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第8章:不審者ぶちのめし編
8-4. 不審者をぶちのめ――
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落ち着け。冷静になれ。
既に仲間の援護を期待したらいけない状況だ。俺が対処するしかない。
メイは見えなくなっただけだ。ここにいる。手は放したらいけない。
この世界には魔法やスキルがある。それを悪用する者もいる。
俺は専門の訓練を積んだことはないが、父さんからスキル能力者と戦闘する際の心構えは聞いたことがある。
『いいか。アレル。スキルってのは、使われても焦る必要はない。人を一撃で殺せるようなスキルなんてのはそうそうないし、仮に使えるとしても、そんな強力なスキルなら、使われた時点で終わる。対処のしようがない。だから、お前がスキルを使われたことに気づけるなら、それは、敵には一発で殺す威力がないってことだ。ビビるな。想像より相手は弱い。焦らず、冷静に対処すればいい。いいか? 忘れるな。スキルで攻撃されたと気づけた時点で、相手は弱い』
そうだ。父さんの言うとおりだ。
いま、仕掛けてきているやつに、俺を無力化する能力はない。
だったら、あとは冷静に対処するだけだ。
田舎育ちで羊飼いの俺は、この世界で一度も戦闘用のスキルを見たことがない。だが、日本のエンターテインメントで培った知識がある。無知ではない。
透明化する相手へのセオリーは、影。
俺は石畳の路地を見下ろす。影はない。
なら、次は水を撒く。
俺の魔力で出せる水量なんて水鉄砲みたいなもんだが、それでいい。
俺は左手に力を込めてメイを引っ張り寄せる、そしてメイの向こう側めがけ右手を振り、水を飛ばす。
狙う位置は、メイの頭より高い位置だ。
わずかな水しぶきだが、水がなにもないところで弾けた。メイより背の高い何かがいる。
「ぶちのめすぞ!」
俺は、右手で棍棒を取り、空中の濡れた位置めがけて、振るう。
ゴウンッッ!
「ぐあっ!」
手応えは浅い。まるで草原を叩いたみたいなんしょくだった。だが、悲鳴が聞こえ、20歳前後の小汚い男が現れた。頭頂部が丸くハゲており、そこが血まみれになっている。どうやら俺がメイに当たらないように高い位置を狙ったから、頭皮を髪ごと削り取ったらしい。
同時にメイの姿が見えるようになった。尻餅をついている。万が一にも棍棒が当たらないように、俺が水魔法を使ったのと同時に咄嗟に全身の力を抜いて地面に倒れていたのだろう。
小汚い男が使ったのは、おそらく、触れた相手を周囲から認識できなくするスキル。
「ソフィア! 騎士を呼んでくれ!」
俺が叫び、間を置かず、騎馬の蹄が石畳を勢いよく打つ音を聞いた。
「アレル! 動くなよ!」
アーサーさんだ。
騎馬は住民を蹴散らしながら急接近、無手だったはずだが、それがアーサーさんのスキルなのか、彼はいつの間にか両刃剣を手にしていた。
「ひいいっ!」
小汚い男が背を向け逃げようとする。
その刹那、暴力的な銀の輝きと、たてがみをなびかせた白馬の胴が間近を過ぎていく。俺はメイを抱いて守りながら、馬の後ろ脚の筋肉が隆起し躍動するのを見た。
「うわああああああああっ! 手が、俺の手があああっ!」
俺は左手でメイの頭を抱きかかえて男の方を見えないようにしてから、悲鳴の方を確かめる。
石畳には既に血溜まりができていた。
右手首を失い左手で傷口近くを握る男の顔は、おびただしい量の脂汗にまみれている。
ヒヒイイイイインッ!
アーサーさんの騎馬が方向転換のために竿立ちになった。
不審者は明らかに戦意喪失で戦闘力を失っているが、俺はアーサーさんが戻ってくるまで油断はしない。
メイをしっかりと抱き寄せ、いつでも男の頭部を粉砕できるよう、棍棒を振り上げて待ち構える。
馬の姿勢を直したアーサーさんが、男の背後から剣を首筋に押し当てる。
「無様な悲鳴をやめ、名乗れ。貴様は、我が命を奪うにふさわしい高貴な者か」
「ひいいいっ。痛いッ。痛いッ。助けてくれ。俺の手。俺の手ぇ。頭も痛ぇっ!」
「なぜ、聖女候補を狙った」
「知らねえ! 知らねえよ! 金がなくて娼婦を買えないから、適当なガキをさらおうとしただけだ! ひでえ! たったそれだけで俺の右手を切るなんて! 回復術士を連れてきてくれ! お前ら、俺の右手を探してくれ!」
「……たったそれだけのこと? 俺の妹を誘拐して強姦しようとして?」
俺は棍棒を投擲しようとする。しかし、アーサーさんの両刃剣が、俺の前を遮る。
「アレル。抑えろ。こいつは斬るに値しない。我が従者ジョンよ。この男の傷を手当てせよ。よいな。我が剣によって死ぬ名誉をこいつに与えてはならぬ」
「は!」
若い従者が走ってきた。
「は。ははっ。おら。早く治せ……!」
男は命に危険がないと分かった途端、横柄な態度を取り始めた。
しかし、それもアーサーさんが次の言葉を発するまでだった。
「ジョンよ。その男は魔法攻撃の練習台にしろ。体力尽きて動かなくなるようなら、捕虜を拷問で殺さないように痛めつける練習にでも使え。死にかけたら治療してやれ」
「は!」
「ひ、ひいぃっ!」
死ねずに延々と苦しみ続ける未来を知った男は、逃走を試みたらしく、立ち上がろうとする。
しかし、先に従者ジョンが背後から男を蹴倒し、後頭部を短刀の柄でぶん殴って気絶させた。
不審者の破滅は確定した。だが、俺の怒りはおさまらない。
そんな俺の感情を察してか、アーサーさんはやはりなんらかのスキルによって剣を消すと、表情を崩す。
「アレルよ。価値なき者を傷つけて己の価値を下げるな。道中でお前の身のこなしは見てきた。一朝一夕で身につくものではないだろう。価値なき者に振るうために積んだ修練ではなかろう」
完全に納得しきったわけではないが、騎士の考え方というのは、理解はできる。
「……そうですね。この怒りはあとで、野良スライムでも倒して発散しますよ」
「ああ。その方がお前の努力が報われる」
不審者の命はスライム以下だというブラックジョークだが、通じたようだ。「人権がー!」と叫ぶ者もいないから気楽で良い。
既に仲間の援護を期待したらいけない状況だ。俺が対処するしかない。
メイは見えなくなっただけだ。ここにいる。手は放したらいけない。
この世界には魔法やスキルがある。それを悪用する者もいる。
俺は専門の訓練を積んだことはないが、父さんからスキル能力者と戦闘する際の心構えは聞いたことがある。
『いいか。アレル。スキルってのは、使われても焦る必要はない。人を一撃で殺せるようなスキルなんてのはそうそうないし、仮に使えるとしても、そんな強力なスキルなら、使われた時点で終わる。対処のしようがない。だから、お前がスキルを使われたことに気づけるなら、それは、敵には一発で殺す威力がないってことだ。ビビるな。想像より相手は弱い。焦らず、冷静に対処すればいい。いいか? 忘れるな。スキルで攻撃されたと気づけた時点で、相手は弱い』
そうだ。父さんの言うとおりだ。
いま、仕掛けてきているやつに、俺を無力化する能力はない。
だったら、あとは冷静に対処するだけだ。
田舎育ちで羊飼いの俺は、この世界で一度も戦闘用のスキルを見たことがない。だが、日本のエンターテインメントで培った知識がある。無知ではない。
透明化する相手へのセオリーは、影。
俺は石畳の路地を見下ろす。影はない。
なら、次は水を撒く。
俺の魔力で出せる水量なんて水鉄砲みたいなもんだが、それでいい。
俺は左手に力を込めてメイを引っ張り寄せる、そしてメイの向こう側めがけ右手を振り、水を飛ばす。
狙う位置は、メイの頭より高い位置だ。
わずかな水しぶきだが、水がなにもないところで弾けた。メイより背の高い何かがいる。
「ぶちのめすぞ!」
俺は、右手で棍棒を取り、空中の濡れた位置めがけて、振るう。
ゴウンッッ!
「ぐあっ!」
手応えは浅い。まるで草原を叩いたみたいなんしょくだった。だが、悲鳴が聞こえ、20歳前後の小汚い男が現れた。頭頂部が丸くハゲており、そこが血まみれになっている。どうやら俺がメイに当たらないように高い位置を狙ったから、頭皮を髪ごと削り取ったらしい。
同時にメイの姿が見えるようになった。尻餅をついている。万が一にも棍棒が当たらないように、俺が水魔法を使ったのと同時に咄嗟に全身の力を抜いて地面に倒れていたのだろう。
小汚い男が使ったのは、おそらく、触れた相手を周囲から認識できなくするスキル。
「ソフィア! 騎士を呼んでくれ!」
俺が叫び、間を置かず、騎馬の蹄が石畳を勢いよく打つ音を聞いた。
「アレル! 動くなよ!」
アーサーさんだ。
騎馬は住民を蹴散らしながら急接近、無手だったはずだが、それがアーサーさんのスキルなのか、彼はいつの間にか両刃剣を手にしていた。
「ひいいっ!」
小汚い男が背を向け逃げようとする。
その刹那、暴力的な銀の輝きと、たてがみをなびかせた白馬の胴が間近を過ぎていく。俺はメイを抱いて守りながら、馬の後ろ脚の筋肉が隆起し躍動するのを見た。
「うわああああああああっ! 手が、俺の手があああっ!」
俺は左手でメイの頭を抱きかかえて男の方を見えないようにしてから、悲鳴の方を確かめる。
石畳には既に血溜まりができていた。
右手首を失い左手で傷口近くを握る男の顔は、おびただしい量の脂汗にまみれている。
ヒヒイイイイインッ!
アーサーさんの騎馬が方向転換のために竿立ちになった。
不審者は明らかに戦意喪失で戦闘力を失っているが、俺はアーサーさんが戻ってくるまで油断はしない。
メイをしっかりと抱き寄せ、いつでも男の頭部を粉砕できるよう、棍棒を振り上げて待ち構える。
馬の姿勢を直したアーサーさんが、男の背後から剣を首筋に押し当てる。
「無様な悲鳴をやめ、名乗れ。貴様は、我が命を奪うにふさわしい高貴な者か」
「ひいいいっ。痛いッ。痛いッ。助けてくれ。俺の手。俺の手ぇ。頭も痛ぇっ!」
「なぜ、聖女候補を狙った」
「知らねえ! 知らねえよ! 金がなくて娼婦を買えないから、適当なガキをさらおうとしただけだ! ひでえ! たったそれだけで俺の右手を切るなんて! 回復術士を連れてきてくれ! お前ら、俺の右手を探してくれ!」
「……たったそれだけのこと? 俺の妹を誘拐して強姦しようとして?」
俺は棍棒を投擲しようとする。しかし、アーサーさんの両刃剣が、俺の前を遮る。
「アレル。抑えろ。こいつは斬るに値しない。我が従者ジョンよ。この男の傷を手当てせよ。よいな。我が剣によって死ぬ名誉をこいつに与えてはならぬ」
「は!」
若い従者が走ってきた。
「は。ははっ。おら。早く治せ……!」
男は命に危険がないと分かった途端、横柄な態度を取り始めた。
しかし、それもアーサーさんが次の言葉を発するまでだった。
「ジョンよ。その男は魔法攻撃の練習台にしろ。体力尽きて動かなくなるようなら、捕虜を拷問で殺さないように痛めつける練習にでも使え。死にかけたら治療してやれ」
「は!」
「ひ、ひいぃっ!」
死ねずに延々と苦しみ続ける未来を知った男は、逃走を試みたらしく、立ち上がろうとする。
しかし、先に従者ジョンが背後から男を蹴倒し、後頭部を短刀の柄でぶん殴って気絶させた。
不審者の破滅は確定した。だが、俺の怒りはおさまらない。
そんな俺の感情を察してか、アーサーさんはやはりなんらかのスキルによって剣を消すと、表情を崩す。
「アレルよ。価値なき者を傷つけて己の価値を下げるな。道中でお前の身のこなしは見てきた。一朝一夕で身につくものではないだろう。価値なき者に振るうために積んだ修練ではなかろう」
完全に納得しきったわけではないが、騎士の考え方というのは、理解はできる。
「……そうですね。この怒りはあとで、野良スライムでも倒して発散しますよ」
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