拝啓前世の私へ~乙女ゲームの世界ってこんなにハードなものなの?!~

ルマ

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第11話

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梅娘メイニャンside

 最悪、最悪だわ!!
 私がいない間に、媚香びこうが町中に振り撒かれ、ギルドにまで…。
 特にあそこには…。

 会談後、知らせを聞いて、急いでギルドに向かっていた。
 
 入口までの道に、焦げている2つの死体…。

 「この火力の強さは…、炎龍様!?ちょっと!なんてことなの!休日だから誰もいないと思ってたのに…。炎龍様がギルドに向かったの?!いいえ、問題はそこではないわ。こんな道端で燃やすだなんて何考えてるのよって話よ…。って、え!!!」

 ギルド入口に置いてある結界石が発動していない。

 「嘘!!!そんな馬鹿な!私は確かに発動して…。はっ!雹華ひょうか!!」

 慌てて離れに向かって走る。
 昔の私がまだ誘惑専門ハニートラップとして現役だったころ一緒に働いたことのある大先輩…雹華ひょうかの母、雹麟ひょうりんの言葉を思い出す。

 『この仮面を取ったら、捕まってしまうの…』

 「お願い、まだそこにいて!!」
 
 誰かに連れていかれたんじゃ…!いいえ、もしかしたら襲われているかも…!

 また焦げ臭いにおいを感じて、すぐに庭を見た。
 すると三人の死体がそこに無残に転がっている。

 「え?…まさか炎龍様が助けに来たってこと?…あの龍の一族の男が?!」

 廊下には仮面が落ちている。雹華ひょうかのものだ。

 なんてこと…!

 確かに雹華ひょうかだけにはまわりの者とは違う対応をしてたけど…。
 いいえ、今はそんなことを考えている暇はないわ。
 
 この先の突き当りにある扉を目指す。
 
 扉にはどうやら鍵がかかっているらしく、結界がきちんと発動しているらしい。

 「よ…よかったわ…。部屋の中にいるのね…。」

 死体の片づけでもしようと扉に背を向けた時だった。

 あら…?おかしいわね、どうして扉の前に炎龍様の腰飾りが落ちてるのかしら?

 「………」
 
 「マスターキーで開けましょう。中に私の従業員がいるわ。助けないと。」

 真顔で言う。
 決して、雹華ひょうかのあんなことやそんなことの姿を見たいわけではない。

 決してやましい気持ちがある訳ではない。

 「雹華ひょうかはまだ十五、六歳よ?まだ発達途中の女性だというのに、万が一なんてことがあったら私があの孤高の雲に殺されるわ。」

 そうよ、これは雹華ひょうかの為。

 意を決して、ガチャリと思い扉を開いた。
 入り口には雹華ひょうかの髪紐が落ちている。

 靴が落ちているが、男の物だ。
 この靴の持ち主を私は知っていた。

 (ぁ~…。これは部屋にいるので間違いなさそうね)
 
 そろそろと足音を立てずに気配を殺し、屏風の向こうの褥に向かって歩みを進める。
 
 「ぅん…。ぁ…。は…。」

 「はぁ…。っ…。」

 (悩ましい声が聞こえる気がするわね…。)

 ごくりと喉を知らず知らずのうちに鳴らし、そっと屏風から顔を出した。

 ベットの上で狩人ハンターとして…あのハニトラの方法で…。

 (これは安全確認よ。ちょっとしたやましい気持ちも、面白がる気持ちも何もないわ。これは、安全確認、そして安否確認よ!)

 自分に言い聞かせながら、謎に鼻息が荒くなるが、何とか抑える。
 いけないいけない。顔面が崩壊してしまうわ。
 現役の狩人ハンターではないとはいえ、ギルドマスターなのだから、優雅にね。

 スっ
 
 屏風の向こう側は…

 (えっ~~~~~~~~っっ!!??)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
雹華ひょうかの部屋
雹華ひょうかsaid
 

 「すみませんでした…。」

 「本当に反省しているのね…?まぁ、私も悪いのよ…。私も会談なんかに時間を取られてしまって…。でも、とにかく知らない人がどこかの部屋にいたら、扉の鍵くらい閉めて閉じ込めてしまいなさい。まったく…お腹を空かせた可哀そうな人だと思ってって…そんな人はここでは無くて料理店に行ってるわよ!雹華ひょうかって頭がいいのか悪いのか…。」

 今現在、私は絶賛怒られ中だ。
 何故かって…?

 「新しい新人さんだと思いまして…。食事の話をしてましたし…。」

 「あほか。んなわけないやろ。そもそもここにはギルドカードがないと入れんのやぞ?新人が腹空かせて厨房なんかに入り浸るか!」

 「ごもっともです…。」

 「本当よ、危機管理能力がなさすぎるわ!炎龍様が来なかったらどうなっていたか…。毒っていうのを甘く見ているわ!しかも今回はほぼ拷問用で間違いなさそうよ。拷問用と言えば、普通の媚薬入りの薬と違って、後遺症が残るぐらいの強さを持ってるのよ?こんなのを独りで何もせずに堪えたら、今頃頭の中焼き切れてるわよ?そ・れ・を?一人で耐えたら何とかなると思って?馬鹿じゃないの?!」

 「うぐっ…!」

 最初に行った私の言葉が大きな針となって私を攻撃してる…!

 「首に付けられた闇の能力の首輪は何とか外せてよかったわ…。もうっ!こんなものを付けられるだなんて…。本当に危険だったのよ?!分かってるの?!!」

 「す、すみませんでした!!」

 事の発端は数十分前に遡る。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
秘密結社 東部狩人ハンターギルド『明月めいげつ

梅娘メイニャンsaid

 (え~~~~~~~~~~?!)

 なんで雹華ひょうかが褥の上で炎龍様に足掴まれてるのよ?!
 どういう状況なの?!

 もっと悩ましい状況だと思っていたら、雹華ひょうかの右足の足裏のツボをぎゅぅ!っと押されているらしい状況だ。(いや、どんな状況よ!!)

 「む…、むりです!まっ…まって…いった!ちょ!いたたたたっ!!!」

 「はぁ?厨房にいた男どもは新人で腹を空かせていると思って、料理をしようとしたけれど体調が悪い気がして、部屋に戻って薬を飲んもうとかいろいろ考えてたら、厨房の扉を閉め忘れたぁ!?扉閉めてたら、襲われずに済んだやろ!なんでお前は花畑頭なんや!お前、俺が来なかったらどないする気やったん!?あ゛ぁ?!」

 「そ、それは一人で何とか逃げて、毒が抜けるまで耐えれば済むと思って…!いったぁ!ヒィ…!いたたたたっ!!ちょっ、もう絶対歩けなくなるやつですよこれ!マッサージだなんて嘘ですって!」

 ギブです~などとちょっとよく分からないことを言いながら褥の上で苦しんでいる雹華ひょうか

 「一人で何とか逃げて、毒が抜けるまで耐えれば済むと思ってました?ドアホかお前は!!お前の頭の中身どないなってんねん!!見てみたいわ、ボケ!」

 「あ、頭の中は、あなたと同じですよ!いたたっ!!も~無理!本気で無理です!止まって止まって~~!!」

 「同じぃ~?一緒にすんなや、お前の場合は単細胞やろ!このお花畑!ド天然、お人良し美人、じゃじゃ馬娘が!!」

 「あ!聞き捨てなりませんよ!今のは撤回してください!貴方だって、馬鹿力だし、笑顔が胡散臭いし、優しいし!頭固いし!…いててっ!待って、待て!!待てだってば!この犬っ!ワンちゃんのくせに!!待てもできないんですか!」

 (なんで誉め言葉が一つ紛れ込んでるのよ…。そして雹華ひょうか『優しい』は貴方限定よ…って...。)

 「いい加減にしなさ~い!」

 屏風の後ろからでて、二人を止めに入った。

 くるりと体を腰からねじって、こちらを褥から見上げてくる体制になった雹華ひょうかは肌着で寝転がっている。
 足元には胡坐を組んで座って、雹華ひょうかの足首を掴んで足裏を親指で押している、上着がなく肌着の炎龍様がこちらを見てくる。

 驚いた二人の顔…。
 あら?前もこんなことがあったような…ってそうじゃないわ、

 「私の従業員の雹華ひょうか!!無事なの!?鍵で開けたわ!!って、なんであんなことや、こんなことになってないのよ!楽しみに…っていけない!本音が!」

 「え?梅娘メイニャンがやったんですか?」

 きょとんと曇りない目で言ってくるものだから慌てて否定した。

 「違うわよ!私は今回の件とは無関係よ!もうっ…他の人に譲るくらいなら、私が相手したいわよ!まだ食べごろには若いと思っ…じゃないわ!毒は?無事なの?!媚薬って耐えれば耐えるほど熱がたまって、後遺症が残りやすいの!特に今回はおそらく拷問用よ!」

 「あぁ…えっと私は、その…、無事?です…。」

 なぜか言い淀みながら、耳まで赤く染めて無事だと言ったその雹華ひょうかの顔は、まだ幼さがほんの少し残るが天女のような相貌であった。

 絹のように滑らかそうな黒髪は天使の輪のように光の輪を髪の上に創り出し、白い陶器のように傷一つないつややかな白い肌、今や、恥ずかしさに頬が紅潮している。
 二重がパッチリとしたややツリ目の青い瞳は透き通っていて、まるで海のよう…。その瞳が恥ずかしさからか、潤んでいるせいでより快晴の海を思い起こさせる。

 恥ずかし気にすこし伏せられたまつ毛は長く、目の縁を綺麗に囲っている、そのおかげか頬にまつ毛の影が落ちている。

 …と細かく表現したいくらい美しい。
 この美しさをどう言葉を尽くせば表せることができるのか…。

 (くっ、何度見ても慣れないわ!!!しかも何よその表情は!!何があったのよ!…え、ちょっと待ってどうやって毒を…)

 「ね、ねぇ?聞いてもいいかしら…?」
 
 褥の壁際の奥に溜まっている脱ぎ散らかしの服。
 地面に畳んで置いてある布...。
 敷かれているのはたぶん新しい敷布団だろうと予想できる。

 少し乱れた髪、湿っぽい肌。 
 そして…気づいてしまったのだ…。
 首元にあるいくつもの赤い痕、そして気だるげなその様子…。
 少し見える鎖骨に歯の跡…。

 「はい?」

 「その…、毒は自分で抜いたのかしら…?それとも~…」

 ちらりと炎龍様を見ると、ニコリとこちらを綺麗な笑みで見返して、人差し指一つ立てて口元に持っていくと、「シィ~…」と小さく合図される。

 「いいえ、何でもないわ。無事ならそれで。ええ、無事ならね。」

 「えっ…あ…。はい、無事ですので…お気になさらず…。」

 赤くまた顔が紅潮したかと思うと、枕に顔を押し付けてしまった。
 その様子があまりにも可愛らしくて、そしてその体の様子が色っぽくて、私が小さく喉を鳴らしてしまったとき、真顔の炎龍様と目が合った。

 すると途端に真顔のまま炎龍様がツゥー…と雹華ひょうかふくらはぎの裏を撫で、そのまま太ももの内側までゆっくりと撫でる。

 雹華ひょうかがビクッと体を揺らし「ん…ぁ。」と悩ましい声をシーツに顔を押し付けたまま出した。

 そのいつもの様子からは想像できないほどの大人顔負けの甘い声をだす雹華ひょうかの様子に私が驚いていると、真顔だった炎龍様が満足気に黒く笑ったのが見えた。

 また私と目が合うと、「俺の」と口パクで言ってきた。(私の方が先に会ってたわよっ!)

 だが反論や意見など許さないほどの圧を持った目だ。
 無言で私は頷くしかない。

 とにかく咳払いでここは場を変えるのよ。いつまでも炎龍様のペースに飲まれてはいけないわ。
 なんだか悔しいし…。

 「ゴホンッ!えっと…、そうね、何があったのか状況説明を…話せるとこだけで構わないから教えてほしいわ。しっかり座ってくれるかしら炎龍。」

 「あ!すみません、つい梅娘の前だったので気が緩んで…、人の前で寝転がるだなんてはしたなかったですね…!」

 慌てて起き上がる雹華ひょうか

 「あ、待っ…!」

 炎龍様が止めようと声をかけるも間に合わなかった。
 バサァッと雹華ひょうかの肌着の前がはだけた。

 「ぁっ…。」

 あちゃぁ…と言わんばかりに片手で顔を覆った炎龍様。
 
 白く広い腰にはがっちりと掴まれた手の跡。
 上の下着は着けていないらしく、その形の良い膨らみがたゆんっと揺れる。
 片手で覆うことができるかできないか…くらいの大きさの胸には赤い痕と、噛み痕…。
 下半身の下着も着ていないようだ。白くて柔らかそうな二つの丘が綺麗に形よくそこに収まっている。

 慌てて、肌着の布を合わせ前を隠した。
 驚きと謎の納得感で呆然としている私を前に焦り始める雹華ひょうか

 「あ…、あの…。梅娘メイニャンこれは…私のせいで!誰も悪くなくって…!えっと…」

 「…待って、落ち着いて。いいわ。…何も言わないで。…でもこれだけは言わせてちょうだい。…体は無事なのね?」

 「…?はい、無事です。それより梅娘メイニャンごめんなさい…。私に留守を頼まれたのに、ギルドに侵入者を…。」

 「謝らなくてもいいわ。私も驚いたもの。結界石の発動を止め、ギルド内に侵入できるだなんて…。大きな何かが裏で動いているのは間違いないわ。一人で対処できないのは当然よ。それに媚香びこうがあんなに町に振りまかれているなんて…あの中でまともに戦うのは不可能よ。解毒薬か、もともと媚薬にすごーく慣れてない限り理性はほとんど残らず、獣のようになるわ。人の汚い隠れた一面が見られる代物よ。情緒も不安定になるだろうし…。」

 「そう…なんですね。では、今後の為に媚薬にも勝てるように体を慣らしておきます…。」

 シュン…。と落ち込んだと思ったが、すぐにやる気を取り戻したようだ。
 だがその言葉に少し引っかかる部位がある。
 炎龍様が怪訝な顔をしてすぐその言葉の意味を問う。

 「媚薬に慣らすってどないな意味か分かって言っとる?」

 「もちろん!毒を何度か食べて、体で免疫作るんですよね?いわばワクチンみたいな!」

 「何訳分らん事言ってるか理解に苦しむけど…つまりあれやな、お前はなんも言葉の意味を理解してないっちゅうことや。」

 「わかってますよ!」

 「そないなことせんで…「いいえ、媚薬に慣れるのは確かに必要かもしれないわ…。」

 「梅娘(メイニャン)殿?!」

 驚きで素の顔に戻ってしまっている炎龍様。
 はじめてみたけど面白いわね。

 「雹華ひょうかは自覚がないけど、結構の美人よ。しかも、日夜ひぐらし家程ではないけれど、東雲しののめ家も大きな名家…。今後来賓の対応や、私が不在の時の繋ぎのお話し相手をする時に、媚薬を盛られないって保証はないわ。仮面で顔は隠せても、体はどんなに服を重ねても限界があるわ…なにより名家の品格は隠しきれないもの。品格で人を推し量る人もいるわ、媚薬を盛られてそのまま抱き込まれたら厄介…。一番の問題は本人にその自覚がないことだけど…。」

 体を見ると、しなやかな丸みを帯びた体が目に入る。肌着で隠してはいるが、十分に女性らしく育ち始めているのが分かる。
 顔も絵巻物の天女がそのまま出てきたような美しさを秘めており、このまま成長するとなれば傾国の美女と呼ばれた母親に似るのは明らかだろう。

 容姿だけならばまだよかったかもしれないが、何より立ち振る舞いは品格が分かるほど優雅だったのが問題だ。

 話し方や、明るさはまわりの者と何の差異も感じられないが、歩き方や、笑い方、お茶の飲み方、食事の礼儀、目上の人への礼節は明らかに名家の出を感じさせるものだ。

 将軍家の炎龍様が一緒にいても引いて劣らずの優雅さを兼ね備えている。

 「容姿端麗、頭脳明晰、文武両道…性格は温厚篤実と来たわ…。もう少し育ったらとんでもない子になる…。」

 「…」

 ここまで言うと炎龍様も黙り込み、二人でその雹華ひょうかを見た。

 「私、そこまで美人ではありませんよ?頭は…そこそこいいとは思いますが、頭脳明晰って程ではないですし。性格はお転婆だとよく言われますし…。優雅さなんて持ってないですよ、普通に歩いて普通に食べて生きてるだけですから。えへへ…。でもそんなに褒められるのは初めてです。照れてしまいます。」

 本気でそう思っているらしく、素直に照れている。可愛い。すごく可愛い。
 普通は自慢するか、誇張するかのどちらかだと思うのだが、謙虚に否定するその姿は名家の娘とは思えないほど奥ゆかしい。
 う~ん、奥ゆかしいとも言い難いか…。無邪気…、天然…、ちょっとおバカ…?

 「この調子だものね…。どうして美人じゃないと思うのよ?」

 「え?だって美人だったら沢山の人が言い寄ってくるんですって、女子のみんなが言っていました。私はそんな経験がないので…。それに、仮面をつけていなかった家でも誰も私に言い寄ってきた人なんていませんでしたよ?」

 二人でとある人物が頭の中に浮かんだ。
 その人物こそ、この雹華ひょうかの兄、孤高の浮雲の別名を持つ藍斗あいとだ。
(昔からの古なじみなので『様』なしで呼ばせてもらっている)

 「ずっと気になってたんやけど…、お前って正常な美醜感覚あるんか?ないよな?」

 「失敬な、ありますよ!例えばお兄様は美人、梅娘メイニャンも美人、炎龍も美人、私の侍女の柚猫ゆずねも美人…、あ!いつも挨拶してくれる「もうええ。よぅ分かった」…え?」

 「ダメや、こいつ。みんな美人に見えてまう呪いにでも掛かってるんや。可哀そうに…。」

 「どおりで炎龍様を前にしてもこの堂々たる言動…。納得だわ。私と炎龍様の美しさが同じくらいだなんて…。」

  はぁ…ため息が出てしまうのを何とか抑える。

 「いえいえ、美人にも差はありますよ!そんなことぐらい私だってわかります!」

 「じゃあ炎龍様と藍斗あいとならどっちが美人なのかしら?」

 あ、意地悪だったかしら…。お兄様が好きな雹華ひょうかだもの。

 でも明らかに『美しさ』では炎龍様一択よね。
 他を足したらわからないけど…。

 ちらりと炎龍様の方を見ると、何やら真剣な目つきで答えを待っている。

 「え?炎龍とお兄様ですか?…ん~…。悩みますね…。あ!!炎龍は美人系の美人で、お兄様は綺麗系の美人です!どうでしょうか!」

 「…こいつやっぱり阿保や。ちと期待した俺が馬鹿みたいやん。」

 「な!褒めたのに!」

 「しかも、美人系の美人ってなんや。ただの美人以外なんでもないやん。」

 「え?そうですよ、炎龍は美人さんですから。」

 「っ…!?阿保!そんなこと真面目な顔で言うな!!」

 「??」

 「ゴホンッ。話を戻すわ。ごめんなさい、私が変な質問をしたせいで話が脱線したわね。…つまり、毒に慣らしておいて損はないってことよ。ちょっとずつなら大丈夫でしょう。時間はかかるけど、発散方法は分かるでしょうし…。困ったら私もいるわ。」

 「はい!…?発散…?とにかく頑張ります!それに困ったら梅娘メイニャンがいるなら「待てや」

 雹華ひょうかが嬉しそうに「うんうん」と返事をしている最中炎龍がそれを止めた。

 「梅娘メイニャン殿を頼るやって…?」

 その真顔を怯むことなく受止め、にっこりと笑顔で返す。

 「炎龍様、私はしっかりとした方法で相手する予定ですわ…。しっかりとした方法でね。」

 「…チッ。」

 私と炎龍様の雰囲気を感じ取ったのか雹華ひょうかが微妙な顔をした。

 「えっと…ではこうしましょう!困ったら、お兄様をお呼びします!」

 「「それだけはあかん!/だめよ!」」

 「え?」
 
 「はぁ…。雹華ひょうかったら…。あ、そうだわ。ここで少し聞いてしまったのだけれど、『厨房の部屋の扉を…』って話何なのかしら?」

 「え?あ~…その実は…」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
雹華ひょうかside

ここで冒頭に戻るのである。
 
 二人で私を説教中だ。
 いやその前に炎龍は二回目だ…。

 (くそぅ…。何も言い返せない…。)

 「すみません…。クシュッ」

 くしゃみが出てしまった…。恥ずかしい…。

 「あら、ごめんなさい!服を着ないと、えっと…肌着の下に着るものと、普通の任務服を勝手に桐箪笥タンスから出すけれどいいかしら?」

 「え!そんな申し訳ないです!私が「いいのいいの。女同士だもの。気にしないで」

 スタスタと屏風の向こうの桐箪笥タンスに向かって行ってしまった。

 梅娘メイニャンが行った後、無言で臨床(ベット)の奥に投げられてある上着を手に立ち上がろうとする炎龍えんりゅう

 「ぁっ…いかないで…」

 ぎゅっと袖口を掴んでしまった。
 驚いてこちらを見る炎龍。

 「…ぁの、ご、ごめんなさい。なんか間違えました…?気にしないで。」

 何をしているんだろ…!!さっきまであった温もりが消えて寂しだなんて…。私赤ちゃんでも戻ったの?!
 情緒はもう安定しているはず…。
 
 掴んだ袖口から出ている手がそっと私の方へ伸ばしてくる。
 顔が近づいてくる、もしかしたら、キス…?
 私もその手を掴もうとして、首を少し伸ばしてそのキスを受け入れようと…。
 
 「ねぇ、これでいいのかしら?って…何この雰囲気…。え?」

 服を持ってきてくれた梅娘メイニャンが屏風の向こうからまた臨床がある部屋に戻ってきた。

 バッ!!

 二人で慌ててその手を引っ込め、顔を一気にそらした。

 「いいえ、なんでもありません!梅娘メイニャンありがとうございます。その服で大丈夫です!」

 「俺は外の毒どうなったか見てくるわ。」

 炎龍が外に出た音が聞こえた。
 あ...お礼を言わないといけなかったのに...。

 そんな私の様子など気にせずに梅娘メイニャンは炎龍が出ていった扉を少し見つめて私に言った。

 「着替えに邪魔よね。私は少し炎龍様とお話があるから…、部屋にいて頂戴ね。」

 「わかりました。」

 服を受け取って、褥の上で背を向けて着替えはじめた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
廊下 梅娘メイニャンside

 「炎龍様。お話いいから?」

 「なんや、状況説明はしたはずやで、梅娘メイニャン殿。」

 毒はすっかりとなくなり、風に紛れ込んでいた白い煙の粉も見当たらない。

 そう...もう風すらおかしなほど吹いていない。
 数時間前のあの風はなんだったのか...。

 「雹華ひょうかを助けてくれたこと感謝しているわ…。ありがとうございました。」

 もう立ち去ろうと背を向けていた炎龍様が振り返った。

 しっかりと頭を下げ礼を言った梅娘メイニャンは顔を上げると、表情が読めないそのの龍の男を前に一瞬臆したが、袖の中で拳を握り締め、言葉を発した。
 
 「でも、あの雹華ひょうかの抱き方…狩人ハンター同士の方法とはかけ離れている。肌を露出して行為をするのは危険行為…。しかも情緒が不安定…。雹華ひょうかに無理をさせないで欲しいですわ。貴方は日夜ひぐらし家…狩人ハンター同士の方法はご存じのはずだし、実戦経験もあるはず…。試してみたいとでも思ったのかもしれないけれど、あの子を弄ぶのはやめていただきたいです。」
 
 一息に言った後、相手の顔を見ていられず、足元を見ながらなおも言葉を続ける。
 これもすべて、雹華ひょうかの為。

 「でもおかげで雹華ひょうかは助かった…。このことには感謝していますわ。私が着いた時には手遅れの可能性が高かったから__。でも、それを差し引いても泣いた跡があった…あの子を泣かせないでくださいませんか。私のお気に入りの子なんです...。貴方様にとってただの遊び相手で、玩具のような相手でも、私にとっては大切な従業員…思い出の人の愛娘なんです。……遊ぶなら「遊び相手やない」

 驚いて顔を持ち上げると、先ほどまでの表情が読めない真顔の男がいなくなっていた。

 戸惑ったように右手の掌を見て、ゆっくりと握りこむ仕草をする炎龍様。

 「遊び相手でも、玩具のような相手でもない。…雹華ひょうかは、雹華ひょうかや。抱き方は…悪かったと思っとる。でも、知らんっていうから、怖がらせないようにしたかったんや。……っ。それだけや。」

 泣かせるつもりはなかったと素直に、それはそれは気持ち悪いほど素直に謝る龍の男。

 (おかしいわ…、これがあの龍の一族なの?炎を扱える、あのの恩恵を受ける一族の男が、一人の小娘に振り回されているというの…?本当に?)

 「ったく、あいつが絡むと調子が狂う…。一旦帰るわ。」

 背を再び向け歩き出す。
 
 「あ!炎龍様!何かを勘違いなされているようだけれど、雹華ひょうか狩人ハンター同士の方法を知っているわ。しかも誰よりも勉強熱心で、規則も規律も完璧なはずですわ。」

 雹華ひょうかは誰よりも勉強熱心だったはず、どうして知らないなんて言った話になっているのかしら?

 もしかして、雹華ひょうかが龍の一族の男を狙って…?莫大な金と権力と地位…このすべてを手に入れることができるからと言って、あの龍の一族なのよ?

 そもそも雹華ひょうかがそんなことを考えるかしら…?

 炎龍様も同じことを考えたらしい。

 「はぁ?!でも、あいつっ…。まさか…いや、あいつに限って…だが雹華ひょうかも女…。あぁ~もう!本人に聞いた方が早いか!」
 
 背を向けて歩いていたというのに、雹華ひょうかの部屋に向かって逆戻り、炎龍様が扉をノックなしで開けた。
 自分が信じてきたものが、覆るかもしれない事実が出てきたせいで、少し冷静ではいられないらしい。

 (こんなところは人間らしいわね…。年相応だわ。)
 
 「雹華ひょうか、聞きたいことがある。正直に答えろや。」

 部屋の中に早歩きで入ると、冷静な声を取り繕うこともせず、その感情のまま雹華ひょうかにその疑問をぶつけた。

 その姿が物珍しすぎて私の方が驚いてしまう。
 そんなに雹華ひょうかが打算ありで演技をしていると思ったら嫌だったのかしら...。

 女なんてみんなそうなのに...。

 「ハニトラの方法は知らないのか?と俺が問うたとき、お前は首を振ったよな?…知っとるって聞いたんやけど、そこんとこ詳しく聞かせてもらいましょうか?あ?」

 部屋の奥から着替えた雹華ひぃうかがなぜか掃除用の棒を床に付け支えにしながらやって来た。

 「ちょっと待ってくださいね…。なんか、歩く…のが…。」

 「は?とにかく質問に答えろや。」

 がっ
 目の前にいる雹華ひょうかのその腕を掴んで無理やりまっすぐ立たせようとする。

 「っ!!…いたぁ…。」

 ガタンッとそのまましゃがみこんでしまった。

 「…?!は…。そんな痛かったか…?」

 驚いたのか先程までの突発的な怒りが少し収まったようだ。

 「雹華ひょうか!大丈夫…?どうしたの?どこか痛いの?」

 慌てて私がしゃがんだ雹華ひょうかを支える。
 だは、当の本人は不思議そうな顔をして自分でも驚いていた、何故だかわからないと言う。

 「わからないんです…。なんか着替えようと思って立ち上がったら、腰が痛くて…喉も、掠れて…ゴホッ。…やっぱり朝から不調子だったのでしょうか…?先程水を飲んでて…。」

 「………」

 それはたぶん抱かれすぎね…。
 どんだけ激しく抱いたのよ…、相手は処女よ?しかも痛みの原因がただの不調だと思ってるわ…。
 こんな天然おバカの子が周りの女と同じようにそんなに策略的かしら…?

 「すみません、すぐに立ちますね。…よいっ…しょっと。えっと、何の質問でしたっけ?」

 掃除用の棒を支えにゆっくりとまた立ち上がった。

 「…すまん、無理させたわ。痛かったか?」

 顔を片手で覆って本気で反省したらしい、また素直に謝った。

 (こんな珍しい光景を何度も見るなんて、私明日死ぬんじゃないかしら?)

 「大丈夫ですよ?無理って何がですか…?」

 「何でもない、…そうや、質問なんやけど、ハニトラの方法は知らないのか?と俺が問うたとき、お前は首を振ったよな?…知っとるそうやないか。なんで首を振ったんや。」

 はぁ…。クソデカため息を最後に付けて一番肝心なことをもう一度問うた。
 私はドキマギしながら雹華ひょうかを見た。

 (もしかしたら私、余計なことを言ったんじゃ…。でも、あとでバレるよりましよね…?)

 すると

 きょとんと不思議そうな顔をしている。
 まるで分らない…。と言わんばかりだ。だが何かを思い出したらしい。

 「ん?そんなこと聞かれてなんか…。あ!まさか、あの言葉ってそんな意味だったんですか!!だってワンちゃん『ハニトラは?』って聞くものだから、てっきり『ハニトラの経験はあるか』って聞かれたものだと思って、ないって首を振ったんですよ。あれって『ハニトラの方法は知っているのか』の意味だったんですね…!!はい!私ハニトラの方法は知っています。梅娘メイニャンが教本をくれ…ワンちゃん…?お~い、炎龍どうしたんですか?」

 遠い目をして、また大きなため息をついた飛龍(フェイロン)様。

「おまえ…はぁ…。じゃあ、わざと首を振った訳じゃないんやな…。ならええんや。疑って悪かった。そうよな、お前みたいな単細胞じゃじゃや馬娘がそんな大層ご立派な策略なんて考えられんよな。疑うまでもなかったわ。」

 「馬鹿にしてます?もう!…ん?そういえばハニトラの方法って…。」

 自分がされた方法とは違うことに気が付き始めたようだ。
 
 (今更気づいたのね…。ま、雹華ひょうかのことだから、こんなことだろうとは思ってたわ…。)
 
 すたすたと無言で足を速めて背を向けて帰っていく炎龍様。
 よく見たら首の裏が真っ赤だ。

 雹華ひょうかの方は、ぶつぶつ考え込んでいるようだ。

 私が思っていた以上に、

 「龍の一族って言っても、ただの人ね…。」


 黒い鳥が一羽じっと枝からその様子を見ていた。
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