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其の二の五
①
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為松が目を覚ますと、そこにはナナ太郎と人間の姿の平次郎が心配そうに覗きこむ顔があった。
ぼんやりと目覚めた為松は、自分が今どこにいるのか考えが定まらずにいた。覗き込んでいる二人が誰かも気が付かずボーっと見つめている。
「気がつきましたか」
ナナ太郎に声をかけられた為松は驚いて飛び起きた。
為松は、ぼんやりとしながらも周りをぐるりとゆっくり眺めた。声の主の方へ眼をやると次第に意識がはっきりとし、今度はその顔が誰かしっかりと認識した。
「…ナ、ナナ太郎さん…」
為松の声は小さかったが明らかに緊張しているのがわかる。
「はい」
為松の緊張につられたナナ太郎も改まって答えた。
その二人の様子が可笑しかったのか平次郎が笑い、一気に張りつめていた空気がほぐれてその場が和んだ。
「まったく、あんたが担ぎこまれた時は驚いたぜ。一体全体どうしたって言うんだい」
「はい、あの……」
答えようとした為松だったが、思いだしたようにブルブルと震え始めた。先程目にした暗闇坂での光景が為松の頭の中で鮮やかによみがえって来たのだ。
「あの……坂で……大きな首が、首が、く、くっ、首が、ナナ太郎さんの前に、く、くく、く……」
はは~ん釣瓶落としの奴を見たんだなと合点がいった平次郎である。
「首がどうしたっていうんでぃ。まったくなにかヘンなもんでも見誤ったんだろ」
「み、み、見誤る? そうか、何かを見誤ったのか……そうだよな。そうだ。そうに決まってるよ。うん、そうだ……」
為松は、恐怖を封じ込めるように自分を納得させていた。
「大体どうして一人であんなところへ来たんでい? 今日はあの威勢の良いお嬢さんはどした?」
「そう、そうでした。ナナ太郎さんに会いたくて暗闇坂へ行ったんです。そしたらく、首っ、く」
再び、あの強烈な場面を思いだし言葉に詰まる。
「首はもういいから、何でナナ太郎さんに会いに?」
そんなことありもしないというように話を逸らしていく平次郎だ。
「でも……」
「いいから。なんで来たのか話せねえと。なんか目的があったんだろ?」
諭すような平次郎に為松は少しづつ落ち着いて、自分の大きな目的を思いだした。
「お可奈ちゃんが…」
「ん? お可奈ちゃんと言うのはあの威勢のいいお嬢さんの事かい? 」
「…そうです。お可奈ちゃんが芝居を見に行ったんです」
何をどう説明するかナナ太郎に会おうと思った時点で考えていたはずだったが、先程の恐怖で、為松の頭の中はどうにも整理がつかない状態になっていた。
「芝居に行ったなんて結構なことじゃねえか。何がそんなにお前さんをナナ太郎さんに会いたいと思わせているんでぃ? 」
平次郎に一つ一つに相槌してもらい、為松も頭の中の整理が付き始める。
「お可奈ちゃん、音羽で興行している芝居を観に行ってから様子が変で、で、もうどうしていいか分からないんです」
「芝居からけえってから? 」
「小間物問屋のおみつちゃんに誘われて芝居見物に行ったのですが、実はそのおみっちゃんもお可奈ちゃんと本所へ行ってから人が変わったようになって」
それまでじっと聞いていたナナ太郎が口を開いた。
「それはまた何をしに本所へ行ったのですか? 」
「はい、あの……噂の本所の二八蕎麦の屋台を見に行った時の事です」
「本所の二八蕎麦から帰った後、人が変わったと? 」
ナナ太郎は二八蕎麦と聞いて身を乗り出した。
平次郎はナナ太郎がこのように何か妖しい者たちに反応する事に対して心配をしていた。
「ナナ太郎さん、いちいち物好きなお嬢さんに付き合ってなくてもいいじゃないですかい。そんな、よそ様の事に関わっている筋合じゃねえでがしょ。ただでさえナナ太郎さんのことを狙ってる奴らが出てきてるってのに、他人の事なんざ、よしとしましょうや」
