オオカミ様の契約婚約者になりました――兄がやらかしたので、逃げます!――

ととせ

文字の大きさ
8 / 34

8 夢で見たのは

しおりを挟む
 遠くから話し声が聞こえる。

(誰?)

 ベッドで眠っていた筈なのに、気が付くと三葉は小高い丘に一人佇んでいた。
 見上げた空は雲一つない晴天。にもかかわらず風に流されたのか、ぱらりぱらりと小雨が降ってくる。

(お天気雨だ……でもこれって、夢よね?)

 かざす手に当たる雨粒も、頬を撫でていく風も現実そのもの。けれど頭の何処かで、これは現実ではないと囁く声がする。
 ふと視線を下に向けると、綺麗に整えられた田んぼが見渡す限り一面に広がっていた。どこかで見たような景色だけれど、どうしても思い出せない。

 ぼんやりと立ち竦む三葉の視界に、突如それは現れた。
 遠くから大勢の人が歩いているのが見える。
 まだ実りを迎えていない青い穂が揺れる田んぼのあぜ道を、老若男女が列をなして歩く様はそれだけで不思議だ。
 恰好も武士や遊女、江戸時代の町民と思わしき着物姿から、最近流行の洋装。巫女姿の子ども達に混じり、本の挿絵で見た牛若のような恰好の少年が跳びはねている。
 それぞれ違った恰好と年齢だが、共通しているのはみな楽しげに笑い合っているという点だ。

「みつばさん」

 名前を呼ばれて視線を向ければ、すぐ側に幼い少女が立っていた。巫女の服に儀式用の豪華な花簪を前髪に挿した少女は、親しげに微笑んでぺこりと頭を下げる。

「あなたは一体……誰?」
「みじかいあいだでしたが、おせわになりました」

 三葉も彼女へ丁寧に礼を返すが、こんな可愛らしい少女に会った記憶はない。
 当然、お世話なんてしたこともないので三葉は困惑する。しかし少女は三葉に微笑んだまま、言葉を続けた。

「これでわたしたちは、こころおきなくでていくことができます」
「ごめんなさい。私、貴女と何処かで会ったか憶えてないの」
「まいにちおそうじをして、ごあいさつをしてくれたではないですか。みな、みつばさんのおはなしをきくのをたのしみにしていたのですよ」
(挨拶……掃除って、まさか奉られてたお狐様?)

 少女は三葉の心を読んだかのように、静かに頷いた。

「わたしたちはかえりますけど、このものがみつばささんをまもります。おまえ、くれぐれもみつばさんをたのみましたよ」

 少女の視線の先を見れば、一匹の大きな白い犬が座ってこちらを見ていた。いや、それは犬ではなく、巨大な狐だと気付く。
 それも尾が三本も生えていて、白い炎のように揺らめいている。

「みじゅくものですが、どうしてもみつばさんのそばにいたいとだだをこねまして……これのしゅぎょうもかねておりますので、みつばさんはえんりょなく、これをつかってくださいまし」
「修業って? ……え、あの、待って!」

 少女は行列に向かって丘を駆け下っていく。三葉は後を追おうとしたが、どうしても脚が動かない。

「あれは神の道だから、今の君には歩けない」
「狐が喋った!」
「皆から少しずつ力を分けてもらったので、喋ることくらいはできますよ」

 近づいて来た狐が、三葉の掌に頭をすり寄せる。狐からは確かな温もりが伝わってきて、三葉は急に胸の奥が痛くなった。

「あなたは私の側にいてくれるの?」
「三葉が望むなら」

 揺れていた尾が、三葉の体を包むように絡む。
 その温かさがやけに嬉しくて、三葉は狐をそっと撫でた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...