異郷の春はいつぞ来る

ルマ

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第一章 冬

第二話 暁様の女性探し

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  『私を美女役としてお誘いしたい』と言われました・・・。

  「わ、私ですか・・・!?」

  私を美人役に選ばれるだなんて・・・!
  私よりも美人は多いというのに、一体なぜ?

  「そのお通りさ!君に会いに店まで会いに来たのさ!」
  「わぁ~!面白そうな話だことぉ、私も手伝わさせてくれない、櫛奈ぁ?」
  「もちろん今も組員を大募集中さ!」
  
  ガシッと握手をする二人。
  私の驚きを他所に組員が一人増えたようです。

  「綾女さんの方が美女役にピッタリなんじゃないでしょうか?暁様のこともあんなに尊敬してるって・・・。」

 綾女さんはここの異郷に訪れてから、暁様に一度お会いしたことがあるんだそうで、その時の感動や興奮を今でも忘れられないとお店に来るたびに同じ話をしてくださいます。
  
  先程も恋する乙女のように暁様の事を語っていらっしゃったですし・・・。

  「あらぁ?もちろん私は暁様のことを尊敬しているわぁ~。でも、それは恋愛感情の域ではないの。身の程知らずじゃないものぉ~。」

  身の程知らず・・・その通りです。

  暁様にはずっと心にただおひとりの女性がいらっしゃると言うのに・・・。
  お祭りとはいえ、お心は大丈夫なのでしょうか?

  あれ、身の程知らず・・・身の程知ら・・・ず・・・?

  「あのっ、その身の程知らずに私を仕立て上げようとしている気がするのですが、気の所為では無いですよね・・・!?」

  あらぁ~バレちゃったぁ。と面白そうに笑っている綾女さん。
  どんな顔でも美人になると絵になります。
  私が衝撃の打撃にまだ立ち直ってない間に次々と組員が増えていました。

  「おいおい、面白そうな話だなぁ!儂も混ぜてくれぇ!」

  狸助さんが面白そうに隣の机から声をかけてきました。
  妖は長生きをするので面白いことや刺激的なことが大好きです。

  ――そんな・・・ついにはあの狸助さんまで・・・!
 
  「狸助さん!何を冗談なっ・・・。お二人を止めてください!」

 私はなるべく平穏に過ごしたいのですが・・・!

  「おぉ!大妖のお方にも手伝ってもらえるだなんてっ!僕、感動で首が飛んでしまうよっ!」
  「ガハハハッ!儂も腹が出ちまうぞ~!」
  「あら、こんな素敵な組員が増えたら、逃げられないように糸で繋いでおかないといけないわぁ~!」

  アハハハハッと笑いあう三人・・・。
  どうか誰かこの三人を止めてください。
  私は『やります!』だなんて言っていないのですが・・・。
  それに、こんな私が美女役だなんて畏れ多い。他の組はを連れて来られるでしょう。
  私を連れて組長グループリーダーさんに叱られてしまうのでは・・・いいえ、そもそも私を見てガッカリされてしまうかも・・・。

  「一つ目さん!」

 ここは私の名づけの親である一つ目さんに三人を止めて頂きましましょう。
  私が止めても、この三人相手なら流されてしまうし、丸め込まれることくらい予想済みです。

  一番奥の席に座って、松茸定食を食べていた一つ目さんが、お茶碗をゆっくりと机上に戻すと私を見て微笑みました。
  良かった・・・助けてくださるのですね・・・!

  しかし、その希望はあっさりと裏切られました。

  「話は聞かせてもらった。櫛奈、俺も参加しようかね。最高の一番の美女・・・桜華なら絶対にどの組にも負けないだろうよ。」

  一つ目さんまで参加する気満々です。
  助けてくださるのではないのですかっ・・・!!

  それに、「俺が名付けた」に謎の自慢を感じます。
  私も大好きな名前ですけど・・・!
  
  「ど、どなたかっ!」

  こうなったらどなたでも構いませんっ!
  この流れを止めてくださるお方はいらっしゃられませんか!?

  でも、残念ながら周りのお客様も皆さん「俺も」「私も」「僕も」「おいらも」と続々とその櫛奈さんが所属しているその組に参加していくではありませんか。

  そして私を美女役にして、どうやって報酬を取るか。その報酬は一人どれくらいで分けようか・・・という話にまで発展してしまっていく。

  なんてことでしょうっ・・・!
  私はまだ参加しますなんて言ってもいないのに・・・!

  「ちょ、ちょっと待ってください皆さん!どなたがその組の組長さんなんですか?私がそのお方に直接お話をしてきます。」

 ここにいるお店の方々にどんなにお話してもたぶん、もうどう頑張っても止められないに違いありません。
  ならば、直接ですが一番上のお役人様(大妖の方はほとんどがお役人なので、おそらくお役人様でしょう)にお断りのお話を入れましょう。
  そのお方も、私の姿を見ればすぐにでも別に女性を探されること間違いありません。

  ええ、我ながらなんていい案なのでしょうか。
  これで・・・

  櫛奈さんが、「よくぞ聞いてくれました!」と言った顔をされました。
  自慢気に胸を張って嬉しそうにその組長の名前を告げたのです。

  「僕らが所属する組の組長は、かの有名な大妖・・・『大鬼のくれない』さんさっ☆」
  「紅様が・・・ですか!?」

  その場で参加した皆さんも驚きを隠せないのか、興奮気味に騒ぎ始めました。
  
  「おぉ~。あの紅が動いたのかぁ?こりゃたまげたなぁ!あのが動くだなんて今回は面白くなりそうだぞ!」

  狸助さんが驚いたように言うと面白そうにけらけら笑う。

  そう、大鬼の紅様はこの異郷でも知らない人はいないと呼ばれる大妖の中で、超が付くほどの有名人です。ここに二年しかいない私でも知っている大物・・・!!

