俺は帰りたいんですが。

つちやながる

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第二章 勇者召喚

うまい話はないものだ

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「用意が整いました」

 沈黙を破る良いタイミングで従僕だろう幼げな声がノックと共に聞こえた。

 人化で鼻は動かさないが、ドア越しでも漂う臭気は食べ物だとわかる。

「我々はこの辺で。あとは王から聞かれよ」
 ウォークは席を立ち手でドアの方へと促す。

「王に会わないと駄目か」
 あの女王の名前をもう忘れたぞ。何だっけ。

「会食ですな。今日位は気楽に過ごして貰いたいからの。あの子について行きなされ」
「食事は誘拐とまで言われたからな。せめてもの詫びだ」

 いやいや普通衣食住提供だろうに。騎士団長と魔法師長は魔狼を見送る。

「こちらです」
「頼む」
「えっ」

 そばかすのある丸い顔の少女は驚いて俺を見た途端にボッと林檎色に染まり、前に向き直った。

「は、はい。ここを真っ直ぐです!」
「そうか」

 正直に言う。前世はありきたりな低い鼻に線一本で書ける顔だった。整ってはいたけど標準で自ら望んで存在は空気。そしてこの世で魔狼の姿は獣らしく雄々しく美しく、人化した俺は超イケメンだ。

 薄い褐色の肌に波のある艶やかな黒緑の髪が胸元まであり、透き通る黄金色の瞳にすっと通る鼻筋に甘いマスクは完璧。四肢もすらりと体躯も言うことなしの異国王子だ。
 森にいたから気にしなかったが、すれ違う人の視線が痛い。やだ何コレ。目立ちまくりじゃないか。

 廊下に全身が映る鏡があり、改めて自分の人化を見る。趣味のいいクロウがくれた服は黒地に銀の刺繍のマッキントッシュコート、タイトな薄めのキャメルボトムに黒のロングブーツ。

 完璧だ。ダメだこれ完璧すぎるぞ。

 まさかこれからがチーレムってこと?でもな、残念な事にいくら人の内面があろうと人の異性に性的興味が湧かない。精々好き嫌いの気持ちをもつ程度ってコレいかに。

 クルフェルは人化した俺に胸を押し付けたりしてたが、ちっぱいとパピヨンおばさんがチラついて何も思わなかった。これは仕方ない。

 そして目の前に女王シュリ。

「名前を教えてくれないのですね」
「必要ない。俺は勇者ではない」
 その一言に静止し、ふっとフォークを持つ手を止め、侘しく儚げな雰囲気で微笑んだ。

「頑な方ですね」
「あんたもな」
「王と知っても態度を変えないのですね」
「関係ないからな」
「まあ!いいますわね」
 薄い金とも銀とも言えるさらりと流れる髪だけで妖艶で、眼はアイスブルー。パーツも整い人の気持ちでは美しいと思う。 二十に満たない様に見え、大人と少女の間の不安定さを感じて守りたいと普通なら思わせる美麗。

 そして中々の美乳。

 俺も男だ。勿論目は吸い付く。でもただそれだけなのだ。勿体無い。これは何かの罰か。

 チーレムよ、さらば。

 そしてあの虚言。この雰囲気とあの風格の二面性。誰にでも多少なりあるだろうが、何を考えてるのかさっぱり掴めない。じーっと見てそんな事を考えて失敗した事に気付く。

 女王シュリは、ぽーっと赤面していた。

 あ。俺、イケメン。

 周りに側近か近衛騎士も歯軋りを始めそうに顔が歪んでいるのも数名。

 食事会といわれ、要職宦官の相席と長方形の王まで遠いテーブルを想像したのに、円卓に王とふたりの食事。気不味いわこれ。まあ切り替えてもらおう。

「ところで、魔王とはなんだ」
 シュリはハッとして顔を引き締めた。

「ま、魔王とは魔国随一の魔力保持者です。魔族は元々争いや混乱を楽しむ性質の様で、次代の王になると必ず祭りとばかり力を奮い始める暴虐無人ぶり。人は魔国に入りません」
 俺の知る魔王は三歳幼女。でもいる大陸が違う。魔国は故郷なのか?

「魔族はこの大陸以外にいるのか」
「いるでしょう。大半は翼を持ち飛べます。魔族は様々な魔人族の集まりですから」
「翼?」
「魔力が多いものは気味の悪い黒い羽根を背に持つのです」
 ラズやロズゴも幼女魔王もそんなパーツ隠し持ってる感じ無かったぞ。様々な集まりだ?違う種なのか?

「あ、あの、葉物などは嫌いでしたか」
「なんだ?」
「いえ、失礼ながらディッシュに」
 皿がどうしたかと目をやる。ああ、これも失敗した。無意識に肉しか食べていなかった。

「……そうだな。嗜好品だ」
 作り笑いはこうだったかと目を細めて口角を軟らかく上げてみる。

「そうですか。とにかくそれで力ある勇者様が必要なのです」
 再び頬を染め上げ視線を外すシュリ。

 駄目だ。これまた駄目なヤツだ。何だよ。イケメンは匙加減が難しいじゃないか。人化は無表情にしよう、そうしよう。

 ずし。

 急に頭が重くなったと思ったつぎの瞬間額に響く音と痛みを感じた。

 べしべしべしっ!!

「いたた……プーか」

 小さな手がぬっと現れ更に顔面を連打し続ける。

 自分で口角が上がったのがわかった。これは嬉しいという感情だ。美人な王女シュリが目の前にいるのに、この利害関係の無い無邪気な小さな手をみると癒される。

「えっ?!」
「どこから入った!」
「なぜ子供が!」
 ぽかんと口が開いてるぞ女王。

 周りの騎士達は騒めき、得体のしれない子供に警戒して女王に駆け寄った。

 魔狼はプーを頭から降ろして正面に掲げた。約一年ぶりの対面だ。

「……プー、だよな?」
 以前はつんつんの短髪だった。脇を抱えられ目の前で両足をぷらぷらするプーの赤い目は同じだが。これはボブか、おかっぱか。前も後ろも同じ長さでサラサラの赤が強い茶髪で更に可愛くなっていた。股間にはやはり何もついてない。そしてすっぽんぽん。

 じーっと見つめ合う魔狼とプー。

 思わず無意識に優しく微笑んだのは魔狼だった。それは女王シュリだけでなくゴツい騎士達まで気恥ずかしい程の高雅な微笑だった。

 警戒を忘れた女王と騎士は完全に見惚れていた。
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