3 / 6
3話
しおりを挟む
数日後、美蘭は夜になるのを待って正殿へと忍び込んだ。美蘭は皇帝の寝所の場所は、呪符を使って女官から聞き出してある。
(でもなんで渡りがないのかしら?)
女好きだと噂される皇帝がこの一年ほど、後宮に姿を見せていないらしい。もしかしたら気に入った寵姫を密かに正殿に住まわせているのかもしれないが、真偽は不明だ。
美蘭は小首を傾げながらも広い正殿を進んでいく。
幾つもの渡り廊下を通り、広間の奥にある寝所に漸くたどり着いた。
「……赤ちゃん?」
部屋の中からは、赤子の泣き声とあやす声が響いてくる。
しかし皇帝に世継ぎがいるという話は、聞いた事がない。それに乳飲み子の間は、後宮で育てられるのが慣例だ。
「もう、こんな馬鹿げた事は止めてほしいわ」
「大金貰ってるんだから、文句言わないの」
乳母だろうか。数名の女が話す声が聞こえる。美蘭は呪符を喉元に貼ると、寝所へと入った。
「失礼致します。ご用があると伺ったので参りました。……その、私にできることはございますか? 何でも仰ってください」
怪訝そうに顔を見合わせていた女官達だが、美蘭の言葉に口々に愚痴をこぼし始めた。
「あなた、新入りの乳母ね。聞いてよ! この赤ん坊、全然泣き止まないのよ」
「みんな寝不足なのに、この計画を立てた宰相は今頃ぐっすり眠ってるわ」
仮にも皇帝の寝所に詰めている女官達だが、寵姫の元にいる女官達と比べてどうも品がない。
何より皇帝の子である赤子に対して、随分と無礼だと美蘭は思う。
「あの、赤ちゃんて皇帝のお世継ぎですよね?」
「一応血縁だけど、殆ど他人の子よ。別にどうでもいいの。あなただって、大金もらってここにきたんでしょう? 余計な詮索はナシよ」
「赤子の世話をすれば一生遊んで暮らせるお金を貰えるって聞いたけど、四六時中泣かれちゃ嫌になるわ」
「放っておく訳にもいかないし。早くなんとかしてほしいわよ」
赤ん坊を抱いていた女官が、疲れ切った様子で椅子に座る。すると赤ん坊が更に大声で泣き出した。
「お乳がほしいじゃないですか?」
「あ、そうかも! 忘れてた!」
「ちょっとー、この子が死んだら、面倒な事になるんだからちゃんとしてよね」
けらけらと笑いながら一人の女官が赤ん坊を抱き上げて、乳房を口に含ませた。やはりお腹が空いていたのが、赤ん坊は夢中になって女官の胸に縋り付く。
その余りに酷い扱いに、美蘭は怒りを必死に抑える。
(なんなの、この人達? それにこの子は他人だって言ってたけど、どういうこと?)
「陛下はどちらに、いらっしゃいますか?」
「何を言ってるの? 皇帝も皇后も、とっくに病死されたじゃない」
「だからこの子を、代理として連れてきたのよ。宰相様は上手くやってるわ」
ぼんやりとだが、美蘭は現状を理解する。
そしてこのままでは、自分の計画は破綻すると気付いてしまった。
(こんな赤ちゃんじゃ、私の魔術は効かない……)
美蘭の持つ魔術は、他者を意のままに操るものだ。
けれど言葉もままならない赤ん坊では、操ったところで意味がない。
(ともかく、一度後宮に戻ろう。計画を練り直さなくちゃ)
一礼すると、美蘭は寝室を出る。
このままでは、翠国は焔国に滅ぼされてしまう。一体どうすれば国と民を守れるのか、考えながら廊下を歩いていると不意に背後から呼び止められた。
「誰だ!」
あと少しで後宮の門にたどり着くというところで、美蘭は警備の兵士に見つかってしまった。
内心慌てるが、喉元に貼った呪符を確認して堂々と答える。
「怪しい者ではございません。私は後宮で側仕えの仕事を任されている者です」
「そうか……ん?」
「待て。後宮の女が、勝手に正殿へ出入りできる訳がないだろう」
「怪しいな。捕らえて牢に入れよう」
兵士達は美蘭の言葉に耳を貸さず、槍を構える。
(でもなんで渡りがないのかしら?)
