オオカミ様の契約婚約者になりました――兄がやらかしたので、逃げます!――

ととせ

文字の大きさ
57 / 58

57 終幕 2

しおりを挟む
 本家の跡取りとして生まれた弘城は、生まれながらに強力な神憑《かみつき》だった。
 そして両親は、残念なことに神憑ではなかった。
 幼い身に宿る力は規格外であり、わずかに意識を向けるだけで「狼」の神を降ろすことさえできた。
 大神家にとっては頼もしい存在であるはずだったが、実際にはそうではない。
 両親は我が子を畏れ崇めこそすれ、親として寄り添うことはなかった。
 むしろ本来なら当主が負うべき責務を幼い弘城に押し付け、自らはその背後に退いてしまったのである。

 いくら周囲からもてはやされても、幼子にとって両親の不在は深い孤独でしかない。
 儀式に臨んでも、節目の時を迎えても、隣にいてくれるはずの両親の姿はない。周囲から無遠慮に向けられる好奇の視線と、期待の重圧だけが弘城の肩にのしかかる。
 当然ながら弘城の存在を快く思わない者もいた。
 強すぎる力は恐れを呼び、同時に嫉妬をも招く。親戚の中には、神排に傾倒する者と手を組み、幼い弘城を疎ましげに見ていた者さえいた。

『あれが生まれたせいで、我が子が跡取りになる道が絶たれた』

 聞こえるように悪意をぶつけられても、庇ってくれるはずの親はいない。
 やがてその悪意は現実となる。
 ある日、儀式のため山深い場所に建つ社へと向かっていた弘城は、神排の者たちに誘拐され、贄として捧げられそうになったのだ。

 必死に抵抗した。だが神憑といえども、子どもと複数の大人では力の差は歴然で、数の暴力に負けるのは時間の問題だった。
 山の中を何日も逃げ回り、疲れ果てた弘城は足を滑らせ崖の下へと転落する。
 そこは神社の裏手にある人目のない場所だった。
 身を打ちつけた衝撃で全身の骨はきしみ肌は擦り傷に覆われ、満身創痍のまま倒れ込む。

 ここで自分の命は尽きるのかと、何処か達観して目を瞑ったその時だった。
 偶然そこを通りかかったのが、三葉の母だった。
 彼女は瀕死の弘城を見て駆け寄り、ためらいなくその身に手をかざした。淡い光が彼女の掌から溢れ、血に濡れた肌を癒やしていく。
 温もりが広がり、痛みどころか飢えや渇きさえ消えた。弘城が初めて、心から安堵を覚えた瞬間だった。

「もう大丈夫よ。――白の袴という事は、名のあるお家の方でしょう? お付きの人は?」

 他者から優しい声をかけられたのは久しぶりの事で、弘城は驚きながらも丁寧に答える。

「助けていただきありがとうございます。僕を追っていた者達は……贄にする、と言っていました。僕は戦ったのですが、力及ばす崖から落ちました」

 それは幼子の精一杯の誇りだった。けれども返ってきたのは静かな問い。

「ご両親は?」

 短い沈黙ののち、弘城は首を横に振った。今日は数年に一度の大切な儀式だというのに、付き添ってもらえなかった。
 自分が酷く惨めな存在に思えて俯いていると、彼女は信じられない事を言ったのだ。

「贄? そんな連中と正面切って立ち向かわなくていいのよ。第一、そんな連中がいるなら、親が付き添うべきでしょう。子どもを一人にしておいて、恥ずかしくないのかしら」

 これまで当主として「どんな困難にも立ち向かうように」と教えられてきた弘城はただ驚く。
 この時弘城は、初めて両親に対して疑問を持った。

「お父さんとお母さんを悪く言ってごめんなさい」
「いえ、事実ですから。あの人たちは、僕が嫌いなんです」

 淡々と事実を告げる弘城の言葉から何か察したのか、彼女は再び問う。

「君、名前は?」
「大神弘城。次期当主です」
「大神……」

 その名を聞くと、大人の反応は二つに分かれる。恐怖するか、媚びるか。けれど彼女は少しばかり眉を顰めただけで、優しく弘城の頭を撫でたのだ。

「大変なお役目を持って生まれたのね。……辛いこともあったでしょう。いま君が殺されたら、大神家だけでなく神を奉る多くの家が混乱するわ。だから今は、何としてでも身を隠して逃げなさい」
「でも、そのようなことは許されません。悪い人達には、堂々と立ち向かうのが立派な男だと教わりました」

 その言葉には両親から何度も言われた言葉だ。そこには『面倒ごとに親を巻き込むな』と必ず付け加えられていたが、弘城はどうしてもそれを言えなかった。
 そんな弘城の心を読んだみたいに、彼女は言い聞かせるように続けた。

「多くの人を守るためにも、あなたは生き延びなければならないの。だから逃げていいのよ」

 彼女の言葉は、不思議と心にストンと落ちた。
 だが納得はしても弘城はまだ幼く、当主としての力も未熟だ。逃げろと言われても、方法が分からず、恐怖と戸惑いばかりが胸に渦巻く。

「頼れる人は?」と問われ、思わず口にしたのは祖父の名だった。厳格な人だが、弘城は祖父が好きで、お正月の挨拶の時だけ会えるのを楽しみにしていた。
 両親は近づこうとしない、畏れの対象。だが血を分けた家族である以上、最後に縋れるのはそこしかない。

 住む町の名は覚えていたから伝えると、彼女はわずかに安堵したように頷き、祖父の住む町までの具体的な道を示した。

「神社の裏に、地元の人しか知らない道があるわ。そこを下れば麓の駅に出ます。お爺さまの住む町までは、二駅ほどかしら」

 懐から小さな財布を取り出し、弘城の掌に押し込む。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います

あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。 化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。 所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。 親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。 そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。 実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。 おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。 そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました

小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。 しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!? 助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、 「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。 幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。 ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく! ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー

処理中です...