出来損ないの符術士は恋をしません

ととせ

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2 尚家

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 城の近くに広がる貴族街の一角に、その屋敷はあった。
 白い塀は高く、重々しい瓦屋根が幾重にも重なっている。
 門前の石畳は磨き上げられ、誰が見ても、ここが並の貴族ではないことはすぐに分かる。

(大きい……。これが都の大貴族の家なんだ)

 圧倒されて見上げる彩香の横で、瑛景は立派な正門の前を素通りした。

「あの、門はあっちじゃ……」
「こちらだ」

 短くそう告げると、彼は屋敷の脇へと続く細い道を進んでいく。
 塀の陰にひっそりと口を開けた、小さな木戸がそこにあった。
 扉は地味で、飾り気のかけらもない。

(使用人の通用門ね)

 姫の身代わりとして呼ばれたが、こちらの身分はただの平民だ。
 正門から入れと言う方がおかしい。
 当たり前の事だけれど、それでも自分が「客」として扱われていないことを、突きつけられ少しだけモヤモヤとする。

 瑛景が門番に何ごとかを告げ中に入ると、すぐに通用門が開かれた。
 背後で扉が閉まり、瑛景が馬番に馬を預ける。そんなやり取りをしていると、重い足音が近づいてきた。
 現れたのは、召喚士しょうかんしの証である紋を刺繍した外套をまとった大男だった。
 腰には刀を帯、び立派な召喚具の飾り紐が揺れている。

「瑛景殿、その小娘は何者です?」

 男の視線が、彩香の足先から頭のてっぺんまでを値踏みするようになぞる。
 胡散臭いものでも見るような目だった。

「件の符術士ふじゅつしを連れてきた」

 瑛景が淡々と説明すると、男は鼻を鳴らした。

「確か都を追われた符術士は老人ではなかったか? まあいい。だが田舎娘に頼るなど、尚家の名に傷が付きますぞ」

 あからさまな軽蔑に彩香は眉をひそめる。

(田舎娘で悪かったわね)

 言い返したい言葉を飲み込むと、瑛景が代わりに反論してくれる。

「しかし、あなた方は何も解決してくれないではないか」
「呪詛の類いは時間がかかるのです。そう易々とは――」
「時間をかけているあいだに、姫君の命が尽きたらどうするつもりだ」

 静かな声だったが、場の空気が一瞬で張りつめた。
 召喚士の男は言葉に詰まり、悔しそうに唇を噛む。
 押し問答が続きそうになったそのとき、奥から足音が二つ近づいてきた。

「そこまでにしなさい」

 柔らかいが、よく通る声。

 現れたのは、落ち着いた色の衣をまとった壮年の男と、その隣に寄り添うように立つ上品な婦人である。
 二人とも、通用口から入ってきた客に自ら足を運ぶような身分には見えなかった。
 召喚士の男が慌てて頭を下げる。

「当主様、奥様……。こちらの者が、」
「私が直々に命じたのだから分かっておる」

 男――尚家しょうけ当主、泰然たいぜんは、それ以上の言葉を制するように静かに手を上げた。
 次に向けられた視線は、まっすぐ彩香へと注がれる。
 その瞳には、侮りも値踏みもなかった。ただ深い疲れと、どこか追い詰められた色が宿っている。

「遠いところを、ようこそお越しくださいました。尚家当主、尚泰然と申します」

 泰然が丁寧に頭を下げると、隣の婦人もそれにならった。

「妻の慧華けいかです。この度は……本当に申し訳ありません」

 大貴族が、田舎の符術士に頭を下げている。
 その光景に、召喚士の男が目を見開いていた。

(私に謝る? どうして)

 彩香は戸惑いながらも、その言葉の裏にあるもの改めて思い出す。
 自分が何のために呼ばれたのかを、尚家の夫婦ははっきりと理解しているのだ。
 娘の代わりに呪いを引き受け、命を落とすかもしれない存在として彩香を見ている。
 それでも、彼らの声には「駒」に対する冷たさはなかった。

(この人たちは、追い詰められているんだ)

 胸の奥が少しだけざわめく。
 自らの使命を捨てた淵家の勝手さに怒る気持ちは変わらない。
 しかし自分の前で深く頭を下げたこの夫婦にまで、同じ怒りを向けることはできなかった。

「事情は、屋敷の中で改めてお話しします。どうか、お入りください」
「行くぞ」

 立ち尽くす彩香を、瑛景が促す。
 荘厳な屋敷の奥からは目に見えない禍々しい何かが、じわりと漏れ出しているようだった。
 重く淀んだ気配が、肌の上を薄く撫でていく。

(思っていた以上に厄介かも)

 彩香は小さく息を吸い込むと、泰然たちの後に続いて、尚家の屋敷へ足を踏み入れた。

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