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8 夢で見たのは
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遠くから話し声が聞こえる。
(誰?)
ベッドで眠っていた筈なのに、気が付くと三葉は小高い丘に一人佇んでいた。
見上げた空は雲一つない晴天。にもかかわらず風に流されたのか、ぱらりぱらりと小雨が降ってくる。
(お天気雨だ……でもこれって、夢よね?)
かざす手に当たる雨粒も、頬を撫でていく風も現実そのもの。けれど頭の何処かで、これは現実ではないと囁く声がする。
ふと視線を下に向けると、綺麗に整えられた田んぼが見渡す限り一面に広がっていた。どこかで見たような景色だけれど、どうしても思い出せない。
ぼんやりと立ち竦む三葉の視界に、突如それは現れた。
遠くから大勢の人が歩いているのが見える。
まだ実りを迎えていない青い穂が揺れる田んぼのあぜ道を、老若男女が列をなして歩く様はそれだけで不思議だ。
恰好も武士や遊女、江戸時代の町民と思わしき着物姿から、最近流行の洋装。巫女姿の子ども達に混じり、本の挿絵で見た牛若のような恰好の少年が跳びはねている。
それぞれ違った恰好と年齢だが、共通しているのはみな楽しげに笑い合っているという点だ。
「みつばさん」
名前を呼ばれて視線を向ければ、すぐ側に幼い少女が立っていた。巫女の服に儀式用の豪華な花簪を前髪に挿した少女は、親しげに微笑んでぺこりと頭を下げる。
「あなたは一体……誰?」
「みじかいあいだでしたが、おせわになりました」
三葉も彼女へ丁寧に礼を返すが、こんな可愛らしい少女に会った記憶はない。
当然、お世話なんてしたこともないので三葉は困惑する。しかし少女は三葉に微笑んだまま、言葉を続けた。
「これでわたしたちは、こころおきなくでていくことができます」
「ごめんなさい。私、貴女と何処かで会ったか憶えてないの」
「まいにちおそうじをして、ごあいさつをしてくれたではないですか。みな、みつばさんのおはなしをきくのをたのしみにしていたのですよ」
(挨拶……掃除って、まさか奉られてたお狐様?)
少女は三葉の心を読んだかのように、静かに頷いた。
「わたしたちはかえりますけど、このものがみつばささんをまもります。おまえ、くれぐれもみつばさんをたのみましたよ」
少女の視線の先を見れば、一匹の大きな白い犬が座ってこちらを見ていた。いや、それは犬ではなく、巨大な狐だと気付く。
それも尾が三本も生えていて、白い炎のように揺らめいている。
「みじゅくものですが、どうしてもみつばさんのそばにいたいとだだをこねまして……これのしゅぎょうもかねておりますので、みつばさんはえんりょなく、これをつかってくださいまし」
「修業って? ……え、あの、待って!」
少女は行列に向かって丘を駆け下っていく。三葉は後を追おうとしたが、どうしても脚が動かない。
「あれは神の道だから、今の君には歩けない」
「狐が喋った!」
「皆から少しずつ力を分けてもらったので、喋ることくらいはできますよ」
近づいて来た狐が、三葉の掌に頭をすり寄せる。狐からは確かな温もりが伝わってきて、三葉は急に胸の奥が痛くなった。
「あなたは私の側にいてくれるの?」
「三葉が望むなら」
揺れていた尾が、三葉の体を包むように絡む。
その温かさがやけに嬉しくて、三葉は狐をそっと撫でた。
(誰?)
ベッドで眠っていた筈なのに、気が付くと三葉は小高い丘に一人佇んでいた。
見上げた空は雲一つない晴天。にもかかわらず風に流されたのか、ぱらりぱらりと小雨が降ってくる。
(お天気雨だ……でもこれって、夢よね?)
かざす手に当たる雨粒も、頬を撫でていく風も現実そのもの。けれど頭の何処かで、これは現実ではないと囁く声がする。
ふと視線を下に向けると、綺麗に整えられた田んぼが見渡す限り一面に広がっていた。どこかで見たような景色だけれど、どうしても思い出せない。
ぼんやりと立ち竦む三葉の視界に、突如それは現れた。
遠くから大勢の人が歩いているのが見える。
まだ実りを迎えていない青い穂が揺れる田んぼのあぜ道を、老若男女が列をなして歩く様はそれだけで不思議だ。
恰好も武士や遊女、江戸時代の町民と思わしき着物姿から、最近流行の洋装。巫女姿の子ども達に混じり、本の挿絵で見た牛若のような恰好の少年が跳びはねている。
それぞれ違った恰好と年齢だが、共通しているのはみな楽しげに笑い合っているという点だ。
「みつばさん」
名前を呼ばれて視線を向ければ、すぐ側に幼い少女が立っていた。巫女の服に儀式用の豪華な花簪を前髪に挿した少女は、親しげに微笑んでぺこりと頭を下げる。
「あなたは一体……誰?」
「みじかいあいだでしたが、おせわになりました」
三葉も彼女へ丁寧に礼を返すが、こんな可愛らしい少女に会った記憶はない。
当然、お世話なんてしたこともないので三葉は困惑する。しかし少女は三葉に微笑んだまま、言葉を続けた。
「これでわたしたちは、こころおきなくでていくことができます」
「ごめんなさい。私、貴女と何処かで会ったか憶えてないの」
「まいにちおそうじをして、ごあいさつをしてくれたではないですか。みな、みつばさんのおはなしをきくのをたのしみにしていたのですよ」
(挨拶……掃除って、まさか奉られてたお狐様?)
少女は三葉の心を読んだかのように、静かに頷いた。
「わたしたちはかえりますけど、このものがみつばささんをまもります。おまえ、くれぐれもみつばさんをたのみましたよ」
少女の視線の先を見れば、一匹の大きな白い犬が座ってこちらを見ていた。いや、それは犬ではなく、巨大な狐だと気付く。
それも尾が三本も生えていて、白い炎のように揺らめいている。
「みじゅくものですが、どうしてもみつばさんのそばにいたいとだだをこねまして……これのしゅぎょうもかねておりますので、みつばさんはえんりょなく、これをつかってくださいまし」
「修業って? ……え、あの、待って!」
少女は行列に向かって丘を駆け下っていく。三葉は後を追おうとしたが、どうしても脚が動かない。
「あれは神の道だから、今の君には歩けない」
「狐が喋った!」
「皆から少しずつ力を分けてもらったので、喋ることくらいはできますよ」
近づいて来た狐が、三葉の掌に頭をすり寄せる。狐からは確かな温もりが伝わってきて、三葉は急に胸の奥が痛くなった。
「あなたは私の側にいてくれるの?」
「三葉が望むなら」
揺れていた尾が、三葉の体を包むように絡む。
その温かさがやけに嬉しくて、三葉は狐をそっと撫でた。
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