2 / 6
2話
しおりを挟む
(豪華な宮殿……迷っちゃいそう)
父王を説得した美蘭は、身分を偽り後宮で下働きをする宮女として焔国へと送られた。
長く伸ばした自慢の黒髪を切り、服も装飾のない地味な物に着替えた。
問題は後宮に入る際の身分確認だったが、それは姉に「変化の魔術」をかけてもらうことで突破した。
「お前。名前は?」
「美蘭と申します。本日より、後宮で下働きをするよう命じられて参りました」
「……そうだったか? まあいい。後宮の門は、向こうだ。さっさと行け」
民に紛れ宮殿に入った美蘭は、役人に頭を下げると急いで後宮の門に向かう。
(一番目の姉様の魔法は三日で切れる。ここまで来るのに二日かかったから、今日中に入らないと)
入ってしまえば、後はどうにでもなる。なにせ焔国の後宮には、寵姫とその世話をする宮女がひしめいているのだ。
美蘭が紛れ込んでも、誰も気づきはしないだろう。
そして上手く後宮に入った美蘭は、まず身分の高そうな寵姫を探し出し近づくことにした。
本当は正妃の側仕えになろうと考えていたのだが、何故か正妃はおらず後宮内には寵姫しか住んでいないのだと親しくなった宮女から教えられた。
(予定が変わったけど、皇帝に近づけるなら寵姫でもかまわないわ)
寵姫の側仕えになれば、後宮に渡ってきた皇帝と出会う確率は高くなる。運が良ければ一夜の戯れとして、宮女が寝所に呼ばれることもあるらしい。
(まあ、姉様達ならともかく。私は色仕掛けしたって振り向いてもらえないだろうし。堅実に事を進めなくちゃ)
二人の姉は民から「天女」と呼ばれるほどの美貌だが、美蘭は特段目を引く容姿ではない。母譲りの黒髪は自慢できるけれど、それだけだ。
けれどその黒髪も平民に偽装するために、肩口までばっさりと切ってしまった。
少し悲しかったけれど、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
二番目の姉から貰った呪符を喉元に貼り、美蘭は寵姫の部屋に入った。
「そなたは?」
「何者だ。許可なく立ち入れば、死罪と知っての行いか!」
室内には数名の女官と宮女、そして一番奥の少し高い場所に置かれた長椅子に寵姫が座っていた。彼女たちは見慣れぬ美蘭へ一斉に鋭い視線を向ける。
だが美蘭は落ち着いてその場に平伏した。
「新しく側仕えに任ぜられました、美蘭と申します。貴族の黄様から推挙されて、参りました」
「……ああ、そうであったな。皆、美蘭に仕事を教えてやれ。黄の紹介ならば、信頼できる」
寵姫が表情を和らげ、美蘭を見つめる。
(よかった。これで変化の魔術が切れても、疑われることはないわ)
二番目の姉は、言葉を操る呪符を作れる。この呪符を喉に貼って言葉を発すると、聞いた者はそれを真実として記憶する。そして一番目の姉とは違い、呪符が破れない限り効果が続くのだ。
便利なようだが、この呪符は数回しか使えない。そして使用した時の言葉の重さや人数によって、劣化してしまうのだ。
その場に居た全員が寵姫の言葉に頷いたのを確認して、素早く呪符を懐にしまう。
寵姫の部屋を出た美蘭は、素早く人気のない建物の影に隠れて呪符を確認した。
(呪符の端が切れてる。やっぱり十人近くに使うと、劣化が早いわ)
ボロボロになって崩れてしまう前に、何としてでも皇帝に接触しなくてはならない。
予定では寵姫の側で情報を集め、皇帝の行動を探るつもりでいた。
しかし数カ月後には、再び焔国から使者が翠国を訪れる。そしてその時は、民を捕らえるために軍勢を引き連れているだろう。
(時間がないわ。ぐすぐずしていられない)
大好きな両親と姉たち、そして馬に乗り一緒に草原を駆けた多くの民の顔が脳裏を過る。
「……そういえば、さよならの挨拶してなかったな……」
翠国を発ってから、美蘭は初めて弱音を吐いた。
ここには見知らぬ人ばかりで、頼れるのは自分だけだ。
先月、結婚のできる歳になったばかりの美蘭にとって、家族と民の命運がかかったこの大仕事は自分から志願したこととはいえ、余りに重すぎる。
「それでも、私がやらなくちゃ」
力を持つ美蘭が立ち向かわなければ、翠国は滅ぼされる。目尻に浮かんだ涙を拭い、美蘭は姿勢を正すと皇帝の住む正殿を睨みつけた。
父王を説得した美蘭は、身分を偽り後宮で下働きをする宮女として焔国へと送られた。
長く伸ばした自慢の黒髪を切り、服も装飾のない地味な物に着替えた。
問題は後宮に入る際の身分確認だったが、それは姉に「変化の魔術」をかけてもらうことで突破した。
「お前。名前は?」
「美蘭と申します。本日より、後宮で下働きをするよう命じられて参りました」
「……そうだったか? まあいい。後宮の門は、向こうだ。さっさと行け」
民に紛れ宮殿に入った美蘭は、役人に頭を下げると急いで後宮の門に向かう。
(一番目の姉様の魔法は三日で切れる。ここまで来るのに二日かかったから、今日中に入らないと)
入ってしまえば、後はどうにでもなる。なにせ焔国の後宮には、寵姫とその世話をする宮女がひしめいているのだ。
美蘭が紛れ込んでも、誰も気づきはしないだろう。
そして上手く後宮に入った美蘭は、まず身分の高そうな寵姫を探し出し近づくことにした。
本当は正妃の側仕えになろうと考えていたのだが、何故か正妃はおらず後宮内には寵姫しか住んでいないのだと親しくなった宮女から教えられた。
(予定が変わったけど、皇帝に近づけるなら寵姫でもかまわないわ)
寵姫の側仕えになれば、後宮に渡ってきた皇帝と出会う確率は高くなる。運が良ければ一夜の戯れとして、宮女が寝所に呼ばれることもあるらしい。
(まあ、姉様達ならともかく。私は色仕掛けしたって振り向いてもらえないだろうし。堅実に事を進めなくちゃ)
二人の姉は民から「天女」と呼ばれるほどの美貌だが、美蘭は特段目を引く容姿ではない。母譲りの黒髪は自慢できるけれど、それだけだ。