女好きだと噂される皇帝がこの一年ほど、後宮に姿を見せていないらしい。もしかしたら気に入った寵姫を密かに正殿に住まわせているのかもしれないが、真偽は不明だ。
美蘭は小首を傾げながらも広い正殿を進んでいく。
幾つもの渡り廊下を通り、広間の奥にある寝所に漸くたどり着いた。
「……赤ちゃん?」
部屋の中からは、赤子の泣き声とあやす声が響いてくる。
しかし皇帝に世継ぎがいるという話は、聞いた事がない。それに乳飲み子の間は、後宮で育てられるのが慣例だ。
「もう、こんな馬鹿げた事は止めてほしいわ」
「大金貰ってるんだから、文句言わないの」
乳母だろうか。数名の女が話す声が聞こえる。美蘭は呪符を喉元に貼ると、寝所へと入った。
「失礼致します。ご用があると伺ったので参りました。……その、私にできることはございますか? 何でも仰ってください」
怪訝そうに顔を見合わせていた女官達だが、美蘭の言葉に口々に愚痴をこぼし始めた。
「あなた、新入りの乳母ね。聞いてよ! この赤ん坊、全然泣き止まないのよ」
「みんな寝不足なのに、この計画を立てた宰相は今頃ぐっすり眠ってるわ」
仮にも皇帝の寝所に詰めている女官達だが、寵姫の元にいる女官達と比べてどうも品がない。
何より皇帝の子である赤子に対して、随分と無礼だと美蘭は思う。
「あの、赤ちゃんて皇帝のお世継ぎですよね?」
「一応血縁だけど、殆ど他人の子よ。別にどうでもいいの。あなただって、大金もらってここにきたんでしょう? 余計な詮索はナシよ」
「赤子の世話をすれば一生遊んで暮らせるお金を貰えるって聞いたけど、四六時中泣かれちゃ嫌になるわ」
「放っておく訳にもいかないし。早くなんとかしてほしいわよ」
赤ん坊を抱いていた女官が、疲れ切った様子で椅子に座る。すると赤ん坊が更に大声で泣き出した。
「お乳がほしいじゃないですか?」
「あ、そうかも! 忘れてた!」
「ちょっとー、この子が死んだら、面倒な事になるんだからちゃんとしてよね」
けらけらと笑いながら一人の女官が赤ん坊を抱き上げて、乳房を口に含ませた。やはりお腹が空いていたのが、赤ん坊は夢中になって女官の胸に縋り付く。
その余りに酷い扱いに、美蘭は怒りを必死に抑える。
(なんなの、この人達? それにこの子は他人だって言ってたけど、どういうこと?)
「陛下はどちらに、いらっしゃいますか?」
「何を言ってるの? 皇帝も皇后も、とっくに病死されたじゃない」
「だからこの子を、代理として連れてきたのよ。宰相様は上手くやってるわ」
ぼんやりとだが、美蘭は現状を理解する。
そしてこのままでは、自分の計画は破綻すると気付いてしまった。
(こんな赤ちゃんじゃ、私の魔術は効かない……)
美蘭の持つ魔術は、他者を意のままに操るものだ。
けれど言葉もままならない赤ん坊では、操ったところで意味がない。
(ともかく、一度後宮に戻ろう。計画を練り直さなくちゃ)
一礼すると、美蘭は寝室を出る。
このままでは、翠国は焔国に滅ぼされてしまう。一体どうすれば国と民を守れるのか、考えながら廊下を歩いていると不意に背後から呼び止められた。
「誰だ!」
あと少しで後宮の門にたどり着くというところで、美蘭は警備の兵士に見つかってしまった。
内心慌てるが、喉元に貼った呪符を確認して堂々と答える。
「怪しい者ではございません。私は後宮で側仕えの仕事を任されている者です」
「そうか……ん?」
「待て。後宮の女が、勝手に正殿へ出入りできる訳がないだろう」
「怪しいな。捕らえて牢に入れよう」
兵士達は美蘭の言葉に耳を貸さず、槍を構える。
12
あなたにおすすめの小説
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
前世の推しに似てる不仲の婚約者に「お顔が好きです」と伝えましたところ
咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)
恋愛
公爵令嬢のエリーサベトは、ポンコツ王子と呼ばれる婚約者のベルナルドに嫌気がさし、婚約者破棄を目論んでた。
そんなある日、前世を思い出したエリーサベトは気付く。ベルナルドが前世の推しに似ていることに――
ポンコツ王子と勝気な令嬢が両思いになるまでのお話。
※小説家になろうさまでも掲載しています。
慈悲深い天使のテーゼ~侯爵令嬢は我が道を征くつもりだ
あとさん♪
恋愛
王太子の婚約者候補に名を連ねながら、政権争いに敗れ、正式任命されなかった侯爵令嬢パトリシア。
彼女には辺境伯家との縁組が命じられた。辺境伯は毛むくじゃらの天をつくような大男で、粗野で野蛮人だと王都では噂されている。さらに独立して敵国に寝返るかもしれないと噂される辺境伯家に嫁いだら、いったいどうなるの?
いいえ、今まで被り慣れた巨大な猫を、この際、盛大に開放させましょう。
わたくしは過去の自分を捨て、本来のわたくしに戻り、思うまま生きてやります!
設定はゆるんゆるん。なんちゃって異世界。
令嬢視点と辺境伯視点の2話構成。
『小話』は、2人のその後。主に新婚さんの甘々な日常。
小説家になろうにも掲載しております。
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
崖からポイ捨てされた不運令嬢ですが、銀髪イケメン竜王に『最愛の伴侶』としてスカウトされました!
有賀冬馬
恋愛
不作も天災も、全部わたしのせい!?
「不運な女」と虐げられ、生贄として崖から捨てられたわたし、ミラ。
でも、落ちた先で待っていたのは、まぶしいほど綺麗な銀髪の竜王・アルベルト様でした!
「君がいたから、この国は守られていたんだよ」
えっ、わたしって実はすごい聖女だったの!?
竜宮城で贅沢三昧&溺愛生活スタート!
そんな中、わたしを捨てて大ピンチになった元婚約者が「ミラ、戻ってきて!」と泣きついてきて……。
『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜
水都 ミナト
恋愛
マリリン・モントワール伯爵令嬢。
実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。
地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。
「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」
※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。
※カクヨム様、なろう様でも公開しています。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる