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48 地獄の序章
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倉の中は薄暗く、湿った土の匂いがぬめるように漂っていた。床には大小さまざまな骨が散らばり、白い欠片が明かり取りの窓から差し込む光を鈍く反射している。
その中心に、美しい着物を纏った彩愛《あやめ》が静かに佇んでいた。血のような赤の地に、様々な花が描かれた振り袖は彼女の妖艶な美しさを引き立てている。
「間抜けばかりで助かるわ」
紅を引いた唇には微笑が浮かんでいる。だがその唇から零れる言葉は辛辣だ。
鈴の音のような独り言は、甘やかで耳を惑わせる響きを持っていた。
彩愛の視線の先では桃香《ももか》が女中を睨み、手にした扇子で打ち据えている。
「早くなさい!」
「ですが……お嬢様……」
女中の声は恐怖に震えていた。目の前に掘られた穴は、まるで生き物の口のように黒く開いている。
「いいから早くその穴に入りなさい! 私の言うことが聞けないの?」
桃香は狂気じみた金切り声をあげ、扇子で女中の頬を叩いた。
舶来品の象牙を芯に使ったそれは、桃香が軽く振るっただけでも女中の頬に赤いミミズ腫れを残す。
「私に恥をかかせる気なの?」
「そうじゃありません……」
瞳をぎらつかせながら桃香は女中たちの背を追い立てる。
彩愛はその様子を眺め、扇子で口元を隠し小さく笑った。
「恐れることはないわ……すぐに楽にしてあげる。あなたたちの命は無駄にならない。シエキの糧となり、私の力となるのだから」
柔らかな声音とは裏腹に、言葉の底に冷たい狂気が潜んでいた。女中たちが後退ると、一人が足を滑らせる。そして泣き叫びながら穴へと落ちていく。
「ひっ……助けて……」
「いいわ、その怯えた顔。もっと見せて」
彩愛の紅い唇が弧を描く。桃香は主人である彩愛の言葉を聞き、満足げに甲高い笑い声を上げた。
倉の中は、恐怖と狂気に満ちた儀式の空気で支配されつつあった。
蛇の形をしたシエキが骨だけの身体を軋ませながら這い回り、シューシューと低く威嚇音を立てる。
集められた羽立野家の使用人たちは、壁に張り付くようにして恐怖にすくみあがっていた。逃げ出そうとしても、シエキが音もなく迫り、床を尾で打ち叩いては行く手を塞ぐのだ。
「彩愛様、アレはいかが致しましょう」
「ふふ、桃香さん。楽しみは取っておくものよ」
彩愛の声が桃香の耳に甘く絡みつく。恍惚とした眼差しで彩愛を見つめ、桃香は頭を垂れる。
「畏まりました」
いつの頃からか、桃香は完全に彩愛を主人として崇めるようになっていた。それはまるで、神に対する崇拝にも似た感情が伴っている。
確かに彩愛は人間を超越した美しさを持っている。薄闇の中でも艶めく赤い唇、透き通るような白い肌。兄の婚約者として引き合わされた時より、その美しさは明らかに増していた。
全ては「シエキ」のもたらす恩恵なのだと、彩愛は桃香に秘密を語った。自身の抱える恨みを喰わせるより、もっと別の「贄」を喰わせた方が効果があるのだと。
だから桃香は彩愛のようになりたくて、彼女の秘術をこうして習っているのだ。
「では桃香さん、続きをお願いね」
桃香は媚びるように頭を垂れ、近くにいた女中を穴へと突き飛ばす。
「お嬢様、何を――ひっ」
言葉の続きは、穴の底に叩きつけられた悲鳴にかき消された。
彩愛が手にした扇子を掲げると、穴の底で藻掻く女中の瞳から光が抜けていく。魂がするりと抜かれ、抜け殻となった身体は力を失って崩れ落ちた。
「……いいわ、その顔。絶望の瞬間が、一番美しい」
彩愛は陶酔にも似た声で囁いた。
妖しいまでの美しさに目を逸らせば、それ自体が咎めを受けそうな気配さえある。
穴の縁でシエキたちが蠢く。
「さあ、お食べ」
かつては蛇だったものが、白い骨を擦り合わせるようにして女中に群がった。
――ぐちゃ、くちゃり。
静かな倉の中に、肉を噛み砕く湿った音だけが響く。悲鳴はなく、呻きもない。魂を失った器が、ただ咀嚼音の中で解体されていくだけだった。
「次よ」
桃香は唇の端を吊り上げた。自分の側仕えだった女中を彩愛に言われるまま穴へと突き飛ばす。瞳には一片のためらいもなく、ただ愉悦の色だけが宿っていた。
残された使用人たちは肩を震わせ、涙に濡れた目でその光景を見つめるしかない。
穴の底で響く咀嚼音に、心を少しずつ削られていくのを自覚しながら――。
