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第13章:帰郷編
13-4. みんな刺身を避ける。食べろよ!
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楽しい時間を過ごして普段よりワインを多く飲んで軽く酔っている俺は、いつもより上機嫌に言う。
「さあ、みんな。腹にはまだ余裕があるな? ワイン商が売り歩く革の袋なみに空気がたっぷりで、胃袋には余裕があるだろう。さあさあ刺身を食ってくれ!」
日本人にとっては、なんの変哲もない刺身だ。
しかし、異世界の、特に山間部の農村では誰も食べたことがないだろう。
メイのスキル鮮度保つ保存の泡は20日経っても、王都の魚を新鮮なまま運べた。
俺は刺身がのった木の板をみんなに見せる。
だが……。
「おい。どうした、みんな。怪しくない。遙か東方の国では、こうやって新鮮な魚を生のまま食べるんだ」
日本みたいな国が東方にあるかは知らないが、そういうことにしておく。
「あ、うん……」
「あ、はい……」
誰も手を伸ばさない。
くそっ。生魚を食べていない文化圏に、刺身は通じないか。
「ジョンさん。どうだ?」
ジョンさんはリュオの父だ。この場で最年長の彼に刺身を勧める。
「あ、いや、うむ。俺には、もう豊穣の女神がじゅうぶんに微笑んでくれた(腹が膨れたの意味)」
「リュオ。お前はどうだ?」
「俺! パンをつけたチーズがいい!」
俺が視線を向けると、みんな、さっと顔を背ける。
「ヨッシュ。ほら。食えよ」
俺は気心の知れた友人に勧める。俺は、こいつが皮を剥いで焼いた蛇を食べたことがある。
「良いワイン屋に看板は要らない(良いものは宣伝しなくても評判になるという意味)と言うが、刺身とやらには看板が要るだろう。もう細かく切ってしまったようだが、焼いたらどうだ?」
つまり、生の魚なんて要らんってことだ。
どいつもこいつも……。
俺は愛する母さんのところ向かう。本当は真っ先に母さんに勧めたかったのだが、そこは、まあ中世的価値観の山村だから、心苦しいが女は後回しにするしかない。
「母さん。これを食べてみてくれ」
「うふふ。私は、私の子供たちがお腹いっぱいに食べるのを見るのが好き。貴方たちで食べて」
「なんて優しいんだ!」
背後で誰かが「食べたくないんだな」と言った。誰だよ。ぶちのめすぞ。
けっきょく、最終的に食べてくれたのはミイだけだ。
「美味しい!」
「ありがとう。ミイ。美味いよな?」
「美味しい!」
「ほら、みんなも。満面の笑顔を見ただろう。ほら見ろ。夕日も照れている」
夕日も照れている:太陽は男と考えられている。『可愛い女の子の笑顔を見て、照れた太陽が隠れるから夜になる。だから急ごう』という意味の慣用表現だが、暗くなったから人目につかずにエッチしようという催促の意味でも使われる。
「早くしないと夕日が山の向こうに隠れてしまうぞ。おい、ヨッシュ、食えよ。気まぐれ王の布告を出すときだ」
気まぐれ王の布告:朝令暮改の意味。
「お。おう。だが、魚の死体は、ちょっと……」
「死体って言うな。ぶちのめすぞ」
「は? 死体だろ? ぶちのめし返すぞ」
俺たちは語気を荒くするが、俺の家族やリュオ一家にとっては見慣れたことなので誰も騒がない。
ソフィア、サリナ、ミイは、俺たちが険悪になったと誤解してしまったらしく、少し慌てた。
少しだけ反省した俺は言葉を柔らかくする。
「言っただろ。メイのスキルで鮮度を維持したまま運んだんだよ。腐ってない。まさか、メイのスキルを信じないのか?」
「いや、そんなことはない」
「いいから食えよ」
俺は、これまた俺の発明品ということになっている箸で刺身を一切れ取り、ヨッシュの口に近づける。
だが――。
シュンッ!
ヨッシュの姿が消えたかと錯覚する速度で、数メートル後方に移動した。
フラッシュステップだ!