お節介焼の心配症である江戸の河童気質もあったが、平次郎はなにやら自分とナナ太郎にはただならぬ縁を感じていた。だから人間の姿にまでなってナナ太郎の傍にいようと思っていたのだった。
ナナ太郎は改めるように平次郎に向い座り直した。
「平次郎さん、なんだか私は困っている人を黙ってみていてはいけない運命にあるような気がするんです。自分の存在がそう言う事の為、つまり人の助けになる事の為にあるような気がしてならないんだ。私が今ここにいるのは、何かの為に生かされている。それが人の為という事ならば私は喜んで手助けしようと思う」
いつもは人に何かを言われてもあまり言い返すことのしないナナ太郎だが、今日は何かが違っていた。何か自分が存在している使命でもあるかのように話していた。
そんなナナ太郎の話を聞いて、平次郎はただならぬ縁の一つと感じた昨夜の夢の事を思い出した。
これはもしかしたら……お父上が心配してあっしの夢枕に立ったってのはこういう訳か…? あっしにナナ太郎さんについて居ろって? なんにせよおおっぴらにナナ太郎さんが出歩くと、人間にしろ物の怪にしろ注目される事になるに違いねえし……あっしがナナ太郎さんの側にいて手助けしろって、お父上が頼んでるって事かもしれねぇな……。
そんなことを考えながら平次郎は一人うんうんとうなずいていた。
「分ってくれますか」
平次郎の心の中の思いはナナ太郎の思いとはうらはらであるが、そうとは知らないナナ太郎はめずらしく嬉しそうな声を上げた。
「えっ、あっしが今うなずいたのはそういうことじゃなくて。あの夢ン中のお父上が……まあ、いいか」
「父上?」
一瞬、険しい顔をしたナナ太郎であったが、今は目の前の為松の話の方が気にかかっっていた。すぐに気を取り直し為松に言った。
「平次郎さんのその話の事はまた後で話すとして……為松さん、もっと詳しく話してくださいな」
「あ、はい」
そこで為松は今までの経緯を話した。
ぼんやりと目覚めた為松は、自分が今どこにいるのか考えが定まらずにいた。覗き込んでいる二人が誰かも気が付かずボーっと見つめている。
「気がつきましたか」
ナナ太郎に声をかけられた為松は驚いて飛び起きた。
為松は、ぼんやりとしながらも周りをぐるりとゆっくり眺めた。声の主の方へ眼をやると次第に意識がはっきりとし、今度はその顔が誰かしっかりと認識した。
「…ナ、ナナ太郎さん…」
為松の声は小さかったが明らかに緊張しているのがわかる。
「はい」
為松の緊張につられたナナ太郎も改まって答えた。
その二人の様子が可笑しかったのか平次郎が笑い、一気に張りつめていた空気がほぐれてその場が和んだ。
「まったく、あんたが担ぎこまれた時は驚いたぜ。一体全体どうしたって言うんだい」
「はい、あの……」
答えようとした為松だったが、思いだしたようにブルブルと震え始めた。先程目にした暗闇坂での光景が為松の頭の中で鮮やかによみがえって来たのだ。
「あの……坂で……大きな首が、首が、く、くっ、首が、ナナ太郎さんの前に、く、くく、く……」
はは~ん釣瓶落としの奴を見たんだなと合点がいった平次郎である。
「首がどうしたっていうんでぃ。まったくなにかヘンなもんでも見誤ったんだろ」
「み、み、見誤る? そうか、何かを見誤ったのか……そうだよな。そうだ。そうに決まってるよ。うん、そうだ……」
為松は、恐怖を封じ込めるように自分を納得させていた。
「大体どうして一人であんなところへ来たんでい? 今日はあの威勢の良いお嬢さんはどした?」
「そう、そうでした。ナナ太郎さんに会いたくて暗闇坂へ行ったんです。そしたらく、首っ、く」
再び、あの強烈な場面を思いだし言葉に詰まる。
「首はもういいから、何でナナ太郎さんに会いに?」
