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サヨナラ、マイヒーロー
しおりを挟むまるでヒーローだ。
僕をはじめてヒーローと呼んだのは彼女だった。昔に助けられた優しい軍人がヒーローのようで、彼のような 憧れたヒーローになりたいと、恥ずかしながら伝えれば「私から見たらもうヒーローだよ」なんて笑い合ったのは遠い昔の話だっただろうか。
いつの間に僕はなりたかったヒーローを消して彼女を無くしたんだろう。
これは、僕と彼女の別れ話だ。
*
違和感を感じたのはいつからだっただろうか。数えだしたらきりのない小さな違和感が重なり、不信感へと変わっていく。疑いはじめれば早いもので、上司の目を盗んでは様々な事件を調べあげた。もみ消された事例、なくならない戦い。何を守るために戦っているのかすらわからなくなる。
僕が憧れたのは、困った人を助けられる強さで、戦う必要のない世界だったのに。ここに居て僕は、奪うばかりだ。
そんな事が知られたからか偶然だったのか。いつものように出た戦いで、少年を庇った拍子に味方の兵器が強く僕の頭を打った。傷口からはどくどくと止まることなく血が流れ、意識が朦朧とする。何人かの同僚が駆け寄ってくる姿は見えるが、目を開け続ける事は叶わなっかた。
目がさめれば、真っ白な空間。すぐにここが病院だと認識出来たのは、腕につながった点滴のおかげだろう。回診に来た医者によれば、頭部に大きな傷があり脳に異常をきたしている可能性があるそうだ。記憶の混濁や欠如、大量出血のため身体が上手く動かずしばらくは安静にするよう言われた。記憶と言えば曖昧な個所が多々ある。怪我をした原因は思い出せるが戦いに赴いた理由が分からず、上司の顔も覚えていない。それでも恋人である最愛のニーアの顔はしっかりと覚えている事に安堵した。そして、軍への不信感も。
面会謝絶の状態のため一人で過ごす時間が増え、同時に考える時間も増えた。記憶は徐々に戻っている。記憶が戻るにつれて、あの怪我は故意だったと考えるようになった。そして、僕だけじゃなくニーアにも危害が及ぶ事になるのだろうと。何があろうと守らなければいけない。世界を救うヒーローになれなくても、彼女を守れるヒーローに。
だから、僕は……
面会が許可されてすぐにニーアがきた。不安そうに涙を溜めた目が僕を見つけると大きく揺れる。心配、してくれたんだ。大丈夫と言って涙を拭いたい気持ちを抑えて、彼女を見つめる。
「あの、もしかして、僕の知り合い……ですか?」
凶器の様な言葉。彼女の胸に深く刺さった事が目に見えて分かるが、訂正はできない。彼女は何も言えずに喉からヒュウっと音を洩らした。溢れそうだった涙も引っ込むほどの衝撃だったんだろう。
「大丈夫ですか?あの、すみません。あまり思い出せなくて」
心の中で何度も謝りながら言葉を続けた。タイミング良く回診に来た医者が彼女を連れ出すまで、僕から目を逸らさずに手を握りしめていたニーアの背中にごめんと言葉を零してしまったが、届いてはいないようだ。
二人の足音が遠ざかると、罪悪感が押し寄せてくる。最愛の人を嘘をついたのだ。酷い嘘を。その日は碌に眠る事も出来ず、何度も彼女の傷ついた顔が蘇えった。
次の日も、ニーアは来た。今度は作り笑いを張り付けて僕に向き合う。
「こんにちは。昨日は取り乱してごめんなさい」
「いえ、僕の知ってた人なんですよね。こちらこそ、すみません。何も、覚えてなくて……」
「改めて……私はニーアといいます。貴方の、友人でした」
たった一言。恋人と言われなかった言葉に動揺して彼女の名前を呟く。僕のためを思ってしてくれたんだろうと予想はつくものの、その言葉に心臓を抉られる感覚がした。昨日のニーアもこんな気持ちだったんだろうか。
「えっと僕は……」
「ジルですよね」
「ごめんなさい」
「ううん。謝らなくて大丈夫です。ただ、一つだけお願いがあって。……敬語じゃなく話して欲しいの。覚えてなくとも大切な友だちだから」
もう一度言われた友だちという言葉に動揺するが、すぐに持ち直し返事を返す。
「え、うん。そのくらいなら」
「ありがとう」
頭を下げるように目をそらし強く自らの手を握り締めるニーアに、あのと声をかければ手の力は緩み顔をあげ「なに?」と続きを促される。ちらりと見えた手のひらには爪の跡が残っている。
「あの、僕が軍人だったって本当かな。同僚だって人が昨日来てくれて」
「うん……本当だよ。すごく優しい軍人だった。街の人から沢山好かれてて皆心配してるよ」
「そうなんだ。全然覚えてなくて」
「怪我して大変だったんだから焦ることは何も無いよ。今はダメでもゆっくり思い出すかもしれないから」
ありきたりな質問を投げかければ、戸惑いつつも返事が返ってくる。今後も見舞いに来るかもしれない彼女に近々退院すること、実家で療養するなど医師と話した事を告げれば彼女は安心したように眼を細めて笑った。これでしばらく会うことはへるだろう。そのまま僕についてなど10分ほど話すと彼女は
「またくるね」と告げた。感謝も謝罪も告げられないまま彼女を見送れば、部屋から出る間際に小さな声で大丈夫と呟いていた。
またもいなくなった彼女の背にごめんねと零す。伝わる事はなく静かな部屋に溶けていった。
実家に帰る事はしていない。するつもりさえなかった。一番の心配はニーアに何か被害が及ぶ事だったが、いつの間にかニーアは入隊し軍人になっていた。ニーアを守るために僕は何度も手を汚す不当が起これば消し、ニーアの周りを綺麗な物で。平和なもので埋めようとした。なんでもした。なんでも出来た。
……なんでも、出来たんだ。
僕の目の前に立つ軍服の女性は見間違える事なくニーアだった。僕がやっていたヒーローをやっている彼女だ。銃を握り締める手は震える事なく僕の頭を狙い、動揺すら見せない瞳に睨みつけられる。僕は君にとってのヒーローになりたかった。君だけでも守れるヒーローの様な存在に。
もう彼女にとって僕はヒーローでもなんでもないのだろう。今まで使い込んできたナイフを取り出し、ゆっくりと構える。それでも彼女は動じずに僕を睨みつけていた。
「ニーア」
これが、ヒーローのする事じゃないのは分かっていた。それでも、僕が守りたいもののために。
サヨナラ、マイヒーロー。
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