オオカミ様の契約婚約者になりました――兄がやらかしたので、逃げます!――

ととせ

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13 夜伽?

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 お茶の時間も歌子が弘城に突っかかっていたものの、栗羊羹のお陰で幾分大人しくはなってくれた。

(それにしても歌子さん、弘城さんが大神家の当主だって知ってても、全然普通に話してたわよね……)

 河菜家は雀を奉る本家筋だと聞いてはいた。しかし大神家と同等という訳ではない。
 それでも三葉のためにやり合ってくれた彼女の優しさに心の中で感謝する。

(次にお会いしたら、お礼を言わなくちゃ)

 名残惜しげにしている歌子を見送り、弘城と共に遅めの夕食をとったのが三時間ほど前のこと。部屋の浴室で湯浴みをした三葉は、ドレッサーの前に座って濡れた髪をタオルで乾かしていた。

(温かいお風呂に急かされずに入れるなんて。何年ぶりだろう)

 まだ母が元気だった頃、山奥の温泉宿でのんびりと入浴したのが最後だった気がする。思えばあの時、母は宿屋の住み込み女中として働いていたと今なら理解できる。
 まだ幼かった三葉は母と二人で各地を転々とする生活を「沢山旅行ができる」と単純に楽しんでいて、それが普通でないことなど知らなかった。
 母も無邪気にはしゃぐ三葉に何も言わなかった。

(羽立野のお父様が探しているって、お母さんは気付いてたんだわ)

 連れ戻されれば本妻から折檻されると母は恐れていたのだ。結果として三葉だけ連れ戻されたわけだが、幸いにもこれまで継母から暴力を受けた事はない。
 最低限の衣食住を約束され、家族に逆らうなんて考えたこともなかった。

(そうだ私……勢いで逃げたけど、どうしてあんな思い切ったことをしたんだろう?)

 冷静になってみると、自分の行動は兄のやらかしを目の当たりにしたとはいえ、かなり異常だ。

「三葉様。夜分遅くに申し訳ございません。弘城様がお呼びでございます」

 扉越しに聞こえる水崎の声に、三葉は我に返った。

「あ、はい。着替えるので、少し待ってもらえますか?」
「かしこまりました」

 流石に寝間着姿で弘城の元へ行くわけにはいかないので、三葉は慌てて髪を纏めると箪笥の引き出しを開ける。

(これってやっぱり、夜伽……かなぁ……)

 正式に嫁入りする前でも、褥に呼ばれる事はままあると噂では聞いていた。子を為す事を優先とする家もあるので、両家の合意があれば問題ではない。

 しかし身分差のある婚姻の場合、弄んでから婚約を解消する非道な男もいるのも事実だ。実際、父は三葉の母だけでなく、幾人もの妾を囲っていたし女中にも手を出していた。
 元芸者の継母は嫉妬深く父が手を付けたと分かると、途端に辛く当たるようになった。暫くするとその女中は虐めに耐えきれず、父から僅かな手切れ金をもらって羽立野家から出て行く。
 そんな事が年に数回あったので、三葉は身分の低い女がどんな扱いを受けるのかよく分かっている。
 はあ、とため息をついてもどうにもならないので、手早く身支度を調える。流石に女中姿で伽に行くのは失礼だから、藤色の落ちついた着物と薄緑の帯を合わせる。

(どう考えても、遊びに決まってる。正式な婚約者にする価値なんてないし……っていうか、そもそも弘城様の褥に上がる価値あるの私?)

 江奈のような美しい女性ならまだしも、自分のような醜い容姿の女を抱きたいと思うのだろうか?

(政略結婚なら仕方なく側に置いてくれるだろうって、女中頭から言われてたくらいだもの……)

 たまに家族から気紛れにかけられる言葉は、三葉がどれだけ醜く価値のない人間だと諭すものばかりだった。

『本当にお前は気が利かないのろまな娘だね。おまけにその醜い顔ときたら。羽立野家の恥だね』
『お姉様はお顔が醜いから、お父様に嫁ぎ先を探してもらわないと一生結婚なんてできないわよ』
『こんな醜女が義理とはいえ妹だなんて反吐が出る。父さん、この女をさっさとどこかへやってください』
『逃げた母親の不義理を許して、家に置いてやってるんだ。うちにいる間は、女中と同じように働くんだぞ。嫁ぎ先はワシが決めてやる。お前頭も顔も悪いのだから、文句は言うなよ』

 家族の言葉は、苦しいけれど戒めだ。

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