふうに穏やかに言うと、お可奈はとっさの勇ましい自分の行動に顔がほてるのを感じ、夜の暗闇の中でもわかるくらいに顔が赤くなっていった。
そして、どこまでもこの礼儀正しいナナ太郎にますます引かれていく自分を知るとますます顔が赤くなっていく。
「うわぁあぁぁぁ!」
闇の中ひときわ大きな悲鳴がとどろいた。
腰を抜かしているはずの為松の悲鳴だ。
お可奈が振り向くとそこには、濠から出ている手にズリズリと引きずられ必死になってこらえている為松がいた。
「為松!」
お可奈が木刀を振りかざして飛び出して行きそうになったところを、ナナ太郎がお可奈を静止するように肩をポンと叩いた。
「私がお助けいたします」
ナナ太郎はその軽やかな身のこなしでひらりと近づくと、次の瞬間には為松を引きずり込もうとする手を握り、グイと引っ張り上げる。
すると、ナナ太郎の引っ張り上げた力の勢いで堀の中から一匹の河童が宙を舞い地べたに叩きつけられた。
ナナ太郎とのこの力比べに負けたのはやはり河童だった。
「いててててて」
「河太郎!」
その痛がる姿を見て馬場先濠の平次郎が大声でその河童の名を叫んだ。
「へっ、何用よ馬場先の。おめえが何でおいらの縄張りにいやがるんでぃ」
濠から為松を引きづりこもうとしたが逆に引きずり出されてしまった河童、弁慶濠の河太郎は居直った。
「お前が人間様たちに悪さをするって噂を聞いたんだ。ここのところ錦糸掘の奴にしても弁慶濠のお前にしても勝手し放題で行き過ぎじゃあねえのか?」
「へっ、お前らには関係ねえことよ」
「何を言いやがる、同じ仲間じゃないか」
「仲間? ふふふっ、俺らの仲間と呼べるのは水虎の殿様に誓いを立てたものだけさね」
「何! 水虎! 水虎の殿様だと!」
平次郎が驚いたのも無理は無い話しだ。
水虎というのは、古に我が国にやってきた河童一派である。
もともとは遠く西の国の方のアヤカシで、その一群が我が国にやって来たのは唐の時代までさかのぼると思われる。
その水虎の一派は、河童の中でも当代きっての暴れん坊の軍団。
それゆえに水虎の軍団と、ここ、日のもとの国の河童とは一線を記す仲。日のもとの河童たちは水虎を仲間と認めない者が多いのだった。
その水虎の軍団の殿様というと……。
「一虎様だよ!水虎の殿様の一虎様だ!」
すごんで見せるように河太郎が言ったその時だった。
ガガガラドッシャ~ン、ズドドドド~ン
弁慶濠の河太郎の言葉に重なるように辺りが光に包まれ、いきなりの雷鳴がとどろいた。
あまりの光と音の強烈な事に、目の前の風景が一瞬消えるかと思われるくらいに目に衝撃を受けたのはお可奈と為松。
まぶしく周りが見えない中でしゃがれた声が聞こえてくる。
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