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17 名付け
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驚きと混乱が過ぎて、三葉は両手で顔を覆う。
告げられた真実は余りに辛くて、泣き叫びそうになったその時――
「もう止めてやれ」
再び狐が口を開いた。ふさふさとした尻尾で三葉を守るように包み弘城に牙を剥いている。
「お狐様……」
「三葉を害する者は、たとえ狼であっても許しはしない」
「勘違いをしたまま偽の家族に義理立てし続けるより良いだろう。それに三葉さんなら、冷静に受け止めてくれると思ったんだ」
「言い方がある」
唸る狐の首に腕を回し、三葉は彼を宥める。
「お狐様、ありがとうございます。私は大丈夫です。――弘城様、教えていただきありがとうございました。失礼な失言をお許しください」
涙を拭き、弘城に向かって気丈に頭を下げる。事実、弘城に伝えてもらわなければ、自分は偽の両親に恩を感じたまま生きていた。
突きつけられた現実は悲しいけれど、いずれは知る事になっただろう。
「三葉さんと狐が怒るのは当然だよ。だがこちらの事情も汲んでくれると有り難い」
「はい……」
弘城だって、三葉の両親の窮状を知りながらわざと放置したのではない。
(分かってる。だってわざわざ調べて、全てを隠さず教えてくれたんだもの)
三葉を利用したいのであれば、彼はそう命じるだけでいいのだ。それだけの権力を、大神家は持っている。
「……もうこんな時間か。遅くまですまなかったね」
「いえ。それでは失礼します」
一礼して部屋を出ると、ドアの前で水崎が待っていた。
部屋まで送るという申し出を断り、三葉は狐に支えられて自室に戻る。
ふらつきながら部屋に入った途端、急に脚から力が抜けた。
その場にへたり込んだ三葉に、狐が顔を寄せる。
「よく頑張ったな」
「お狐様」
精一杯気丈に振る舞ったけれど、両親の死を知らされればやっぱり辛い。
「三葉」
狐が三本の尾を使い、器用に三葉を持ち上げるとベッドへと運んでくれる。
「ねえ、あなたは私の父のことを知っていたの?」
勘当されるまでは、実家に住んでいたはずだ。神排を始めたのが祖父だとしても、まだ父の頃には狐は正しく奉られていた。
「残念ながら俺は君の父君が土蔵に監禁されてから羽立野家に入ったので、為人は詳しくは知らない。だが君のお父上は、我らを深く信仰していたと聞いている」
神を蔑ろにした家は、緩やかに没落していく。止める方法は幾つかあるが、簡単なのは新たに分霊して授かることだ。
しかしその後の管理を疎かにすれば、神は力を貸してくれない。
そこで叔父と兄は各所に分霊を頼み、最終的に五十近くの分霊を得た。
「神排を受け入れても、神の恩恵も欲しかったのだろうな。欲を出した結果があれだ。欲は際限がない。彼らは三葉の母も取り込み、力を得ようとしたのだ」
父を勘当した後に三葉の母が特別な性質を持っていたと知った羽立野一族は、話し合いの末、二人の結婚を認めることにした。
けれどその頃には、跡取りを狙った弟が「神排」と手を組み乗っ取りを画策していたと続ける。
「我らの力は、神棚の周囲にしか及ばない。羽立野家に入り込んだ神排の者は、酷く狡猾だった。土蔵に奉られていた神棚は、いつの間にか捨てられた。そして土蔵の裏手に、彼ら専用の門が作られた」
「叔父さまと兄様は神排だけど、神棚を撤去することはしなかったのに?」
彼らは奉った狐を蔑ろにしたが、完全に排除することは酷く恐れていた。
だが放置されれば神は力を失う。
「力を失った神は消える運命を辿る。三葉が羽立野家に連れ戻された頃には、俺達はもう消える寸前だったんだよ」
俺達とは、夢の中で見た少女を含めた一団のことだと察した。
「三葉が神棚を清め、毎日祈ってくれたことで周囲で起こることは見聞きできるようになった」
古くから奉られていた狐が言うには、以前は屋敷内の全てを知ることができたらしい。しかし先代が神排の者と近しくなった頃から、狐たちの霊力は薄れていった。
三葉との繋がりは強くなったものの、同時期に神排の力も羽立野家に深く入り込んで来た。
狐たちは三葉を守るだけで精一杯。
「三葉が羽立野家から逃げてくれたお陰で、自分達も逃げることができた。こうして話せるようになったのも離れることができたからだ。皆に代わって、改めて礼を言う」
「お礼を言うのは私の方よ」」
鼻先を頬にすり寄せてくる狐に、三葉は笑いかける。
「私を守っていてくれてありがとう。そうだ、お狐様お名前は?」
「ない。三葉が私に名を付けてはくれないか?」
「えっ」
そんな大切な事を自分が決めていいのかと三葉は迷う。
それに神様の名付けなんてしたことがない。
「頭に浮かんだ名で良い」
金色の瞳が懇願するように三葉を見つめる。
じゃあ、と三葉は呟き目蓋を閉じた。
(真っ白い毛並み……ずっと昔、お母さんと見た恐いくらい綺麗な景色……)
「吹雪……は、どうかな」
「ふぶき、吹雪。ありがとう、三葉」
嬉しそうに吹雪が名を呟き、体を揺する。すると全身の毛がきらきらと輝いた。
「三葉、名のお陰で俺の力は確かなものとなった」
意味はよく分からないけど、確かに吹雪の体は一回り大きくなって毛艶も美しい。
「三葉、あの家の者達は、お前が逃げ出せないよう、負の言葉で縛り付けていただけだ。大神の話は辛かっただろうが、お前を縛り付けていた言葉は無意味なものだと分かっただろう?」
(ああ、そうか……弘城さんは、私の心をあの人達から解放してくれたんだ)
今もまだ気持ちは乱れているけど、それは実の両親に対する真実を知ったからだ。自分に対して「家族」だと偽っていた人達への恩や未練は消えている。
「そうね、私はもうあんな言葉に惑わされない」
自らに言い聞かせるように、三葉は決別の意を口にした。
告げられた真実は余りに辛くて、泣き叫びそうになったその時――
「もう止めてやれ」
再び狐が口を開いた。ふさふさとした尻尾で三葉を守るように包み弘城に牙を剥いている。
「お狐様……」
「三葉を害する者は、たとえ狼であっても許しはしない」
「勘違いをしたまま偽の家族に義理立てし続けるより良いだろう。それに三葉さんなら、冷静に受け止めてくれると思ったんだ」
「言い方がある」
唸る狐の首に腕を回し、三葉は彼を宥める。
「お狐様、ありがとうございます。私は大丈夫です。――弘城様、教えていただきありがとうございました。失礼な失言をお許しください」
涙を拭き、弘城に向かって気丈に頭を下げる。事実、弘城に伝えてもらわなければ、自分は偽の両親に恩を感じたまま生きていた。
突きつけられた現実は悲しいけれど、いずれは知る事になっただろう。
「三葉さんと狐が怒るのは当然だよ。だがこちらの事情も汲んでくれると有り難い」
「はい……」
弘城だって、三葉の両親の窮状を知りながらわざと放置したのではない。
(分かってる。だってわざわざ調べて、全てを隠さず教えてくれたんだもの)
三葉を利用したいのであれば、彼はそう命じるだけでいいのだ。それだけの権力を、大神家は持っている。
「……もうこんな時間か。遅くまですまなかったね」
「いえ。それでは失礼します」
一礼して部屋を出ると、ドアの前で水崎が待っていた。
部屋まで送るという申し出を断り、三葉は狐に支えられて自室に戻る。
ふらつきながら部屋に入った途端、急に脚から力が抜けた。
その場にへたり込んだ三葉に、狐が顔を寄せる。
「よく頑張ったな」
「お狐様」
精一杯気丈に振る舞ったけれど、両親の死を知らされればやっぱり辛い。
「三葉」
狐が三本の尾を使い、器用に三葉を持ち上げるとベッドへと運んでくれる。
