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其の二の二
②
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と、その時、障子の向こうから声がした。
「おみつお嬢様、お可奈お嬢様のお迎えの為松さんが来ておりますよ。そろそろ…」
おみつの家の女中、おりんが為松の名を出したので驚いてお可奈が聞き返す。
「おりんさん、いったい誰が迎えに来たって?」
「為松さんですよ」
「為松ちゃん? 今日はお糸が来るはずなのに、どうしたのかしら」
不思議がるお可奈に男性の事ならなんにでも興味津々のおみつはすかさず聞いた。
「為松ちゃんって名なの? 最近、あちこちお可奈ちゃんに付いてきている小僧さんは」
若い男性とくれば品定めをする、そんなおみつにちょっと呆れ顔のお可奈は意地悪っぽくおみつに言った。
「そう、気になる?」
「別に別に。ねえ、ちょっと上がってもらったら? おりん!おりん!為松さんをちょっとここへ呼んでくれない?」
「はい、わかりましたお嬢様」
おりんが返事をすると廊下を歩く衣擦れの音が遠ざかっていく。
おみつはウキウキと嬉しそうにしていた。顔が満面の笑みである。
お可奈は、やっぱり気になるんじゃない、まったく気の多い事だと思いながら、おみつの様子は気にせずに持ってきた絵草紙などを包み帰り支度を始めた。
「為松さんの事はどうなの?」
突然、おみつが身を乗り出して聞いてきた。
「どうって?」
「とぼけないでよ、だからお可奈ちゃんはどう思ってるかって事」
考えてもみない事を言われ、お可奈は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして口を空けていた。
さらに身を乗り出しておみつが何かを言おうとした時、忙しそうに廊下を歩く衣擦れの音がおみつの部屋の前で止まった。そして、おみつが何か言おうとしたその言葉をさえぎるかのようにおりんが障子越しに声をかけてきた。
「お嬢様。為松さんを連れてまいりました」
話に水を差されたおみつは気を取り直して障子の外に声をかける。
「まあ、いいところで。為松さんお部屋にお入りなさいな」
入れと言われた為松。
お可奈の友達であるお嬢様の部屋に入れと言われるなど思ってもみず、動揺して返事に少し間があいた。
「失礼いたします」
そう言った為松は障子を空け、部屋に入らず縁側に座った。
「そんなところへ座ってないで、ささ、どうぞ部屋の中へ」
にこにことしながらも為松をじっくり観察をするおみつである。
「あ、はい。……では遠慮なく」
部屋に入るのを少しためらったがここはこの屋の主人であるおみつに従った。
行儀のいい為松に、好印象を持ったおみつは為松の顔を覗きこむようにじっとその動向をうかがっていた。
明らかに為松への興味が全身からあふれ出ているおみつだった。
そんなおみつを無視してお可奈は為松に向って言った 。
「為松ちゃん、今日はお糸はどうしたの?」
「それが、旦那さんが私に迎えに行くようにとおっしゃいまして」
「おとっつぁんが?」
「はい、お糸さんには別の用事を頼みたいとかで」
「おっかさんか何かの用事かしらね。」
そう言って為松に目を向けると何かを思いついたようににっこりとほほ笑んだ。
「まあ、なんだか今日は都合がいい感じね」お可奈はうんうんと納得するようにうなづく。
(都合がいい? また何か……。)
「あの……」
為松はそれ以上言葉にするのを止めた。
どういう事かと問いただして墓穴を掘るのは避けたいと思った。
いつもの様に嫌な予感がしている。
そんなやり取りを見ておみつはにやにやしていた。
お可奈はおみつを気にしてないふりをし、ポンと手を叩き思い出したように為松に言った。
「ねえ、二八蕎麦の屋台の事なんだけど」
