ちょっぴり奇妙なお話集 

夏実朋可

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赤い櫻

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 櫻の写真集を創る。
 出版社からの企画が上がって以来、その写真家は意欲的に日本全国の櫻を撮り歩いていた。
 いつかは櫻の写真集が作りたいと思っていた。
 その願いが叶ったのだ。
 櫻の季節は短い。
 写真家は町から町へと櫻を撮っては忙しく移動していた。
 「櫻を撮りに来たかね」
 とある町で見知らぬ老婆が、突然、写真家に声をかけてきた。
 ここら辺に桜の名所がある訳ではない。
 なのになぜ、自分が櫻を撮りに来た事を知っているのだろうと思いながらも、写真家は答える。
 「どこかいい櫻はないですか?」
 「その林の先に、赤い花の咲く櫻があるで。今が見ごろじゃあないかね」
 「赤い櫻が? それはめずらしい」
 「赤い櫻は3日で散ってしまうだね。あんたは運がいいが」
 老婆に言われるがまま、写真家は林の中に入って行った。
 歩いていくと確かに、そこには驚くほど真っ赤な櫻の花が咲いていた。
 「ほう、これは見事だ」
 カシャッ。
 まずは一枚。遠くから全体を撮った。真紅の花びらが櫻吹雪となって舞っている。
 カシャッ、カシャッ。
 手際よく、続けざまにシャッターを切る。
 そして更に近づいて、とファインダーを覗いた時、先客がいることに気がついた。
 こんな見事な櫻だ。自分と同じように噂を聞きつけてやって来たのだろう。夢中でシャッターを切っていたから気がつかなかったんだ。
 声をかけようとして写真家は足が止まった。
 その男は立っていると言うよりは櫻の木に抱きついている様に見えた。職業がら、思わずファインダーを覗いて写真家は目を疑った。
 男の身体は櫻の木に張り付いていた。そして男の足元にはその男のものと思われる血液が広がっていた。
 血は、広がったかと思うとすぐに足元の土に吸収されるように滲みこんでいた。
 広がっては滲みこみ、また広がっては滲みこむ。その様子は土がまるで息をしているように、また、赤子が乳を吸うようにも思える。その周りを狂ったように真っ赤な櫻吹雪が舞っていた。
 写真家は、カメラから目を外し再び肉眼で見る。
 櫻の木の前に立つその男は、かすかに微笑んでいるようにも見える。舞うような真紅の桜吹雪に包まれて至福の表情でそこに立っていた。
 写真家の足は、そこから一歩も前に出なかった。
 近づいてはいけない。
 本能的にそう思った。
 その場から離れようとするが、足が鉛のように重たい。
 足が地面に吸い付いているようにも感じる。
 重い足を一歩、また一歩と来た道を戻った。早く、と焦るがなかなか進まない。
 やっとの思いでその場から立ち去り林の入り口に戻ると、そこにさっきの老婆がいた。
 「櫻は見たかね」
 「は、はい…あれは」
 老婆は写真家のその言葉を遮るように「ずいぶん早く切り上げたんだね」と言った。
 それは、なぜ戻ってきたんだと言いたげに思えた。
 写真家はあの光景が忘れられない。恐る恐る、老婆に聞いてみる。
 「…もう一人、あの…もう一人、櫻を見に来ていた人がいましたが……」
 「おや、先客がいたかね。そりゃー来年もきれいな真紅の櫻が咲く。嬉しいことだ。来年、また見に来んさい」
 老婆は、にやりと意味深に笑って林の中に入っていった。

 真紅の櫻はカメラに収めてある。
 家に戻った写真家は早々に写真を現像する。
 そこに写っていたのは、あの真紅の桜ではなく、林の中に立つ一人の老婆。
 もの言うはずのない写真のその老婆が写真家に話しかける。
 
 「来年、また来んさい」
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