そんなことありもしないというように話を逸らしていく平次郎だ。
「でも……」
「いいから。なんで来たのか話せねえと。なんか目的があったんだろ?」
諭すような平次郎に為松は少しづつ落ち着いて、自分の大きな目的を思いだした。
「お可奈ちゃんが…」
「ん? お可奈ちゃんと言うのはあの威勢のいいお嬢さんの事かい? 」
「…そうです。お可奈ちゃんが芝居を見に行ったんです」
何をどう説明するかナナ太郎に会おうと思った時点で考えていたはずだったが、先程の恐怖で、為松の頭の中はどうにも整理がつかない状態になっていた。
「芝居に行ったなんて結構なことじゃねえか。何がそんなにお前さんをナナ太郎さんに会いたいと思わせているんでぃ? 」
平次郎に一つ一つに相槌してもらい、為松も頭の中の整理が付き始める。
「お可奈ちゃん、音羽で興行している芝居を観に行ってから様子が変で、で、もうどうしていいか分からないんです」
「芝居からけえってから? 」
「小間物問屋のおみつちゃんに誘われて芝居見物に行ったのですが、実はそのおみっちゃんもお可奈ちゃんと本所へ行ってから人が変わったようになって」
それまでじっと聞いていたナナ太郎が口を開いた。
「それはまた何をしに本所へ行ったのですか? 」
「はい、あの……噂の本所の二八蕎麦の屋台を見に行った時の事です」
「本所の二八蕎麦から帰った後、人が変わったと? 」
ナナ太郎は二八蕎麦と聞いて身を乗り出した。
平次郎はナナ太郎がこのように何か妖しい者たちに反応する事に対して心配をしていた。
「ナナ太郎さん、いちいち物好きなお嬢さんに付き合ってなくてもいいじゃないですかい。そんな、よそ様の事に関わっている筋合じゃねえでがしょ。ただでさえナナ太郎さんのことを狙ってる奴らが出てきてるってのに、他人の事なんざ、よしとしましょうや」
お節介焼の心配症である江戸の河童気質もあったが、平次郎はなにやら自分とナナ太郎にはただならぬ縁を感じていた。だから人間の姿にまでなってナナ太郎の傍にいようと思っていたのだった。
ナナ太郎は改めるように平次郎に向い座り直した。
「平次郎さん、なんだか私は困っている人を黙ってみていてはいけない運命にあるような気がするんです。自分の存在がそう言う事の為、つまり人の助けになる事の為にあるような気がしてならないんだ。私が今ここにいるのは、何かの為に生かされている。それが人の為という事ならば私は喜んで手助けしようと思う」
いつもは人に何かを言われてもあまり言い返すことのしないナナ太郎だが、今日は何かが違っていた。何か自分が存在している使命でもあるかのように話していた。
そんなナナ太郎の話を聞いて、平次郎はただならぬ縁の一つと感じた昨夜の夢の事を思い出した。
これはもしかしたら……お父上が心配してあっしの夢枕に立ったってのはこういう訳か…? あっしにナナ太郎さんについて居ろって? なんにせよおおっぴらにナナ太郎さんが出歩くと、人間にしろ物の怪にしろ注目される事になるに違いねえし……あっしがナナ太郎さんの側にいて手助けしろって、お父上が頼んでるって事かもしれねぇな……。
そんなことを考えながら平次郎は一人うんうんとうなずいていた。
「分ってくれますか」
平次郎の心の中の思いはナナ太郎の思いとはうらはらであるが、そうとは知らないナナ太郎はめずらしく嬉しそうな声を上げた。
「えっ、あっしが今うなずいたのはそういうことじゃなくて。あの夢ン中のお父上が……まあ、いいか」
「父上?」
一瞬、険しい顔をしたナナ太郎であったが、今は目の前の為松の話の方が気にかかっっていた。すぐに気を取り直し為松に言った。
「平次郎さんのその話の事はまた後で話すとして……為松さん、もっと詳しく話してくださいな」
「あ、はい」
そこで為松は今までの経緯を話した。
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