(そら、きた。)
「お嬢様、そろそろお家に帰らないと。私もお店の事もあるし。おいとまいたしましょう」
どきりとした為松は慌てて話をそらそうとして少々早口で言う。
「おみっちゃんの前ではお可奈ちゃんでいいわよ。それよりさ」
「お話はお店に帰ってから聞きますから、早く…」
お可奈を言葉を遮るように話す為松。
とにかくお可奈が話す隙が無いようにといそがしい様子で話していた為松だった。
すると、おみつが突然、お可奈と為松の会話に割り込んできた。
「その話知ってるわ」
「えっ、おみっちゃん知ってるの? 」
驚くと共に嬉しそうなお可奈だ。お可奈の声は弾んでいた。
為松にとっては思っていた方向とは別の方向から切られた形になり、言葉が出なかった。
「うん。屋台の二八蕎麦で、傍に行くと主人がいないって話でしょ。その灯かりは一晩中付いてるんだって」とおみつ。
「ご主人がいないのに? 」
「主人はちょっと席を外してる風なんだって。今、まさにお客の注文があって屋台でお蕎麦を茹でてる最中って感じなんだって。だけど、結局ご主人はは現れないの。それでも一晩中灯かりはついてるって話」
「一晩中?」
「そう、灯かりに油を注ぐでもなく、絶えずに点いてるって。で、親切にもその灯かりを消してやると、消した奴に災いが訪れるってさ」
「それってどこら辺に出るの? 」
「本所辺り……やだぁ、お可奈ちゃんたら見に行くつもり? 」
とんとんと二人の間でなされる会話に口出しできずにいた為松だったが、そこまで来て慌てた為松がやっと口をはさんだ。
「だめだよ! お可奈ちゃん! 」
その為松の言葉を無視しておみつが威勢よく言う。
「行くんだったら私も行くからね! 」
「う~ん。為松ちゃんもいるし今日行こうかと思ったけれど、おみっちゃんも行くのなら仕方ないわね、今日は止めとく」
「止めとくって、じゃあいつ行くの?私も行くから、ぜ~ったいだからね! 」
「う~ん、まあね」
お可奈はにっこりと笑っていた。
(まあね…?)
まあねっていったい?
「おみつお嬢様、お可奈お嬢様のお迎えの為松さんが来ておりますよ。そろそろ…」
おみつの家の女中、おりんが為松の名を出したので驚いてお可奈が聞き返す。
「おりんさん、いったい誰が迎えに来たって?」
「為松さんですよ」
「為松ちゃん? 今日はお糸が来るはずなのに、どうしたのかしら」
不思議がるお可奈に男性の事ならなんにでも興味津々のおみつはすかさず聞いた。
「為松ちゃんって名なの? 最近、あちこちお可奈ちゃんに付いてきている小僧さんは」
若い男性とくれば品定めをする、そんなおみつにちょっと呆れ顔のお可奈は意地悪っぽくおみつに言った。
「そう、気になる?」
「別に別に。ねえ、ちょっと上がってもらったら? おりん!おりん!為松さんをちょっとここへ呼んでくれない?」
「はい、わかりましたお嬢様」
おりんが返事をすると廊下を歩く衣擦れの音が遠ざかっていく。
おみつはウキウキと嬉しそうにしていた。顔が満面の笑みである。
お可奈は、やっぱり気になるんじゃない、まったく気の多い事だと思いながら、おみつの様子は気にせずに持ってきた絵草紙などを包み帰り支度を始めた。
「為松さんの事はどうなの?」
突然、おみつが身を乗り出して聞いてきた。
「どうって?」
「とぼけないでよ、だからお可奈ちゃんはどう思ってるかって事」
考えてもみない事を言われ、お可奈は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして口を空けていた。
さらに身を乗り出しておみつが何かを言おうとした時、忙しそうに廊下を歩く衣擦れの音がおみつの部屋の前で止まった。そして、おみつが何か言おうとしたその言葉をさえぎるかのようにおりんが障子越しに声をかけてきた。
「お嬢様。為松さんを連れてまいりました」