  異郷の主である、あの暁様が寵愛している五人の家臣の中のお一人でもあり、何より『』という通り名があるほど気難しいお方です。

 そんなお方がこんなお話に参加なされていて、しかもその組長を務めていらっしゃるだなんて・・・。

  私が聞き及んでいるお話では、報酬などよりも仁義を通し、忠誠厚い主思いの臣だと聞いていたのですが・・・。
  狸助さんの反応を見るに、今まで一度も参加された事はないようですし・・・。
  今回はどうして・・・嘘でしょうか?

  いいえ、嘘でもそんなことを言えば本当にこの異郷で住んでいけないほど権力があるお方です。
  櫛奈さんが嘘をつく必要もありませんし、そもそも嘘をつくようなお方ではありません。

  まさか本当に・・・?

  そんな組長さんを前に私『お断り』できるのでしょうか。

  いやいやいや、そもそも私よりも美人さんがたくさんいらっしゃるのだから、私なんか要らないって紅様から仰ってくださるのでは..?

  「安心しておくれベイビー!僕が推薦するだけあって君はすごく魅力的さ☆この後仕事終わりに、さっそく集まりがあるんだ。紅さんの所に一緒に来てもらうよっ!」
  「ええ!そんな急に言われましても・・・。」

  この後すぐに・・・!?
  どうしましょう・・・お集まりになられるここにはいない他の紅様の組員さん達も私を見てガッカリされるのでは・・・。

   そんな不安を抱えている私を他所に今日の仕事の時間を猫吉さんに聞いている綾女さん。
  面白そうにポンポンとお腹をさすっている狸助お爺さん。
  意気込んでいる櫛奈さん・・・。

  「、『暁様の女性探し』盛り上がりそうだね。」
  「今回も...。そうでした、今までに何回かこの『暁様の女性探し』があったって・・・。」

  不安な気持ちでその盛り上がりを見ていたら、お梅さんが声をかけてくれました。

  「あぁ、そうさ。安心しておくれ、百年に一回くらいに毎度この騒動があるのさ。お祭りなんてないからね、その代わりみたいなものなのさ。」
  「百年に一度・・・そうなんですね!よかった・・・。」

  そうですよね、今回が初めての『暁様の女性探し』ではないのですから・・・そう重く考えなくてもいいのかも・・・。

  「あははっ。そんな重く受け止めなくてもいいさ!」
  「お梅さん・・・そうでしょうか。」

  まだ不安そうな私を見てお梅さんが明るく笑い飛ばしてくれました。

  「本気で暁様の女性探しをしている暁様思いの強い連中も昔はいたらしいけど。今となれば大半は報酬狙いさ。暁様も面白がられて、報酬を支払われる。ま、連れてこられた女性は誰も心を射止めることは出来ず、城から降りたんだけどね。」

  お梅さんさんは三百年生きている妖です。
  前回の暁様の女性探しを知っているのでしょう。
  お梅さんのその顔に浮かんだのは、哀愁のようでした。
  ただ一人の女性を待ち続ける...探し続ける暁様を思った顔でした。
  あぁ、こんなにも異郷の人々に思われる暁様はどんな人なのでしょうか。

  一瞬の哀愁を置いて、すぐに優しい顔に戻られたお梅さんは私の顔を見て言いました。

  「でも、一度はあの暁城に登れるからって女性もごぞって参加するんだよ?あんたも少し肩の力を抜いて、楽しんできたらどうだい?」
  「え?暁城に登れるんですか?」
  「あぁ、そうさ。大妖の方が組長を務めるからね、そのまま組長に連れ添ってもらって暁城に登れるんだ、つまりは暁様がその時の一番の美女をお決めになられる会場はあの城になってるのさ。」

  暁城はお役人の中でもきめられたお方しか入ることができない神聖な場所でもあります。
  そんな暁城に少しでも足を踏み入れられるとなれば女性もこぞって参加するのでしょう。

  私も一度はあのお城に足を踏み入れてみたいものです。あの城はどうやって浮いているのでしょうか?
  中にはどんなものがあるのでしょうか・・・?

  何度も想像しては、どうせ私は入れないと想像を消していたというのに・・・。

  暁様と呼ばれる、皆さんに心から尊敬され思われる素晴らしい御方がいる・・・。
  どんな人なのでしょうか、どんな声で、どんな色が好きで・・・

  あぁ、やっぱり気になってしまう。『』様は寂しくはないでしょうか、痛くは...でしょうか?
  ここに来た時に、『暁』と聞いて懐かしいと思った事と何か繋がりが・・・。
  いいえ、ただの気の所為...噂の暁様に会いたくて勝手に思っ作り上げた期待でしょう。

  この焦がれる・・・ような、胸が苦しい気持ちが、櫛奈さんが教えてくれた、白馬の王子様に憧れる少女の気分というものに似ているのでしょうか?
  こんな大人の女性の姿なのに人格が子供だなんて恥ずかしい。

  「桜華は初めてのことだから不安になっただろう。大丈夫さ。ただの催しだと思って気を楽にしな。それに、あんたはすごく美人さ。」

  ずっと黙り込んでしまった私になにを感じとったのかお梅さんがよしよしと肩を擦ってくれます。

 不安と緊張と、少しの焦る気持ちが和らぎました。

  「初めてのことで、何やら不安になってしまいました・・・すみません。」

  気持ちが落ち着いて改めて周りを見渡すと、皆さんが楽しそうにお城や報酬・・・お祭り騒ぎの事を話しています。
  ここにきてまだ二年ですが、皆さんがこんなにも楽しそうにしているところを見るのは初めてです。

  お城が気になるも、様を一度でもいいから拝見したいのも私の本当の気持ち。

  そうよ・・・記憶を取り戻したいの。
  気になる事は全部確かめないと・・・!
  「遅れているのよ、急がないと」って、私の何かがずっと私を急かしている。
  今の間で気になる単語は『暁』・・・。

  お城の暁様と関係は無いかもしれないけれど・・・確かめないと・・・!
  
