オオカミ様の契約婚約者になりました――兄がやらかしたので、逃げます!――

ととせ

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14 狐が……!

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 水崎の案内で、三葉は弘城の私室へと向かった。

「ごめんね。遅くに呼び出して」

 こんな時間まで仕事をしていたのか、書類を手にした弘城が扉を開けてくれる。

「いえ、大丈夫です」

 緊張しつつ頭を下げると、ソファに座るよう促される。水崎が退室するといよいよ緊張が高まり、三葉は両手をぎゅっと握りしめて俯いてしまう。

(夜中に殿方と二人きりなんて……)

 この二日間で、今まで生きてきた十七年分の驚きや緊張を経験してるといっても過言ではない。
 そして驚きは、弘城の一言で更に上書きされた。

「彼も夜の方が話しやすいと思ってね」
「彼? わあっ」

 ふと不思議な気配を感じて顔を上げれば、三葉の側に大きな白い狐が座っていた。

(どこから来たんだろう……尾が三本もある。まさか、夢に出てきたあの狐?)

 狐が透き通るような碧の瞳で三葉を見つめ、肯定するように尾を揺らす。

「いま紅茶を淹れるから座って。砂糖とミルクは多めでいい?」
「はい……」
「できれば君と二人で話がしたかったのだけど、彼が許してくれなさそうだからね」
「夜伽じゃない?」

 正直ほっとする。体を穢される恐怖より、弘城を失望させなかったことを安堵したのだ。
 三葉の呟きに、弘城が首を傾げる。

「夜伽?」
「いえ、その」

「その手があったか。――ああ、うそうそ。狐もそう怒らないで、三葉さんに不埒な真似はしないから」

 横を見ると、狐が今にも飛びかからんばかりに牙を剥きだして唸っている。
 慌てて三葉が頭を撫でて宥めると、渋々といった様子で居住まいを正す。
 紅茶の入ったカップを弘城が三葉の前に置き、テーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろした。狐に威嚇されても大して気にしていないのは、やはり大神家当主だからだろう。

「あの、ご用件はなんですか? 私、なにか気に障るような事をしましたでしょうか」

 人払いまでして話したい事とは何なのか。三葉にはさっぱり思い浮かばない。兄のやらかしの件なに、水崎だって知っている筈だ。今更隠すことでもない。
 問いに弘城は小さなため息と、予想外の質問で返す。

「まず一つ確認。歌子さんはこれまで通り三葉さんに学校へ通ってほしいみたいだけど、君はどうしたい? 正直に答えて」
「え……」

 この場合、どう答えるのが正解なのか判断がつかない。許嫁として望まれているのであれば、屋敷に留まるべきだろう。

「君から学問を取り上げるつもりはないよ。外出するのが怖ければ、家庭教師を付けよう」
「そこまでして貰う訳には……」
「女学校にはまだ在籍資格がある。だから私としては、三葉さんの気持ちを尊重したい」
「……戻りたいです。でも……」

 あの時は羽立野家から逃げることで頭がいっぱいだったから、必要最低限の物しか持って出なかった。
 当然、勉強道具も全て置いてきている。

 逡巡する三葉に、弘城は三葉の状況を察してくれたのか静かに頷く。

「じゃあ明日から通いなさい。道具や教科書はこちらで用意するから」
「……どうして私なんかに、そこまでしてくれるんですか?」
「君が私の婚約者になってくれたからだよ。まだ承諾していないっていうのはナシで」

 強引な物言いだが、弘城を見ていると頷いてしまいそうな自分がいて戸惑いを隠せない。

(素敵な方だと思う。私なんかが婚約者になっていいわけない。身分も何も違うもの)

 弘城の意図が分からず三葉は黙ってしまう。

「突然婚約者になってほしいって言われて、頷けないのも無理ないよね。君は聡明な子だと江奈さんから聞いている。だからはっきり言おう」

 しっかりと視線を合わせ、弘城が告げる。

「君と取引がしたい。私と契約して、婚約者として振る舞ってもらいたいんだ」

 やっと合点がいったものの、完全に納得したわけではない。

「――私にそんな価値があると思えません。顔は醜いし、何をしてものろまだっていつも叱られてました。婚約者どころか、妾になる器量も身分もありません」
「君は可愛いよ、三葉さん」

 やっぱり弘城は優しい人だと思う。彼のような素敵な人に褒められれば、嘘だと分かっていても嬉しくなるものだ。
 そんな考えが表情に出ていたのか、弘城が寂しそうに眉を寄せる。

「会ったばかりの私に言われても信じられないか……じゃあ、君が納得する理由を正直に言うよ。三葉さんには、その狐が憑いている」
「このお狐様ですか?」
本宮ほんぐう直属でもないのに、ここまで強い守護狐しゅごきつねは珍しいんだ。そんな狐を持つ君と祝言を挙げることで、大神家は力を強くできる」
「そういう事でしたら、理解できます」

 自分に価値がないことは、三葉自身が十分承知している。ただ「本宮」や「憑く」とかよく分からないが、お狐様が側にいることで三食食べていける環境がもらえるなら御の字だ。

(形だけの婚約者ね。……当然か)

 彼が欲しているのは自分ではなく狐だと説明された三葉は、弘城が許嫁などと言い出したことに納得する。
 だが同時に、胸の奥がずきりと痛む。

 決して夢みたいな幸福を望んではいなかったのに、どうしてか少し寂しい気持ちになった。


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