その惨たらしい地獄を、彩愛と桃香は楽しげに見下ろしていた。
血と腐臭の漂う中で、二人の少女は微笑みながらその光景を見ていた。
その中心に、美しい着物を纏った彩愛《あやめ》が静かに佇んでいた。血のような赤の地に、様々な花が描かれた振り袖は彼女の妖艶な美しさを引き立てている。
「間抜けばかりで助かるわ」
紅を引いた唇には微笑が浮かんでいる。だがその唇から零れる言葉は辛辣だ。
鈴の音のような独り言は、甘やかで耳を惑わせる響きを持っていた。
彩愛の視線の先では桃香《ももか》が女中を睨み、手にした扇子で打ち据えている。
「早くなさい!」
「ですが……お嬢様……」
女中の声は恐怖に震えていた。目の前に掘られた穴は、まるで生き物の口のように黒く開いている。
「いいから早くその穴に入りなさい! 私の言うことが聞けないの?」
桃香は狂気じみた金切り声をあげ、扇子で女中の頬を叩いた。
舶来品の象牙を芯に使ったそれは、桃香が軽く振るっただけでも女中の頬に赤いミミズ腫れを残す。
「私に恥をかかせる気なの?」
「そうじゃありません……」
瞳をぎらつかせながら桃香は女中たちの背を追い立てる。
彩愛はその様子を眺め、扇子で口元を隠し小さく笑った。
「恐れることはないわ……すぐに楽にしてあげる。あなたたちの命は無駄にならない。シエキの糧となり、私の力となるのだから」
柔らかな声音とは裏腹に、言葉の底に冷たい狂気が潜んでいた。女中たちが後退ると、一人が足を滑らせる。そして泣き叫びながら穴へと落ちていく。
「ひっ……助けて……」
「いいわ、その怯えた顔。もっと見せて」
彩愛の紅い唇が弧を描く。桃香は主人である彩愛の言葉を聞き、満足げに甲高い笑い声を上げた。
倉の中は、恐怖と狂気に満ちた儀式の空気で支配されつつあった。
蛇の形をしたシエキが骨だけの身体を軋ませながら這い回り、シューシューと低く威嚇音を立てる。
集められた羽立野家の使用人たちは、壁に張り付くようにして恐怖にすくみあがっていた。逃げ出そうとしても、シエキが音もなく迫り、床を尾で打ち叩いては行く手を塞ぐのだ。
「彩愛様、アレはいかが致しましょう」
「ふふ、桃香さん。楽しみは取っておくものよ」
彩愛の声が桃香の耳に甘く絡みつく。恍惚とした眼差しで彩愛を見つめ、桃香は頭を垂れる。
「畏まりました」
いつの頃からか、桃香は完全に彩愛を主人として崇めるようになっていた。それはまるで、神に対する崇拝にも似た感情が伴っている。
確かに彩愛は人間を超越した美しさを持っている。薄闇の中でも艶めく赤い唇、透き通るような白い肌。兄の婚約者として引き合わされた時より、その美しさは明らかに増していた。
全ては「シエキ」のもたらす恩恵なのだと、彩愛は桃香に秘密を語った。自身の抱える恨みを喰わせるより、もっと別の「贄」を喰わせた方が効果があるのだと。
だから桃香は彩愛のようになりたくて、彼女の秘術をこうして習っているのだ。
「では桃香さん、続きをお願いね」
桃香は媚びるように頭を垂れ、近くにいた女中を穴へと突き飛ばす。
「お嬢様、何を――ひっ」
言葉の続きは、穴の底に叩きつけられた悲鳴にかき消された。
彩愛が手にした扇子を掲げると、穴の底で藻掻く女中の瞳から光が抜けていく。魂がするりと抜かれ、抜け殻となった身体は力を失って崩れ落ちた。
「……いいわ、その顔。絶望の瞬間が、一番美しい」
彩愛は陶酔にも似た声で囁いた。
妖しいまでの美しさに目を逸らせば、それ自体が咎めを受けそうな気配さえある。
穴の縁でシエキたちが蠢く。
「さあ、お食べ」
かつては蛇だったものが、白い骨を擦り合わせるようにして女中に群がった。
――ぐちゃ、くちゃり。
静かな倉の中に、肉を噛み砕く湿った音だけが響く。悲鳴はなく、呻きもない。魂を失った器が、ただ咀嚼音の中で解体されていくだけだった。
「次よ」
桃香は唇の端を吊り上げた。自分の側仕えだった女中を彩愛に言われるまま穴へと突き飛ばす。瞳には一片のためらいもなく、ただ愉悦の色だけが宿っていた。
残された使用人たちは肩を震わせ、涙に濡れた目でその光景を見つめるしかない。
穴の底で響く咀嚼音に、心を少しずつ削られていくのを自覚しながら――。
その惨たらしい地獄を、彩愛と桃香は楽しげに見下ろしていた。
血と腐臭の漂う中で、二人の少女は微笑みながらその光景を見ていた。
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