話に水を差されたおみつは気を取り直して障子の外に声をかける。
「まあ、いいところで。為松さんお部屋にお入りなさいな」
入れと言われた為松。
お可奈の友達であるお嬢様の部屋に入れと言われるなど思ってもみず、動揺して返事に少し間があいた。
「失礼いたします」
そう言った為松は障子を空け、部屋に入らず縁側に座った。
「そんなところへ座ってないで、ささ、どうぞ部屋の中へ」
にこにことしながらも為松をじっくり観察をするおみつである。
「あ、はい。……では遠慮なく」
部屋に入るのを少しためらったがここはこの屋の主人であるおみつに従った。
行儀のいい為松に、好印象を持ったおみつは為松の顔を覗きこむようにじっとその動向をうかがっていた。
明らかに為松への興味が全身からあふれ出ているおみつだった。
そんなおみつを無視してお可奈は為松に向って言った 。
「為松ちゃん、今日はお糸はどうしたの?」
「それが、旦那さんが私に迎えに行くようにとおっしゃいまして」
「おとっつぁんが?」
「はい、お糸さんには別の用事を頼みたいとかで」
「おっかさんか何かの用事かしらね。」
そう言って為松に目を向けると何かを思いついたようににっこりとほほ笑んだ。
「まあ、なんだか今日は都合がいい感じね」お可奈はうんうんと納得するようにうなづく。
(都合がいい? また何か……。)
「あの……」
為松はそれ以上言葉にするのを止めた。
どういう事かと問いただして墓穴を掘るのは避けたいと思った。
いつもの様に嫌な予感がしている。
そんなやり取りを見ておみつはにやにやしていた。
お可奈はおみつを気にしてないふりをし、ポンと手を叩き思い出したように為松に言った。
「ねえ、二八蕎麦の屋台の事なんだけど」
(そら、きた。)
「お嬢様、そろそろお家に帰らないと。私もお店の事もあるし。おいとまいたしましょう」
どきりとした為松は慌てて話をそらそうとして少々早口で言う。
「おみっちゃんの前ではお可奈ちゃんでいいわよ。それよりさ」
「お話はお店に帰ってから聞きますから、早く…」
お可奈を言葉を遮るように話す為松。
とにかくお可奈が話す隙が無いようにといそがしい様子で話していた為松だった。
すると、おみつが突然、お可奈と為松の会話に割り込んできた。
「その話知ってるわ」
「えっ、おみっちゃん知ってるの? 」
驚くと共に嬉しそうなお可奈だ。お可奈の声は弾んでいた。
為松にとっては思っていた方向とは別の方向から切られた形になり、言葉が出なかった。
「うん。屋台の二八蕎麦で、傍に行くと主人がいないって話でしょ。その灯かりは一晩中付いてるんだって」とおみつ。
「ご主人がいないのに? 」
「主人はちょっと席を外してる風なんだって。今、まさにお客の注文があって屋台でお蕎麦を茹でてる最中って感じなんだって。だけど、結局ご主人はは現れないの。それでも一晩中灯かりはついてるって話」
「一晩中?」
「そう、灯かりに油を注ぐでもなく、絶えずに点いてるって。で、親切にもその灯かりを消してやると、消した奴に災いが訪れるってさ」
「それってどこら辺に出るの? 」
「本所辺り……やだぁ、お可奈ちゃんたら見に行くつもり? 」
とんとんと二人の間でなされる会話に口出しできずにいた為松だったが、そこまで来て慌てた為松がやっと口をはさんだ。
「だめだよ! お可奈ちゃん! 」
その為松の言葉を無視しておみつが威勢よく言う。
「行くんだったら私も行くからね! 」
「う~ん。為松ちゃんもいるし今日行こうかと思ったけれど、おみっちゃんも行くのなら仕方ないわね、今日は止めとく」
「止めとくって、じゃあいつ行くの?私も行くから、ぜ~ったいだからね! 」
「う~ん、まあね」
お可奈はにっこりと笑っていた。
(まあね…?)
まあねっていったい?
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