  それに皆さん、楽しそうですし・・・お梅さんの言う通り、私も楽しむべきではありませんか!
  
  声を少しだけ張って、「皆さん!」と声を出した。
  皆さんの顔がこちらを見る。
  さっきと違って、今は私もワクワクします。

  「私でよければお手伝いさせてください。暁様には選ばれないでしょうが・・・。皆さんの『楽しい』や『面白い』をお手伝いできるのなら。」
  「おお!その言葉待ってました!」

  わぁ!っとお店が盛り上がる。
  初めてのことだらけですが...記憶の何かが結局なくたって・・・。
  優しい人たちで溢れているこの場所が私は大好きです。 ここの皆さんと一緒に何かができたら、きっといい思い出になるでしょう。

  「それにしてもあの大妖の紅さんが参加するなんて・・・今回の騒動はなにか大きなことが起こりそうだね・・・。」

  この時の小さなお梅さんの呟きは私には聞こえなかったのです。 

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暁城

  「今回もやかましなりそうやなぁ」

  ふわふわと九つの尾が柔らかそうにゆっくりと動いている。
  息をすれば膨らみ、息を吐けばゆっくりと萎む。
  フワフワもこもこしていそうなその尾は銀の色をしており、思わず触りたくなる。
  だが、ここで彼の許可なく彼に触れるものは誰もいない。

  ひょこんっと頭の上に立つその耳は尾と同じく銀色をしている。
  目の色は黄金色こがねいろ
  その耳と尾さえなければ姿は人間に近い。もしかしたら、化けているのかもしれないが..。
  肘掛に寄りかかりながら煙管キセルを蒸かし、フワフワと煙を出す。

  「なぁ、あんたもそう思わへんか、?」
  「はい、私もそう思います。」

  静かにその前に胡坐を組んでその言葉に返事をするのは額から黒い角を二つ左右に生やしている男だ。
  こちらも姿は人間に限りなく近い。
  だかやや上向きに尖った耳と、その唇の下の牙は人間の歯とは形が異なっている。
 
  「暁様・・・差し支えなければお聞きしたいことがございます。」
  「へぇ?紅が質問なんて珍しい。なんや?」
 
  さも面白くも、驚きもないかのようにただゆったりと聞いてくる。
  彼を驚かせることなんてもうこの異郷にはないのかもしれない。
  表情は動いているし、声にも抑揚がある。
  でも、誰かに同情や、同調ももう出来ないほど彼の心は疲弊し、凍りついていた。
  そのことを知っているのは彼に仕えている寵臣の五人を除いてあと何人いようか・・・。

  紅が「感謝いたします」と一度頭を下げてから、その『聞きたいこと』を口にした。
 
  「私は暁様に千三百年程お仕えしていますが、暁様のお探しの女性は未だに拝見したこともございません。・・・本当にお探ししているのですか?」

  ゆらゆら揺れている尾がぴたりと停まった。

  「もちろんずっと探しとるよ...今でも会いたいわぁ。こないな長生きしてまでもな。そやけど、あいつはあないな簡単な約束忘れて、もうどっか別の世界へ行ったかもな。」

  飄々と答えているように見える。
  近頃はその『女性』すら嘘、出まかせだと言われているぐらいの存在だ。
  もしかしたら毎度街の騒ぎの為に用意している言葉なのではないかと何度も疑ったこともある。
  だからこそ、今日確かめたかったのだ。私が感じ取った感覚は本物だったのかを。
  その整っている顔が少しだけ・・・ほんの少しだけ泣きそうな顔になったのを紅は見逃さなかった。
 
  主の顔は常に微笑みか、真顔・・・そのどちらかだ。
  だからと言ってさして
  どちらの顔でも主の心は動いてなどないのだから。

  暁様の部屋には常に家具が揃えられている。
  一つだけだと見栄えが足りないからだろう...などと言う若者もいるが、彼が使う肘掛は絶対に変わらないし、置いてある座布団も、茶器も・・・全部一つだけを使う。
  部屋に置いてあるもう一つの肘掛や茶器は絶対に使わないのだ。

  前回選ばれた時の美女が暁様の部屋に置いてある、畳んであった扇子を広げ、口元を仰いだ途端、暁様が初めて怒鳴られた。

  今迄は一年とはいかないが半年ほどは城に置いてやる(侍らせていると言われているが、あれは女達が勝手に暁様にくっついているだけ)と言うのに・・・。
  その女性はその日・・・三日目にして城から追い出されてしまったのだ。

 紅は主の返事を聞き、静かに今回決めていたことを口にした。

  「毎百年ごとにあります、女性探し。今回は私も組長として名を挙げ、参加しようと思っております。故にしばし仕事を休ませていただきます、と本日お伝えしにまいった次第でございます。」

  準備はしてきた、人数も・・・集めた。
  あとは、組員にいる櫛奈が伝があると言っていた、女性を連れてきてくれるだろう。
  櫛奈は私の今回の意図が分かっている故、私の出した条件の女性を連れて来てくれるだろう。

  全ては暁様のために・・・。
  静かに頭を畳に擦り合わせるように下げた。

  「紅がこないな騒ぎに参加とは・・・。いったいどういった心境の変化や?まぁ、別に仕事は休んでもろて構わへんよ。寧ろあんたは仕事のし過ぎやからなぁ。」
  「ありがとうございます。仕事は百日先まで終わらせてから参加します。」
  「真面目やなぁ。騒ぎが終わるのんはだいたい一か月程度やわぁ。そないに真面目やと、いつか倒れてまうで?」

  煙管の灰をカンカンッと煙草箱に叩いて落とす暁様を見ながら、真面目に返した。

  「暁様にお仕えしている限りそれはあり得ません。」
  「真面目過ぎておもろないわぁ。早う行かんと別嬪な女子を他の組に取られてまうでぇ?報酬もらいたいならきばってや。」

  立ち上がる前に、紅は今一度主の顔を見た。
  妖しく微笑んで送ってくださる主は、その微笑とは裏腹に心は凍え切っているのを知っている。
  だからこそ・・・今回は・・・!

  「はっ。それでは失礼いたします。」

  静かに立ち上がると、襖をあけ、今一度頭を下げてから礼儀良く部屋から出た。
 
 常に飄々としており、誰にでも分け隔てなく優しく、施しをくださるお方。
  だが、その心がこの彼の名を持っている城ですら休んだことは一度もない。
  たとえその時遊郭一と呼ばれる遊女が側に来ようともその心がその女に向いたことは一度もない。
  
  私が働いているこの暁城は暁様の妖気だけで浮いている。
  とてつもない程の強さをお持ちだ。
  容姿、頭脳、そしてその妖気に至るまで完璧な主はこの異郷でなにもかもを手にすることができる。金、権力ともにここでは最高位だ。
  だというのに、何にも興味を示さない。

   ずっとこのまま何事もなくお過ごしになられるのだろうと思って過ごしていた百年前の今日あたりのことだった。

  あの日も今日のように女性探しの噂が広まっていた。
  私はあの日まで暁様の女性探しはただの異郷に活気を出すためのホラ話だと思っていた。

  その日の主はつまらなさそうに肘掛に体を預け、煙管をいつものように蒸かしていた。
  何か面白いことでも話せ、と言われたが何も話題が浮かばず、しんっと沈黙だけが部屋に落ちたのを覚えている。
 
  すると、「質問でもええで?」と気を利かせて話題を振ってくださったのだ。
 
  「なぜ城を造り、浮かべたのですか?」

  とそこで聞いた。
  特に聞く必要などなかったのに、私は気が利かない男であった。
  面白い話の種になりそうな質問もできないのだ。
  呆れられるだけだと思ったが、暁様はお答えくださったのだ。

  「理由は二つ程あるんやけど・・・一つ目は上空から会いたい彼女を探す為。二つ目は彼女をもうどこにも行かせへん為やねん。ほら、浮いてたらどこにも行けへんやろ?」

 と初めて顔を崩して、下手くそな笑みを浮かべられたのだ。いつもの完璧な微笑みでも、真顔でもない。  そう・・・あれは本当に寂しそうな笑み・・・。
  
  後から聞いた話、ここ異郷に暁様がやってこられてから二千年近く経つが最初の五百年は死に物狂いでその『彼女』を探していたのだと。

  五百年を過ぎると彼は空に城を浮かべ、遂には神格まで手に入れたのだと。
 
  懐かしい思い出を思い出しながら廊下を進み、ついに自身の仕事部屋に到着する。

  あの百年前の主の表情が頭から離れない。
  あんな寂しげな顔をさせたいわけではなった。
  あんな悲しげな思いをさせたいわけではなった。
 
  そして今日、百年があの日から経ち再び『暁様の彼女探し』騒動が始まった。
  あの日のお顔は・・・あの日私が感じとったあの寂しげな気持ちが本当だったかを今日確認した。
  やはりあの時、あの日感じ取った我が主の感情は『諦めにも似た寂しさ』だったのだ。

  ならば私がやることはただ一つ

  「あの主が、この城で心穏やかにお過ごしいただけるよう努力するのが家臣の務め。暁様にその彼女を引き合わせることがたとえできなくとも、その傷ついた御心を癒せる女子を探し出して見せる。」

  暁様のお探ししている女性は無理かもしれない。
  それでも・・・心はまだ癒せるはずだ・・・!

  トントンっと控えめなノックが聞こえた。
  すぐに、入れ。というと、小間使いの小鬼に一人入ってきた。

  「紅様・・・!街中の美女が各組に取られております・・・!完全に出遅れとなっておりますがいかがいたしましょうか? 本当に櫛奈殿にだけお願いしたままで大丈夫でしょうか・・・。」
  「構わん、櫛奈にはもう言ったが...容姿が整っているだけでは困るのだ。礼儀があり、文字が読め、心が穏やかで・・・健気な女がいいだろう。容姿は二の次だ。我が主は今までありとあらゆる美女をご覧になられてきたお方、容姿だけでは勝てぬ。」

  小鬼が眉を寄せ、難しい顔を作った。
  黒髪のおかっぱ頭に、白椿が髪に飾られている少女だ。

  「で、ですが、礼儀があって文字が読めて、心が穏やかで健気な女子など・・・遊女程度でございましょう。遊女は教養を学ばされます。ですが、噂の遊女、山吹はすでに他の組に選ばれてしまいました!櫛奈殿はあぁ見えて遊郭には行かれない方・・・大丈夫でしょうか。」
  「何を言う。遊女など我が主には似合わないだろう?」

  驚いたように小鬼が目をパチパチ瞬きをする。

  「ですが数百年程前の騒動の時の花魁、朝霧を連れてきた組は報酬をいつものよりも多めに支払われておりました。紅さまも報酬をお狙いでございましょう?」

 小鬼が想像していたのは、『報酬』。
  かつての花魁、朝霧を連れてきた組はそれはそれは凄い大金が支払われた。
  『これは暁様も遂に心を花魁朝霧に射止められたのでは・・・?!』と当時話題になった程だ。
  まぁ、残念ながら花魁朝霧は城から降ろされ、当時連れてきた組長に身請けされたはずだが。

  「違う。私は主の御心を癒す女子を本気で探しているのだ。そなたたちもその気で探せ。遊女ではだめだ。もう既に暁様が試されておられる。遊女で心が癒えれば今頃...っ。兎に角、櫛奈が連れてくる女性を見る為、私も街に繰り出す。」
  「えぇっ!?紅様が街に降りられるのですかっ!すぐに支度を準備いたしますっ!」

  小鬼がピューっと慌てて走り去っていった。
  廊下の向こうにいるもう一人の銀髪の小鬼もその話を聞いたのか、ドタバタと慌てて廊下を走っていく。
  廊下への戸も閉めずに、だ。

  「全く、仕事が中途半端な。」

  どこかで主の「あんたが真面目過ぎるんや。」という声が聞こえた気がした。

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 異郷   猫吉夫婦の田舎の料亭

  「さぁ今日はもう閉店だよ、帰った帰った。支払いはちゃんとしていくんだよ?食い逃げだけは許さないからね。」

  お梅さんが騒がしい店内に大声で声をかけた。
  皆さんお梅さんの声を聴くと慌てて財布を取り出し、支払いを始められます。

  「はい。これぐらいで頼むよ。いくら足りない?」

  じゃらんっとお金を一握り出してくるのは河童の河ナカさんだ。

  「ありがとうございます。えっと・・・いいえ。今日はおつりが出ますね。九百七十円の定食と単品で塩漬けの胡瓜を付けていますので、ここに二百円。合計千百七十円ですね。千二百円でお支払いですので、三十円のお釣りです。」
(消費税はありません。)

  お釣分お返しすると河ナカさんが申し訳なさそうに頭を掻きました。

  「ありがとうな桜華。おいら計算ができなくてさ。大体は理解してるんだけど、足し算が入ると途端にわからなくなるんだ。他の店だとぼったくられたり、逆に変な容疑をかけられるからな。ここは安心だよ。」
  「いえいえ、ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております...ふふ、また後でお会い出来ますね。」
  「だナ、後でまた組の集まりで会おうな~!」

  手を振って陽気に帰って行かれました。
  次のお客さん、次のお客さんとお会計を済ませていきます。
  結局また後で組の集まりで会うので今日は寂しくはありません。

  「さすが桜華、計算出来るだなんてかっこいいわぁ~!」

  綾女さんが笑顔で褒めてくださいます。
  
  「そんな、褒められるほどのものじゃ・・・ふふっありがとうございます。」

  少し恥ずかしいですが、褒められて嬉しいです。
  お役に立てたようで何よりです。

  ここの異郷では計算ができない人、できる人がいます。
 これも妖になる前が強く影響しているのだとか。

 お金の価値やある程度の単価は理解できても、それを複数個買ったり、いくつか減らすことで計算が複雑化してしまい、分からなくなってしまうのだとか。

 私は計算が謎に最初からできたので、お会計も任せていただいています。
 前まではお梅さんがしていたらしいのですが、計算が複雑化すると流石に正しく徴収できたか分からなくなったと仰っていました。

  「悪いね会計を頼んじまって。大変だろう?私がもっと頭が良ければよかったんだけどね...。」
  「いいえ、そんな!人には向き不向きがありますもの。できる人ができることを、出来ないことはできるようになるように・・・どうしても向いていなければ向いている人にお願いするのは当然のことです。私もまだまだ接客業ができませんもの。これぐらいお手伝いさせてください。」

  申し訳ないというお梅さんに慌てて返した。
  本当に計算なんて凄いことではないんですけどね・・・。
  ここ辺りに住んでいる皆さんは、どうも計算ができる人は凄い頭が良くて・・・計算は大変な事だと思っているようで・・・。
  いつも褒められるか、申し訳ない顔をされます。
  
  私にもなぜ計算ができるのかわかりません。

  私はまだ私以外の植物から妖になった人に会ったことがないので、私が普通なのか異常なのかいまいち分からないのがもどかしいです。
  でも、いつか記憶がよみがえったらすべて解決するでしょう・・・。
  それまで頑張ろうと思います。

  「あんたは本当に変わった子だねぇ・・・。なんだかいい所のお嬢さんのようだよ。元は桜の花なんだろうけどねぇ。まぁ、今日はこの後紅さんのとこに行くんだろう?早くお上がり。洗い物と掃除は今日はいいからさ。」
  「ありがとうございます。今日はお先に失礼します!」
  「あいよ~お疲れ様~!明日もよろしくね~。」

  猫吉さんが台所から顔出して手を振ってくれたので、私も振り返すとすぐに従業員用の出口から出て、集合場所に急ぎます。

  あぁ、忘れていました!!
  慌てて戻るとお二人が不思議そうに見てきます。
  忘れ物かい?と聞いてくれますが首を振って言い忘れた事を伝えます。
 
  「今日も賄い凄く美味しかったです!」

  二人は顔見合せて、あははッと笑らうと、急げ~!と言われてしまいました。
  あぁ、そうだ、急がなければ・・・!
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 異郷  集合場所        大妖、紅大屋敷前

  「お~いここさ、ここ!来てくれてうれしいよベイビー☆」
   集合場所につくと櫛奈さんが待っていてくれました。

  「すみませんっ・・・!遅れましたっ!」
  「全然大丈夫さ!まだ、紅さんも来てないよ。」

  集合場所にされたのはこの異郷でも有名な大妖、紅様の大屋敷前でした。
  ここに来るまでに、夜行妖気機関車に乗って来ました。
  この頃できたばかりのものらしいですが、凄く便利ですよね。

  大屋敷の豪華なお庭には既に沢山の方々がここから見えます。
  場所は知っていましたが、凄く大きい・・・。
  立派な門に、瓦屋根のお屋敷がたっています。
 
  そのお屋敷に圧倒されている私の手を引いて櫛奈さんが声をかけてくれました。

  「さ、行こうか。今日紅さんが街のお屋敷に来てるんだ。滅多に街に降りてこないお方だから会えるのは光栄なことなんだよ。あ、だからって緊張しなくていいからねベイビー☆」
  「はい、わかりました。が、頑張ります!」

  お屋敷のお庭に手を引かれながら入れば色んな妖がぞろぞろといます。
  緊張しなくてもいいと言われましたが、だんだんと緊張してきました。
  周りを見渡すと見たことのない人ばかり・・・。
  お店にいつも来てくれる皆さんだけではないのは当たり前ですが、想像以上の人数に緊張が・・・。
 
  緊張で眩暈がして後ろに少しよろめいてしまった時でした。

  「大丈夫か。顔が白いが、そういう種族ではないだろう?気分が悪いのか。」

  誰かに後ろから支えられたのが分かって慌ててしっかりと立ち、お礼を言います。
   お恥ずかしい。緊張するなと言われて緊張して・・・本当に私に美女役が務まるのでしょうか・・・?

  誰かが受け止めてくれたと遅れて気づき、慌ててお礼を言った。

  「すみません。ただ少し立ち眩みがして・・・。受け止めてくださってありがとうございます。」

  受け止めてくださったお方を見ようとした時、櫛奈さんが私を受け止めてくださった方に声を掛けました。

  「あぁ、紅さん!その子です、今回の女性は。どうです?綺麗な子でしょう?」

 え・・・?待ってください。
 もしかして今私を受け止めてくださっているお方が...。

  「紅・・・様でいらっしゃいますか?」

  上が暗く影になったので、上を見ると顔をのぞき込まれていた。
  顔を覗き込んでくる人は、赤髪、褐色肌の色。黄色の瞳...。額から2つの黒い角が緩くカーブを取りながら生えていて唇からやや牙が見える。

 鬼の特徴ですね・・・。

  「いかにも。この私が紅だ。」

  その口からご本人との言葉を聞いて、私は慌てて体をしっかりと立たせ、深くお辞儀をした。
  なんでこうも運が悪いのだろう・・・。

  「も、申し訳ございません。お役人様とは思わず大変ご無礼をいたしましたっ。私、桜の妖『桜華おうか』と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」

  怒られるでしょうか..。
  私を連れてきた櫛奈さんや他の皆さんに申し訳ない・・・っ!

  「ほう、そなたが今回私の組の女性として来てくれた者だな。そう畏まらなくて大丈夫だ。」

  低い声だが、優しい声音だということに気が付き、恐る恐る顔を上げると優し気に微笑まれていた。
  優しい人らしい。顔は・・・少し怖いけど。

  「あ、ありがとうございます。」

  「ふむ・・・これほどの美女とは・・・あとは教養をどうにか基礎だけでも入れればどうにかなるか・・・櫛奈、礼を言う。久しいな。」
  「ありがとうございます。首無しの櫛奈でございます。お久しぶりです、紅さん。お手紙で頂いていた通り、その条件にぴったり当てはまる美女ですよ!」

  櫛奈さんが紅様に挨拶をすると私を紹介してくれました。
  ぺこりと頭もう一度軽く下げ挨拶する。

  「ありがとう櫛奈。お前は女の伝が多くて助かる。完全に他の組むより出遅れてしまったからな。小鬼たちにも焦らされたところだ。」

  紅さんの横に、黒髪と白髪の角の生やした女の子が二人着物のような服を着て、ちょこんっと立っている。
  どうやらこの子供のような子達が『小鬼』さんらしい。

  「急かしてしまって申し訳ありません、紅様・・・。」

  しゅんっ・・・と項垂れる姿はすごく庇護欲を駆られる。なんと可愛らしいことか...。

  (こんな可愛い子がいるのに、私で本当に大丈夫なのでしょうか・・・?)

  じっと紅様に顔を見られる。

  「ふむ...。」

  やっぱり駄目なのかも・・・。皆さんが推してくださったから自分も舞い上がってしまって・・・。
  悪い癖ですね、みんなに期待されるとそれに応えようとしてしまっていつも空回りばかり。
  嫌な予想ばかりが頭を巡っていると、

  「美しいな。久々に女性に対して『美しい』と思った。それにしても儚い感じがある者だな。同じ妖なのか・・・何やら違うような・・・まぁ、いいだろう。桜華といったか、此度の騒動よろしく頼む。」

  スッと静かに頭を軽く下げられると手を握りこまれました。
  握りこまれた暖かい男性の手に驚いてしまいました。

  「あ、はい!私こそ、よろしくお願いいたします。」

  美しいなんてこんなにハッキリ言われたのは初めてで顔が赤くなってします・・・!
  慌てて赤くなった顔をどうにか手で仰ぎ、熱を冷ましました。

  想像していた恐ろしい鬼のお方ではなくて少し戸惑いますが、それ以上に素敵なお方でよかった。
  周りにいる人もすぐに紅様に駆け寄って挨拶をしています。
  皆さんに好かれている人のようですね。

  私も初対面ですが、すごく印象が優しい方だと思いました。
  噂話だけで決めるのはよくありませんよね・・・反省です。

  「よぉ~、紅ぃ。久しぶりだなぁ、お前さんの組に儂も入れておくれぇ~。」

  ぽこぽことお腹を擦りながら狸助さんがやってきました。

  あぁ、あのお腹・・・触れてみたいですよね・・・。
  はっ!変な雑念は捨てなくては・・・!

  「狸助殿。久しいな。あなたがこの騒動に出るのは何回ぶりか?」
  「その言葉そっくりそのまま返すぞ~?お前さんが騒動に組長として参加すると聞いてなぁ、面白そうだから儂も参加することにしたのさ。まぁ、組を立てて人を集めるのは面倒くさいからなぁ、人の作ったとこに入るのが一番手っ取り早いのさぁ。」

  狸助さんは紅様とお知り合いのようで、にこにこと声を掛けています。
  凄い・・・もしかして私、大妖達の会話だなんてなんだか貴重な場面に遭遇しているのではないでしょうか・・・?

  「勿論だ。歓迎しよう。此度はわが主、暁様に喜んでいただけるようともに全力を尽くそうぞ。」
  「お前さんは相も変わらず真面目だなぁ。いつか倒れるぞ~?」

  何か聞いたことのあるセリフだったらしく、紅様もその言葉に、はははっと笑っている。
  怖い人ではなさそうでよかったです・・・。

  役人の中には横暴なお方がいると聞きます。
  気を付けないと・・・でも私が出会っている役人さんは皆さまいいお方ばかり。
  まぁ、二人しか会っていないんですけど。

  「そうだそうだ、この桜華どうだ?いい娘だろう?儂の一押しの娘よ。」

 尻尾でぽこんっと私の脹脛ふくらはぎの裏を優しく叩かれる。短い毛のもこもこっとした一瞬の感覚が脹脛に感じた。

  (もこもこ気持ちいい・・・えっ、もっと触りたいのですがっ!)

  はっ、いけません、人の尻尾に触ろうだなんてはしたない行為ではありませんかっ!
  尾や耳がある人、羽がある人のそれらに触れると相手にとって『せくはら』になるんですって。
  一度お梅さんの魅力的な尻尾に耐え切れず触ってしまったときに、怒られたのは記憶に新しいです。

  脹脛から離れてしまった感触を一瞬目で残念そうに追ってしまいました。
  狸助さんもそれに気が付いたのか、ケラケラ笑われます。  

  「あっ・・・!す、すみません・・・。」

  恥ずかしくてまた顔が赤くなってしまいました...
  周りの人も、わっと笑っています。
  なんて恥ずかしいことを・・・。

  紅様が微笑むと、穏やかな声で話しかけてくれた。

  「あぁ、こんな娘が街にいたとはな。ここに来たばかりか?」
  「はい、ここに来まして二年目でございます。」

  もう怖くも緊張もなくなった私も穏やかな気持ちで返せました。

  すると・・・
  「この子めちゃめちゃいい子なんですよ!」「すごく律儀な子なんです!」「健気な子だよ!」」頭がいいんだ!」「いいとこのお嬢さんかと間違えるほど礼儀がある子ですよ!」
  お店の常連客様達がみんな一斉に私を誉めだしました。

  「み、皆さん、そんなに持ち上げないでくださいなっ!そんなできた娘ではございませんっ。」

  私が慌てるとみんなもっと面白がって私を持ち上げます。
 くっ・・・!これが年上の余裕なのですねっ。

  「落ち着け、落ち着け・・・よく話は分かった。桜華、これよりお前を一か月で、ある程度の教養を詰め込みたいと思っている。なに、料金はいらん・・・お前に頼みたいのはただ一つ。」

  周りの皆さんが紅様が離されるとしんっと静まり返りました。
  紅様の声が低くて大屋敷のお庭によく響きます。
  真剣な声で話されるので私も勝手に背筋がピンっと伸びます。

  頼みたいこと・・・
  なんでしょうか・・・?

  紅様が真剣な眼差しで、よく通る厳かな声で言った。

  「暁様の御心を掴んでほしい。」
  「はぇ?」

  変な声で返事をしてしまった私をどうか誰か許してください・・・
  私が聞いていた話ではただ暁城に登ることが出来て、皆さんは報酬をもらえるだけの騒動だったはず。
  いえ、確かに『暁様の彼女探し』が騒動の核だとは聞きましたが・・・。

  まさかこの組の皆様は本気で暁様にお探ししている女性をお捧げしようと・・・?
  いえいえ、それならばなぜ私が選ばれたのでしょう・・・?

  「私は暁様を存じ上げません。そのお方の御心を掴むなんて・・・。」
  「無謀なことを頼んでいるのは、百も承知だ。だが・・・私は本気だ。」

  真剣な声は変わらず・・・。

  「私が聞いていた話では皆さんの報酬をいただける、こう・・・何というか、お祭りようなものだと聞いております。紅様は本気で暁様のお探しになられている女性をお探ししているのですか?」

  まさか、本当に暁様のお探しになられている女性を探されているのかも・・・。
  でも、私に心を掴んで欲しい・・・と。
  話が見えてこないのですが・・・。

  紅様が首を軽く振った。

  「違う。私とて愚かではない。暁様がずっと探されている女性を私が見つけられる保証はない。寧ろ可能性は零に等しいだろう。」
  「なら・・・何を・・・」
  「私は暁様に千三百年間お仕えし、その御心が休まれたところ一度も見たことがない。あの暁様が建てられた浮いている城でもだ。」

  庭から、見える大きな空中に浮かぶ城を見て眉を寄せました。
  つられて城を見上げると・・・ずっとここに来て変わらず美しい城が浮いています。

  「主の御心が休まれるようにするのが臣下の務め・・・。だが、私の力ではあのお方の休まれる場所は作られなかった。」
  
  寂しげな声にはっと驚いて横顔を見れば、その目は悲しげに揺らいでいます。
  ――あぁ、本当に尊敬していらっしゃるお方なのですね・・・。
  その目に映るのはお城ですが、きっと本当はその奥にいる、ただお一人の主を映しているだろうと、私でもわかりました。

  「女性で傷ついた心を癒せるのは女性と誰かが言った。私はその話にはあまり明るくはないが、その可能性が少しでもあるのなら、その少しだけにでも縋りたいのだ。」
  「紅様・・・。」
  「主の待ち続けている数千年を埋める一日はこの先訪れないかもしれない。でもその一日が訪れるとまだどこかで信じている主の・・・その一日が訪れるまでの月日を少しでも明るくして差し上げたいのだ。」

  その真剣な声は周りの者たちにも聞こえていた。
  なんて真面目で切実な願い・・・。

  祈りにも似たこの願いはきっと、ずっと紅様が思い続けた暁様への忠誠心の現れ・・・。

 ―― 私にできるでしょうか・・・?
   そんな御心が傷ついたお方を癒せるでしょうか・・・?

  「急な頼み事なのは重々承知。それでも、あのお方を一瞬でも笑顔にして差し上げたい。頼む・・・っ!」

  しっかりと頭を下げられて、手を握りこんでくる紅様。
  その手は少し震えていて、汗ばんでいる。

  その瞬間私は何か頭の中で風景を見た。
  寒い、寒い冬の日の風景・・・。

  ・・・。

  「はい・・・はい、頼まれました。お心を癒すお手伝いを私にさせてくださいませ。お心を癒すにはどうしたらよいのか、どうしたら笑って下さるのか。一緒に悩ませてください。」

  その握りこまれた手にそっと寄り添って、胸元で強く握り返す。

  顔を上げた紅様のその瞳を見返していると、私はぽろぽろと言葉があふれてきた。

  私は冷たい場所でじっと耐えていた人を

  その人のようなお方がいるのなら、私は行かなくてはいけません。

 「私はここにきて新参者ですが、私はこの悪い人も善い人もたくさんいるこの異郷が大好きです。皆さんずっと笑顔が綺麗で、素敵で...優しさや楽しさ・・・何よりもお言葉が暖かくて心地いい。そんな皆さんが大好きなんです。」

  周りにいる者たちが息を飲むのがわかりました、
  でもそれに構って、溢れる言葉を飲み込むことはしたくない・・・今伝えなければ、この人が一人で抱え込んだままになってしまう・・・と思うくらい
  それくらい私も真剣だったのです。

  「でもこの大好きな皆さんがいるこの異郷の中で、たったお一人、寂しくて切なくて冷たい場所で凍えている様なお方がいるんですね。なんて勿体ないお方なのでしょうか。こんなにもここは暖かくて心地がいい所なのに。」

  私の目を見返すその紅様の目をみて、私は優しく微笑んだ。
  周りの皆さんを見て声を張る。

  「私は今こんなにも満ち足りているのですから、この暖かさを届けに行かなくてはいけません。ですが私一人では出来ません!皆様さえよければ、お腹を抱えて笑わせるくらい素敵なことをいたしましょう!」
  
  周りにいた皆さんが笑顔で頷くが見えました。
  えぇ、そうです・・・。
  ここにいる全員が、同じ気持ちですとも。

  だから、一人で責任を取るような...重たい真剣な気持ちでいないで・・・。

  紅様に目線を戻すと、私は握りこまれた手に力を込めた。

  「寧ろお願いしたいのは私の方です。紅様、その祈りにも似た美しい願いに私も乗せてくださいませんか。」

  じっと見つめられるその黄色の瞳からほろりと涙が出た。

  「なんと暖かい言葉・・・。勿論・・・勿論だ・・・!一緒に暁様を笑わせようぞ。」

  「そうです紅さん、俺たちもその作戦乗らせてください。」

  一つ目さんが後ろの皆さんを連れて笑って言ってくる。
  後ろには綾女さん、河ナカさん、櫛奈さん。他にも、首長女の永女ながめさん。いたずら小僧のしゅうさん・・・。
  まだまだたくさんの人が笑っている。

  「暁様が笑えない街だなんていやだわぁ。」
  「大好きな街だと言われたんだ、桜華の気持ちを暁様にお届けしようぜ。」
  「おいら頭はいい方じゃないけど、おいらもこの街大好きだ。暁様もそうだといいなと思う!」
  「ベイビー☆君はやっぱり最高の女さ!みんなで紅様と一緒に暁様を笑い転げさせようじゃないかっ!」

  皆さんが笑って「頑張ろう」という姿を見て紅様は嬉しそうに言う。

  「それでは、作戦を練ろうか!」
  「「「お~~!!」」」

  ふと見上げた城に感じる感覚は、来た時に感じた美しいだけの感覚ではなくなっていた。
  あそこはきっと寂しくて、切なくて作り上げた孤城なのかもしれない。
  そう思うと、なんだか胸が締め付けられる感覚がした。

  その一連を一人少し離れたところで見ていた狸助は
持っていた瓢箪の蓋を外して、こくりと酒を飲み込んだ。

  「やっぱり健気な子だなぁ。儂は二千年以上生きとるが、こんなことを言って実行しようとするやつは初めてだぞ。面白いことになったなぁ・・・さて、?」

  一人呟かれたその言葉は吹いた風にかき消され、桜華の耳には入らなかった。

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