さよなら、マイヒーロー

樟葉 萩

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さよなら、マイヒーロー

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まるでヒーローだ。

  困った人を放っておけなくて手を差し伸べてしまい、自分よりも他人を大切にする。「憧れたヒーローになりたい」なんて困ったように笑う彼に、「私から見たらもうヒーローだよ」なんて笑い合ったのは遠い昔の話だっただろうか。

  いつの間に私は、彼が描いたヒーローを無くして、私が変わりたかったヒーローを消したんだろう。

  これは、私とヒーローの別れ話だ。




 
   彼は昔に憧れたヒーローのような軍人になりたくて軍に入った。困っている人を助けて街のために戦う、そんな優しい軍人が私の恋人だ。子供たちには憧れられ、街の人々に愛される。誰よりも尊敬できる人だ。 彼の傍で支えるような恋人になりたいと言った時、照れ笑いながら「僕も好きなんだ」なんて応えてくれた事はずっと忘れられないだろう。

  そんな彼が重症を負って帰ってきた。慌てて病院に駆け込むと、頭に包帯を巻いた傷だらけの彼が不安そうに笑う。

「あの、もしかして、僕の知り合い……ですか?」

  身体が一気に冷える。それなのに汗は止まらずに流れ出して、頭の中が真っ白になっていく。言葉はずに喉からひゅぅっと息が抜ける音が鳴るばかりだ。

「大丈夫ですか?あの、すみません。あまり思い出せなくて」

  よそよそしい態度も不安そうな顔も、私の焦りを助長するばかりで何も言えない。タイミングよく入ってきた医師に連れられ部屋を出るまで、声を出すことは出来なかった。
  医師の話では、仕事の最中に頭部を強打。脳に異常は見られないものの基本的な知識を除いて記憶に障害があるらしい。私のことも、軍の事も覚えておらず、自分という存在すら怪しいのだと知った。

  次の日、もう一度彼を訪ねた。相変わらず不安そうな顔をして、小さな声でこんにちはと挨拶をされる。つい昨日の事も忘れているんじゃないか、なんて不安は杞憂に終わった。上手く笑えないながらも口角をあげれば、応えるように彼も口の端を持ち上げる。

「こんにちは。昨日は取り乱してごめんなさい」
「いえ、僕の知ってた人なんですよね。こちらこそ、すみません。何も、覚えてなくて……」
「改めて……私はニーアといいます。貴方の、友人でした」

 恋人だと告げるのが憚られ、思わず嘘をつく。恋人だったと気付いて欲しいという我儘も混じった、嘘。当たり前のように彼は指摘をしず、私の名前を確かめるように呟いた。

「えっと僕は……」
「ジルですよね」
「ごめんなさい」
「ううん。謝らなくて大丈夫です。ただ、一つだけお願いがあって」

 不安そうなジルに大したことじゃないと声をかけるが、眉をひそめたまま笑顔をかえされる。

「敬語じゃなく話して欲しいの。覚えてなくとも大切な友だちだから」
「え、うん。そのくらいなら」
「ありがとう」

 ほっとしたような顔で肯定する姿に、昔の彼の面影が見え思わず目を逸らした。自分の考え付いた事が揺らがないように、手を強く握りしめる。私の様子を窺いながら、「あの」とかけられた声に笑顔を作り話を促す。

「あの、僕が軍人だったって本当かな。同僚だって人が昨日来てくれて」
「うん……本当だよ。すごく優しい軍人だった。街の人から沢山好かれてて皆心配してるよ」
「そうなんだ。全然覚えてなくて」
「怪我して大変だったんだから焦ることは何も無いよ。今はダメでもゆっくり思い出すかもしれないから」

 彼は退院後、実家に戻り療養を決めていた。記憶が戻らないままでは生活すら困難だと、すでに除隊も済んでいるらしい。実家に戻るという言葉に安堵し、都合が良いとさえ思った。きっと彼は私のすることに反対するだろう。それならば実家にいるうちに済ませてしまいたかった。

  ジルはヒーローだった。戦わなくていい、平和な世界を目指していた。
  だから、私がつくるんだ。彼が目指した世界を。彼がヒーローにならなくて良い世界を。彼がなりたかったヒーローの変わりにならなきゃいけないんだ。
 
 またくるね、と告げ病室を出る。私が出るまで終始心苦しそうな顔をした彼に大丈夫と告げた言葉はきっと届いてないだろう。



  入隊は思っていた程厳しくなかった。ジルの代わりかと揶揄する人もいるが、事実に何かを言うつもりにならず応えなければ、次第と揶揄われなくる。街を守り、平和を愛する。そんなヒーローの代わりになると決めたのは私自身だ。
彼が目指した物のために努力する事も手を汚す事も不快に思う事はない。これがヒーローの務めだと言い聞かせ、自問自答を繰り返し、ジルを思い出せばなんでも出来た。

 ……そう、なんでも出来たのだ。

 私の目の前にたつ犯罪者が私の大好きな元恋人で。私が尊敬したヒーローのような優しい人で。
 確かにジル本人だとしても……

 何度も何度も引いてきた引き金に手をかける。最初は震えていたはずの手が、最愛の人を前にしても動じずしっかりと銃をにぎる。標準がぶれることはない。今までと同じ事をするだけだ。目の前に立つのはヒーローじゃない。犯罪者で殺人を繰り返した人間だ。

「ニーア」


  これが、ヒーローのする事じゃないのは分かっていた。それでも、彼が目指した私が作りたい世界のために。

さよなら、マイヒーロー。
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