「ねえ、あなたは私の父のことを知っていたの?」
勘当されるまでは、実家に住んでいたはずだ。神排を始めたのが祖父だとしても、まだ父の頃には狐は正しく奉られていた。
「残念ながら俺は君の父君が土蔵に監禁されてから羽立野家に入ったので、為人は詳しくは知らない。だが君のお父上は、我らを深く信仰していたと聞いている」
神を蔑ろにした家は、緩やかに没落していく。止める方法は幾つかあるが、簡単なのは新たに分霊して授かることだ。
しかしその後の管理を疎かにすれば、神は力を貸してくれない。
そこで叔父と兄は各所に分霊を頼み、最終的に五十近くの分霊を得た。
「神排を受け入れても、神の恩恵も欲しかったのだろうな。欲を出した結果があれだ。欲は際限がない。彼らは三葉の母も取り込み、力を得ようとしたのだ」
父を勘当した後に三葉の母が特別な性質を持っていたと知った羽立野一族は、話し合いの末、二人の結婚を認めることにした。
けれどその頃には、跡取りを狙った弟が「神排」と手を組み乗っ取りを画策していたと続ける。
「我らの力は、神棚の周囲にしか及ばない。羽立野家に入り込んだ神排の者は、酷く狡猾だった。土蔵に奉られていた神棚は、いつの間にか捨てられた。そして土蔵の裏手に、彼ら専用の門が作られた」
「叔父さまと兄様は神排だけど、神棚を撤去することはしなかったのに?」
彼らは奉った狐を蔑ろにしたが、完全に排除することは酷く恐れていた。
だが放置されれば神は力を失う。
「力を失った神は消える運命を辿る。三葉が羽立野家に連れ戻された頃には、俺達はもう消える寸前だったんだよ」
俺達とは、夢の中で見た少女を含めた一団のことだと察した。
「三葉が神棚を清め、毎日祈ってくれたことで周囲で起こることは見聞きできるようになった」
古くから奉られていた狐が言うには、以前は屋敷内の全てを知ることができたらしい。しかし先代が神排の者と近しくなった頃から、狐たちの霊力は薄れていった。
三葉との繋がりは強くなったものの、同時期に神排の力も羽立野家に深く入り込んで来た。
狐たちは三葉を守るだけで精一杯。
「三葉が羽立野家から逃げてくれたお陰で、自分達も逃げることができた。こうして話せるようになったのも離れることができたからだ。皆に代わって、改めて礼を言う」
「お礼を言うのは私の方よ」」
鼻先を頬にすり寄せてくる狐に、三葉は笑いかける。
「私を守っていてくれてありがとう。そうだ、お狐様お名前は?」
「ない。三葉が私に名を付けてはくれないか?」
「えっ」
そんな大切な事を自分が決めていいのかと三葉は迷う。
それに神様の名付けなんてしたことがない。
「頭に浮かんだ名で良い」
金色の瞳が懇願するように三葉を見つめる。
じゃあ、と三葉は呟き目蓋を閉じた。
(真っ白い毛並み……ずっと昔、お母さんと見た恐いくらい綺麗な景色……)
「吹雪……は、どうかな」
「ふぶき、吹雪。ありがとう、三葉」
嬉しそうに吹雪が名を呟き、体を揺する。すると全身の毛がきらきらと輝いた。
「三葉、名のお陰で俺の力は確かなものとなった」
意味はよく分からないけど、確かに吹雪の体は一回り大きくなって毛艶も美しい。
「三葉、あの家の者達は、お前が逃げ出せないよう、負の言葉で縛り付けていただけだ。大神の話は辛かっただろうが、お前を縛り付けていた言葉は無意味なものだと分かっただろう?」
(ああ、そうか……弘城さんは、私の心をあの人達から解放してくれたんだ)
今もまだ気持ちは乱れているけど、それは実の両親に対する真実を知ったからだ。自分に対して「家族」だと偽っていた人達への恩や未練は消えている。
「そうね、私はもうあんな言葉に惑わされない」
自らに言い聞かせるように、三葉は決別の意を口にした。
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