オオカミ様の契約婚約者になりました――兄がやらかしたので、逃げます!――

ととせ

文字の大きさ
49 / 58

49 囚われた三葉

しおりを挟む
 重たい瞼を持ち上げると、薄暗い光が滲んで視界に広がる。三葉はゆっくりと瞬きをしてから、体を起こした。

(ここ……見覚えがある……羽立野家の布団部屋だわ)

 灯りが消えているのでぼんやりとしか見えないが、たしかにここは羽立野家の一室だ。女中たちが布団をしまってあるこの部屋は、三葉が掃除を任されていたのでよく覚えている。

 自分が羽立野家に連れ戻されたと理解した瞬間、胸が冷えた。
 体を起こそうとするけれど、全身が鉛のように重く思うように動かない。手足は縛られていないのに、まるで見えない鎖で押さえつけられているようだった。

(そうだ、弘城さんを……)

 困ったら彼の名を呼ぶよう言われていたことを思い出し、三葉が口を開く。しかし口からは音にならない息だけが漏れる。

「どうして……?」
『神排の結界だ』
「吹雪! 無事なのね」

 安堵したものの、彼の声は耳ではなく三葉の頭へ直接響いてくる。それも雑音混じりで、酷く聞き取りにくい。

『すまない。力を押さえつけられている、これが精一杯だ』

 吹雪の声は鈍く弱々しい。小さな狐の姿は帯の内でひどく冷たく感じられた。
 絶望が胸をかすめたその時、不意に小さな声が暗がりの奥から聞こえた。

「……もしかして、三葉さん?」

 はっとして顔を向けると、積み上げられた布団の影から細い体が四つ這いで現れた。

「ハルさんなのね?」

 問いかけると行方知れずになっていたハルが、苦しげに息を整えながら近づいてくる。

「この部屋、おかしいの。体は重いし、襖も鉄みたいに頑丈で、びくともしないのよ」

 ハルは恐怖に満ちた目で周囲を見回し声を潜めた。

『強力な結界が張られている。外に出ることは無理だ。……すまない……三葉……』

 吹雪の言葉に三葉は唇を噛む。

「あの、もしかして三葉さんですか?」

 震え混じりの声に、三葉ははっとしてそちらへと目を向ける。
 暗がりでも分かる程に青ざめ、憔悴しきった少女が縋るように三葉を見つめていた。

「あなた、桃香のお友達の…?」
「若子と申します。それと……あんな化け物、友達なんかじゃありません」

 その背後からすすり泣く声が聞こえる。
 女学校の中庭で見かけた、桃香の取り巻きだった女学生たちが抱き合って震えていた。

「何があったか教えてくれる?」

 若子と名乗った女学生は、桃香から神排に誘われたことを話す。

「お恥ずかしい話ですが、あの方が舶来品のブロマイドをくれるというので、お側にいたのですけど――」

 プレゼントと引き換えに神排になるよう強く言われるようになり、断ると彩愛が家に来たと言う。若子は仕方なく彩愛を家に入れて、改めて神排になれないと告げたが、その後の記憶が無い。

「気が付いたらここにいたのです。最初は羽立野家の女中の方々も一緒でしたが、気づいたら減っていて。今朝方にはみないなくなってました」

 声は震え、指先まで蒼白に染まっていた。

(……逃げる力も使えない私は、なんて無力なんだろう)

 そこかしこで蹲って泣いているカフェの女給たち。嗚咽が漏れ、狭い部屋が絶望に押し潰されそうだ。

 女店主は焦点の合わない眼差しで座り込みブツブツと何かを呟いている。生気が抜け落ち、魂だけ置き去りにされたような姿に鳥肌が立つ。

(桃香は何をしようとしているの?)

 彼女が完全に神排信仰に移ったのは間違いない。しかしここまで強力な結界が張れるほど、桃香は術を使えただろうか?

(ともかく今はここから逃げて、弘城さんたちに羽立野家の異変を伝えないと)

 どうにかして逃げる手段はないものかと、三葉は辺りを見回す。すると不意に、襖が開いた。

「三葉。彩愛様がお呼びだ」

 抑揚の無い声で告げる男は、見覚えのある下男だ。
 三葉は覚悟を決めて、重い体を無理矢理立たせると布団部屋から廊下へと出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います

あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。 化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。 所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。 親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。 そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。 実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。 おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。 そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました

小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。 しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!? 助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、 「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。 幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。 ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく! ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー

処理中です...