彼の人達と狂詩曲

つちやながる

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ながれる

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穏やかな日が続いてる。

「ほら、取ってこいモル!」

投げられた枝を追いかけてはくわえてキングスに返しに行く。お座りしてポトリと枝を転がす。犬の遊びってやつだ。おっさんが張り切るし俺が従順で楽しそうだから、黒犬のまま付き合ってあげてる。
俺はそろそろ飽きたぞ。驚かしてやるか。

「よし、もう一回な」

ぶんっと投げた枝をジャンプしてくわえ、ダッシュで持ち帰り先のキングスに向かって走った。

「え、ええ?モルッ?」

ドンッ!

手前で速度を落とし座る位置なのに、速度はそのまま一瞬で人の形になってキングスに激突してやった。立ったままのキングスと正面衝突だ。俺は体積不足なんだろうな、おっさんは微動だにしなかった。

「は、ははは!」

驚くには驚いたようだけど、何だか喜んでるみたいなんですが?
見上げると同時に、ひょいっと抱っこされた。

人の形の俺は少年だった。一番慣れ親しんだ前世の十八歳くらいのはず。異世界では成人だと思うんですが。体積不足で身長と体重が足りなかったようです。差し引き十五歳以下。駄目駄目じゃないか俺。しかも口に枝をくわえたままだったから、キングスは笑いながらそれを取った。

「驚いたぞ、人の形かあ。裸はマズイから家いこうな、モル」

片腕に座る形で抱っこか。キングスは痩せてもやっぱりマッチョなおっさんだった。頭の傷が痛々しいから、顔が近い時は触手でナデナデしている。古傷は痛むだろ。今は人の形だから手でナデナデだ。いつも撫でてもらってるお返しだよ。


「服も擬態してくれよ。目に毒だわこりゃ、ははっ」

彼シャツは見えそうで見えないチラリズムが評価高いんですよ。目に毒とは良く言ったキングス。だだし、俺はスライム系魔獣だからね。大事な所はつるりんこでイチモツもついてないよ。魔物ですよ。忘れてないよね、おっさん。

俺は手に、チムルというセロリ味の野菜を持っている。
これからアイリも久々顔をだす夕飯作りだから持ってこいって渡された。
横に並び立って、チムルを握ったまま見事な包丁使いを首を傾げて見る。

「モル、それくれないか」

すっと握った野菜を差し出した。俺は知能が高いってバレてた。

帰宅したときテーブルに飾ってた写真も俺がしたって知ってたし。片付けや掃除してたってアイリがチクってた。なんか腹立ったから、写真の女の人に擬態したらこっぴどく泣きながら怒られた。余りの剣幕に恐ろしくなって数日影の中に引きこもったら、それはそれで終いには泣きながら出て来いと怒り出したんだ。
なんなの、おっさん。

ドンドン!

「お邪魔するぞー!」
「アイリ、早すぎるだろ。これから作るんだ」
「いやあ、いい肴と酒が入ったから」
「おっ、いいねえ!」

これこれ、とビンを掲げて見せるアイリ。
いそいそとグラスを出し始めたキングス。
ニヤニヤと酒をくみ出すアイリ。
あ、これ御飯作らずに飲み始めるやつだ!駄目駄目!飲み過ぎるんだから!
俺は効果テキメンな人の形に擬態し直して、キッチンの台をバンバン叩いた。

「ひっ、ル、ルイ?!」
「な、モル、それは駄目だろ!コラコラ!!」

アイリはいい歳して、うわーと泣き出した。この間、生前酒癖の悪さをルイに怒られてたって聞いたから。
亡くなった人に擬態するのは悪い事だと怒ったキングスは、俺を捕まえようと怖い顔してきたから走って逃げた。
酒をちみちみ飲みながら昔を思い出し泣きまくるアイリ。
彼シャツの少年を狭い室内で怖い顔して追いかけ回すマッチョ中年のキングス。
時折つるりんこな股間もお尻も見えながらバタバタ右往左往する擬態した魔獣の俺。

見た感じ部屋の中はカオスだった。


俺、魔獣でも人と楽しく生きてる。


時間は穏やかに流れてた。



おしまい
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