けれどその黒髪も平民に偽装するために、肩口までばっさりと切ってしまった。
少し悲しかったけれど、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
二番目の姉から貰った呪符を喉元に貼り、美蘭は寵姫の部屋に入った。
「そなたは?」
「何者だ。許可なく立ち入れば、死罪と知っての行いか!」
室内には数名の女官と宮女、そして一番奥の少し高い場所に置かれた長椅子に寵姫が座っていた。彼女たちは見慣れぬ美蘭へ一斉に鋭い視線を向ける。
だが美蘭は落ち着いてその場に平伏した。
「新しく側仕えに任ぜられました、美蘭と申します。貴族の黄様から推挙されて、参りました」
「……ああ、そうであったな。皆、美蘭に仕事を教えてやれ。黄の紹介ならば、信頼できる」
寵姫が表情を和らげ、美蘭を見つめる。
(よかった。これで変化の魔術が切れても、疑われることはないわ)
二番目の姉は、言葉を操る呪符を作れる。この呪符を喉に貼って言葉を発すると、聞いた者はそれを真実として記憶する。そして一番目の姉とは違い、呪符が破れない限り効果が続くのだ。
便利なようだが、この呪符は数回しか使えない。そして使用した時の言葉の重さや人数によって、劣化してしまうのだ。
その場に居た全員が寵姫の言葉に頷いたのを確認して、素早く呪符を懐にしまう。
寵姫の部屋を出た美蘭は、素早く人気のない建物の影に隠れて呪符を確認した。
(呪符の端が切れてる。やっぱり十人近くに使うと、劣化が早いわ)
ボロボロになって崩れてしまう前に、何としてでも皇帝に接触しなくてはならない。
予定では寵姫の側で情報を集め、皇帝の行動を探るつもりでいた。
しかし数カ月後には、再び焔国から使者が翠国を訪れる。そしてその時は、民を捕らえるために軍勢を引き連れているだろう。
(時間がないわ。ぐすぐずしていられない)
大好きな両親と姉たち、そして馬に乗り一緒に草原を駆けた多くの民の顔が脳裏を過る。
「……そういえば、さよならの挨拶してなかったな……」
翠国を発ってから、美蘭は初めて弱音を吐いた。
ここには見知らぬ人ばかりで、頼れるのは自分だけだ。
先月、結婚のできる歳になったばかりの美蘭にとって、家族と民の命運がかかったこの大仕事は自分から志願したこととはいえ、余りに重すぎる。
「それでも、私がやらなくちゃ」
力を持つ美蘭が立ち向かわなければ、翠国は滅ぼされる。目尻に浮かんだ涙を拭い、美蘭は姿勢を正すと皇帝の住む正殿を睨みつけた。
14
あなたにおすすめの小説
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
前世の推しに似てる不仲の婚約者に「お顔が好きです」と伝えましたところ
咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)
恋愛
公爵令嬢のエリーサベトは、ポンコツ王子と呼ばれる婚約者のベルナルドに嫌気がさし、婚約者破棄を目論んでた。
そんなある日、前世を思い出したエリーサベトは気付く。ベルナルドが前世の推しに似ていることに――
ポンコツ王子と勝気な令嬢が両思いになるまでのお話。
※小説家になろうさまでも掲載しています。
慈悲深い天使のテーゼ~侯爵令嬢は我が道を征くつもりだ
あとさん♪
恋愛
王太子の婚約者候補に名を連ねながら、政権争いに敗れ、正式任命されなかった侯爵令嬢パトリシア。
彼女には辺境伯家との縁組が命じられた。辺境伯は毛むくじゃらの天をつくような大男で、粗野で野蛮人だと王都では噂されている。さらに独立して敵国に寝返るかもしれないと噂される辺境伯家に嫁いだら、いったいどうなるの?
いいえ、今まで被り慣れた巨大な猫を、この際、盛大に開放させましょう。
わたくしは過去の自分を捨て、本来のわたくしに戻り、思うまま生きてやります!
設定はゆるんゆるん。なんちゃって異世界。
令嬢視点と辺境伯視点の2話構成。
『小話』は、2人のその後。主に新婚さんの甘々な日常。
小説家になろうにも掲載しております。
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
崖からポイ捨てされた不運令嬢ですが、銀髪イケメン竜王に『最愛の伴侶』としてスカウトされました!
有賀冬馬
恋愛
不作も天災も、全部わたしのせい!?
「不運な女」と虐げられ、生贄として崖から捨てられたわたし、ミラ。
でも、落ちた先で待っていたのは、まぶしいほど綺麗な銀髪の竜王・アルベルト様でした!
「君がいたから、この国は守られていたんだよ」
えっ、わたしって実はすごい聖女だったの!?
竜宮城で贅沢三昧&溺愛生活スタート!
そんな中、わたしを捨てて大ピンチになった元婚約者が「ミラ、戻ってきて!」と泣きついてきて……。
『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜
水都 ミナト
恋愛
マリリン・モントワール伯爵令嬢。
実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。
地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。
「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」
※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。
※カクヨム様、なろう様でも公開しています。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる