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34 ……お父様?

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(勢いで来てしまいましたけど……どうしましょう)

 国境検問所前で馬車を降りたアリシアは、侍従長と同様に困惑顔の警備兵に軽く会釈をする。
 彼と顔を合わせるのはロワイエに入った時以来だが、アリシアのことは憶えていてくれたようだ。

「申し訳ございません、アリシア様。国境を通せと今朝方から騒ぎ立てておりまして……」
「貴方たちが謝る事ではないわ」

 侍従長から告げられたのは、レンホルム公爵、つまりアリシアの父が国境で騒ぎを起こしているという内容だった。
 バイガルとロワイエは特に国家間の問題を抱えてはいないので、基本出入りは自由だ。
 しかしいくら自由といっても、入国許可証は必要になる。どうやら父はその許可証を持っておらず検問所で止められてしまい、不当拘束だと騒ぎ立てているらしい。

「ロワイエに来るまでには、二つの国を通らなくてはならないのだけど、どうしたのかしら?」
「それが、公爵の従者の説明ではバイガルの名を使って強引に通ったとか」
「王家の名を使ったの?」

 いくらダニエラが王子の婚約者になったとしても、父はあくまで「レンホルム公爵」の立場でしかない。

(裏を返せば、そこまでしてロワイエに来なくてはならない事情があるということ? けれど、今更私に頼るなんて考えられない)

 バイガルを出る時、父はアリシアに「早く記憶を戻して帰ってこい」と言いはしたが、その顔には諦めの表情が浮かんでいた。それに義母はアリシアが戻ることよりも、ダニエラが産んだ子を跡取りとして迎える計画に気持ちは動いていたはずだ。

 なので義母が父を説得し、アリシアを追い出す方向で納得させるだろうと考えていたのだが、これは一体どういうことだろう。

「アリシア! 私だ! お前の父だ! この無礼な連中をどうにかしてくれ!」
「……お父様?」

 少し離れた場所から呼びかけられ、アリシアは視線を向けた。そこには衛兵に羽交い締めにされている、太った中年貴族の姿があった。
 確かに彼は「レンホルム公爵」ではあるが、父親としての記憶はすっぱりと抜けているので父親と言われても違和感しかない。

「アリシア様、通行証がなければ王侯貴族であってもこの砦より先には通すなと、我が国の法で定められております。ですのでアリシア様も、ここから先には出ぬようお気をつけください」

 小声で衛兵がアリシアに告げる。つまり砦の門の内側にいる限り、アリシアの安全は保証されるのだ。

(近づいて話すのは危険ということね)

 ありがとう、と小声で衛兵に礼を伝え、アリシアは改めてレンホルム公爵に向き合う。

「何をしにいらしたのですか? 私はこちらで療養中とご承知ですよね? それに、王子に婚約破棄をされた上に記憶喪失となった私は、レンホルム家には必要ないのでは?」
「父親の話も聞かず、いきなり何なんだ! いいからさっさとこっちへ来い!」
「では理由をお聞かせください」
「お前に説明している時間はない。そうやって理屈っぽいところは、昔と変わらんな。うむ、やはりそうか!」

 何やら勝手に納得した父親は、ぎろりとアリシアを睨み付けた。

「お前の嘘は見抜いているのだぞアリシア! 私の娘だから大目に見るが、これ以上時間を取らせるなら、罰として鞭を――」
「罰を受けるのは、貴殿だレンホルム公爵。入国許可証不所持は、我が国では禁固五年とされている」

 何者かがレンホルム公爵の言葉を遮る。

 空から降ってきた声に驚いて顔を上げると、そこにはグリフォンに跨がったエリアスの姿があった。
 彼はアリシアを守るように、二人の間に降り立つ。

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