友人として一緒に山を走り回った仲だから、こいつにはとっくに教えてある。移動手段が徒歩しかない異世界人狩人特有の強力な脚力があるため、かなりの使い手だ。
箸で刺身を持っている俺は、フラッシュステップで追いかけることができない。
「俺は、バナナをもらうよ……。/
:ヨッシュは机の上にある果実に手を伸ばす。
/これも、スキルで新鮮なまま運んでくれたんだろ。こんな、話でしか聞いたことのない南国のフルーツが食べられるなんて、最高だな!」
「ああ……」
俺が視線を向けると他のメンツも「果物が新鮮で美味しい」などと、食事を再開した。
「ミイ。刺身はふたりで食べよう」
「うん! ありがとうございます!」
ミイはメイに世話を任せたおかげで、声が大きい子になってしまったが、語彙の少なさと相まって無邪気感が増して可愛いな。
陽が沈みかけてヨッシュ夫婦とリュオ夫婦が帰ることになった。
俺は家の外まで見送る。
再び、女の中に男がひとり。
ちなみに、食事中に俺が母さんにまったく話しかけなかったのは、ヨッシュたちにマザコンだと思われたくないからだ。
さらに言うと、母さんもフラッシュステップの使い手だ。娯楽がない世界だし、子供達が妙な歩法でヒュンヒュン移動していたら、真似したくなるのも仕方ない。
ジョンさんもかなりの使い手だ。リュオにもいずれ、技は継承されていくだろう。
あと、俺はタイミング的に毎回不参加だから詳細を知らないが、魂霊祭(大晦日みたいなもの)の際に、村人はみんなでマイムマイムのノリで空中ウォーキングをしているそうだ。
空中で歩く行為が『死に別れた人と会うために天界へ歩いていく』を顕していることになってしまい、村民に受け入れられてしまったのだ。
数世紀後まで続く伝統行事になったらどうしよう。
俺の現代知識のせいで、異世界の文化にひずみが生まれる。怖い。
さて、あとは就寝するだけだ。
ソフィアとサリナとミイが泊まっていくから、女密度が高い。
貧乏人特権として俺は母さんと抱きあって暖をとりあいながら寝たいが諦め、レストを抱き枕にして寝転がる。
つかの間の休息だし、再び旅立ったらもう二度と母さんと会えないかもしれないから甘えたいんだが、他人の目が多すぎて断念するしかない。
そして、甘えたいのは下の妹のユーノも一緒だったらしく、俺に抱きついてきた。
仕方ないから俺はユーノを左脇に抱きつかせてやり、レストを枕にした。
「さあ、みんな。腹にはまだ余裕があるな? ワイン商が売り歩く革の袋なみに空気がたっぷりで、胃袋には余裕があるだろう。さあさあ刺身を食ってくれ!」
日本人にとっては、なんの変哲もない刺身だ。
しかし、異世界の、特に山間部の農村では誰も食べたことがないだろう。
メイのスキル鮮度保つ保存の泡は20日経っても、王都の魚を新鮮なまま運べた。
俺は刺身がのった木の板をみんなに見せる。
だが……。
「おい。どうした、みんな。怪しくない。遙か東方の国では、こうやって新鮮な魚を生のまま食べるんだ」
日本みたいな国が東方にあるかは知らないが、そういうことにしておく。
「あ、うん……」
「あ、はい……」
誰も手を伸ばさない。
くそっ。生魚を食べていない文化圏に、刺身は通じないか。
「ジョンさん。どうだ?」
ジョンさんはリュオの父だ。この場で最年長の彼に刺身を勧める。
「あ、いや、うむ。俺には、もう豊穣の女神がじゅうぶんに微笑んでくれた(腹が膨れたの意味)」
「リュオ。お前はどうだ?」
「俺! パンをつけたチーズがいい!」
俺が視線を向けると、みんな、さっと顔を背ける。
「ヨッシュ。ほら。食えよ」
俺は気心の知れた友人に勧める。俺は、こいつが皮を剥いで焼いた蛇を食べたことがある。
「良いワイン屋に看板は要らない(良いものは宣伝しなくても評判になるという意味)と言うが、刺身とやらには看板が要るだろう。もう細かく切ってしまったようだが、焼いたらどうだ?」
つまり、生の魚なんて要らんってことだ。
どいつもこいつも……。
俺は愛する母さんのところ向かう。本当は真っ先に母さんに勧めたかったのだが、そこは、まあ中世的価値観の山村だから、心苦しいが女は後回しにするしかない。
「母さん。これを食べてみてくれ」
「うふふ。私は、私の子供たちがお腹いっぱいに食べるのを見るのが好き。貴方たちで食べて」
「なんて優しいんだ!」
背後で誰かが「食べたくないんだな」と言った。誰だよ。ぶちのめすぞ。
けっきょく、最終的に食べてくれたのはミイだけだ。
「美味しい!」
「ありがとう。ミイ。美味いよな?」
「美味しい!」
「ほら、みんなも。満面の笑顔を見ただろう。ほら見ろ。夕日も照れている」
夕日も照れている:太陽は男と考えられている。『可愛い女の子の笑顔を見て、照れた太陽が隠れるから夜になる。だから急ごう』という意味の慣用表現だが、暗くなったから人目につかずにエッチしようという催促の意味でも使われる。
「早くしないと夕日が山の向こうに隠れてしまうぞ。おい、ヨッシュ、食えよ。気まぐれ王の布告を出すときだ」
気まぐれ王の布告:朝令暮改の意味。
「お。おう。だが、魚の死体は、ちょっと……」
「死体って言うな。ぶちのめすぞ」
「は? 死体だろ? ぶちのめし返すぞ」
俺たちは語気を荒くするが、俺の家族やリュオ一家にとっては見慣れたことなので誰も騒がない。
ソフィア、サリナ、ミイは、俺たちが険悪になったと誤解してしまったらしく、少し慌てた。
少しだけ反省した俺は言葉を柔らかくする。
「言っただろ。メイのスキルで鮮度を維持したまま運んだんだよ。腐ってない。まさか、メイのスキルを信じないのか?」
「いや、そんなことはない」
「いいから食えよ」
俺は、これまた俺の発明品ということになっている箸で刺身を一切れ取り、ヨッシュの口に近づける。
だが――。
シュンッ!
ヨッシュの姿が消えたかと錯覚する速度で、数メートル後方に移動した。
フラッシュステップだ!
友人として一緒に山を走り回った仲だから、こいつにはとっくに教えてある。移動手段が徒歩しかない異世界人狩人特有の強力な脚力があるため、かなりの使い手だ。
箸で刺身を持っている俺は、フラッシュステップで追いかけることができない。
「俺は、バナナをもらうよ……。/
:ヨッシュは机の上にある果実に手を伸ばす。
/これも、スキルで新鮮なまま運んでくれたんだろ。こんな、話でしか聞いたことのない南国のフルーツが食べられるなんて、最高だな!」
「ああ……」
俺が視線を向けると他のメンツも「果物が新鮮で美味しい」などと、食事を再開した。
「ミイ。刺身はふたりで食べよう」
「うん! ありがとうございます!」
ミイはメイに世話を任せたおかげで、声が大きい子になってしまったが、語彙の少なさと相まって無邪気感が増して可愛いな。
陽が沈みかけてヨッシュ夫婦とリュオ夫婦が帰ることになった。
俺は家の外まで見送る。
再び、女の中に男がひとり。
ちなみに、食事中に俺が母さんにまったく話しかけなかったのは、ヨッシュたちにマザコンだと思われたくないからだ。
さらに言うと、母さんもフラッシュステップの使い手だ。娯楽がない世界だし、子供達が妙な歩法でヒュンヒュン移動していたら、真似したくなるのも仕方ない。
ジョンさんもかなりの使い手だ。リュオにもいずれ、技は継承されていくだろう。
あと、俺はタイミング的に毎回不参加だから詳細を知らないが、魂霊祭(大晦日みたいなもの)の際に、村人はみんなでマイムマイムのノリで空中ウォーキングをしているそうだ。
空中で歩く行為が『死に別れた人と会うために天界へ歩いていく』を顕していることになってしまい、村民に受け入れられてしまったのだ。
数世紀後まで続く伝統行事になったらどうしよう。
俺の現代知識のせいで、異世界の文化にひずみが生まれる。怖い。
さて、あとは就寝するだけだ。
ソフィアとサリナとミイが泊まっていくから、女密度が高い。
貧乏人特権として俺は母さんと抱きあって暖をとりあいながら寝たいが諦め、レストを抱き枕にして寝転がる。
つかの間の休息だし、再び旅立ったらもう二度と母さんと会えないかもしれないから甘えたいんだが、他人の目が多すぎて断念するしかない。
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